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第212話「次期『勇者ギルド』選定の儀式と、第3勢力の襲来」

 ──『本家勇者ギルド』視点──





『本家勇者ギルド』の最強パーティは、森の中を進んでいた。


 木々の向こうには、雪をかぶった山が見える。


 あれが『フロストバジリスク』が住む山だ。


 そこにたどりつくまでには、数多くの魔物を倒さなければいけない。


「だが、負けるわけにはいかない。「我々『本家勇者ギルド』だけが真の勇者であることを示すために」


「「「は、はいぃぃ」」」


「どうした。声が小さいぞ」


「さ、さすがに魔力が……」「私の魔法もあと1回が限度です」「そろそろ回復を」


「わかった。ならば仕方ないな」


「「「……はぁ」」」


「次に出てくる魔物を倒したら帰ろう!!」


 本家勇者ギルドリーダー、ヨース=コーサカは炎のような刻印がされた杖を掲げた。


「ここが『フロストバジリスク』の山までの距離が、残り約72%の場所だ。あと少しで70%。きりのいいところまで進もう」


「「「……は、はい」」」


「心配ない。俺にはこの『炎神の杖』がある。この杖があるから、俺は恐れずに『フロストバジリスク』に立ち向かうことができるのだ」


「『北の町ハーミルト』の領主は、そのバジリスクから逃げ帰ったのでしたね」


 配下の一人が、ぽつり、と口にした。


 それを聞いたヨース=コーサカは笑みを浮かべて、


「哀しいな。おのれの(うつわ)を知らない領主というのは……」


「……リーダー」


「せめてその失敗を、俺たちがつぐなって差し上げよう。さすれば、領主も自分の過ちに気づき、魔法使いへの差別を止めるに違いない。その成果を見せれば、真の勇者が誰だかわかるだろう」


 ヨース=コーサカは宣言した。


真の勇者ギルドは(・・・・・・・・)ひとつしか(・・・・・)選ばれない(・・・・・)。選ばれなかった方は、選ばれた方の支配を受けるしかない。そう決まった(・・・・・・)のだから(・・・・)


「わかってます」


「私たちはヨースさまの考えに……従います」


「魔法使いこそ、勇者として扱われるべきなのですから!」


 3人の部下たちが声を上げる。その目はきらきらと輝いていた。


 彼らは『北の町ハーミルト』の冒険者たちだ。


 領主のやり方に不満を持つ彼らを、ヨース=コーサカは導いてくれた。色々と疑問はあるが、今は彼に従うしかない。彼は超絶の力を持つ、勇者なのだから。


「俺は、道半ばで倒れたとしても、構わない」


 ヨース=コーサカは黒髪をかきあげ、つぶやいた。


「ただ、剣士たちが魔法使いを『後ろから魔法を撃つだけの卑怯者』と見下すことだけは許せない。考えを改めさせるためなら、俺は命だって()けよう。あらゆる犠牲を払い、強大な魔物を討伐することによって!!」


「「「おおおおおおっ!!!」」」




 ギャギャ────スッ!!




 彼らの声に反応したかように──魔物の叫び声が響いた。


 自称勇者ヨース=コーサカと、その仲間たちが足を止めた。


 まばらに生えた木の向こうから、青白い獣が現れた。


 全身に氷をまとった巨大な虎『フローズンタイガー』だ。






『フローズンタイガー』


 全長2メートルを超える、巨大な虎。


 鋭い牙と爪を持つ。そのしなやかな動きで、獲物を瞬時に捕らえる力を持つ。


 氷系の属性持ち。


 爪と牙に、凍結能力がある。






『フローズンタイガー』の数は3頭。


 大きめの者が1頭、その後ろに小柄な2頭が付き従っている。


 口からは、氷の粒子をまとった息を吐いている。『フロストバジリスク』には及ばないが、強大な魔物であることに代わりはない。爪で斬られれば傷口は瞬時に氷に(おお)われる。


「お前たちは防御魔法を! その間に俺が切り札を使う!!」


「「「承知しました!!」」」


 後ろの3人が詠唱を始める。


 同時に、『フローズンタイガー』が地面を蹴った。


「「「『炎の壁(フレイムウォール)』!!」」」




 どぉん。




『フローズンタイガー』の目の前に、燃えさかる壁が現れる。


 すさまじい熱量に、『フローズンタイガー』が足を止める。


 だが、それも数秒だけ。


 虎は全身に冷気をまとわせ、一気に『炎の壁』を飛び越えた。


『ギャギャギャギャ──ッ!!』


「遅い。俺の準備は完了している。来い! 『火炎の魔人(イフリート)』!!」


 ヨース=コーサカの目の前に、深紅の炎をまとった巨人が現れた。


 身体のサイズは約3メートル弱。筋肉質で、深紅の髪が炎のように揺れている。


 配下の魔法使いたちが歓声を上げる。これがヨース=コーサカが勇者であることの証。最強の、召喚魔法だ。




『UGoOOOOOOOOO!!』




 そして『炎の魔人(イフリート)』と『フローズンタイガー』の格闘戦(かくとうせん)が始まった。




 ──数時間後──




「皆! ご苦労だった」


「や、やっと村に……戻れました」「疲れました……」「大変でした……」


 ヨース=コーサカと配下の魔法使いたちは、山間(やまあい)の村にたどりついた。


 ここは『本家勇者ギルド』が拠点にしている場所だ。


 山間で狩りや採取をしている人たちが住んでいる小さな村で、家は十数件ほど。


『フロストバジリスク』討伐(とうばつ)のため、『本家勇者ギルド』はここを仮の住処(すみか)としていた。


「お、お帰りなさいませ。勇者どの」


 村の長老が、彼らを出迎えた。


「ご無事でなによりです。それで、お話があるのですが……」


「ああ。話なら、俺たちにもある。見てくれ」


 ヨース=コーサカは革袋から、純白の牙を取り出した。


「時間はかかってしまったが。強力な魔物の討伐(とうばつ)に成功した。これで、俺たちが勇者だということが、村の皆にもはっきりとわかるだろう?」


「は、はぁ。お怪我をされている方もいるようですが」


「薬草をもらえるだろうか」


「それは構わないのですが……」


 長老はヨース=コーサカから目をそらしながら、


「そろそろ村から出て行っていただけないでしょうか」


「? なにを言っているのかわからないな」


「あなた方は塔を拠点(きょてん)とされているのでしょう? この村にいる必要はないのでは……?」


「塔は敵ギルドの攻撃に備えるためのものだ。この村を間借りしているのは『フロストバジリスク』を討伐するため。目的が違う」


「申し上げにくいのですが、あなた方が来てから……村のまわりに魔物が現れるようになりまして。おそらく、血の跡をたどって来ているのでしょうが」


「そうか。明日になったら討伐に向かおう」


「いえ、そうではなく!!」


 長老は声をあげた。


 気がつくと、いつの間にか村人たちが家から出てきていた。


 じっと、冷たい目で、ヨース=コーサカたちを見据えている。


「この村は元々、細々と採取と狩りをするだけの場所ですじゃ。魔物のナワバリには近づかず、静かに暮らしてきました。どうか、そっとしておいてください……」


「なるほどわかった」


「わかってくださいましたか」


「あの領主に(かえり)みられることなく、細々と暮らすしかなかったのだな。だが、心配することはない。俺たち勇者が来たからには、もうそんな生活はさせない。すべての魔物を討ち滅ぼし、君たちが自由に暮らせるようにしよう」


「…………あぁ」


 長老はがっくりと崩れ落ちた。


『本家勇者ギルド』を自称する者たちが村に来てから、ずっとこんな調子だった。


 彼らは強い。村人が倒せない魔物も倒してしまう。


 だが、それだけだ。倒した魔物は放置して、素材を回収することもしない。回収するように言っても「そんなことのために戦っているのではない!」と怒るだけ。村人たちが魔物の死体を処理しようにも、彼らの行く場所にはついていけない。


 それが続くうち、村のまわりに、血のにおいにつられた魔物が集まってくるようになった。


 今までは村のまわりで、魔物の来る場所と来ない場所が決まっていた。それが完全に崩れている。もう村人には、どこが安全で危険なのかわからない。


「もう一度言おう。俺は君たちのためを思って──」




「魔物だ──っ!! 『フローズンタイガー』の群れが!!」




 不意に、叫び声が上がった。


 村の中央にある見張り台からだ。




「西の山の方から来てる! 数は……8体はいる!」


「『フローズンタイガー』が8体じゃと!?」「1体でも勝てないのに!?」「ああああああああああああっ!!」「どうしてこんなことに……ここに、強い魔物は来るはずはないのに!!」


「あ、あ、あんたたち!! この、この牙は!!」


 長老がヨース=コーサカに食ってかかる。


「この牙は! 倒した『フローズンタイガー』から取ったのじゃろう!? もちろん敵は全滅させたのじゃろうな!? 血の跡は消してきたのじゃろう!?」


「いや、力不足で1体しか倒せなかった」


「────はぁ!?」


「スコアを上げた証拠として、倒した奴の牙を回収してきたんだが……」


 ヨース=コーサカは革袋を手に取った。


 よく見ると、小さな穴が空いて、そこから血の滴が落ちていた。


『フローズンタイガー』の牙を入れたとき、うっかり破ってしまったらしい。


「あんたは!! あんたの組織は!! こんなことばかりしているのか!? 村をむりやり占拠(せんきょ)して、魔物のナワバリを荒らして!!」


「いやいや、これは俺の独自の判断だ。最近、ギルドの体制が変わってな。作戦はみんなと話し合って決めることにしている。しかし……どうするかな。俺の『炎の魔人(イフリート)』では1体を倒すのが限界だが」


 ヨース=コーサカは背後の仲間を見た。


 全員、荒い息をついている。走るくらいはできるだろうが、戦闘は無理だ。


「よし。撤退(てったい)する」


「「「りょ、了解です!!」」」


「はぁ!?」「ちょっと待て!」「魔物を呼び寄せたのはあんたたちだろう!? 逃げるのか!?」「せ、せめて、村人が逃げるまで戦ってくれ!!」


「……この村の悲劇は、領主の責任だと言っただろう?」


 ヨース=コーサカの口調が変わった。


 さっきとは別人のように冷たい声で宣言して、彼は後ろに下がった。


 直後、彼と村人の間に『炎の壁(フレイムウォール)』が生まれる。口汚く叫ぶ人々の姿が、見えなくなる。


「俺たちのミスを、敵の得点にするわけにはいかない。もう、時代が変わったのだ。

『白いギルド』と『ギルドマスター』の時代は終わり、俺たちは次の『勇者ギルド』を決めるための戦いをしている。これも仕方のないことなんだ……」


「リーダー」「わかってます」「我々はリーダーの味方です」


 ヨース=コーサカたちは走り出す。


 自分たちの本拠地(ほんきょち)、森の中の塔に向かって。


 そうして、彼らが村の出口にさしかかったとき──




 森の中を、深紅の光線が横切った。


 光が木々を断ち切る──()(はら)う。


 森のどこからか発射された光線は、木々を断ち切り、まっぷたつにする。その光をさえぎれるものはなにもなく、あらゆるものは両断される。そして、それは一直線に森の中を突き進み──




『ギャギャギャギャ────ッ!?』




 8体の『フローズンタイガー』たちを、瞬殺(しゅんさつ)した。


 一瞬の出来事だった。


 光線は8体の魔物を貫通し、焼き尽くす。


 冷気に守られている皮膚が蒸発し、肉はまとめて灰となる。


 深紅の光線に包み込まれた『フローズンタイガー』は、血の一滴さえも残さず、消え去った。


「……な、な、なんだあれは。『元祖勇者ギルド』の勇者か!?」


「違います。魔法です。我々以上の魔法使いが」「敵? 味方?」「…………あんな魔法があるなら『フロストバジリスク』なんか」


 ヨース=コーサカたちは震え出す。


 すでに自分たちは、あの光線の射程内に入っている。逃げなければ。もうすぐ『炎の壁』も消える。村人たちも追ってくるだろう。今すぐに逃げなければ……。




 ひゅんっ。




 不意に、矢の音がした。


 森の中から飛んできた、4本の矢。それがヨース=コーサカたちのローブの裾に突き刺さった。幸運だった。数センチずれていたら、身体に直撃していただろう。


 けれど──動けない。


 服は完全に地面に縫い止められている。深々と刺さった矢は抜くこともできない。


「……あんたたちという奴は」「『フローズンタイガー』を呼び寄せて、自分だけ逃げようと……」「信じられねぇ。それでも勇者か」


「……はっ」


 気づくと、背後に村人たちが迫っていた。


「来い!『炎の魔人(イフリート)』!!」


 ヨース=コーサカは杖を振り上げた。


 地面に魔法陣が発生し、そこから、身長約3メートルの炎の巨人が現れる。


「村人たちに告げる!」


炎の巨人(イフリート)』の後ろに隠れて、ヨース=コーサカは声を張り上げる。


「今のは間違いだ! 俺たちは確かにミスをした。だが、あの方が次の『勇者ギルド』を決める試験をしているのだ。この世界に勇者は必要だ。これは仕方のないことで──」




『本家勇者ギルドに告げる』




 声がした。森の方からだ。


 見ると、村に向かってゆっくりと、人影が近づいてきていた。


 (よろい)を着ている。黒い剣を背負っている。


 顔はフードで隠れて、分からない。




『我らは「ギルドマスター」と同等の存在に認められた者。勇者限定の組織、名を「勇限会社(ゆうげんがいしゃ)──ブレイブ・オンリー・カンパニー」という』


「『ゆうげんがいしゃ』……だと!?」


 聞いたことがある。


 昔あった、会社組織の名前だ。今も古い会社では使われてる。


 が、それはヨース=コーサカが元いた世界の話だ。それを知っているということは、あの人物は自分と同じ世界から来た者、ということになる。


「だが! 知らないぞ。そんな名前の『勇者ギルド』は知らない!」


 ヨース=コーサカは声を張り上げた。


「『白いギルド』から生まれたのは『本家勇者ギルド』と『元祖勇者ギルド』だけだ! 次世代の(・・・・)勇者ギルド(・・・・・)の候補(・・・)に、『勇限会社(ゆうげんがいしゃ)』などというものは存在しない!!」


『……なにが次世代の勇者ギルドだ』


 人影は言った。


『魔物のナワバリを荒らし回って、村人の住みかをぶっこわしてるだけじゃねぇか。というか、いい加減勇者をやるのはやめて、その力で普通に暮らせ。来訪者の評判を落とすな』


「ほざけ! 『フローズンタイガー』を倒したくらいで思い上がるな!!」


『……こっちはお前が連れてきた魔物を処理したんだけどな』


「俺たちは塔に戻って仲間を連れてくるつもりだったんだ! それを勘違いして、勝手に!」


『ふざけるな』


 声は言った。


『お前、村の人たちを犠牲にしようとしただろう? お前がしたことは、魔法使いの立場を悪くするだけだ。これ以上、人を対立させてどうするんだ。魔物がいて、魔王が本当にいるなら、勢力争いしてる場合じゃないだろう?』


「うるさい、もういい! 俺と戦え!!」


 ヨース=コーサカは『炎の巨人(イフリート)』を、人影に向けた。


「火炎魔法で『フローズンタイガー』を倒したからなんだというんだ! 俺だって火炎魔法の使い手だ。貴様などに負けるものか!! 『勇者ギルド』は俺たち『本家勇者ギルド』だけだ!!」


『お前……一体なにがしたいんだよ』


 はぁ、と、周囲にため息が響いた。


「俺たちは次世代の『勇者ギルド』を選ぶ戦いの最中にいる」


『……次世代の……勇者ギルド』


「ああ。上に立つのが後衛の魔法使いか、前衛の戦士かを決める争いだ。裁定者(あの方)に認めてもらうためには手段を選ぶ余裕はない。俺には私欲も私心もない!」


『その結果、この村が魔物に襲われることになっても?』


「…………歴史が答えを出すだろう」


 ヨース=コーサカは唇をゆがめて、笑った。


「話は終わりだ! そいつを殺せ! 『炎の巨人(イフリート)』!!」


『同じ世界の人と、久しぶりに話がしてみたかったんだけどな』


 フードをかぶった人影は、ため息をついたようだった。


『嫌な領主に対抗しようとしてるっていうから、もしかしたら、話が通じるかと思って』


 その声を聞いたヨース=コーサカの背中に、寒気が走った。


 違和感があった。


 どうしてこんな距離なのに、相手の声がはっきりと聞こえるのか。


 どうして『炎の巨人(イフリート)』がいることを知りながら、逃げようとしないのか。


『フローズンタイガー』を倒せるほどの魔法を持ちながら、どうして撃ってこないのか。


『話がしたかったんだよ。あなたがいつ召喚されたのかとか、王さまが今、なにしてるのか、とか。でも……もう、しょうがないのかな』


 黒い人影が剣を構えた。


 間合いの外だ。届くわけがない。


 だが『炎の巨人(イフリート)』の間合いは広い。腕の長さと炎の攻撃範囲の分だけ、先に相手を攻撃できる。


「撃ってこないということは、奴の魔法は種切れだ! やれ『炎の巨人(イフリート)』!!」


『じゃあ、とりあえず斬ってみるよ。えい』




 ぶぉん。




 人影の、剣が巨大化した。


『炎の巨人』の腕が落ちた。


『──U、U、Ugooooooooo!!』


『みんなの言う通り、「炎の巨人」には魔法の剣は効くのか。じゃあ、スキル効果も通じるかな』


 声の主がさらに、剣を振った。


『炎の巨人』は動けない。あっさり、もう片方の腕も切り落とされる。


「……剣が、伸びた?」


 油断していた。間合いの外だと思っていた。まさか、こんなことになるなんて。


「ま、魔力補給を行う。腕を再生してやる! 戻ってこい! 『炎の巨人』!!」


 ヨース=コーサカは叫んだ。


 こっちを振り向いた『炎の巨人』は──




『──HaaakushoooonnN!!』




 火炎まじりのくしゃみをした。




 ぼしゅっ。




 ヨース=コーサカの足元で、炎の球が弾けた。


「──え」




『──KusyunN! クシュン! Ugoooooo!!』




「よ、よせ! 来るな! 来るなああああああっ!!」


『炎の巨人』はくしゃみを繰り返す。そのたびに、口から炎の球が飛び出す。


 状態異常だ。


 敵はなんらかの方法で『炎の巨人』を状態異常にした。それで火炎の制御が効かなくなっているのだ。


『炎の巨人』は必死でこっちに戻ってこようとする。


 ヨース=コーサカは頭を抱えて逃げ回る。


 そして思いつく。単純な話だ。『炎の巨人』を消せばいい。


 そう思って彼が杖を振ると──




 しゅんっ。




『炎の巨人』は姿を消した。


「こ、こんなことで、俺を倒せるとでも……」


 ヨース=コーサカは膝を払って立ち上がる。


 顔を上げると、自分を取り囲む村人たちと目が合った。




「「「「………………」」」」




 全員、冷たい視線で自分を見つめている。


 部下はどうしたのだろう……そう思って横を見ると、全員、取り押さえられていた。


「落ち着いて、話し合おう」


 ヨース=コーサカは両手を挙げた。


「天才とは理解されないものだ。だが、いつか君たちも、俺の真意に気づくだろう。ヨース=コーサカがしたことは、長いスパンで見れば正しかったのだと。そのとき、後悔するようなことがあってはいけない。俺は君たちのことを思って──」



「「「「「……お前はもう黙ってろ!!」」」」」


「──────っ!!」



 山間の村に、『本家勇者ギルド』リーダーの悲鳴がこだました。






 ──ナギ視点──




「終わったよ」


 僕は森の中にいるライラさん──ウリエラ=グレイスに告げた。


墨色(すみいろ)の谷』で、僕たちはウリエラから、『本家勇者ギルド』の情報をすべて聞いた。


 彼らが『フロストバジリスク』を倒そうとしていること、この村を占領していることも。


 ウリエラ=グレイスはライラさんの記憶と、今まで巡礼にやってきた人たちすべての記憶を持っている。その情報を分析すれば、『本家勇者ギルド』について知るのは簡単だった。


 塔を占拠している『本家勇者ギルド』も、どこかで食料の補給を受けなきゃいけない。


 でも、彼らは『北の町ハーミルト』には戻れない。だから、どこかの村を頼っているはず。そう考えた僕たちは、この村の近くで様子をうかがってた。


 まさかあいつらが、魔物を呼び寄せるとは思ってなかったけど。


『フローズンタイガー』を倒したのは、セシルの圧縮魔法『古代語魔法 炎の矢』。ヨース=コーサカたちを足止めしたのは、ラフィリアの『豪雨弓術』+『不運消滅』だ。『炎の魔人』は僕の『遅延闘技(ディレイアーツ)』でなんとかなった。


「久しぶりに、勇者の人と話をしたかったんだけどな」


 魔法使いを差別してる領主に反対してる人なら、話せばわかってくれるかも、って思ってた。


 だから本当は、僕たちが『フローズンタイガー』を倒して、それからヨース=コーサカたちと話をするつもりだったんだけど……まさか勇者が魔物を放置して逃げるとは思わなかった……。


 おかげで村人さんたちがブチ切れて──結局、あれしか話せなかった。


 僕もそんなに話し上手じゃないからね。


「『本家勇者ギルド』の中心人物は倒した。塔を占領してる人はいるけど……リーダーがいなくなって戦力が減れば、大人しくなるんじゃないかな」


 ちなみにリーダーのヨース=コーサカって人は、村人に縛り上げられてた。そのまま領主さんのところに引っ張られていくそうだ。


 村の方では『勇限会社(ゆうげんがいしゃ)……?』『ブレイブ・オンリー・カンパニー……』『一体何者なのだ。あの強力な力は──』とか話してる。


 一応、謎の第三勢力の情報は流した。


 それにしても……ヨース=コーサカの言葉が気になる。次世代の『勇者ギルド』を決めるための争い、って、どういうことだ? もう『ギルドマスター』はいない。ウリエラ=グレイスも、そんな争いには関与してない。


 だったら誰が、次世代の『勇者ギルド』について決定を下すんだ……?


「セシルもラフィリアも、お疲れさま……って、どしたの」


「……ナギさま」「……マスター」


 気づくと、セシルとラフィリアが、僕の両手を、ぎゅ、と掴んでた。


「……こわかったです。ナギさまが……『来訪者』さんの前に出るなんて」「……あぶないことしないでくださいよぅ」


 2人とも涙目だった。


「えっと……対策は立ててたよ。セシルには『古代語版 堕力の矢』を準備してもらってたから、いざとなったらイフリートを消せたし。カトラスとアイネにもフォロー頼んでたし」


「それでも、です」「マスターが傷ついたら、駄目ですぅ」


「ごめんな。久しぶりに『来訪者』と話がしたかったんだよ」


 ……『白いギルド』がなくなったなら『勇者になりたがり』の来訪者も、少しは変わったのかもしれない、って思ってた。


 でも、違った。


 逆に『ギルドマスター』がいなくなって、暴走を始めてるみたいだった。


「あなたの依頼は終わったよ。ウリエラ=グレイス」


 僕はライラさん──ウリエラ=グレイスの方を見た。


「とりあえず『本家勇者ギルド』は止めた。あとは、僕たちが『古代エルフの都』に入れば、あなたの長い……ブラックな使命は終わりだ」


「ありがとうございました……」


「別にいいよ。『白いギルド』の話も聞かせてもらったから」


『ギルドマスター』=『地竜アースガルズ』の残留思念の怒りとか、悲しみとか。


 それを利用した『古代エルフ』の話とか、色々。


 だから、それはそれで、もういいんだ。


「あとはライラさんを町に戻して、僕たちは『古代エルフの都』を目指す。それで僕たちは向こうにあるものをもらう。それでいいよね?」


「はい。私の最後のおつとめです。遺産の継承者を、都にご案内します」


 ウリエラ=グレイスは、僕たちに向かって、深々と頭を下げた。


「あなたたちこそ『古代エルフ』の技術を受け継ぎ、この世界を変える者たちでしょう。私が消えるまでの間、どうか『マスター』と呼ばせてください。我が妹ラフィリアのご主人様、ソウマ=ナギさま」


 そう言ってウリエラ=グレイスは、さみしそうに笑ったのだった。


 




いつも「チート嫁」をお読みいただき、ありがとうございます!

「チート嫁」がオーディオブックになりました。4月5日から配信開始予定です。いちゃいちゃシーンも再構築シーンも満載です(プロの読み手さんってすごいです……)。アマゾンのAudibleで配信される予定ですので、ぜひ、聞いてみてください!


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新作、はじめました。

「弱者と呼ばれて帝国を追放されたら、マジックアイテム作り放題の「創造錬金術師(オーバーアルケミスト)」に覚醒しました 
−魔王のお抱え錬金術師として、領土を文明大国に進化させます−」

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魔王の領土に追放された錬金術師の少年が
なんでも作れる『創造錬金術師(オーバー・アルケミスト)』に覚醒して、
異世界のアイテムで魔王領を大国にしていくお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
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