第211話「巡礼の秘密と、新組織(仮)設立のお知らせ」
翌日の昼前、僕たちは『墨色の谷』にたどりついた。
「ここが、ライラさんの目的地か」
僕たちは山の間にある、大きな谷に立っていた。
まわりは切り立った崖だけど、ライラさんは安全に谷へと降りるコースを知っていた。さすが、長年巡礼に来ていた一族だ。
『墨色の谷』って呼ばれているだけあって、岩壁も地面も真っ黒だ。
谷の間には川が流れていて、それが麓の方まで続いてる。
幅は広くて、大きな生き物も通れそうだ。たとえば、地竜とか。
「ほんとに、隠れた名所って感じだね」
「そうですね」
僕の隣でセシルがうなずいた。
ラフィリアはもちろん、イリスもアイネもカトラスも、感動したような顔をしてる。
谷の向こうには、深い霧に包まれた山がある。あっちが『古代エルフ遺跡』のあるあたりだ。
ライラさんの巡礼が終わったあと、僕たちは2チームに分かれることになる。
片方のチームは『古代エルフ遺跡』の探索。
もう片方は、町に帰るライラさんの護衛を担当してもらう。
だけど、まずはクエストの前半を見届けておかないと。
「感謝する。ここまで連れてきてくださって、ありがとう。これから自分は『巡礼』の儀式を行う」
ライラさんは僕たちに向かって、深々と頭を下げた。
「だが『尻尾の骨』の場所は一族の秘密だ。申し訳ないが、ここで待っていて欲しい」
「わかりました」
僕はうなずいた。
そういうクエストだからね。
もちろん、僕たちが偶然『尻尾の骨』を見つけちゃた場合はしょうがないけどね。
「了解した。それでは、行ってくる」
ライラさんは僕たちに背を向け、川の上流に向かって歩き出した。
「……秘密は守りますよ。ライラさん」
ライラさんの背中が見えなくなってから、僕は小さな声で言った。
『尻尾の骨』のことは、誰にも言うつもりはない。なにかに利用したりもしない。
僕たちはそれが『地竜の骨』かどうか確かめておきたいだけだ。
ライラさんの先祖が『古代エルフ』の関係者なのかも含めて。
「まぁ、見つからなかったらしょうがないけど」
「ですねぇ」
「竜の骨なら、イリスの『竜種覚醒共感』で見つけられるのでしょうけれど」
「『聖剣ドラゴンスゴイナー』もお役に立つのでありますが」
「『天竜の腕輪』もあるの。シロちゃんがきっと力を貸してくれるの」
ラフィリアとイリス、カトラスとアイネもうなずいた。
いつの間にか、竜関係のスキルとアイテムが揃っちゃってるからね。
「ライラさんたちの邪魔はしません。秘密も守ります。だから、少しだけ確かめさせてください」
僕がそう言ったとき──
谷の向こうで、黒い光が走った。
セシルが「魔力の光です」って教えてくれる。
反応があったってことは、ライラさんの『巡礼』は成功したのかな。
「早いですねぇ。ライラさん、もう戻って来ましたよぅ」
ラフィリアの言葉に、僕は谷の向こうを見た。
本当だ。
ライラさん、こっちに向かって歩いて来てる。
でも……様子がおかしい。
貧血でも起こしたみたいに、身体がゆらゆら揺れてる。
顔色が真っ青で、目もうつろだ。
「ライラさん。大丈夫ですかぁ!?」
ラフィリアが叫んだ。
ライラさんが顔をあげた。まるで、今やっとラフィリアの存在に気づいたように。
彼女は頭を振り、赤い髪を振り乱し、ラフィリアをにらみつけて──
「そこでなにをしている!? ラフィリア=グレイス!!」
谷いっぱいに響くような声で、叫んだ。
「そこでなにをしているのかと聞いているのだ。『第3世代の古代エルフレプリカ』ラフィリア=グレイスよ!」
「ほぇぇ?」
「ラフィリア! こっちに!!」
僕はラフィリアの腕を引っぱった。
おかしい。
エルフ萌えのライラさんが、ラフィリアを呼び捨てにするはずがない。
昨日、ライラさん巡礼のことを教えてくれた。なんて言ってた?
確か……巡礼先で骨に触れると、先祖の霊が現れる、だっけ。
ってことは──
「セシル、教えて」
僕はセシルの方を見た。
「霊体が、その子孫に取り憑いたりすることって、あるかな?」
「あるかもしれません」
僕の言葉に、セシルはうなずいた。
「霊体が生前、そういうスキルを持っていたなら、可能性はあります。子孫だったら肉体も本人と近いはずですから、一時的に取り憑くくらいはできると思います」
「じゃあ、もうひとつ。あのライラさんに、ご先祖の霊が取り憑いてる可能性は?」
「あります」
セシルの答えはシンプルだった。
「ライラさんの身体を、なにか別の魔力が取り囲んでいるのが見えます。さっきまでとは違います。あの魔力は、ライラさんとは別のものです!」
まじかー。
ということは、ライラさんの『巡礼』って、
先祖の霊体に身体を明け渡す、ブラック巡礼だったってことか……?
「やっぱりライラさんの先祖は『古代エルフ』だったのかな……」
『古代エルフ』は限度を超えて働き続ける種族──いわゆる『ブラック種族』だったそうだから。
でも、まさか死後にまで、そんなイベントを仕込んでるなんて。
もしも、本当にご先祖さまの霊体がライラさんに取り憑いていて、彼女を自由に操っているのだとしたら──
「……僕たちは知らずに、『ブラック巡礼』に力を貸してたことになるじゃないか……」
もちろん、僕たちがじゃなくても、誰かがライラさんを護衛してただろうけど。
さすがにこの展開は予想できなかったよ。
嫌だなぁ……へこむなぁ。
「答えよ。『古代エルフレプリカ』ラフィリア=グレイスよ。お前は勇者の側で不幸を引き受けるのが役目ではなかったのか!? 何故こんなところで遊んでいる!?」
ライラさんはまた、声を上げた。
「あたしを『古代エルフレプリカ』と呼ぶなら、お名前を聞かせてください」
ラフィリアは言った。
「あなたはあたしと同じ『古代エルフ』に関わる霊体なのですよねぇ。どうか、お名前を聞かせて欲しいのですよぅ」
「ウリエラ=グレイス」
ライラさんは赤い髪を振り、ラフィリアをにらんだ。
「『古代エルフの伝承』を語り継ぐ者だ」
『グレイス』──ラフィリアのファミリーネームだ。
『霧の谷』で見つけた棺にも、似た名前が彫ってあった。『ガブリエラ=グレイス』って。その人も、古代エルフのレプリカだった。
ってことは、間違いない。
ライラさんに取り憑いてるのは『古代エルフレプリカ』のゴーストだ。
「マスター。手を握ってもらってもいいですか」
ラフィリアが手を差し出してきたから、僕はそれを握り返した。
それから、2人並んでライラさんの──ウリエラ=グレイスの方を見た。
「あたしは……もう不幸になるのはやめたです」
ラフィリアは言った。
「不幸になるスキルも、それに耐えるだけのスキルも、マスターに書き換えてもらったです。今のあたしはただの冒険者の、ラフィリア=グライスですよぅ」
「………………そうなのか?」
「はい。使命を離れて、とても幸せに暮らしているです」
「そ、そんなのことがありえるのか! し、しかし……現にお前はここに……」
「ここに来たのはあたしの意思です。マスターはとってもすごい人なのです。えっへん」
ラフィリアは自慢するみたいに、めいっぱい胸を張った。
「あなたはどうですかぁ。ウリエラ=グレイスさん」
「わ、わたし?」
「あなたは、昔の時代を生きていた人ですよねぇ? 当時、幸せでしたかぁ?」
「…………しあわせ……しあわせ、って」
「わからないですか? じゃあ、今はどうですかぁ?」
「……いま」
「あなたはゴーストとしてこの地に残り、子孫の人たちとお話してるですよねぇ。あたしは、それってとっても楽しいことだと思うです。楽しいことしてるんですから、しあわせですよね?」
「…………う」
ウリエラ=グレイスは、頭を押さえた。
「う、うぅ」
「しあわせではないですかぁ? 怖い顔、してるからですか?」
「そんなことはどうでもいい!!」
だん、と、地面を踏みならし叫ぶ、ウリエラ=グレイス。
「自分は子孫を残し……ここに連れてくることで『古代エルフ』の偉大さを語り継ぎ……計画……の遂行を…………!」
「うんうん。立派ですねぇ」
ラフィリアは、ウリエラ=グレイスと向かい合ってる。
僕の方を見て、数回、うなずいてる。ここは任せてください、って言ってるのがわかる。
姉妹の再会だからね、任せよう。でも危なくなったらすぐに飛び出すけどね。
「あなたは子孫を残した。つまり『古代エルフレプリカ』でも、子どもは作れるということですね!?」
「そんなことはどうでもいい!!」
「どうでもよくないです!!」
ラフィリアはびしり、と、ウリエラ=グレイスを指さした。
「あたしにとって重要なのは、マスターにご奉仕することと、マスターにご奉仕するための子どもを、未来に残すことですぅ! あたしは親子二代にわたって、マスターにご奉仕するって決めたです!
だから! あなたと同じことができるかどうか──『古代エルフレプリカ』のあなたが子孫を残せたのかどうか知るために、あたしはライラさんの巡礼をお助けするって決めたんです!!」
「そうなの!?」
「そうなのですマスター!」
僕に向かってラフィリアは言い放った。いつもの『かっこいいポーズ』で。
え? 聞いてないよ!?
だからラフィリア、あんなにやる気になってたの!?
まわりを見ると……アイネとイリスは納得したようにうなずいてる。
セシルとカトラスは顔を真っ赤にしてるけど……やっぱりうなずいてる。
……もしかして、気づいてなかったのは僕だけ?
「そ、そんな」
ライラさん──ウリエラ=グレイスの身体が震え出す。
「そんな……地竜の死後『古代エルフ』が立てた計画が……」
「計画?」
僕は言った。
ウリエラ=グレイスがこっちを見た。
「紹介するです。この方があたしのマスターですぅ。かっこいいですよねぇ。えっへん」
「それはいいから。世界を救う計画って?」
僕はもう一度、ウリエラ=グレイスに聞いた。
ウリエラ=グレイスは少しためらってから、一言、
「いずれ世界に魔王が現れたときのための、勇者の育成。その支援だ」
──そう言った。
「『古代エルフ』の目的は、世界が不安定になったとき、それを安定させるための勇者を育てること。その地位を高めること。
自分はそのため『巡礼』でここにやってきた子孫に、使命を与えてきた。
偉大なる竜の魂の半身……『ギルドマスター』の命令を受け、勇者になりうる者たちに協力してきたのだ。魔法や、アイテムの在処を教えることで。
その後、使命を果たした子孫は、遠くの隠れ里に帰る。それが『巡礼』の目的だ」
「……よくわかったよ」
つまり、ライラさんの一族は知らない間に『白いギルド』の支援部隊をしてたってことか。
『白いギルド』の『ギルドマスター』は、地竜アースガルズの魂の一部だったから。その依頼なら、『古代エルフ』は断れないよな……。
……いや、もしかしたら逆かもしれない。
『古代エルフ』が自分から『ギルドマスター』に協力して、『白いギルド』を作ったのか?
前にミイラ飛竜のライジカが言ってた。『古代エルフ』は世界のことを心配して、その対策ばっかりしていたって。だったら逆に、『古代エルフ』が『ギルドマスター』に協力するふりをして、利用してた可能性だってあるな。
このへんは『古代エルフの遺跡』に行って調べてみるしかないけどね。
「ライラさんの巡礼も、勇者支援のための儀式だったってこと?」
僕の問いに、ウリエラ=グレイスはうなずいた。
「……自分は、そういうスキルを持って生まれた」
「子孫のことは、大事に思ってるんですよね?」
「…………ああ、そうだ。そうだとも」
ウリエラ=グレイス……さんは、哀しそうな顔をしてる。
「いずれ、古代エルフの後継者が都を開くまで、自分の使命は終わることはない。子孫には申し訳ないとは思う……自分にできるのは、子孫に伝える魔法を弱めて……せめて、権力争いに巻き込まれないようにするだけ…………」
この人もラフィリアと同じように、使命を果たすためのスキルを持ってたんだろうな。
で、スキルは死後にも発動して、こうして魂を縛ってる。
それは古代エルフの都を、誰かが開くまで終わらない──って。
「…………ふざけんな。ブラック種族」
久しぶりにむかついてきた。
結局、ライラさんの『巡礼』ってのは、彼女の一族をブラック労働させるためのもので。
僕たちはうっかり、その手伝いをすることになってたってことだよな。
「……ウリエラ=グレイス。あんたは本当は、こんなことしたくないんですよね?」
「……わたしの……使命……は」
「あなたに使命を与えた人は、もういないです。ここにいるのは、あなたの妹と、あたしの家族ですよぅ」
ラフィリアがライラさん──ウリエラ=グレイスの肩に触れた。
「だから本当のことを言っても、あなたを怒る人はいないです。ほんとの気持ちを聞かせてください」
「…………こんなこと、終わりにしたい」
ウリエラ=グレイスは、ぽつり、とつぶやいた。
「結局、魔王なんていなかった。勇者なんか必要なかった。子孫に使命なんか、背負わせたくない……終わらせて……欲しい」
「わかりました」
僕はうなずいた。
元々、僕は『古代エルフの遺跡』を見つけ出すつもりだった。
そこを開けば──入ればウリエラ=グレイスが解放されるっていうなら問題ないよな。
「ひとつ教えて。ライラさんに与えた『使命』って?」
「勇者の必要性を示すこと」
──え?
「わたしは子孫に取り憑くことで、その記憶を見て、現代の出来事を知る。そこから『古代エルフ』が立てた計画に基づき、子孫に指示を出す。
前回出した指示では『白いギルド』の勇者にアイテムを与え、強力な魔物と戦わせることになっていた。ライラ=ティノータスの記憶をのぞくと、それが成功していたことがわかった。
『本家勇者ギルド』という者が、近くの砦を占拠しているからだ。おそらくは彼らは『フロストバジリスク』を討伐するつもりなのだろう。
だが、彼らは失敗するだろう。
その後『フロストバジリスク』が人間に脅威を与える。それを倒す支援として、炎の結晶体を──『ギルドマスター』から手に入れ、勇者は魔物を倒すだろう──」
「『ギルドマスター』はもういないよ」
『地竜アースガルズ』の魂が言ってた。『白いギルド』の『ギルドマスター』は自分の魂の半身で、世界を呪ってたって。でも、僕たちが聖剣を手に入れたことで、心残りがなくなり、消えるって。
だから『白いギルド』は崩壊した。
『ギルドマスター』は、もういないはずなんだ。
「…………エラーが発生している」
ウリエラ=グレイスは『ギルドマスター』が存在し続けることを前提にして指示を出してるのかもしれない。
だから、それがいなくなった今は、状況に対応できてないんだ。
やっぱり……もう眠らせてあげるべきなんだろうな。
「……『ギルドマスター』がいないなら……大変なことになる……止めて……止めないと」
ウリエラ=グレイスの顔は、真っ青だった。
いい人みたいだ。そりゃそうか。ラフィリアのお姉さんだもんな。
「そっちは……なんとか止められないか、やってみます」
僕は言った。
「ついでに教えてください『古代エルフ遺跡』を開く方法って、どうすればいいんですか?」
「この『墨色の谷』の先にある渓谷を越えればいい」
シンプルな答えが返ってきた。
「『古代エルフの都』が開かれれば……わたしも、眠ることが……」
「わかりました。なんとかします」
このまま『古代エルフ遺跡』の探索に行く予定だったけど、しょうがないか。
ラフィリアの姉妹が霊体になっても使命に縛られてて、そのせいで『本家勇者ギルド』が大暴走するのも。
「ウリエラは『本家勇者ギルド』を誰が動かしてるのか知ってる?」
「……ライラも魔法使いだから……勧誘は受けた」
ウリエラ=グレイスはうなずいた。
「つい最近召喚された勇者……名前は……ヨース=コーサカ。火炎魔法の達人。『ギルドマスター』が与えた……火炎魔法の杖を……持って」
「……そっか」
まずはとりあえず、その人をなんとかするところからかな。
この世界でのんびり生きて行けそうなのに、『フロストバジリスク』なんか降りてきたらだいなしだ。まずはそっちを先に片付けよう。
『古代エルフ遺跡』を漁って、のんきな生活の足しにするのはその後だ。
「あなたの心残りはこっちでなんとかしてみます。ウリエラ=グレイス」
僕は言った。
「それと、あなたの姉妹は僕がもらっちゃったけど、いいですよね? ラフィリアは使命から解放されてるし、これからだらだらのんきに生活してもらうつもりだけど、構いませんよね?」
「……あなたが……うらやましい……ラフィリア」
ウリエラ=グレイス──ライラさんは、優しい笑みを浮かべた。
「……けれど、わたしと同じ『古代エルフレプリカ』が幸せになるのは……救いでもある…………どうか、将来、しあわせに……なって」
「いえいえ、将来しあわせにはならないですよぅ」
けれど、ラフィリアは首を横に振った。
満面の笑顔で。
「あたしは今、この場ですっごくしあわせですから!」
「…………ありがとう……」
くたん。
そう言ったライラさんの身体が、崩れ落ちた。
僕とラフィリアが慌てて支えると……ライラさんは、ぐっすりと眠ってた。
ウリエラ=グレイスは立ち去ったみたいだ。
「……ほんとにブラック種族だったんですねぇ。『古代エルフ』って」
ラフィリアは唇をかみしめて、言った。
「あたし、作られたものでよかったです。本物の『古代エルフ』だったら、あたしも皆さんに『ぶらっくろうどう』させてたかもしれないです。でも……あたしが『古代エルフレプリカ』なのは間違いないですから……」
天に拳を突き上げ、ラフィリアは宣言する。
「あたしは『古代エルフ』が作り出した『ブラック』を終わらせたいです。ライラさんたちの一族の巡礼を終わらせて、『古代エルフの遺産』は、幸せなことだけに使ってもらうです!」
「そうだね」
僕も、いい加減に腹が立ってきたからな。
まずは『本家勇者ギルド』のことを片付けて、すっきりしたい。
『白いギルド』の残党を終わらせよう。
「でも、どうされるんですか。ナギさま?」
セシルが言った。
「『本家勇者ギルド』は『フロストバジリスク』討伐に失敗するんですよね?」
「うん。そして『フロストバジリスク』は怒って山を下りる。そうして領主は自分の失敗に気づいて反省。人々は勇者の必要性に気づく、ってのが『白いギルド』のシナリオだからね」
「領主さんの魔法使いへの差別のこともあるの」
「そうだね。じゃあ、第三勢力を演出してみようか」
僕は言った。
「『本家勇者ギルド』も『元祖勇者ギルド』も知らない、別の勇者の存在。それを演出して、『本家勇者ギルド』を止める」
でもって、そこに召喚者しか知らない単語を交ぜてみる。
『白いギルド』は分裂して、各勢力が暴走してる。
誰が味方で誰が敵なのか、ほんとに混乱した状態だ。
だから、自分たちをおびやかす、強力な『第三勢力』がいれば、警戒して暴走を止めるかもしれない。
自分たち以外の、勇者っぽいなにかが。
たとえば──
「勇者限定の組織……いや、会社。『勇限会社』とか?」
「「「「「ゆうげんがいしゃ?」」」」」
セシル、アイネ、イリス、ラフィリア、カトラスは首をかしげてる。
ってことは、この世界にはない言葉だ。
うん。いいよね。『勇限会社』。
僕と同じ世界から来た勇者にはなじみがあって、かつ、個人を特定できない。
『天竜の代行者』『天竜の加護』だと、港町や保養地と結びつける人がいるかもしれないから、ここは新しい名前を使おう。どうせ使い捨てだし。
「とりあえず作戦を説明するから、みんなの意見を聞かせてくれるかな」
僕たちは谷の下で丸くなって座った。
ライラさんはまだ寝てる。今のうちに打ち合わせを済ませよう。
ラフィリアの姉妹が、安らかに眠れるように『白いギルド』の残党を止める。
そんなぼんやりとして、優しい作戦を。
──山地中腹 『本家勇者ギルド』駐屯地にて──
「休憩終了! では、午後の訓練を始める!」
昼食を終え、少年は叫んだ。
彼が着ているのは純白のローブ。手には、炎を模した杖。
両方とも『ギルドマスター』から直接受け取ったものだ。
「いいか! 我々こそが真の勇者だということを忘れるな。前衛の剣士・戦士がいくら武器を振るおうとも、倒せる数はたかが知れている。それに比べて魔法は一撃で多くの敵を倒せる。コストパフォーマンスは我らの方が上なのだ!!」
「は、はい」「わかっております。リーダー」
疲れた顔の魔法使いたちが声をあげる。
彼らは皆、この世界の人間だ。自分と同じような不満を持っていたのだろう。
勇者といえば剣士。
聖剣を持って前衛に立ち、姫君を救えば真っ先に抱きかかえ、戦闘時には姫の護衛を後衛に任せるくせに、なぜか一番信頼を得ていたりする。
少年がいたパーティもそうだった。
この世界に来て初めて受けたのは貴族の護衛。自分は馬車が襲われないように補助魔法をかけ、前衛で戦う剣士を魔法で支援し、大コウモリなどの飛行する魔物を風魔法で撃ち落とした。だが結局、一番評価されたのは剣士だった。彼がすてきな鎧と、加速魔法を持っていたからだ。
そんな彼を『ギルドマスター』は評価してくれた。
ローブと杖を、手ずから渡してくれたのだ。
「……あれはきっと、魔法使いの地位を高めろという意味があったに違いない」
だから『ギルドマスター』が現れなくなったあと、彼は魔法使いを集めて、ギルドを抜けた。
剣士などは目立つだけの、ただの脳筋だ。
真の勇者は魔法使い。我々こそが『白いギルド』の正当な後継者であるべきなのだ。
そして彼は今、強敵『フロストバジリスク』がいる山に向かっている。
『白いギルド』の剣士の保護者であった伯爵。その鼻をあかし、魔法使いの地位を高めるために。
「……俺は死んでも構わない」
彼──ヨース=コーサカは杖を掲げた。
「俺に私心はない! 魔法使いの地位を高め、偉ぶった剣士たちをぎゃふんと言わせることができれば本望! ゆくぞ皆!」
「し、しかし、もう体力が」「我々は魔法使いです。魔力回復に休憩を……」
「ばかだなぁ。お前たちは」
ヨースは配下に、優しく声をかける。
杖を振ると、炎の壁が、彼らの背後に発生する。
まるで彼と配下の、逃げ道を塞ぐように。
「勇者が、疲れるなんてことあるわけないじゃないか」
「「「ひいいいいいっ!!?」」」
そして彼らは歩き出す。
強敵を討伐し、魔法使いの力を世界に示す。
そして──『本家勇者ギルド』こそが正しい勇者であると、世界に告げるために。
いつも「チート嫁」をお読みいただき、ありがとうございます!
ただいま「チート嫁」コミック版最新話が「コミックウォーカー」で公開されています。
この機会にぜひ、読んでみてください。
もうひとつのお話「竜帝の後継者と、天下無双の嫁軍団 ー異世界でいまさらスキルに覚醒した元中二病が、義妹や幼なじみと建国する話ー」も、ただいま更新中です。
画面下のリンクから飛べますので、そちらも、ぜひ読んでみてください!




