第218話「町の被害をくいとめるために、魔王の疑似餌を作ってみた」
──港町イルガファにて ナギ視点──
「いねがー! 魔王はいねがーっ!!」
「『魔王欠乏症』だ!」「武器を振り回している!?」「取り押さえろ!!」
大通りで叫んでいた男性を、衛兵たちが取り囲んだ。
鎧をまとった衛兵たちは、男を中心にして、ゆっくりと輪を縮めていく。
「……まおうぐん?」
叫んでいた男が、衛兵たちを見た。
「お前も魔王軍か──っ!!」
「ぐおおおっ!?」
がいいんっ!
男が振り回した剣が、衛兵の盾に激突した。
衝撃で、衛兵が思わず身を引く。
「取り押さえろ!! 盾を構えて押し包め!!」
「お前も魔王軍か!! 魔王軍! 魔王軍! 魔王軍──っ!!」
がいいんっ。がいんっ。がいいんっ。
男はプロペラのように剣を振り回す。大盾で身を守った衛兵たちが押し包んで、男の動きを封じる。剣を奪われた男は、それでも暴れている。それが十数分続いて、衛兵たちはやっと、男を拘束することに成功した。
「……なんなんですか、あれは」
僕とイリスはイルガファ領主家の部屋で、呆然とその光景を見ていた。
イルガファの領主さんは疲れたように、
「あれが最近流行の奇病『魔王欠乏症』です」
「……確かに、奇病ですね」
「そんな病気のことなど聞いたことございませんよ。お父さま」
「最近、流行し始めたものですからな」
領主さんはため息をついてから、説明をはじめた。
『魔王欠乏症』は、ここ数十日くらいの間に流行しはじめたそうだ。
この病気にかかった者は『魔王は!?』『魔王軍はー!?』と叫びながら、ゾンビのように町をうろつき回る。兵士や冒険者を見つけると『お前が魔王かーっ!』と叫んで、攻撃をはじめる。力も強く、取り押さえるのには苦労するそうだ。
共通点は、患者のほとんどが冒険者や旅人だということ。
そして、彼らが王都やメテカルから来ていることだそうだ。
王都やメテカルに問い合わせは出しているが、詳細は不明。
というか、向こうでも患者が出ているという話だった。
「領主さんにおうがかいします。『商業都市メテカル』に人が集まっているという話を聞いているんですが、それについてなにかご存じですか?」
「お父さまならば、メテカルの商人ともお付き合いはございましょう」
僕とイリスの問いに、領主さんは少し考えてから、
「ただいま『商業都市メテカル』では『武術大会』の準備が行われているそうです」
「『武術大会』ですか?」
「ええ。魔王を倒せる勇者を選ぶための大会ですな」
「もしかして大会の条件に『魔王を憎むこと』ってありませんか?」
「内容をご存じなのですか?」
領主さんは一枚の羊皮紙を取り出し、僕とイリスの前に差し出した。
そこには『元祖勇者ギルド』という組織が、海の向こうから魔王が来るという独自情報を掴んだことが書かれていた。それに対抗できる勇者を見つけ出すため、『元祖勇者ギルド』と、王家の支援を受けた貴族が『勇者武術大会』を開くということも。
『元祖勇者ギルド』は、確か剣士を主体にした集団だ。
魔法使いを中心とした『本家勇者ギルド』と対立してたという話を聞いてる。
北の町ハーミルトの方で話を聞かなくなったと思ったら、メテカルの方に来ていたらしい。
「……これが『元祖勇者ギルド』の計画か」
「『海竜の勇者』さまは武術大会が『魔王欠乏症』と関係しているとお考えでしょうか?」
「わかりません。ただ、ちょっと試してみたいことがあるんです」
「試してみたいこと?」
「その前におうかがいします。『魔王欠乏症』の人間は、兵士や冒険者を攻撃するんですね? 一般の人には、あまり手出しはしないんですか?」
「そうですな。止めようとすると攻撃を加えることはありますが、最初に攻撃を仕掛けるのは、やはり兵士や冒険者です」
「取り押さえたあと『魔王欠乏症』の人はなにか言ってましたか? あるいは、発症した人の仲間でもいいんですが、なにが原因の心当たりは?」
「……本人は力尽きたのか、意識不明状態です。仲間は……関わり合いになることを恐れて、逃げてしまう者が多く……あまり証言は取れておりませんな」
なるほど。
証言を得るには、相手が力尽きる前に無力化するしかない、ってことか。
「わかりました。ちょっと試してみたいことがあります。協力してもらえませんか?」
僕は言った。
「もしかしたら『魔王欠乏症』の原因を探ることができるかもしれません」
「おお! どんな作戦でしょうか!?」
領主さんは身を乗り出した。
僕は作戦を伝えた。
これには衛兵さんの協力が必要だ。それに、イリスのアドバイスも欲しい。
僕たちは本当の魔王が存在しないことを知ってる。
だから、『魔王欠乏症』の人間が認識している『魔王』がどんなものなのか、ここで調べておくべきだろう。
「さすがお兄ちゃん。名案と思います」
「面白い考えですな。よろしい。衛兵たちに準備させましょう」
イリスと領主さんはうなずいた。
それから、僕たちは話し合い、作戦を詰めて行くことにしたのだった。
────────────────────
「魔王は!? 魔王はいねがーっ!?」
夜のイルガファに、女性の叫びがこだましていた。
冒険者らしい女性は剣を抜き、大通りで声をあげている。
「お、おい、どうした!?」
「お前は武術大会に出るんだろう!? こんなところで問題を起こすな!!」
仲間が叫ぶのも聞かず、女性は剣を抜き、手近な衛兵に向かって走り出す。
衛兵たちが大型の盾を構える。全員、顔色が青ざめている。
このところ毎晩、『魔王欠乏症』の者が暴れている。
奇跡的に犠牲者は出ていないが、それも時間の問題だ。
こんなことが一体、いつまで続くのだろうか──
『オオオオオオオオオオオオオオオ!!』
そう思ったとき、路地の方で絶叫があがった。
衛兵も、冒険者も、『魔王欠乏症』の女性も、一斉にそちらの方を見た。
路地に怪しい人影が立っていた。
黒い鎧。裏地が血のように赤いマント。兜には深紅の房がついている。
顔を覆う面には、つり上がった目と、裂けた口のかたちに穴が空いている。
どこからどう見ても、不審者だった。
「お、おまえ、おまえは──」
『魔王欠乏症』の女性が、足を止める。
衛兵のことなど完全に忘れたように、路地に立つ黒い影に向き直る。
「お前が魔王かぁ──っ!!」
「待て! それはただのかっこいい鎧の男だ!!」
「みいづげだぞぉおおおおまおおおおっ! ごごにいたがああああああっ!!」
女性の目は血走り、その息は荒い。
仲間の冒険者たちが驚いたのは、その瞬発力だ。
剣を抜いた女性は一瞬で彼らを振り切り、鎧の男に斬りつけたのだ。
「やめろ────っ!」
「こんなところで不祥事を起こすな──っ!!」
仲間が叫んだときには、すでに女性は『鎧の男性』に接近している。
もはや防御も回避も間に合わない。
女性は振り上げた剣を、全力で男性に振り下ろそうとして──
べちゃっ。
「ぐわらぶぁっ!?」
地面に転がっていたスライムに足をとられて、転んだ。
女性はそのまま勢いよく回転して、路地の壁に激突する──が、なぜかそこにもスライムがいて、彼女の身体を優しく受け止めた。握っていた剣は落ちて、地面の上。彼女は立ち上がり、剣を拾い上げようとするが──
「我々はイルガファ正規兵だ。話を聞かせてもらおう」
その手を、正規兵の鎧を着た男性に押さえられた。
「あ、あなたたちは!?」
仲間の冒険者たちが声をあげる。
それに答えたのは、隊長らしい兵士だった。
「おどろかせてすまない。我々は領主さまの命令で、『魔王欠乏症』の者を探していたのだ」
「あ、あのスライムは……?」
「正直わからん……だが、害はないと聞いている」
「さっきの『かっこいい鎧』の人は!?」
「あれは我々の協力者だ」
「協力者、ですか?」
「ああ。衛兵と町の人たちを守るため、魔王っぽい姿でうろつくと言っていた。注意を自分に向けることで、我々を守ってくれているのだよ」
「……で、でも、消えましたよ」
「領主さまは『とてもすばやい人だ』とおっしゃっていたからな」
「そ、そうかもしれませんが。いくらなんでも……」
冒険者たちは路地を指さした。
さっきまでそこにいた『かっこいい鎧』を着た男性は、いつの間にか消えていた。
走り去ったところさえ見えなかった。まるで幻影のような素早さだ。
「我々は被害を最小限に食い止め、この者から話を聞ければそれでいい」
「いいのですか!?」
「ああ。我々は次の場所に行く。ここに何名か残しておくから、君たちはそこの彼女──暴れ出した冒険者になにがあったのか、最近、変わったことはなかったか、残った者に話してくれたまえ」
そう言い残して、正規兵たちは歩き去った。
──ナギ視点──
「これで『魔王欠乏症』を発現させたのは4名になります。意外と多いですね。お兄ちゃん」
「一晩でこれだけってことは、もっと大勢いそうだな」
「それで、次はどんな幻影にいたしますか? お兄ちゃん」
ここは、港町イルガファの路地。
僕とイリスは闇にまぎれて、『魔王欠乏症』の原因を探っていた。
「『幻想空間』ならば、様々な魔王が作れます。場所も姿も、お兄ちゃんの望みのままでしょう」
「4体作ったけど、今のが一番食いつきがよかったよね」
「最初に作ったのが『黒いローブにドクロの杖』、次が『同じく黒いローブで中身はドクロ』でしたね」
「最初は闇の魔術師、次はアンデッドのリッチをイメージしたんだ。反応はあったけど、かなりゆるふわな感じだったね」
「はい。『魔王か?』『ほんとにまおうかぁ? ぜったいかー!?』って」
「次が竜頭の魔術師。これはほぼスルーだった」
「イリスの趣味に走りすぎました……」
「4体目が兜に房をつけた暗黒騎士。これは反応が早かったね」
「ええ。これはもう、一目見て攻撃してまいりましたね」
「5体目はさらに『デス公』に寄せてみるか」
僕とイリスは額をくっつけて、ひそひそ話をしてる。
ちなみにイリスはいつもの『謎シーフメロディ』スタイルだ。
『ふみふみ、ふみ』
僕とイリスの足元で、3体の『ブルースライム』が震えてる。
『海竜の聖地』に住んでるスライムたちだ。
今回、『魔王欠乏症』の人たちを安全に捕らえるため、協力をお願いしたんだ。
「『ブルースライム』たちも、お疲れさま。わざわざ来てもらってごめんな」
『ふみゅふみゅ』
『気にするな、と言うておるぞ。報酬は主さまが与えてあるからの!』
僕の肩の上で、人形サイズのレギィがうなずく。
もちろん、スライムたちとの交渉に使ったのは『粘液生物支配』を持つレギィと、僕の『生命交渉』だ。
「この作戦の目的はみっつある」
僕はイリス、レギィ、『ブルースライム』に言った。
「ひとつは『魔王欠乏症』の人の注意を、『魔王スタイルの幻影』に引きつけること」
『魔王欠乏症』は、魔王っぽいものに反応する。
多少、距離が離れていても、注意さえ引けば、こっちの方に来てくれる。
「そうすることで、町の人や兵士さんの被害を減らすことができるからね」
「すばやく取り押さえることもできましょう。早めに落ち着かせれば、証言も得られましょうから」
「ふたつ目は『魔王欠乏症』が、なにに反応するのかを探ること」
「今のところ、剣と金属製の鎧に反応することは確認できております」
「そうだね。仮に衛兵さんが革鎧と木製の槍に装備を替えれば、『魔王欠乏症』の人たちの攻撃対象から外れるかもしれない。安心して取り押さえることができるはずだ」
「鎧をローブで隠すという手もございますね」
「『魔王欠乏症』の人は、とにかく黒い鎧と盾と剣に反応するからね……」
僕たちはイリスの『幻想空間』スキルで魔王っぽい幻影を作って、『魔王欠乏症』の人の反応を探ってる。
その姿を『デス公』に寄せれば寄せるほど、反応は早く、強くなる。
『魔王欠乏症』がただの奇病ならいいけど、誰かが仕組んだものなら──
そいつは魔王鎧の『デス公』のことを知っているのかもしれない。
『送信者:アイネ
宛先:なぁくん
本文:衛兵さんから聞いた話を報告するの』
そんなことを考えていたら、アイネからメッセージが届いた。
アイネは今、イルガファ領主家の屋敷にいる。
そこに入って来る衛兵たちの報告を、こっちに送ってくれることになってるんだ。
『送信者:アイネ
宛先:なぁくん
本文:「魔王欠乏症」を発症した人たちは、全員、メテカルで行われる「勇者武術大会」にエントリーしていたそうなの。大会までの間に自分を高めるため、イルガファに戻ってきてたんだって』
『送信者:ナギ
宛先:アイネ
本文:武術大会と「魔王欠乏症」に関係があるってことか。でも、そうなるとすごい人数になるんじゃないかな?』
『送信者:アイネ
宛先:なぁくん
本文:パーティで武術大会にエントリーしてるけど、暴れ出さない人もいるの。その違いがわからないの……』
「イリス。『勇者武術大会』って、どんな条件で行われるんだっけ?」
「自己アピール文の提出と、自分がいかに魔王を憎んでいるか──つまり、魔王を倒す意欲があるかを表すための面接が3回、その後、参加者同士のトーナメント戦があるようです」
「……自己アピール文に面接」
武術大会だよね? 冒険者の就職ガイダンスじゃないよね?
「武術大会にそんなもの必要なのかなぁ……?」
「父が知人から聞いた話では『やる気にかける者をトーナメント戦に出してしまったら、選んだ人間の責任になるから』だそうです」
「王家に怒られないように?」
「はい。ギルド面接、貴族面接、上位貴族面接をするのは──」
「聞かなくてもわかるよ。責任の分散だろ」
「さすがお兄ちゃんです!」
「……わかりたくなかったけどね。こんなこと」
元の世界の採用面接に似てる。
それを異世界風にアレンジしてる、ってことかな。
「メテカルでは自己アピール文の代筆業がおおはやりだそうです」
「それはさすがに僕の世界にもなかったな」
この世界ではそんな仕事があるのか。
……ってことは。
『送信者:ナギ
宛先:アイネ
本文:領主さんに伝えて欲しい。「魔王欠乏症」の人たちが、「自己アピール文」の代筆依頼をしてたか。依頼した相手に共通点はないか。「勇者武術大会」対策のために、特別なアイテム……ポーションとか薬草とかを買わなかったか。それを衛兵さんを通して確認するように、って』
『送信者:アイネ
宛先:なぁくん
本文:了解なの。なぁくんたちはどうするの?』
『送信者:ナギ
宛先:アイネ
本文:次の幻影魔王を作りに行く。まだカトラスから連絡が来てないからね』
『送信者:アイネ
宛先:気をつけてねご主人様
本文:わかったの。とってもとっても気をつけてね』
「行くよ。イリス」
「はい。お兄ちゃん」
僕とイリスは移動をはじめる。
同時に、カトラスも動きはじめてるはずだ。
彼女たちは別行動を取ってる。一番、偵察するのにいい場所にいるために。
──20分後──
「いいいいたああああなあああああああ! まおうおおおおおおお!!」
「「反応早っ!」」
20分後、僕たちは再び『魔王欠乏症』の冒険者を発見。
その人が衛兵さんに襲いかかる直前で、『幻想空間』の偽魔王を作成。相手が食いついてきたところで、同じ手で取り押さえた。
同時に、僕のところに2通のメッセージが届いた。
『送信者:アイネ
宛先:なぁくん
本文:推理が的中なの! 「魔王欠乏症」のひとたちは、全員同じ「自己アピール文」代筆の業者に頼んでいて、その人から面接対策のポーションを買っていたの!』
『送信者:フィーン
宛先:カトラスとフィーンのあるじどの
本文:フィーンは上空より偵察中、不審な者を発見しました! 5つの現場のうち4つに居合わせて、「魔王欠乏症」の発症を見届けている者です!! 位置をお送りします、あるじどの!!』
フィーンが送ってきた画像には、イルガファの町並みが写っていた。
今、カトラスは町の中心にある建物の屋根の上にいる。
その上空には『バルァルの鎧』で作った魔力体のフィーンが飛んで、地上を見下ろしている。怪しいものを見つけたら即、『意識共有・改』のスクリーンショットを送ってきてくれる。
『魔王欠乏症』の人を探すためと、その近くで、怪しい動きをする者を見つけるために。
これが今回の作戦の、第3の目的だ。
『魔王欠乏症』が人為的なものなら、その裏に誰かいるかもしれない。その黒幕を探すことが。
「……背中には大きな袋。フードを目深に背負っていて、顔は見えない。フードの下から、真っ赤な髪がはみ出してる。両手首に銀色のブレスレットか。怪しいことは怪しいけど」
念のため、アイネにスクリーンショットを送ってみる。
面接対策ポーションを売ってた相手がどんな人だったのか、領主さんを通して聞いてもらうと──
『送信者:アイネ
宛先:なぁくん
本文:証言が出たの。赤い髪と、両手首に銀色のブレスレットなの。フィーンちゃんが見つけた人で間違いないと思うの!』
「よし。行こうイリス。レギィも」
「了解しました。お兄ちゃん!」
『うむ。相手が「デス公」を知っているとなれば、放ってもおけまいよ!』
『ふみゅふみゅ、ふみゅ』
「『ブルースライム』は、この袋の中に入って」「イリスとお兄ちゃんが運んで差し上げます!」
『ふみゅみゅみゅみゅっ!』
僕たちはフィーンが教えてくれた方向へと走り出す。
とりあえず客を装って、相手から話を聞いてみよう。
もしも向こうが『デス公』を知っているとしたら──
──その人は『魔王の素体』と、なにか関わりがあるのかもしれない。
いつも「チート嫁」を読んでいただきまして、ありがとうございます!
「チート嫁」第9巻の発売日が決定しました! 6月10日です!
ただいま「活動報告」に「チート嫁9巻 発売までだいたい1ヶ月記念SS」をアップしてますので、そちらも読んでみてください。
(書籍版の発売が近くなると、「活動報告」突発的SSをアップしています。1巻から続けているので、合計で15話くらいになってるような気がします……)




