第215話「旅の終わりと新しい仲間と、帰り道の手配」
それから、僕たちはチャリオットに乗って『墨色の谷』に戻った。
今日は1日ここでキャンプして、明日、町に戻る予定だ。
谷に戻った僕たちは、洞窟の前で一休み。
時間のあるうちに、僕は魔王鎧のデス公を調べてみることにした。
「……一応、僕が所有者扱いになってるから、ステータスは見られるのか」
デス公のスキルは『変形』『魔力供給』『自己再生』。その他、魔法と物理の防御能力。
『魔力供給』は、大気中をただよう魔力を取り込んで、装着者に与えるものらしい。
……どうりで中に入った『エルダースライム』が長持ちすると思った。
ラフィリアが分裂させた『エルダースライム』は、普通は2時間くらいしか保たない。分裂したスライムは、魔力を消費して生きてるから。
でもデス公に入れたスライムは、『魔力供給』スキルのおかげで、常に魔力を補給できる状態になってる。入れてから半日経ってるけど、まだまだ元気だ。もしかしたら、デス公の中にいる限り消えないのかもしれない。
「すごいですぅ! あたし、分裂させたスライムさんとずっと一緒なのですねぇ」
使い魔が長持ちするようになったから、ラフィリアは大喜びしてた。
「せっかくなのでもうひとつ分裂するですよぅ。お友だちたくさんです」
『……ラフィリアさま。あの、拙者の中、すでに2匹のスライムが入っているのでござるが』
『尻尾の骨』の洞窟の前で、馬型のデス公は困ったように首を振った。
僕は、その背中に手を置いて、
「あのさ、デス公」
『はい。主君どの』
「お前って、一部だけ変形してスライムを撃ち出したりできない?」
『拙者になにをさせる気でござるか!?』
「いや、できるかな、って思って」
『できますが!』
できるのかー。さすが魔王鎧。デフォルトでチートなアイテムだ。
すると、デス公の中に大量のスライムを入れて……いざとなったら……。
……夢がふくらむな……。
「もうひとつ。変形してコンパクトになることは?」
『できるでござる』
「チャリオットも?」
『無論! お見せするでござる!』
しゃきーん。しゃきしゃきーん!
デス公とチャリオットが変形して、箱形になった。
リュックのように背負えるように、紐までついてる。
イメージとしては……身体の中で小さな宇宙を燃やして戦う、聖なる格闘戦士の星座アーマーを入れる箱のような感じだ。
これなら、持ち運びも簡単だけど……。
「アイネ。『お姉ちゃんの宝箱』にデス公を入れられる?」
「やってみるの」
「いいかな、デス公?」
『もちろん、お試しなさいでござる』
「じゃあ発動! 『お姉ちゃんの宝箱』!!」
しゅるっ。
デス公とチャリオットが消えた。
「入ったの」
「「「「「「おおおおおーっ」」」」」」
僕とセシル、ラフィリア、イリス、カトラス。ライラさんまで声をあげた。
本当に便利だな。デス公とチャリオット。
チャリオットの方は移動速度も速いし、でこぼこ道でも揺れずに走れる。
デス公には、稼働時間の制限がない。もちろん、みんなと一緒に休憩を入れてるけど。
でもこれで、僕たちの旅はかなり楽になった。
セシルとラフィリアの魔法と組み合わせれば、高速移動しながらの戦闘も可能だ。チャリオットがすごい速度で駆け抜けながら、セシルが敵をレーザーで薙ぎ払うことも、ラフィリアが矢の雨を降らせることもできる。
……想像すると恐いな。
「でも、このデス公が魔王の手に渡ってたら、どうなってたんだろう」
魔王鎧は高性能で戦闘力が高くて、さらに高機動。
デス公本人は優しい性格だけど、真面目だから、命令されたら断れない。
デス公とチャリオットが魔王の素体の手に渡って、魔物の先頭に立って攻めて来たら……かなりやばいことになってたんじゃないだろうか。
「あのさ、デス公」
僕はふたたび外に出したデス公の、背中をなでた。
「あんまり無理させないようにするから、これからもよろしくね」
『はい、よろしくでござるよ!』
大事にしよう。
デス公が、魔王の素体の手に渡らないように。
それから僕たちは『墨色の谷』で一泊した。
夜になって、ライラさんが眠ると、ウリエラ=グレイスが表に出てきた。
話があると言ったから、僕とアイネ、ラフィリアで、夜のお茶会をすることに。セシル、イリス、カトラスを起こさないように、洞窟の外に出て、火をおこした。
ウリエラさんは、アイネが淹れたお茶を飲んで、少し考えてから──
「自分はもうちょっと、この世界に存在していようと思います」
ぽつりと、そんなことを言った。
──彼女は言った。
強制されていたとはいえ、自分は子孫に迷惑をかけてきた。
そのお詫びがしたい。世界の役に立つことを、してみたい。
だから……魂が入れるゴーレムを作る人を、紹介してもらえませんか……って。
「ライラとも話し合いました。彼女も手伝ってくれるそうです。ご協力をお願いできますか、マスターさま」
「もちろん」
「あたしも、もう少しウリエラ姉さまと一緒にいたいのですよぅ」
ラフィリアは腕を広げて、がば、っと、ウリエラさんを抱きしめた。
でも、どうして僕も一緒に抱きしめてるの? 姉妹の感動のシーンじゃないの?
「……マスターも、ありがとですぅ」
「……ラフィリア。おっと、この身体はライラのものなので……鼻血が」
鼻血を拭きながら笑うウリエラさんは、すっきりした顔をしていた。
そんなわけで、しばらく僕もなにも言えず──
「ラフィリアさん、順番順番。なぁくんをこっちに」
「おっと、ごめんなさいなのです。アイネさま。さぁどうぞ」
──なぜかアイネにパスされて抱きしめられるまで、そのままだったのだった。
一夜明けた翌日、僕たちは『北の町ハーミルト』に戻った。
帰り道は、なにも起こらなかった。
裏道は狭いから、チャリオットは使えない。
だから僕たちは、ライラさんのナビと、イリスの『華麗散策』頼みで、サクサク進んだ。
『本家勇者ギルド』は現れなかった。
彼らが占拠してるという山の砦も、今はひっそりとしてる。
「砦の方に人の気配はある? フィーン」
『なにもございません。灯りもついてないですし、人が動いてる様子もございません』
僕たちは途中で足を止めて、フィーンに偵察に出てもらった。
魔力の身体をもつフィーンは、高い木のてっぺんまで飛んでくれた。そこから砦を見てくれたけど……本当にまったく、人の動きはなかったらしい。灯りもついていないし、人の動きもなし。砦の近くを通る山道にも、人はまったくいないそうだ。
「じゃあ……近道しようか」
『そうですね。あるじどの』
そんなわけで、僕たちは普段、町の人が使ってる広い山道に移動。
フィーンに偵察してもらいながら、デス公とチャリオットを召喚。
そして、人目につかないように注意しながら、一気に山を下ったのだった。
「じゃあ、アイネとカトラスとライラさんは、冒険者ギルドにクエスト完了の報告をしてきて。セシルとラフィリアは……宿にいた方がいいな。僕とイリスは、船の手配をしに行こう」
『北の町ハーミルト』に戻った僕たちは、3組に分かれた。
アイネたちは冒険者ギルドに。
僕とイリスは、セシルとラフィリアを宿に送り届けてから、港に向かった。
「見てくださいお兄ちゃん。イルガファの船が、まだ停まっております」
「よかった。まだ、むこうの用事が終わってなかったのか」
イルガファの船なら、すぐに保養地に戻れる。
僕とイリスは手を繋いで、港に急いだ。
「おお! イリ──いえ、謎シーフのメロディさま。お帰りなさいませ!」
「正規兵隊長さま。港にいてくださって、感謝いたします」
僕とイリス、それにイルガファの正規兵隊長は、そろってお辞儀。
僕たちは船長さんと隊長さんに、こっちの用が済んだことを伝えた。
「そうでしたか! こちらもちょうど、荷揚げが終わりましてな。今は船の者を休ませておるところです。明後日には保養地経由でイルガファに戻る予定となってりますよ」
「じゃあ、乗せてもらっても?」
「もちろんです! 逆にあなたたちが行方知れずですと……領主さまが心配しますので」
──とのことだった。
よかった。
戻りの船をどうやって手配するか、心配だったんだ。
ここから保養地までチャリオットで爆走するのは……目立ちそうだからね。
「そういえば風精魔道士さんたちはどこに?」
僕は、正規兵の隊長さんに聞いた。
「ちょっと話しておきたいことがあるんです。会えないでしょうか?」
「彼女たちは港の倉庫におりますよ。停泊中はそこを休憩所にしておりますので」
僕の問いに、隊長さんが答えてくれた。
でも……魔道士さんたちが港の倉庫に、って?
この町は魔法使いを監視するところで、だから風精魔道士のふたりは上陸したがらなかったんだけど。なにかあったのかな。
僕はふたりに会いに行くことにした。
「お、おかえええりなさい。冒険者さんたち!」
「せ、先日は失礼いたしましたああああっ!!」
『風精魔道士』さんたちは、僕を見て慌てて立ち上がった。
港の倉庫のすみっこには、ピクニックシートと、丸めた毛布が敷いてあった。風精魔道士さんたちは、そこに寝転がってお茶を飲んでた。休暇中みたいだ。
「いえいえこっちこそ、休み中にすいません。おふたりにお伝えしたいことがあったんです」
僕は軽く頭を下げて、言った。
「実は『本家勇者ギルド』は……空中分解したみたいです」
「「……はぁ?」」
ふたりはぽかん、とした顔になった。
僕は山道を歩いていたときに偶然見かけた光景について話した。
『本家勇者ギルド』のリーダー、ヨース=コーサカが、とある村に魔物を呼び寄せて、どえらい迷惑をかけたこと。魔物は退治されたけど、怒った村人たちにボコボコにされたこと。
それと、山の砦を占拠してた魔法使いたちが、いなくなったこと。
こっちは冒険者ギルドに行ったアイネたちから『真・意識共有』で届いた情報だ。ライラさんのクエスト達成の報告をしたとき、ギルドの受付嬢さんが教えてくれた。山の砦を占拠してた魔法使いは全員立ち去って、もう、どこかに行ってしまった、って。
「だから、あなたたちも『本家勇者ギルド』の紋章は外して、できるだけ巻き込まれないようにした方がいいんじゃないかな、と、思ったんです」
「「…………」」
風精魔道士のふたりは、顔を見合わせて、それから、
「「あ、ありがとうございますううううううっ!!」」
床に頭が付くくらい深々とお辞儀をした──って、そこまでしなくても。
「あ、あんな失礼なことをしたのに、わたしたちに気を遣っていただくなんて」
「もう、いばったりしません。この紋章も……高価かったですけど……潰して地金にして売りますぅううう」
意外とたくましいな。風精魔道士さん。
でも、よかった。わかってくれて。
「そういえば、上陸しても大丈夫なんですか。この町って、魔法使いを見下してて、監視を付けるって話ですけど」
「はぁ、それが、特になにも言われなかったんです」
「町の衛兵もいることはいるんですが、私たちには別に興味がないようです」
……そうなのか。
『本家勇者ギルド』が消えたから、警戒がゆるんだのかな?
それならそれで、いいんだけど。
「ありがとうございました。戻りの船ではまた、お世話になります」
「よろしくお願いいたします」
僕とイリスは風精魔道士さんに告げて、倉庫を出た。
「……っと」「……あ」
「…………むむ?」
倉庫を出ると、巡回してる衛兵さんと鉢合わせした。
僕たちが船を降りたとき、いちゃもんをつけてきた人だ。
僕に気づくと、こほん、とせきばらいして、
「なにか言いたいことがあるのか?」
「……はぁ」
「わかってる。上陸する魔法使いに監視をつけるルールはどうなったのかと言いたいのだろう!?」
いえ、別に聞いてませんけど。
なんでそんな苦虫かみつぶしたような顔してるんだろう。
「……今は、領主さまが王都の方に行っておられるのだ」
「王都の方に、ですか」
「ああ、だから、今は監視の必要はない」
「そうなんですか?」
「あのなぁ、よく考えてみろ。領主さまがいないのに、我々が魔法使い相手にいばりちらすわけにはいかないではないか。問題が起きたら、我々が自分で解決しなければいけないのだぞ。そんな責任を誰が負いたがるというのだ。常識で考えろ。まったく」
そう言って衛兵さんは、足早に去っていった。
「……なんというか、お見事だね」
「……見事な処世術でしょう」
僕とイリスは、顔を見合わせて苦笑するしかなかった。
結局『本家勇者ギルド』は、自然消滅。
この町の領主さんも王都の方に行ってしまって、魔法使いへの差別は一旦、おさまった。
でも……魔法使いを差別していた領主が王都に行った、ってのが気になるな。
あっちで、変なことが起きてなきゃいいんだけど。
早目にリタやレティシアと合流した方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、僕たちは『北の町ハーミルト』の宿に2泊した。
魔法使いへの差別が落ち着いたことで、セシルやラフィリア、ライラさんも、落ち着いて観光ができるようになった。
ライラさんは時々、ウリエラさんと入れ替わって、ラフィリアと一緒に散歩や買い物にでかけてた。
アイネはイリスとセシルを連れて、この町の市場に買い物に。
僕とカトラスは魔王鎧デス公の能力や使い道についての分析と研究で時間をつぶした。
そうして、北の町で過ごす時間は、あっという間に過ぎて──
「それでは出航いたします! 皆さま、忘れ物はないですか?」
「「「「「「はーいっ」」」」」
2日目の朝、僕たちは船に乗り、『保養地ミシュリラ』を目指した。
向こうについたらみんなで、聖女さまの迷宮に行こう。
今回のお話はちょっと長くなったので、2話に分けてアップします。
なので、次回、第216話は明日か明後日に公開する予定です。
いつも「チート嫁」をお読みいただき、ありがとうございます!
「チート嫁」第9巻の発売日が決定しました! 6月10日です!
(書影は来月くらいに公開となる予定です)
今回は獣人の村でのお話がメインです。
リタの活躍と彼女の悩み、そして彼女の願いと選択の物語でもあります。
さらに、今回は全体の3割くらいが書き下ろしになってます。
追加エピソード満載の第9巻を、どうかよろしくお願いします!




