第213話「チート嫁たちの心配事と、先輩奴隷のご指導ふたたび」
「みんなお疲れさま」
『本家勇者ギルド』のヨース=コーサカを無力化したあと、僕たちは『墨色の谷』に戻った。
移動と情報収集に時間がかかっちゃったからね。今日はここでお泊まりだ。
「泊まられるのでしたら、『尻尾の骨』がある洞窟をお使いください」
キャンプ地を探す僕たちに、ウリエラさんは言った。
巡礼の目的『尻尾の骨』は、大きな洞窟の中にあるそうだ。
そこは巡礼のあと、一晩過ごせるようになっているらしい。ライラさんも、彼女の村の人たちも、みんなそこで夜を明かして、村に帰っていくことになっているとか。
せっかくだから、僕たちもそこを使わせてもらうことにした。
ちなみに宿主のライラさんは、今もお休み中だ。身体を借りることについては、許可を取ってる、ってウリエラさんは言ってた。
これが最後の巡礼になることも、ライラさんが『古代エルフレプリカ』の子孫だということも、最後に説明して、お別れの挨拶をする──って。
ライラさん、きっとびっくりするだろうな。
「あの洞窟をお使いください」
『墨色の谷』に降りて、川の上流へと向かっていくと、岩壁に開いた穴が見えて来た。
あれが巡礼の目的地、『尻尾の骨』がある洞窟だ。
入ると、中は大きな空間だった。地面には柔らかい草が生えていて、クッションのようになっている。
入り口近くのこの広間が、巡礼者の泊まる場所だ。
その奥には通路があって、いくつもの部屋がある。一番奥の部屋が『尻尾の骨』がある場所です──って、ウリエラさんは教えてくれた。
「洞窟の中って……少し肌寒いのですね。お兄ちゃん」
イリスは震えながら、僕の手を握ってる。
入り口は開きっぱなしだから、冷たい風が入り込んでくる。
中も岩だから、確かに、寒々しい感じがするな。
「ここは対策が必要でしょう。ていっ」
イリスは僕の上着をつかんだと思ったら……そのまま、中にもぐりこんできた。
「はふぅ。あったかいでしょう」
「イリスさま。ずるいですぅ! あたしも入れてくださいぃ!」
「では、師匠はお兄ちゃんのお背中に」
「はいぃ。ていっ。 (ぴたっ)」
ラフィリアが僕の上着をめくって、背中にぴったりとくっついた。
「ナギさま。わたしは左側をいただいていいですか?」
「ボ、ボクは、右側をいただきたいであります!」
セシルが僕の左側に、カトラスが右側にくっついてくる……って。
「あの……動けないんだけど」
「奴隷として、ご主人様に風邪を引かせるわけにはいきません」「セシルさまのおっしゃる通りでしょう」「今日はみなさん。このままでいますよぅ」「なんならフィーンを呼びだして、5人がかりであるじどのを温めるであります!」
「「「「はふー」」」」
みんなは僕にくっついたまま、満足そうなため息をついてる。
「なるほど……我が妹ラフィリア=グレイスは、こういう生活を送っているのですね」
気がつくとライラさん──ウリエラ=グレイスがじーっとこっちを見てた。
「…………いいなぁ」
「それでいいのウリエラさん!?」
僕とセシル、イリス、ラフィリア、カトラスは団子状態。みんな仲良くくっついてる。
予定になかった戦闘をすることになったから、みんな緊張してたみたいだ。
それに今回は、僕が前線に出たことで、心配もかけちゃったからな。しばらくはこのままでいいかな……。
「……よいしょ」
「アイネ?」
「…………防風断熱。風邪予防、なの」
気づくと、アイネが大きな布を取り出して、洞窟の入り口に引っかけてた。
旅行用に持ち歩いてる、ピクニック用のシートだ。収納スキル『お姉ちゃんの宝箱』から取り出したらしい。
アイネはそれで洞窟の入り口を塞いで、それから、僕たちの方を見て──
「発動なの。『お姉ちゃんの隠れ家』!」
──『結魂』スキル、『お姉ちゃんの隠れ家』を起動した。
しゅわー。
どこからともなく、温かい風が吹いてきた。
天井がほのかに光りはじめる。まるで、元の世界の電灯みたいに。
アイネが壁を、ぽんっ、と叩くと、そこから水が流れ出てくる。いや、湯気が出てるところを見ると、お湯かな。
地面に落ちたお湯がどこからともなく消えていく。まさに水道そのものだ。
さすがアイネの『結魂』スキル。
洞窟の中を、あっという間に快適空間に変えてしまった。
『お姉ちゃんの隠れ家』
快適空間を作り出す結界スキル。
結界内は暖房と水道とコンロが完備されている。煙は普通に出ていくので、お料理も安心。
ただ、結界そのものに防御能力はないので、戦闘には使えない。
「はい。あったかくなったの。みんな、お泊まりの準備をはじめるの」
「「「「……はぁい」」」」
お姉ちゃんの一言で、みんなは名残惜しそうに手を放した。
「もう」
アイネは困ったような顔で、みんなを見てる。
「なぁくんにくっつきたいのはわかるけど、困らせたら駄目なの。ねっ?」
「すいませんでした。ナギさまが『炎の魔人』と戦ったのを見てから……心配で」「お兄ちゃんが無茶しないように、くっついていたかったのでしょう」「マスター、ほんとに怪我してないですよねぇ?」「次回は必ず、ボクに戦わせてくださいであります!」
セシル、イリス、ラフィリア、カトラスも、みんな心配そうな顔してる。
僕が前線に立って戦うのなんて滅多にないからな。みんな、びっくりしたんだろうな。
でも……今回はしょうがなかった。
僕は『本家勇者ギルド』の来訪者がなにを考えてるのか、直接、聞きたかったんだ。
あいつは次世代の勇者ギルドが『選ばれる』って言ってた。
だとすると、そういうのを選ぶ権利を持つ誰かが、この世界にいるってことになる。『ギルドマスター』はもういない。となると『次世代勇者ギルド』を選ぶのは王家か、それとも貴族か。
そういう話を聞きたかったんだけど、結局、できなかった。
僕もそんなに話し上手じゃないからなぁ。
「……王家と貴族については、リタとレティシアの情報待ちかな」
2人は今、『商業都市メテカル』に向かってる。あそこなら、王都の情報も入ってくるはずだ。
そっちは2人に任せて、僕たちは『古代エルフ遺跡』の探索を優先しよう。
「はい。みんなお仕事するの」
ぱんぱん、と、アイネは手を叩いた。
「セシルちゃんは桶にお水を汲んで。水の出し方は教えるの。イリスちゃんはお茶の支度ね。コンロも洞窟内にあるの。ラフィリアさんとカトラスさんは、外の川でお魚を捕ってきて。アイネは晩ご飯の準備をするの」
「僕は?」
「なぁくんは一歩も外に出てはいけないの」
「一歩も?」
「今日一日は外出禁止にして欲しいの。お願いなの」
「なんで!?」
「今日の戦いで、みんな、すごくすっごく心配したんだよ?」
アイネはじーっと僕の方を見てる。
……もしかしてアイネ、怒ってる?
そりゃ僕も『炎の魔人』の前に出るのは恐かったけど、ちゃんと対策はしてたよ? レギィに『魔法で呼び出された精霊くらい斬れる』って確認もしたよ? セシルとラフィリアの魔法も準備してたよ?
「……そんなに心配することはないと思──」
「……なぁくん」
「はい」
「じゃあ、アイネたちを安心させてくれる?」
「安心?」
「『炎の魔人』と戦っても、なぁくんが怪我ひとつしなかったこと。心も体も落ち着いて安定してるってこと。それをアイネたちに確かめさせて欲しいの」
アイネは真剣な目をしてる。
これは……本当に心配させちゃったってことだよな。
「わかった。いいよ」
「ご主人様に二言はない?」
「ないよ。だからみんなが安心するまで、僕の無事を確かめて」
「わかったの。じゃあ、町に戻るまで、なぁくんのお着替えはみんなが順番に担当するの」
「……え?」
「具体的には朝と夜。それとお風呂の後、なぁくんの服を脱がせて着せるの。みんなで」
「ちょ!? アイネ!?」
「そうすれば、なぁくんが怪我ひとつしてないことがはっきりとわかるの。もちろん、身体を拭くのもみんなでやるの。ご飯は『あーん』して食べてもらうの。栄養がちゃんと取れてるか、チェックしないといけないの。ぐっすり眠れているかどうかも間近で──」
「待って。それはさすがにちょっと」
「ご主人様に二言はないんだよね?」
「いや、いくらなんでも恥ずかしいだろ。僕が」
「大丈夫なの」
アイネはとてもいい笑顔で、親指を「ぐっ」と立てた。
「なぁくんだけに恥ずかしい思いはさせないの」
そんなわけで、今日から──
僕がイリス (じゃんけんで決定)に「あーん」されてご飯を食べながら、イリスに「あーん」しながらご飯を食べさせて、
僕がカトラスに服を脱がされながら、カトラスの服を脱がして、
僕がアイネに服を着せられながら、アイネの服を着せるというテクニカルな日々を過ごすことになったのだった。
その夜。
「……あれ?」
足音が聞こえたような気がして、僕は目を開けた。
「…………ふみゅ。ナギしゃま……ぁ」
「…………セシルは寝てて」
隣で寝てるセシルの腕から、しゅる、と抜け出して、立ち上がる。
アイネもイリスもカトラスも、洞窟の中で眠ってる。
からっぽの毛布はふたつ。ラフィリアと、ウリエラさんのものだ。
よく見ると洞窟の奥が、ほのかに光ってた。
『灯り』の魔法か。ラフィリアとウリエラさんはそっちにいるのかな。
僕も行ってみよう。
さっきも見たけど、もう一度あれを見てみたい。
洞窟の奥に残された『地竜アースガルズ』の尻尾の骨を。
「あらら、起こしてしまったですかぁ。マスター」
「申し訳ございません。マスターさま」
予想通り、ラフィリアとウリエラさんは奥の部屋にいた。
部屋の壁には、大きな骨が埋まってる。
これが『地竜アースガルズ』の尻尾の骨だ。
その側に、赤い色の結晶体が埋め込まれている。こっちは古代エルフが残したもので、ウリエラさんをこの世につなぎ止めているものだ。
「ラフィリアも、ウリエラさんも、どしたの?」
「ウリエラ姉さまに、これからのことを話していたのですよぅ」
「この先にある『大渓谷』と、『古代エルフ遺跡』についてです」
ラフィリアとウリエラさんはうなずいた。
「この『墨色の谷』を登っていくと、大地の裂け目があります。マスターさまたちはそちらを通られるようなので、注意事項をお伝えしていたのです」
「そうなんだ。ありがとう、ウリエラさん」
「はい。『大渓谷』を過ぎれば、『古代エルフ遺跡』はすぐのはずです」
「ウリエラさんって、その遺跡を見たことはあるの?」
「ありません。私は、生まれたあと世界を巡り、ライラたちの隠れ里を作りました。その後、死んだ後に魂だけがここに戻って来たのです。この結晶体が、私の魂を固定化するものだったのでしょうね」
「それって、どれくらい昔の話?」
「100年以上昔のことです。その頃は天竜ブランシャルカがおりました。『ギルドマスター』も……もう存在していたように思います。両者が出会うことは、なかったと思いますけれど」
「ウリエラ姉さまも、冒険者をやっていたそうですよぅ」
「はい。身寄りのない者が生活するには、それが一番てっとり早いですから」
「じゃあ、当時の話を聞かせてくれる?」
「はい。もちろんです」
それから、洞窟に座ってウリエラさんは、昔のことを話してくれた。
当時の、今よりももっと力の強かった魔物たちのこと。
町ひとつを滅ぼした魔物を、天竜ブランシャルカがブレスで瞬殺したこと。
天竜の鱗は、お守りとして高値で取引されていたこと。
さまざまな小国が戦争を起こして、まとまって、このリーグナダル王国がだんだん大きくなっていったことなんかを。
「自分が『古代エルフレプリカ』だと気づいたのは、死んでからでした」
ウリエラは言った。
「死んだあとで魂がここに戻って来て、それで、自分の使命を思い出したのです」
ウリエラは結晶体を見上げながら言った。
「あとは、昨日お話しした通りです。自分でも知らないうちに、子孫には『巡礼』の言い伝えが残っていて、彼らは自然とここにやってくるようになりました。
生前、私は『ギルドマスター』とも出会っていたようです。あのお方には自分が『古代エルフレプリカ』であることを伝え、目的に協力することを伝えていました。
私は『古代エルフ』に規定された通り、『白いギルド』の連絡員となり、子孫にはギルドに協力させてきました」
「……ウリエラ姉さま」
「私は、罪深い存在です」
「そういう使命を受けていたんだろ……しょうがないよ」
悪いのは『古代エルフ』だ。
ラフィリアの不幸スキルもそうだけど、彼らは自分たちのレプリカに、勝手な使命を与えてきた。しかも、本人にさえそれを知らせずに、自分たちが滅んだあとの世界に取り残した。
とんでもないブラック種族だ。まったく。
「『古代エルフ』は、なにを考えてたんだろうな」
「……わかりません」
「世界をどうにかしようとは思っていたんですよねぇ」
「『ギルドマスター』の方は、本体である『地竜アースガルズ』が殺された怒りで動いてたそうだけど」
「そうですね。『ギルドマスター』が言ってました。『王と貴族と勇者は、権力を求めて永遠に争い合えばいい。それが彼らの望みなのだ』って」
「……そっか」
『地竜アースガルズ』の魂の半分──『ギルドマスター』は本気で怒ってたんだな。
自分がかわいがってた人間って種族に、いきなり『竜殺し』の聖剣で殺されたんだから当然か。
その怒りは結局、王や貴族、勇者の願いを叶えるというかたちで果たされてる。
そいつらが望んだ力と手段を与えて、自由にさせて……それは呪いのようなものだけど、それを望んだのも、やっぱり王や貴族だから。
「安らかに眠ってください。『地竜アースガルズ』」
僕は『地竜の骨』に手を合わせた。
ラフィリアも、ウリエラも同じようにする。
静かな夜の中。洞窟の奥。
僕たち3人はしばらくの間、黙って手を合わせていた。
「……ひとつだけ」
「え?」
「ひとつだけ、『古代エルフ』が残した言葉があります。ここに」
ウリエラは、地竜の骨の真下を指さした。
そこだけ平らで滑らかな石があった。文字が彫ってある。僕には読めない。ラフィリアも。
ということは、これは古代語かな。
「セシル」
「ひゃ? ひゃい。ナギさま!」
通路の方から声がした。
「これって古代語だと思うんだけど、セシルは読める?」
「ど、どうしてわたしがいるってわかったんですか、ナギさまぁ」
「いや、いるような気がしたから」
「……すごいです。ナギさま」
だって、さっきまで僕とセシルは一緒に寝てたし。
セシルなら僕がいなくなったのに気づくだろうからね。
「拝見しますね」
セシルは洞窟の壁に顔を近づけて、文字に視線を向けた。
「はい。間違いなく古代語です。『遠い未来、魔王が来る』って書いてあります」
「魔王?」
「『古代エルフ』さんは、魔王が来ることを確信してた、ってことでしょうか」
「……僕はいないと思ってるんだけどな。魔王なんて」
魔王がいるなら、王家や貴族だってそっちに全力を向けるだろ。
勇者に貴族の下働きさせる理由もないし、勇者同士を争わせる必要なんかない。
魔王については、僕がこの世界に召喚されたとき、王さまに「辺境に行って魔王と戦え」と言われたっきりだ。それ以降、魔王の存在を示すものはなにもない。
港町イルガファでは、王家の依頼で辺境に物資を送ってるらしいけど……本当に向こうで魔王対策をしてるかなんてわからない。
「まぁ、僕たちが魔王と出会うことは……ないんだろうけど」
「私も、それを願っています」
不意に、ウリエラさんが僕の前にひざまづいた。
「マスターさま」
「うん」
「私は間もなく、消えます。ですから……ラフィリア=グレイスのことを、どうかよろしくお願いします。『古代エルフレプリカ』の使命から解放されたこの子は、私の希望でもあるのです」
ウリエラさんは僕に向かって、深々と頭を下げた。
「だからどうか、ラフィリアを幸せにしてあげてください。この子が望むままに、生きられるように……」
「……ウリエラ……姉さまぁ」
「わかりました」
僕は言った。
「僕はラフィリアと主従契約しています。だから、ラフィリアのために、できることはなんでもするつもりです。彼女が幸せになれるように、望むままに生きられるように……僕にできる限りのことはしますよ」
「ありがとうございます」
「ありがとうですぅ。マスター!」
ウリエラとラフィリアは、声をそろえた。
セシルも涙ぐんでる。
『古代エルフ』の目的なんか関係ない。僕も来訪者の使命とか完全無視しちゃってるし、ラフィリアも使命から解放されてる。
だから、ラフィリアが幸せになれるように、できる限りのことはするつもりだ。
「では、我が妹ラフィリア。あなたの望みを、マスターさまにお伝えしなさい」
「マスターの赤ちゃんが欲しいですぅ!」
ラフィリアは宣言した。
ちょっとだけ、頬を赤くして。でもきっぱりと。
「あたしは『古代エルフレプリカ』だから、子どもは作れないかもって思ってたです。でも、ウリエラ姉さまが子孫を残したことで自信を持ったです。あたしは、マスターの赤ちゃんを産んで、マスターに奉仕するための『古代エルフレプリカ戦隊』を作るです!」
「まぁ」
「当然、リーダーはあたしです! あたしは『グレイスピンク』として、生涯、マスターのために命を燃やし尽くすですよぅ! ちなみに子どもは『グレイスブルー』『グレイスイエロー』『パープル』と続く予定なのです! めざせ大戦隊ですぅ!!」
……どこで覚えたのその特撮知識。
って、僕か。
眠れないときとか、『意識共有』したときに、ラフィリアにはヒーローものの話をしたりしてたもんなぁ。
「……でも、あたしは……ちゃんとしたエルフじゃないから、子どもを作るなんて大役、うまくできないかもしれないですぅ」
「大丈夫ですよ。ラフィリア。あなたはひとりではないのでしょう?」
そう言ってウリエラさんは、セシルの方を見た。
「わからないことは先輩に聞けばいいのです。奴隷のお仲間がいらっしゃるですから、その方のご指導を仰ぎなさい」
「わ、わたしですか!」
「セシル先輩! よろしくお願いするです!」
「ふええええええっ!?」
「あたしがちゃんとマスターと赤ちゃんを作れるように、ご指導ください!!」
「ま、待ってください。わたしだって……まだ、一度しかナギさまと……」
「ゼロに比べれば無限倍ですぅ!」
「……どうか……どうかマスターさま。セシルさま。我が妹の願いを叶えてください」
消えそうな口調で言うのずるくないですか、ウリエラさん。
いや、ラフィリアとそういうことするのは別に嫌じゃないけど、セシルをに指導させるのは無理だろ。
セシルはすぐに「ぷしゅう」ってなっちゃうし。
そもそも、ラフィリアの希望通り、戦隊作れるほど子どもが増えたら、うちのエンゲル係数が大変なことになっちゃうし。
エンゲル係数……つまり、食費と家計。
食費と関係の問題だから、これは……。
「セシル……」
「ナギさま……」
僕とセシルは視線を交わして、うなずいた。
そして──
「「おねえちゃーん、なんとかして──っ!」」
「ちょっと待ってなぁくん、セシルちゃん、いつから気づいてたの!?」
呼んでみただけです。
だってアイネの『お姉ちゃんの隠れ家』は結界みたいなものだし、そこで僕たちが話をしてたら、アイネが気づくかな、って。
「むむむ……」
覚悟を決めたように、物陰からアイネがやってくる。
「……さぁアイネ、ここはひとつ『話は聞かせてもらった』と言ってみて」
「……お姉ちゃんの知識で、ラフィリアさんを指導して差し上げてください」
「……よくわかりませんが。妹のためによろしくお願いいたします」
「ほぇ?」
「む、むむむむむ」
寝間着姿のアイネは頭をわしゃわしゃ掻いてる。
それから、覚悟を決めたように、
「わかったの! ラフィリアさんの『グレイス戦隊作成計画』には、アイネが協力するの!」
「「「さすがパーティのお姉ちゃん」」」
「……セシルちゃん、ラフィリアさん」
「「はい」」
「昼間、なぁくんにくっついてるのをアイネが邪魔したの、根に持ってないよね?」
「「…………ナイデスヨー」」
「そっか、そうなの」
アイネは不思議なくらい優しい笑顔でうなずいて、
「じゃあさっそくだけど、アイネがこれから『正しい子どもの作り方』の知識を伝えるの。実地はおうちに帰ってからにするとして……ラフィリアさん、セシルちゃん、そこに正座」
「はーいですぅ」「わ、わたしもですか?」
「正座なの」
「…………はい」
「じゃあ、あとはよろしく。アイネ」
「なぁくんも正座」
「なんで僕まで!?」
「アイネの知識が正しいか、男の子の目線でチェックして欲しいの」
ご無体な。
「なぁくん」
アイネはじっと僕を見て、顔を近づけてきて、
「ラフィリアさんとウリエラさんの夢に、協力してあげるんだよね?」
「はい」
僕も正座した。
こうして、洞窟の中で、アイネによる指導がはじまって……。
翌朝。
「おはようございますであります。あるじどの……」
「…………おはよう。カトラス」
「…………どうされたのでありますか? なんだか疲れた顔をしているでありますよ?」
「カトラス」
がしっ。
僕はカトラスの肩を掴んだ。
「カトラスってすごいね!」
「いきなり!? なにごとでありますか!?」
「だってカトラスは、自分が女の子だって気づいてから、フィーンにいろいろ指導してもらったんだよね?」
「ひゃ、ひゃわっ!? ひゃ、はい、そうでありますが……その」
「それに耐えたんだよね?」
「耐えたというでありますか。いまだに指導中と言いましょうか……」
「カトラスってすごいよね!」
「な、なにがあったんでありますか!? あるじどの」
僕は無言で、奥の部屋を指さした。
『ぷしゅぅ』状態で、地面につっぷしたセシルがいた。
なぜか鼻血を出しながら、幸せそうに眠るラフィリアがいた。
アイネは腕組みをしたまま、「むっふー」って鼻息荒く仁王立ちだ。
「…………い、一体なにがあったのでありますか、あるじどの……」
「……お願いだから聞かないで」
「き、聞かないでって、気になるでありますよ!」
「カトラスってすごい──」
「だからボクのことはいいでありますから! そ、そんな間近で、優しい目で見つめるのはだめであります! どきどきするでありますからぁ!!」
僕が尊敬するカトラスは、涙目になってた。
振り返ると、ウリエラさんが奥の部屋から、僕たちを見てた。
やさしく微笑んで、ただ一言、
「あなたがたにお任せすれば大丈夫でしょう。ラフィリアと、『古代エルフ』の遺産を、よろしくお願いいたします」
そう言ってウリエラさんは、また、深々と頭を下げた。
……大丈夫かどうかは、僕もちょっと自信がなくなってきたんだけどね。
翌日。
僕たちはウリエラさんの案内で、『墨色の谷』の岩壁を登りはじめた。
崖には隠れた道があり、僕たちでも簡単に登ることができた。
『北の町ハーミルト』側から、『古代エルフ遺跡』側へ、僕たちは並んで移動していく。
「この『墨色の谷』の岩壁を登った先に、『大渓谷』があります。そこを越えると『古代エルフ遺跡』があるはずです」
「『大渓谷』って、大きな谷ですよね?」
「そうです。いわゆる、大地の裂け目のようなもので、深い深い谷間です」
「そこにも登る道があるんですか?」
「……いいえ」
ウリエラさんは首を横に振った。
「そこを越える道は、まだ見つかっていません」
僕たちは崖の道を登り切る。
『墨色の谷』の上に出ると、そこには──
「……これが『大渓谷』…………」
深い深い大地の裂け目が、目の前にあった。
そうしてその先には、深い霧に包まれたエリアが広がっていたのだった。
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