第212話「次期『勇者ギルド』選定の儀式と、第3勢力の襲来」
──『本家勇者ギルド』視点──
『本家勇者ギルド』の最強パーティは、森の中を進んでいた。
木々の向こうには、雪をかぶった山が見える。
あれが『フロストバジリスク』が住む山だ。
そこにたどりつくまでには、数多くの魔物を倒さなければいけない。
「だが、負けるわけにはいかない。「我々『本家勇者ギルド』だけが真の勇者であることを示すために」
「「「は、はいぃぃ」」」
「どうした。声が小さいぞ」
「さ、さすがに魔力が……」「私の魔法もあと1回が限度です」「そろそろ回復を」
「わかった。ならば仕方ないな」
「「「……はぁ」」」
「次に出てくる魔物を倒したら帰ろう!!」
本家勇者ギルドリーダー、ヨース=コーサカは炎のような刻印がされた杖を掲げた。
「ここが『フロストバジリスク』の山までの距離が、残り約72%の場所だ。あと少しで70%。きりのいいところまで進もう」
「「「……は、はい」」」
「心配ない。俺にはこの『炎神の杖』がある。この杖があるから、俺は恐れずに『フロストバジリスク』に立ち向かうことができるのだ」
「『北の町ハーミルト』の領主は、そのバジリスクから逃げ帰ったのでしたね」
配下の一人が、ぽつり、と口にした。
それを聞いたヨース=コーサカは笑みを浮かべて、
「哀しいな。おのれの器を知らない領主というのは……」
「……リーダー」
「せめてその失敗を、俺たちがつぐなって差し上げよう。さすれば、領主も自分の過ちに気づき、魔法使いへの差別を止めるに違いない。その成果を見せれば、真の勇者が誰だかわかるだろう」
ヨース=コーサカは宣言した。
「真の勇者ギルドはひとつしか選ばれない。選ばれなかった方は、選ばれた方の支配を受けるしかない。そう決まったのだから」
「わかってます」
「私たちはヨースさまの考えに……従います」
「魔法使いこそ、勇者として扱われるべきなのですから!」
3人の部下たちが声を上げる。その目はきらきらと輝いていた。
彼らは『北の町ハーミルト』の冒険者たちだ。
領主のやり方に不満を持つ彼らを、ヨース=コーサカは導いてくれた。色々と疑問はあるが、今は彼に従うしかない。彼は超絶の力を持つ、勇者なのだから。
「俺は、道半ばで倒れたとしても、構わない」
ヨース=コーサカは黒髪をかきあげ、つぶやいた。
「ただ、剣士たちが魔法使いを『後ろから魔法を撃つだけの卑怯者』と見下すことだけは許せない。考えを改めさせるためなら、俺は命だって賭けよう。あらゆる犠牲を払い、強大な魔物を討伐することによって!!」
「「「おおおおおおっ!!!」」」
ギャギャ────スッ!!
彼らの声に反応したかように──魔物の叫び声が響いた。
自称勇者ヨース=コーサカと、その仲間たちが足を止めた。
まばらに生えた木の向こうから、青白い獣が現れた。
全身に氷をまとった巨大な虎『フローズンタイガー』だ。
『フローズンタイガー』
全長2メートルを超える、巨大な虎。
鋭い牙と爪を持つ。そのしなやかな動きで、獲物を瞬時に捕らえる力を持つ。
氷系の属性持ち。
爪と牙に、凍結能力がある。
『フローズンタイガー』の数は3頭。
大きめの者が1頭、その後ろに小柄な2頭が付き従っている。
口からは、氷の粒子をまとった息を吐いている。『フロストバジリスク』には及ばないが、強大な魔物であることに代わりはない。爪で斬られれば傷口は瞬時に氷に覆われる。
「お前たちは防御魔法を! その間に俺が切り札を使う!!」
「「「承知しました!!」」」
後ろの3人が詠唱を始める。
同時に、『フローズンタイガー』が地面を蹴った。
「「「『炎の壁』!!」」」
どぉん。
『フローズンタイガー』の目の前に、燃えさかる壁が現れる。
すさまじい熱量に、『フローズンタイガー』が足を止める。
だが、それも数秒だけ。
虎は全身に冷気をまとわせ、一気に『炎の壁』を飛び越えた。
『ギャギャギャギャ──ッ!!』
「遅い。俺の準備は完了している。来い! 『火炎の魔人』!!」
ヨース=コーサカの目の前に、深紅の炎をまとった巨人が現れた。
身体のサイズは約3メートル弱。筋肉質で、深紅の髪が炎のように揺れている。
配下の魔法使いたちが歓声を上げる。これがヨース=コーサカが勇者であることの証。最強の、召喚魔法だ。
『UGoOOOOOOOOO!!』
そして『炎の魔人』と『フローズンタイガー』の格闘戦が始まった。
──数時間後──
「皆! ご苦労だった」
「や、やっと村に……戻れました」「疲れました……」「大変でした……」
ヨース=コーサカと配下の魔法使いたちは、山間の村にたどりついた。
ここは『本家勇者ギルド』が拠点にしている場所だ。
山間で狩りや採取をしている人たちが住んでいる小さな村で、家は十数件ほど。
『フロストバジリスク』討伐のため、『本家勇者ギルド』はここを仮の住処としていた。
「お、お帰りなさいませ。勇者どの」
村の長老が、彼らを出迎えた。
「ご無事でなによりです。それで、お話があるのですが……」
「ああ。話なら、俺たちにもある。見てくれ」
ヨース=コーサカは革袋から、純白の牙を取り出した。
「時間はかかってしまったが。強力な魔物の討伐に成功した。これで、俺たちが勇者だということが、村の皆にもはっきりとわかるだろう?」
「は、はぁ。お怪我をされている方もいるようですが」
「薬草をもらえるだろうか」
「それは構わないのですが……」
長老はヨース=コーサカから目をそらしながら、
「そろそろ村から出て行っていただけないでしょうか」
「? なにを言っているのかわからないな」
「あなた方は塔を拠点とされているのでしょう? この村にいる必要はないのでは……?」
「塔は敵ギルドの攻撃に備えるためのものだ。この村を間借りしているのは『フロストバジリスク』を討伐するため。目的が違う」
「申し上げにくいのですが、あなた方が来てから……村のまわりに魔物が現れるようになりまして。おそらく、血の跡をたどって来ているのでしょうが」
「そうか。明日になったら討伐に向かおう」
「いえ、そうではなく!!」
長老は声をあげた。
気がつくと、いつの間にか村人たちが家から出てきていた。
じっと、冷たい目で、ヨース=コーサカたちを見据えている。
「この村は元々、細々と採取と狩りをするだけの場所ですじゃ。魔物のナワバリには近づかず、静かに暮らしてきました。どうか、そっとしておいてください……」
「なるほどわかった」
「わかってくださいましたか」
「あの領主に顧みられることなく、細々と暮らすしかなかったのだな。だが、心配することはない。俺たち勇者が来たからには、もうそんな生活はさせない。すべての魔物を討ち滅ぼし、君たちが自由に暮らせるようにしよう」
「…………あぁ」
長老はがっくりと崩れ落ちた。
『本家勇者ギルド』を自称する者たちが村に来てから、ずっとこんな調子だった。
彼らは強い。村人が倒せない魔物も倒してしまう。
だが、それだけだ。倒した魔物は放置して、素材を回収することもしない。回収するように言っても「そんなことのために戦っているのではない!」と怒るだけ。村人たちが魔物の死体を処理しようにも、彼らの行く場所にはついていけない。
それが続くうち、村のまわりに、血のにおいにつられた魔物が集まってくるようになった。
今までは村のまわりで、魔物の来る場所と来ない場所が決まっていた。それが完全に崩れている。もう村人には、どこが安全で危険なのかわからない。
「もう一度言おう。俺は君たちのためを思って──」
「魔物だ──っ!! 『フローズンタイガー』の群れが!!」
不意に、叫び声が上がった。
村の中央にある見張り台からだ。
「西の山の方から来てる! 数は……8体はいる!」
「『フローズンタイガー』が8体じゃと!?」「1体でも勝てないのに!?」「ああああああああああああっ!!」「どうしてこんなことに……ここに、強い魔物は来るはずはないのに!!」
「あ、あ、あんたたち!! この、この牙は!!」
長老がヨース=コーサカに食ってかかる。
「この牙は! 倒した『フローズンタイガー』から取ったのじゃろう!? もちろん敵は全滅させたのじゃろうな!? 血の跡は消してきたのじゃろう!?」
「いや、力不足で1体しか倒せなかった」
「────はぁ!?」
「スコアを上げた証拠として、倒した奴の牙を回収してきたんだが……」
ヨース=コーサカは革袋を手に取った。
よく見ると、小さな穴が空いて、そこから血の滴が落ちていた。
『フローズンタイガー』の牙を入れたとき、うっかり破ってしまったらしい。
「あんたは!! あんたの組織は!! こんなことばかりしているのか!? 村をむりやり占拠して、魔物のナワバリを荒らして!!」
「いやいや、これは俺の独自の判断だ。最近、ギルドの体制が変わってな。作戦はみんなと話し合って決めることにしている。しかし……どうするかな。俺の『炎の魔人』では1体を倒すのが限界だが」
ヨース=コーサカは背後の仲間を見た。
全員、荒い息をついている。走るくらいはできるだろうが、戦闘は無理だ。
「よし。撤退する」
「「「りょ、了解です!!」」」
「はぁ!?」「ちょっと待て!」「魔物を呼び寄せたのはあんたたちだろう!? 逃げるのか!?」「せ、せめて、村人が逃げるまで戦ってくれ!!」
「……この村の悲劇は、領主の責任だと言っただろう?」
ヨース=コーサカの口調が変わった。
さっきとは別人のように冷たい声で宣言して、彼は後ろに下がった。
直後、彼と村人の間に『炎の壁』が生まれる。口汚く叫ぶ人々の姿が、見えなくなる。
「俺たちのミスを、敵の得点にするわけにはいかない。もう、時代が変わったのだ。
『白いギルド』と『ギルドマスター』の時代は終わり、俺たちは次の『勇者ギルド』を決めるための戦いをしている。これも仕方のないことなんだ……」
「リーダー」「わかってます」「我々はリーダーの味方です」
ヨース=コーサカたちは走り出す。
自分たちの本拠地、森の中の塔に向かって。
そうして、彼らが村の出口にさしかかったとき──
森の中を、深紅の光線が横切った。
光が木々を断ち切る──薙ぎ払う。
森のどこからか発射された光線は、木々を断ち切り、まっぷたつにする。その光をさえぎれるものはなにもなく、あらゆるものは両断される。そして、それは一直線に森の中を突き進み──
『ギャギャギャギャ────ッ!?』
8体の『フローズンタイガー』たちを、瞬殺した。
一瞬の出来事だった。
光線は8体の魔物を貫通し、焼き尽くす。
冷気に守られている皮膚が蒸発し、肉はまとめて灰となる。
深紅の光線に包み込まれた『フローズンタイガー』は、血の一滴さえも残さず、消え去った。
「……な、な、なんだあれは。『元祖勇者ギルド』の勇者か!?」
「違います。魔法です。我々以上の魔法使いが」「敵? 味方?」「…………あんな魔法があるなら『フロストバジリスク』なんか」
ヨース=コーサカたちは震え出す。
すでに自分たちは、あの光線の射程内に入っている。逃げなければ。もうすぐ『炎の壁』も消える。村人たちも追ってくるだろう。今すぐに逃げなければ……。
ひゅんっ。
不意に、矢の音がした。
森の中から飛んできた、4本の矢。それがヨース=コーサカたちのローブの裾に突き刺さった。幸運だった。数センチずれていたら、身体に直撃していただろう。
けれど──動けない。
服は完全に地面に縫い止められている。深々と刺さった矢は抜くこともできない。
「……あんたたちという奴は」「『フローズンタイガー』を呼び寄せて、自分だけ逃げようと……」「信じられねぇ。それでも勇者か」
「……はっ」
気づくと、背後に村人たちが迫っていた。
「来い!『炎の魔人』!!」
ヨース=コーサカは杖を振り上げた。
地面に魔法陣が発生し、そこから、身長約3メートルの炎の巨人が現れる。
「村人たちに告げる!」
『炎の巨人』の後ろに隠れて、ヨース=コーサカは声を張り上げる。
「今のは間違いだ! 俺たちは確かにミスをした。だが、あの方が次の『勇者ギルド』を決める試験をしているのだ。この世界に勇者は必要だ。これは仕方のないことで──」
『本家勇者ギルドに告げる』
声がした。森の方からだ。
見ると、村に向かってゆっくりと、人影が近づいてきていた。
鎧を着ている。黒い剣を背負っている。
顔はフードで隠れて、分からない。
『我らは「ギルドマスター」と同等の存在に認められた者。勇者限定の組織、名を「勇限会社──ブレイブ・オンリー・カンパニー」という』
「『ゆうげんがいしゃ』……だと!?」
聞いたことがある。
昔あった、会社組織の名前だ。今も古い会社では使われてる。
が、それはヨース=コーサカが元いた世界の話だ。それを知っているということは、あの人物は自分と同じ世界から来た者、ということになる。
「だが! 知らないぞ。そんな名前の『勇者ギルド』は知らない!」
ヨース=コーサカは声を張り上げた。
「『白いギルド』から生まれたのは『本家勇者ギルド』と『元祖勇者ギルド』だけだ! 次世代の勇者ギルドの候補に、『勇限会社』などというものは存在しない!!」
『……なにが次世代の勇者ギルドだ』
人影は言った。
『魔物のナワバリを荒らし回って、村人の住みかをぶっこわしてるだけじゃねぇか。というか、いい加減勇者をやるのはやめて、その力で普通に暮らせ。来訪者の評判を落とすな』
「ほざけ! 『フローズンタイガー』を倒したくらいで思い上がるな!!」
『……こっちはお前が連れてきた魔物を処理したんだけどな』
「俺たちは塔に戻って仲間を連れてくるつもりだったんだ! それを勘違いして、勝手に!」
『ふざけるな』
声は言った。
『お前、村の人たちを犠牲にしようとしただろう? お前がしたことは、魔法使いの立場を悪くするだけだ。これ以上、人を対立させてどうするんだ。魔物がいて、魔王が本当にいるなら、勢力争いしてる場合じゃないだろう?』
「うるさい、もういい! 俺と戦え!!」
ヨース=コーサカは『炎の巨人』を、人影に向けた。
「火炎魔法で『フローズンタイガー』を倒したからなんだというんだ! 俺だって火炎魔法の使い手だ。貴様などに負けるものか!! 『勇者ギルド』は俺たち『本家勇者ギルド』だけだ!!」
『お前……一体なにがしたいんだよ』
はぁ、と、周囲にため息が響いた。
「俺たちは次世代の『勇者ギルド』を選ぶ戦いの最中にいる」
『……次世代の……勇者ギルド』
「ああ。上に立つのが後衛の魔法使いか、前衛の戦士かを決める争いだ。裁定者に認めてもらうためには手段を選ぶ余裕はない。俺には私欲も私心もない!」
『その結果、この村が魔物に襲われることになっても?』
「…………歴史が答えを出すだろう」
ヨース=コーサカは唇をゆがめて、笑った。
「話は終わりだ! そいつを殺せ! 『炎の巨人』!!」
『同じ世界の人と、久しぶりに話がしてみたかったんだけどな』
フードをかぶった人影は、ため息をついたようだった。
『嫌な領主に対抗しようとしてるっていうから、もしかしたら、話が通じるかと思って』
その声を聞いたヨース=コーサカの背中に、寒気が走った。
違和感があった。
どうしてこんな距離なのに、相手の声がはっきりと聞こえるのか。
どうして『炎の巨人』がいることを知りながら、逃げようとしないのか。
『フローズンタイガー』を倒せるほどの魔法を持ちながら、どうして撃ってこないのか。
『話がしたかったんだよ。あなたがいつ召喚されたのかとか、王さまが今、なにしてるのか、とか。でも……もう、しょうがないのかな』
黒い人影が剣を構えた。
間合いの外だ。届くわけがない。
だが『炎の巨人』の間合いは広い。腕の長さと炎の攻撃範囲の分だけ、先に相手を攻撃できる。
「撃ってこないということは、奴の魔法は種切れだ! やれ『炎の巨人』!!」
『じゃあ、とりあえず斬ってみるよ。えい』
ぶぉん。
人影の、剣が巨大化した。
『炎の巨人』の腕が落ちた。
『──U、U、Ugooooooooo!!』
『みんなの言う通り、「炎の巨人」には魔法の剣は効くのか。じゃあ、スキル効果も通じるかな』
声の主がさらに、剣を振った。
『炎の巨人』は動けない。あっさり、もう片方の腕も切り落とされる。
「……剣が、伸びた?」
油断していた。間合いの外だと思っていた。まさか、こんなことになるなんて。
「ま、魔力補給を行う。腕を再生してやる! 戻ってこい! 『炎の巨人』!!」
ヨース=コーサカは叫んだ。
こっちを振り向いた『炎の巨人』は──
『──HaaakushoooonnN!!』
火炎まじりのくしゃみをした。
ぼしゅっ。
ヨース=コーサカの足元で、炎の球が弾けた。
「──え」
『──KusyunN! クシュン! Ugoooooo!!』
「よ、よせ! 来るな! 来るなああああああっ!!」
『炎の巨人』はくしゃみを繰り返す。そのたびに、口から炎の球が飛び出す。
状態異常だ。
敵はなんらかの方法で『炎の巨人』を状態異常にした。それで火炎の制御が効かなくなっているのだ。
『炎の巨人』は必死でこっちに戻ってこようとする。
ヨース=コーサカは頭を抱えて逃げ回る。
そして思いつく。単純な話だ。『炎の巨人』を消せばいい。
そう思って彼が杖を振ると──
しゅんっ。
『炎の巨人』は姿を消した。
「こ、こんなことで、俺を倒せるとでも……」
ヨース=コーサカは膝を払って立ち上がる。
顔を上げると、自分を取り囲む村人たちと目が合った。
「「「「………………」」」」
全員、冷たい視線で自分を見つめている。
部下はどうしたのだろう……そう思って横を見ると、全員、取り押さえられていた。
「落ち着いて、話し合おう」
ヨース=コーサカは両手を挙げた。
「天才とは理解されないものだ。だが、いつか君たちも、俺の真意に気づくだろう。ヨース=コーサカがしたことは、長いスパンで見れば正しかったのだと。そのとき、後悔するようなことがあってはいけない。俺は君たちのことを思って──」
「「「「「……お前はもう黙ってろ!!」」」」」
「──────っ!!」
山間の村に、『本家勇者ギルド』リーダーの悲鳴がこだました。
──ナギ視点──
「終わったよ」
僕は森の中にいるライラさん──ウリエラ=グレイスに告げた。
『墨色の谷』で、僕たちはウリエラから、『本家勇者ギルド』の情報をすべて聞いた。
彼らが『フロストバジリスク』を倒そうとしていること、この村を占領していることも。
ウリエラ=グレイスはライラさんの記憶と、今まで巡礼にやってきた人たちすべての記憶を持っている。その情報を分析すれば、『本家勇者ギルド』について知るのは簡単だった。
塔を占拠している『本家勇者ギルド』も、どこかで食料の補給を受けなきゃいけない。
でも、彼らは『北の町ハーミルト』には戻れない。だから、どこかの村を頼っているはず。そう考えた僕たちは、この村の近くで様子をうかがってた。
まさかあいつらが、魔物を呼び寄せるとは思ってなかったけど。
『フローズンタイガー』を倒したのは、セシルの圧縮魔法『古代語魔法 炎の矢』。ヨース=コーサカたちを足止めしたのは、ラフィリアの『豪雨弓術』+『不運消滅』だ。『炎の魔人』は僕の『遅延闘技』でなんとかなった。
「久しぶりに、勇者の人と話をしたかったんだけどな」
魔法使いを差別してる領主に反対してる人なら、話せばわかってくれるかも、って思ってた。
だから本当は、僕たちが『フローズンタイガー』を倒して、それからヨース=コーサカたちと話をするつもりだったんだけど……まさか勇者が魔物を放置して逃げるとは思わなかった……。
おかげで村人さんたちがブチ切れて──結局、あれしか話せなかった。
僕もそんなに話し上手じゃないからね。
「『本家勇者ギルド』の中心人物は倒した。塔を占領してる人はいるけど……リーダーがいなくなって戦力が減れば、大人しくなるんじゃないかな」
ちなみにリーダーのヨース=コーサカって人は、村人に縛り上げられてた。そのまま領主さんのところに引っ張られていくそうだ。
村の方では『勇限会社……?』『ブレイブ・オンリー・カンパニー……』『一体何者なのだ。あの強力な力は──』とか話してる。
一応、謎の第三勢力の情報は流した。
それにしても……ヨース=コーサカの言葉が気になる。次世代の『勇者ギルド』を決めるための争い、って、どういうことだ? もう『ギルドマスター』はいない。ウリエラ=グレイスも、そんな争いには関与してない。
だったら誰が、次世代の『勇者ギルド』について決定を下すんだ……?
「セシルもラフィリアも、お疲れさま……って、どしたの」
「……ナギさま」「……マスター」
気づくと、セシルとラフィリアが、僕の両手を、ぎゅ、と掴んでた。
「……こわかったです。ナギさまが……『来訪者』さんの前に出るなんて」「……あぶないことしないでくださいよぅ」
2人とも涙目だった。
「えっと……対策は立ててたよ。セシルには『古代語版 堕力の矢』を準備してもらってたから、いざとなったらイフリートを消せたし。カトラスとアイネにもフォロー頼んでたし」
「それでも、です」「マスターが傷ついたら、駄目ですぅ」
「ごめんな。久しぶりに『来訪者』と話がしたかったんだよ」
……『白いギルド』がなくなったなら『勇者になりたがり』の来訪者も、少しは変わったのかもしれない、って思ってた。
でも、違った。
逆に『ギルドマスター』がいなくなって、暴走を始めてるみたいだった。
「あなたの依頼は終わったよ。ウリエラ=グレイス」
僕はライラさん──ウリエラ=グレイスの方を見た。
「とりあえず『本家勇者ギルド』は止めた。あとは、僕たちが『古代エルフの都』に入れば、あなたの長い……ブラックな使命は終わりだ」
「ありがとうございました……」
「別にいいよ。『白いギルド』の話も聞かせてもらったから」
『ギルドマスター』=『地竜アースガルズ』の残留思念の怒りとか、悲しみとか。
それを利用した『古代エルフ』の話とか、色々。
だから、それはそれで、もういいんだ。
「あとはライラさんを町に戻して、僕たちは『古代エルフの都』を目指す。それで僕たちは向こうにあるものをもらう。それでいいよね?」
「はい。私の最後のおつとめです。遺産の継承者を、都にご案内します」
ウリエラ=グレイスは、僕たちに向かって、深々と頭を下げた。
「あなたたちこそ『古代エルフ』の技術を受け継ぎ、この世界を変える者たちでしょう。私が消えるまでの間、どうか『マスター』と呼ばせてください。我が妹ラフィリアのご主人様、ソウマ=ナギさま」
そう言ってウリエラ=グレイスは、さみしそうに笑ったのだった。
いつも「チート嫁」をお読みいただき、ありがとうございます!
「チート嫁」がオーディオブックになりました。4月5日から配信開始予定です。いちゃいちゃシーンも再構築シーンも満載です(プロの読み手さんってすごいです……)。アマゾンのAudibleで配信される予定ですので、ぜひ、聞いてみてください!
もうひとつのお話「竜帝の後継者と、天下無双の嫁軍団 ー異世界でいまさらスキルに覚醒した元中二病が、義妹や幼なじみと建国する話ー」も、ただいま更新中です。
画面下のリンクから飛べますので、そちらも、ぜひ読んでみてください!




