第216話「聖女さまへの依頼と、聖女さまの願いのかたち」
『北の町ハーミルト』を出発した翌日、僕たちは無事『保養地ミシュリラ』にたどりついた。
「水と食料の積みおろしがありますから、今日明日はここで停泊しております。皆さまはどうされますか?」
「僕たちはちょっと、知り合いに会ってきます」
「知り合いに、ですか?」
「山の方にいる方です」
「……山の方ですと、2日では戻れないのでは……」
「なんとかしますよ。では!」
僕たちは保養地ミシュリラを出て、街道へ。
まわりに人がいないのを確認してから、と。
「アイネ、お願い」
「了解なの。『お姉ちゃんの宝箱』を発動。出てきて、デス公さんとチャリオット!」
『参上でござる──っ!!』
がっちゃん。
アイネの収納スキルから、箱形のデス公とチャリオットが現れた。
そして──
「『変形 (でござる) (ですぅ)!』」
デス公の変形と同時にパーティのひとりが、かっこいいポーズを取った。
ライラさんが鼻血を出すくらいかっこよかった。
それから僕たちは馬形のデス公とチャリオットを繋いで、分裂させたエルダースライムを入れた。
準備完了だ。
「では、出発!」
「「「「「おー!」」」」」
僕たちは一路、聖女さまの迷宮を目指したのだった。
「……2時間かからなかったね」
「本当にすごいですね。デス公さんとチャリオット」
「悪路も問題なしなの。すごいの」
「6人乗ってこの速度は信じられないでしょう」
「さすが魔王鎧ですぅ」
「感動でありますよ……」
本当にすごいな、デス公とチャリオット。
普通だったら保養地から聖女さまのいる山まで、半日かかるのに。
というか『古代エルフ』も、これだけの技術力があるなら、魔王対策じゃなくて快適生活のために使えばいいのに。まったく、技術の無駄づかいもいいとこだ。
「常識に考えれば、そっちの方がメリットがあるよなぁ」
「いえ、自分はなんだか常識がこわれつつあるのだが」
「ライラさん顔が青いですよ? 車酔いですか?」
「技術酔いだ……なんで皆さまはこんな超絶技術やスキルを見て、普通でいられるのだ」
「慣れですよぅ、ライラさん」
ラフィリアが、ぽん、とライラさんの肩を叩いた。
「マスターと一緒にいると、だんだんこれが普通になって、気持ちよくなってくるのですよぅ」
「うむ。エルフさんが言うなら間違いないな!」
ライラさんはうなずいた。
……ラフィリアに対して素直すぎじゃないかな、ライラさん。
それから僕たちはデス公とチャリオットを、山のふもとに停めた。
いっぺんに大勢で訪ねるのも失礼なので、聖女さまのところに行くのは、僕とライラさん、ラフィリアの3人。
他のみんなは山のふもとで一休みすることになったのだった。
「「せーのっ」」
僕とラフィリアは、洞窟の前で声をそろえて──
「「デリリラさーん、来ー」」
『らっしゃい! 待ちかねたよ────っ!!』
どっかん。
入り口を塞いでいた岩が砕けて、聖女さま型ゴーレムが現れた。
今回はフィギュアサイズじゃない。等身大だ。
しかもパンチで岩を砕き、どや顔で拳を天に掲げてる。かっこいい。
「まーったく。遅いじゃないかぁ。待ちかねたよナギくん。伝言ゴーレム送ったのに、なかなか来ないんだから、もーっ!」
「『伝言ゴーレム』ですか?」
『そうだよ。保養地のナギくんちに送ったのに、いつまで経っても来ないんだもん。デリリラさん、嫌われちゃったのかと……』
哀しそうにうつむく聖女さま。
テンションの上げ下げが激しすぎませんかね、聖女さま。
「もしかしてこないだ、『これからバカンスに行きます』って言い忘れてました?」
『……ごめん、聞いてた。忘れてたのデリリラさんだった』
聖女さまは、ぽん、と手を叩いた。
『いやー、そうだったそうだった。ごめんね。しばらく夢中でマジックアイテムを作ってたから、すぽーんと記憶が飛んでたよ。それじゃ、デリリラさんの伝言は聞いてないんだね?』
「はい。聖女さまの方はどんな話ですか?」
『たいした用じゃないから後でいいよ。それよりナギくんの用件を聞かせて欲しいな』
「わかりました。ラフィリア、ライラさん、こっちに」
僕が呼ぶと、ラフィリアとライラさんが、前に出た。
2人とも聖女さまを見て、一礼する。
『やあやあ久しぶりだねラフィリアくん。君は……初対面かな?』
「自分はライラ=ティノータスと申します。聖女さまのお噂は、かねがね聞いてます」
『……おやぁ。君、1人じゃないね。魂が2つあるのかな?』
「わかるんですか?」
さすが聖女さま。
なにも言わないのに、ウリエラさんの存在に気づいたのか。
『まぁねっ。なんたって、デリリラさんは聖女だからね! せ・い・じょ!』
「「「おお────っ」」」
『ことこと』『ことこと』
僕とラフィリアとライラさん、作業用ゴーレムくんも混じって拍手。
さすが聖女さま。頼りになる。
「だったら話が早いです。実はこのライラさんの中には、大昔に亡くなった『古代エルフレプリカ』の人の魂が入ってるんです。でも……その人はずっと使命にしばられてて、解放された今も、自由には動けないんです」
「あたしのお姉さまなのですよぅ」
「自分のご先祖さまなのですが」
「なので、その魂を入れる器を貸してもらえないかな、って」
『……なんか複雑そうだから、詳しく説明してくれるかな?』
「了解しました」
僕は聖女さまに、全部ぶっちゃけることにした。
ラフィリアが『古代エルフレプリカ』だということ。
その姉であるウリエラ=グレイスのこと。
ウリエラさんがラフィリアより前に目覚めて、死んだ後も使命に縛られていたこと。
僕たちが『古代エルフ』の遺跡で、デス公を見つけたこと。魔王の素体のこと。
それらを計画していった、『古代エルフ』の天才がいたことを。
聖女さまは、僕の説明を腕組みしながら聞いていて──
『……なるほど、そういうことがあったんだね』
──僕の話が終わったあと、まじめな顔でうなずいた。
『古代エルフか。あの伝説の存在が人を操り、魔王のようなものを作ろうとしていた。ナギくんたちはその野望をくじいた、ってことか』
「そういうことなんです」
『それで、ずっと使命に縛られてたウリエラくんのために、自由に動かせる身体をあげたいわけだね』
「はい。お願いできますか、聖女さま」
『このデリリラさんをみくびっちゃいけないよ。そんな話を聞いて協力しないなんてことがあるだろうか!? いや、ない!!』
聖女さまは、ぱん、ぱぱーん、と手を鳴らした。
『よしきた! このデリリラさんが、魂を入れられるゴーレムを作っちゃおうじゃないか! 最高級品をね!!』
「ありがとうございます。聖女さま」
「……ありがとなのですぅ」
「本当に……ありがとうございます」
ラフィリアは真面目な顔で、ライラさんは涙ぐみながら、頭を下げた。
「でも、いいんですか?」
『なにが?』
「もちろん報酬は支払うつもりですけど、僕たちは聖女さまが使っていないゴーレムさんを借りようかと思ってたんです。でも、聖女さまは最高級品を作ってくれる──って」
『別にかまわないよ。これは、デリリラさんの意思だ』
聖女さまは、むん、と、胸を張った。
『過去にわたってそういう計画が実行されていたなら、デリリラさんだって人ごとじゃないからね。デリリラさんが聖女にさせられたのも、その「魔王計画」が関係していた可能性だってある。ほっとけないよ』
古代エルフは、大昔から『魔王』に関わる計画を立てていた。
だとすれば聖女さまが、生前、聖女としての役割を与えられたことさえも、それに関わりがあるかもしれない。だから人ごとじゃない──ってことみたいだ。
でも、そうなると──
「僕が異世界から召喚されたことだって、関わりあるかもしれないですね」
『まぁね。デリリラさんは、たまに考えるんだ。もしもナギくんが勇者の側にいたら、どんなことになっていたかって』
「僕が、勇者の側にいたら?」
『うん。君が使命に燃えるタイプで、いんちきスキルを操って、王様のために動いていたら、ってね。たぶん、デリリラさんの迷宮は勇者たちに占領されて、魔王対策のために利用されていただろう。君がそういう人間じゃなかったことは、本当に、いいことだって思うよ』
「……僕が、使命に燃えるタイプだったら」
…………ぜんっぜん想像できないな。
でも、仮に僕がかっこいい剣と鎧を身につけて、同時に召喚された人たちと、王様のために働いていたら──
『能力再構築』の秘密も王様に伝わっていて、王様はそれを利用して奴隷を支給するかもしれない。
その子たちのスキルを強制的に書き換えて──チート勇者軍団を作って……。
僕がその子たちを貴族に派遣して、ブラックな世界のために働いていたら──
ぞぉっ。
思わず、寒気が走った。
「マ、マスター? 大丈夫ですかぁ」
「だ、大丈夫。ちょっと嫌な想像をしただけ」
いや、まじで勘弁して欲しい。
僕がブラックな雇い主になって、奴隷を利用して……って、想像しただけで嫌すぎる
そんな状況になったら、『能力再構築』で自爆スキル作ってこの世から消滅した方がましだ。
「……嫌なこと言わないでください。聖女さま」
『……ごめん。君はそういうの嫌いだったね』
「僕は、今の自分のまま、みんなに出会えたことを感謝しますよ。ほんとに」
聖女さまが言ったような未来も、もしかしたら、あったのかもしれない。
僕が王宮を出たあと、セシルや、魔族の残留思念のアシュタルテーに出会わず、そのままさまよって……勇者たちに利用されてたら、そういう状況も──。
……ほんっと、みんなに出会えたことに感謝しないとな……。
「それじゃ、ウリエラさん用のゴーレム作り、お願いできますか? もちろん、報酬はお支払いしますから」
『そっか、じゃあ報酬として、デリリラさんのお願いを聞いてもらおうかな!』
「どんなことですか?」
『ひとつめ。ウリエラくんのゴーレム作りに必要なことだ。同じ「古代エルフレプリカ」のラフィリアくんに協力して欲しいんだよ。ウリエラくんとラフィリアくんは、魂のかたちが似ているはずだからね。ラフィリアくんを参考に、ゴーレムを作ることにするよ』
「ラフィリア、お願いできる?」
「もちろんなのですが……下着はつけたままでいいですかぁ?」
ラフィリアは、なぜか僕の方を見て、言った。
「あたしは、マスター以外に素肌をさらさないと決めてるですからぁ」
『……いや、デリリラさんも君の裸を見る趣味はないよ?』
「もちろん。マスターも立ち会ってくださるなら……別ですけど……」
『だーかーら、服は着ててもいいんだってば。魂の問題なんだからね!』
「そーですか。残念ですぅ」
ラフィリアも、こっちをチラ見して赤くなるのやめなさい。
『あとは、セシルくんを連れてきて欲しい』
聖女さまは言った。
『ひとりで作業をするのは大変だからね。魔法に長けた彼女の手を借りたいんだ』
「わかりました。本人に確認してみますけど、大丈夫だと思います」
『セシルくんには、ゴーレム作りのお手伝いの他にも、ひとつ、お願いがあるんだよ』
聖女さまは、ちょっと目を伏せてから、
『……彼女には、デリリラさんの技術や知識を受け継いで欲しいんだ』
「…………技術や知識を?」
『ほらぁ、デリリラさんも、いつまでこの世界にいられるかわからないからね。技術や知識を、次の世代に伝えたくなったんだよ。魔族のアリスティアによく似た彼女ならぴったりだ。お願いできるかな?』
「今、メッセージが返ってきました。OKだそうです」
『そっか。よかった』
「聖女さま」
『なにかな。ナギくん』
「長生きしてくださいね」
『デリリラさんもう死んでるんだけど!?』
「ごめんなさい間違えました。気が済むまで、この世界にいてください」
僕は言った。
「聖女さまは僕にとって、この世界の大事な友だちなんです。僕たちの秘密を知ってて、それでも仲良くしてくれる人って貴重なんです。だから、できれば……ずっと一緒にいてくれれば」
『ふ、ふーんだ。そんなこと言ったって、報酬はまけないよー』
「聖女さま。顔が真っ赤ですぅ」
「な、なんと。こんな表情が豊かなゴーレムを作られるなんて……。これなら、ご先祖さまも喜ぶはずです! 自分もせいいっぱい、お役に立つようにするのだ!」
『……ふーんだ』
聖女さまが横を向いた。
ラフィリアは手を叩き、ライラさんは感動してる。
ほんとに、僕たちにとって聖女さまは大事な人だ。できれば……ずっと一緒にいたいんだけどな。
『3つ目のお願いだ。お使いを頼まれてくれないかな?』
「いいですよ。誰に、なにを届ければいいんですか?」
『レティシアくんに。この剣と、盾を渡して欲しい』
ゴーレムの聖女さまが手を振った。
迷宮の奥から『ことこと』って声がして、作業用ゴーレムたちがやってくる。
『実は前から、レティシアくん用の武具を作っていたんだけどね。これがやっと完成したんだよ』
「作ってたマジックアイテムって、もしかしてこれですか」
『そーだよー。デリリラさんの自信作だ』
作業用ゴーレムくんたちが持ってきたのは、細身の剣と、円形の盾だった。
細身の剣は軽量化のためか、握りのところに網目がついてる。円形の盾は鎖がついてる。どちらもきれいな装飾がされてて、すごく精巧なできばえだ。
「もちろん、渡すのは構いません。でもどうしてレティシア用に?」
『ほら、前にリタくんとレティシアくんに、少人数用の迷宮をあっさり突破されたことがあったじゃないか』
「……ありましたね」
確か、『寝ぶそくゴブリン』と戦う少し前のことだ。
レティシアを聖女さまに紹介しに来て、その時、リタとレティシアが新しい迷宮に挑戦したことがあったんだ。
『そのとき、迷宮をあっという間に攻略されて、デリリラさんはすごく悔しかった。その後で思いついたんだよ。攻略されて悔しいなら、攻略されても悔しくないようにすればいいんだ、ってね』
聖女さまは、ぐっ、と拳を握りしめた。
外見はゴーレムだけど、すごく真剣な表情だった。
「……どういうことですか。聖女さま」
『簡単な話さ。デリリラさんがレティシアくんを強化すれば、迷宮突破されても、それはデリリラさんの手柄じゃないか! 自分で自分を突破したんだから、悔しくなんかないもんね!!』
…………はい?
すいません聖女さま。よくわかりません。
『ほらー。ナギくんのパーティって、いんちきスキルを使うじゃない? 迷宮をそのいんちきスキルで突破されたら、それはナギくんに負けたってことじゃないか。でも、デリリラさんが与えた武具で迷宮を突破されたなら……それなら……悔しくないかな……って』
「なるほど。わかりました」
『ちなみにレティシアくんにしたのは、リタくんが武具使ってないからだよ。それにナギくんの奴隷じゃないの、レティシアくんだけだし』
さすが。ちゃんと見てるんですね。聖女さま。
「レティシアに武具をくれるのなら、僕もうれしいです」
『それに、デリリラさんは彼女が気に入ってるんだよ。貴族なのに威張ったところがないだろ? 正義感にもあふれてる。デリリラさんは、彼女みたいな人が王様になればいいと思ってるんだ』
「奇遇ですね、僕もです」
『だよねー』
「ですよねー」
「あたしもそう思うですぅ」
「自分はよくわからないが。聖女さまがおっしゃるなら」
僕と聖女さま、ラフィリアとライラさんはうなずきあう。
それに、レティシアは自分から危険に突っ込んでいくところがあるからね。
主従契約してないレティシアは、僕が強化するのにも限界がある。
聖女さまが剣と盾をくれるなら安心だ。
「わかりました。この剣と盾は僕が責任を持って、レティシアに届けます」
『ありがとう。効果は、使ってからのお楽しみだよ』
「でも、報酬はそれでいいんですか? なんだか、ちっとも聖女さまの得になってないような気がするんですけど……?」
僕の依頼は、ウリエラ=グレイスの魂を入れるゴーレムを借りること。
それに対して聖女さまは、専用の器を作ってくれると言ってくれた。
報酬は、セシルとラフィリアに手伝わせることと、レティシアにアイテムを届けること。
……結局、僕たちのメリットになってる。
「僕としては、聖女さまがして欲しいことを、してあげたいんですけど」
『それは貸しにしておくよ』
聖女さまは、にやりと笑った。
『それにね、これだって充分、報酬になってるんだよ?』
「……そうなんですか?」
『デリリラさんはセシルくんとラフィリアくんを通して、自分の生きた証を残すんだ。役割に縛られた聖女としてじゃなく、ただのデリリラさんとしての、ね。それがメリットじゃなくてなんなのさ。ふっふーん』
そう言って聖女さまは胸を張った。
まったく……かなわないな。
聖女さまは僕たちに負けたって思ってるみたいだけど、僕たちだって、聖女さまには敵わない。
結局、僕たちと聖女さまは、そんな感じでバランスが取れてるのかもしれない。
「聖女さま」
『なにかな、ナギくん』
「山の麓にいるみんなから連絡です。ピクニックシート敷いてお茶を入れたので、聖女さまも来ませんか、って。聖女さまは飲めないでしょうけど、気分だけでも」
『いいね。気分だけでも、ごちそうになろうじゃないか』
そうして僕たちと聖女さまは山を降りて──
ひととき、のんきなお茶の時間を過ごしたのだった。
『それじゃ、セシルくんとラフィリアくん、ライラくんは預かるよ。ナギくんたちも気をつけて』
「セシルたちをよろしくお願いします」
「聖女さま、お茶につきあってくれてありがとうなの」
「師匠をよろしくお願いいたします」
「またお邪魔しますであります!」
お茶の時間が終わり、僕たちは聖女さまたちと別れた。
しばらくはセシル、ラフィリアとは別行動だ。
そして、僕たちはまた、デス公のチャリオットに乗って、保養地の港に向かったのだった。
カシーン、シャキーン、シタタタタッ!!
『ちょっと待って。それすごすぎない!? そこまですごいアイテムだなんて聞いてないよっ!!』
「「「「それでは失礼します! 聖女さまーっ!!」」」」
『速っ!? 桁違いに速っ! それはデリリラさんへの挑戦だねっ! いいよ。うけてたつよ────っ!』
聖女さまの声が遠ざかっていく。
運転はデス公に任せて、僕とアイネ、イリスとカトラスは、セシルたちに手を振る。
そのまま、再び僕たちは『保養地ミシュリラ』に。
別荘で2晩過ごして、翌朝、僕たちは港町イルガファに戻ったのだった。
「……おや? 父から書状が来ております」
イルガファの家に戻ると、ドアの下に小さな羊皮紙が挟まっていた。
イリス宛だ。差出人は、イルガファの領主さん──イリスのお父さんだ。
「少し、顔を出してきてもよろしいでしょうか、お兄ちゃん」
「いいよ。僕も船を出してもらったお礼が言いたいから」
「わかりました。一緒に参りましょう」
家のことはアイネとカトラスに任せて、僕とイリスはイルガファ領主家に向かった。
「おお! 戻ってきたか。イリス。それに『海竜の勇者』さまも」
「ただいま戻りました。お父さま」
「船を出してくださってありがとうございました。領主さま」
ここは、イルガファ領主家の応接間。
僕とイリスはテーブルを挟んで、イルガファの領主さんと向かい合っている。
「イリスにご用とのことですが、なんでしょう?」
「……いや、実はイリスと『海竜の勇者』さまに用があったのだ。ちょうどよかった」
領主さんは、少し青い顔をしていた。
なんだろう。なにかまた、勇者がらみの問題があったんだろうか。
「イリスと『海竜の勇者』さまにおうかがいしたいのだが……」
「はい。お父さま」「なんでしょうか」
「『海竜ケルカトル』より、商業都市メテカルの方で流行している奇病の話を聞いてはいないだろうか?」
……奇病?
いや……別に『海竜ケルカトル』はそんなことは言ってなかったけど。
聖女さまも病気が流行してることは言わなかった。聖女さま、専門だけど。
「奇病というのは、具体的にどういうものでしょうか?」
「私も実際に見たことはないのですが、それにかかると、突然暴れ出すというもので──」
突然、大きな音がした。
窓の外。町の方からだ。
同時に、人の悲鳴も聞こえる。
「領主さま! 大変です! 例の奇病に感染したものが──」
「なんだと!?」
「窓の外をごらんください! 町の通りに──」
僕とイリス、領主さんは窓に駆け寄った。
ここ、イルガファ領主家は高台にある。ここからなら、町を見下ろせる。
町の大通りで悲鳴が上がっていた。普段は露店が立ち並ぶ町の大通り、そこに、武器を持った誰かが立っている。それを衛兵と、町の人たちが遠巻きにしている。
なんだろう。
奇妙な感じがする。あの武器を持った人物が、奇病の──?
「魔王はいねーかー!?」
その男性は叫んだ。
「魔王と、その手下はいねーかーっ!? 魔王軍はいねがーっ!!」
………………えっと。
「「……ナニアレ」」
「わかりません。メテカル方面で突然、同じような声をあげて、暴れ出す者が続出しているそうなのです」
領主さんはそう言って、首を横に振った。
「原因は不明です。ただ……」
「ただ?」
「メテカルから来た者によると、向こうでは『魔王欠乏症』と呼ばれているとか」
……『魔王欠乏症』って。
「感染力は強くないのだが、それに感染した者が暴れるという病でな……困っているのです。『海竜の勇者』さまは、なにかご存じではないかと……」
領主さんは肩を落として、そんなことを言ったのだった。
いつも「チート嫁」を読んでいただきまして、ありがとうございます!
「チート嫁」第9巻の発売日が決定しました! 6月10日です!
(書影は来月くらいに公開となる予定です)
今回は獣人の村でのお話がメインです。
リタの活躍と彼女の悩み、そして彼女の願いと選択の物語でもあります。
さらに、今回は全体の3割くらいが書き下ろしになってます。
追加エピソード満載の第9巻を、どうかよろしくお願いします!
新作、はじめました。
「ローカル魔王、転生して最強の魔術師になる −人間を知りたい元魔王はほめられるのに慣れてない−」
貴族の少年に転生した元魔王が、最強の魔術師として (愛されながら)成り上がっていくお話です。
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