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第210話「巡礼者(ライラ)の秘密と謎の尻尾と、ラフィリアのちいさな決意」

「やっと落ち着いたね……」


「あたし、全然疲れてないですよ。マスター」


「実は僕も」


「イリスさまの身体を張った新スキル、すごかったですからねぇ」


「だよねぇ」


「「……はふー」」


 ここは、山の中腹にある湖。ここが、今日のキャンプ地点だ。


 ハーフエルフのライラさんと共に、僕たちがここに来たのは30分前。


 僕とラフィリアは、湖に脚を突っ込んでひとやすみしてる。


 火山の地熱のおかげで、地面も湖もほんのり温かい。


 湖の水は澄んでいて、時々、僕の(あし)の間を魚が通り過ぎていく。魚はラフィリアが気に入ったのか、彼女の真っ白な脚を、つんつん、って突っついてる。


「ふわわ……」


「元の世界にも、こんなマッサージがあったなぁ」


 足の角質を、魚に食べてもらうやつ。


 まさかここが『古代エルフ』の、マッサージ場だったりしないよなね?


「ライラさんはどうですか?」


「異常なし。温かいだけ」


 隣に座るライラさんは、ぴくん、と肩をふるわせてる。


 ラフィリアほどじゃないけど、ライラさんの方にも魚は行ってるみたいだ。


「不可解。こ、こんなことをしている場合では。すぐに野営の準備と、見回りに」


「「まぁまぁまぁまぁ」」


 僕はクッキーを、ラフィリアはお茶をライラさんに差し出す。


 むむむっ、って難しい顔をしながら、食べてくれるライラさん。意外と付き合いがいい人だ。


「予定より早く着いたんだから、少しのんびりしましょう」


困惑(こんわく)する。自分は遊びに来たわけではない。一族の儀式で『巡礼』に──」


「でも、僕のパーティは『仲間を働かせたあとは休ませる』というのがルールなので」


「エルフさんと、ダークエルフさんを大事にしているのでしたな」


「そうですよぅ。大事にされてますよぅ。えへへー」


 ことん、と、僕の肩に寄りかかってくるラフィリア。


 ちなみにセシルは木々の間に張った天幕(テント)の中で、アイネ、イリスと一緒におひるね中。今はカトラスが見張りをしてくれてる。


 僕とラフィリアはライラさんと一緒に、これからお仕事だ。


「時間。そろそろ見回りに行くべきと考える」


 ざばり、と、ライラさんが湖から出た。


 僕とラフィリアも、湖から脚を上げる。たがいに布で濡れた足を拭いて、軽くマッサージして、と。


「本当にエルフさんを大事にしているのだな」


「もちろんです」


 僕はうなずいた。


 このクエストの間は、いつも以上にセシルとラフィリアを大事にする、って決めている。


 エルフ萌えのライラさんの信頼を得るためだ。


 山道はライラさんしか知らないし、『巡礼』が失敗したら、僕たちも『古代エルフ遺跡』に行けなくなっちゃうからね。


 できるだけラフィリアをお姫様扱いしておこう。


「おいで、ラフィリア」


 僕は先に立ち上がり、ラフィリアに手をさしのべる。


「奴隷にして、大事な仲間のラフィリア。僕の手につかまって」


「……マスター」


「はい、水筒。これで水分補給して。膝に土が付いてるから払うね。あとは──」


「あたし、明日死ぬですか!?」


「いきなりなにを!?」


「だ、だって、マスターに手を引いて立ち上がらせてもらうなんて、絶対ばちが当たるです。あたし、こんなお姫様みたいな扱いを受けるほど、マスターに返してないです。むしろ紐をくっつけて引っ張って歩いてもいいくらいですのに」


「犬かよ。しないよそんなこと」


「ずるいですぅ。イリスさまとは……魔力で繋がったまま歩いてたですのに……」


「それは別の話で」


 というかイリス、全部ぶっちゃけちゃったんだね。


 うちのパーティの女の子って、基本的に隠し事しないから。


「で、できれば、あたしはもうちょっと雑に扱っていただいた方が……」


「却下」


「そんなぁ!?」


「さぁ、見回りに行こう。僕の大切な奴隷ラフィリア=グレイス。疲れているところを働かせるのは、ご主人様としてふがいないところではあるけれど、君の力を貸して欲しい」


「う、うううう。な、なんかぞわぞわするです」


「本当なら、宿にいたときのように、あたかもスライムのごとく『うねうね』させてあげたいのだけれど……代わりに戻ってきたら、好きなお願いを聞いてあげて、ご飯を食べさせてあげて、子守歌を……」


「だーめーですマスター……。あ、あたしはていねいに扱われるのに向いてないのですぅ。ぞわぞわがすごくなって、一周回って気持ちよくなって来ちゃうからだめですぅ!」


 うん。僕も楽しくなってきたからね。


「それじゃ行こうか。我が親愛なる配下、ラフィリア=グレイスよ」


「はぅぅ、マスター……だめですよぅ。こういう『ぷれい』がくせになったらどうすればいいですかぁ……」


 僕は魔剣のレギィを手に、ラフィリアは弓を手に、ライラさんはショートソードを持って。


 僕たち3人は、周辺の見回りに向かったのだった。








 ──十数分後──




 ライラさんを先頭に、僕とラフィリアは獣道を歩いてる。


 これから湖の外側をまわるコースで、所要時間は約2時間。


 そこまで見回りすれば、あとはのんびりできるらしい。


「マスター、砦が見えますよぅ」


 ラフィリアが西の方を指さした。


 山を漂う(もや)の向こう、山間の台地に、砦の影がうっすらと見えた。


 あれが魔法使いが立てこもってるところか。近づかないようにしないと。


「この先は魔物が出るかもしれない」


 ライラさんは立ち止まり、僕とラフィリアを見た。


「魔物と会ったら、私が特殊な土魔法で動きを止める。その間に倒して欲しい」


「特殊な土魔法?」


肯定(こうてい)。私は特殊な土魔法を得意とするのだ。弱い魔法ではあるが、音も光も出ないから、こっそり敵を倒すのには役に立つ」


「こっそり……って、それは(とりで)の魔法使いたちに気づかれないように?」


「同意する。もうひとつ、山にいる大物を刺激しないように、というのもある」


 ライラさんは遠くの山を指さした。


「あの雪山には、強力な『フロストバジリスク』が住んでいる。氷の息を吐く、おそろしい魔物だ。この人数で遭遇したら……全滅の危険もある」




『フロストバジリスク』


 氷属性の巨大爬虫類(はちゅうるい)


 通常のバジリスクが毒息を吐くように、『フロストバジリスク』は凍結効果をもたらす息を吐き出す。


 その眼球でにらまれた者は、一定確率で凍結するという。


 尻尾の一撃で馬車をも吹き飛ばす。絶対に怒らせてはいけないレベルの魔物。




「かつて『北の町ハーミルト』の領主が腕試しに立ち向かったが、歯が立たずに逃げ出したそうだ。それほど強力な魔物なのだ」


「『ヒュドラ』とどっちが強いですか?」


僅差(きんさ)で『フロストバジリスク』だ」


「わかりました。用心します」


 僅差かー。


 確かに、それは気をつけないと。


「それで、ライラさんの土魔法って、どんなものなんですか?」


「……たいしたことはないぞ?」


 ライラさんは、さびしそうに僕を見た。


「うちの一族のハーフエルフは中途半端だ。強力な魔法は使えないのだ……」


「あたしも、自前の魔法はせいぜいレベル2程度ですよぅ」


「僕なんかそもそも魔法を使えません」


「……そ、そうか」


「ライラさんが特別な魔法が使えるなら、ぜひ見せて欲しいです」「見たいですぅ」


「そこまで言うなら」


 ライラさんは目の前の地面に向かって、腕を振り上げた。


「『(やわ)き土よ我が防壁となれ』──『粘土の壁』!!」


 高さ1メートルの壁が、ふにょん、と、目の前に現れた。


 触ってみると……ほんとにやわらかい。指が普通にもぐっていく。


 しかも、粘り気がある。


「…………村でも言われたのだ。自分は中途半端であるがゆえに、こんな魔法しか使えない、と」


 ライラさんは小声でつぶやいた。


「だから、成人の巡礼だけはしっかりやろうと思ったのだ。自信が欲しくて……な」


「いえいえ、充分すごいと思います」


 僕としては、セシルに教えてあげて欲しいくらいだ。


 粘土の壁──ふよふよぶにぶにで、べたべたする壁。


 いろいろコンボ技に使えそうだ。


「ライラさんは僕に『土魔法』の新たな可能性を見せてくれました。これをセシ──いえ、『土魔法』が使える人に教えたら、すごい効果をもたらすかもしれません」


「マスターなら、すごい使い方を12個くらいは編み出しますよねぇ」


「……そ、そうか」


 ライラさん、照れ笑いを浮かべてる。


 笑った顔、はじめて見たような気がするな。ライラさんって、口調のせいで大人びて見えるけど、年齢は僕とほとんど変わらないんだっけ。


「ライラさん」


 僕は言った。


 そろそろ聞いても、いいのかもしれない。


「これから向かう目的地について、教えてもらってもいいですか」


「そうだな」


 ライラさんは顔を上げて、僕を見た。


 それから、砦の少し西の方を指さして──


「『巡礼』の目的地は、ここから徒歩2時間のところにある『墨色(すみいろ)の谷』だ」


「『墨色の谷』?」


 僕はラフィリアの方を見た。


 彼女はピンク色の髪を掻きながら、首をかしげてる。知らないみたいだ。


「そこは、古い生き物の色を模した場所で、岩も土も真っ黒なのだ。谷の下には巨大な生き物の、尻尾の骨がある。それに触れて帰るのが、自分の一族の『巡礼』となっているのだ」


「触れるとどうなるんですか?」


「骨の近くには魔力の結晶体があってな。一族の者が触れると、先祖の霊体が現れて言葉をくれるのだ。伝承によると、同じ一族の血と魔力に反応するらしい」


 なるほど。


 さすがファンタジー世界の巡礼だ。すごいな。


「どのくらい大きな骨なんですか、それって」


「尻尾だけで、普通の家の倍くらいはあるな」


 ライラさんはめいっぱい両腕を広げてみせた。


 なんだか、うれしそうだ。ほんとに一族のことを誇りに思ってるんだな。


「その骨の持ち主は自分のご先祖と仲良しだった生き物だそうだ」


「へー、そんなおっきな生き物がいるんですね」


「尻尾しかないからどんなものかはわからない。一族の伝承では、竜ではないかと言われているが」


 ……はい?


「竜の、尻尾ですか」


「ただの伝承だ。うちの一族は見栄っ張りだからな。(はく)を付けるために、竜なんて持ち出したのだろうよ」


 ライラさんは苦笑いしてる。


「竜の尻尾を切り落とせる武器など、この世にあるはずがないからな」


「そうですね」「ないですよねぇ」


 あるけどね。


 僕が書き換えた奴を、アイネが預かってくれてるけどね。湖のところで。


「ひとつ聞いてもいいですか」


「うむ。自分の一族の秘密以外のことなら」


「その骨がある『墨色(すみいろ)の谷』って、海に続いてたりしませんか?」


「よく知っているな。谷の下には川がある。その流れをたどっていけば海だ」


 そっかー。


 海に通じてるのかー。


「ちょっとすいません作戦タイムです」


「少々お待ちくださいですぅ」


 僕とラフィリアは獣道にしゃがみこみ、額をくっつけた。


「……海から谷まで、人間の足で一日半だから、竜ならもっと早いよね……」


「……聖剣で斬りつけられて必死な状態なら、もっと早いと思いますよぅ……」


 ということは、ライラさんの『巡礼』の目的地にあるのは──




『地竜アースガルズ』の尻尾かもしれない。




『地竜アースガルズ』は大昔、竜殺しの聖剣使いと戦って敗れた。肉も骨も聖剣に貫かれた。


 その時、尻尾を斬り落とされたのかもしれない。


 それが谷に埋もれて、化石みたいになったって考えると話が通る。


 ──でも、そうなると……ライラさんの一族って──


「もしかしてライラさんの一族って、古のすごい種族なんですか?」


 聞いてみた。


「いや、自分の一族はそんなものではないが」


 ライラさんはあっさりと首を横に振った。


「古のすごい種族と言えば、古代エルフだろう? 自分の一族にも彼らの伝説を知っている者もいるよ。だが、うちの一族は古代エルフとは違う。それは確かだ」


「そうですか」


 そっか。


 だよね。まぁ、そんな偶然があるわけ──


「ご先祖さまが言っていたらしいからな『自分は古代エルフではない』『似て非なる者だ』と」


「いちいち言ってたんですか!?」


「ご先祖は美しい方だったから、『古代エルフ』と誤解されていたのだろう。だから、わざわざ否定していらっしゃったのだと思う。謙虚(けんきょ)だったのだな……」


 ライラさんは、なんだか遠い目をしてる。


「「すいませんもう一度作戦タイムです!」」


 僕とラフィリアは、ふたたび草むらにしゃがみ込む。


「……どう思う? ラフィリア」


「……ライラさんは天然だと思うです。親しみが持てるですねぇ」


「……そうじゃなくて」


「……ライラさんは古代エルフの血筋かどうか、ですよねぇ」


「……うん。巡礼先にある『骨』が『地竜アースガルズ』の尻尾で、ライラさんの先祖が地竜に仕えてたって考えると納得がいくんだけど……純粋な『古代エルフ』は滅んだはずなんだよな」


「……『霧の谷』で、骨ワイバーンのライジカさんが言ってたですからねぇ」


 となると、ライラさんのご先祖の正体は──


「…………ラフィリアの姉妹の『古代エルフレプリカ』かな」


「…………あたしも、そう思うですぅ」


 ラフィリアはまっすぐ僕を見て、言った。


「あたしの姉妹がずっと昔に目覚めて、ライラさんの先祖をやっていたとすれば……話は、通るです」


「とりあえず、あとで確認してみようよ」


 確かめるのは簡単だ。ラフィリアが巡礼先で、尻尾の骨に触ればいい。


 触れると血に反応して、霊体が現れるそうだから。もしもライラさんのご先祖が、大昔に存在していた『古代エルフレプリカ』なら、ラフィリアが骨に触っても、霊体は現れるはず。


「ということで、あとでこっそり試してみようよ」


「わかったです」


 ラフィリアは小さくうなずいた。


 僕の手を、ぎゅ、と握りしめ──いつになく真剣な顔をしてる。


「あたしも、確かめてみたいです。ライラさんのご先祖があたしと同じ『古代エルフレプリカ』だったのか。あたし自身のためにも」


「……ラフィリア」


 ラフィリアは目をつり上げて、唇をかみしめてる。


 僕も、このクエストを受けたとき、なんとなく予感してた。


 巡礼先が『古代エルフ遺跡』の側だから、ライラさんが古代エルフの関係者かもしれないって。


 だけど、ライラさんのご先祖がラフィリアと同じ『古代エルフレプリカ』だとしたら……ライラさんの一族は、ラフィリアの遠い親戚ってことになる。


 そうなると──ラフィリアは親戚がいっぱいいることになる。ひとりぼっりの『古代エルフレプリカ』じゃなくなる。


 ……真偽を確かめたくなるのも、わかるよな。


「あたし、ライラさんの巡礼をお助けしたいです。本気出すです」


 ラフィリアは、鼻息荒く、僕の目をのぞきこむ。


「マスター。許可をいただいていいですか? あたしがリミッター解除で戦えるように」


「いいよ。それと、僕も手伝うから」


 僕は言った。


「ラフィリアにとっての一大事だもんな。僕が手を貸すのは当然だろ?」


「いえいえ、マスターに手を貸していただくのは……もっとあとでいいのですぅ」


「そうなの?」


「はい。あたしがちゃんと、大事なことを確かめたあとですよぅ」


 ……そうなの?


「順番があるのですぅ。今はとにかく『ライラさんの先祖があたしの姉妹かどうか』を、確かめるべきなのですよぅ。そうしないと安心できないですから」


「……落ち着かないってこと?」


「はい。落ち着いてできないですからねぇ」


 ……なるほど。


 わからないことは、順番に解決しようってことかな。


 ラフィリアも色々考えてるんだね。


「っと、長話しすぎたな……すいませんライラさん」


「……(とうと)い」


 振り返ると、ライラさんがぼーっとした目で、僕とラフィリアを見てた。


「感無量。信じ合っている人間とエルフさんが、こんなにほほえましいものとは……」


「ライラさん?」


「──はっ」


 ライラさんは、ぱん、と、自分の頬を叩いた。


「申し訳ない。少し気が抜けていたようだ。見回りを再開しよう」


 そう言ってライラさんは僕たちに背を向けて、歩き出す。


 それから、ふと振り返り、


「このクエストが終わったら、なにか記念の物をいただけないだろうか」


「記念の物?」


「信じ合ってる人間とエルフさんのサインなどいただけたら」


 別にいいですけど。


 でも、どうしてシャツを差し出すんですかライラさん。家宝とか、故郷で自慢するとかやめてください。偽名でいいとか、個人情報は守るとかそういうことじゃないですから。そもそもあなたのご両親も人間とエルフでしょう? いえ、父親の顔を知らないとかそういうのはいいですから……って、ラフィリアも! 『正義エルフ参上』とか書かないの! あとでちゃんと個人情報が漏れないサインを考えるから、キャンプに戻るまで待ちなさい。







 それから、うきうきのラフィリアとライラさんと共に、僕は見回りを再開。


 獣道をたどって、岩の間を抜けて、


 この茂みを通ってなにもなければ、帰ってごはんにしようと思ったとき──




「魔物だ」


 不意に表情をひきしめて、ライラさんが言った。


 僕とラフィリアは反射的に茂みに伏せる。


 草の間から向こうを見ると、狼に似た生き物が集まってるのが見えた。


「背中に甲羅(こうら)がついた狼──いや、アルマジロか?」


肯定(こうてい)する。だが、こんな標高の低いところにいるはずがないのだが」


 ライラさんが唇を()んでる。


 茂みの向こうには、頭と背中に甲羅がついた獣が集まってる。まだこっちには気づいてない。


厄介(やっかい)な。『バーサークアルマジロ』だ」




『バーサークアルマジロ』


 頭と背中に甲羅(こうら)がついた獣。頭には、角と鋭い牙がついている。


 きわめて好戦的で、敵を見つけるとボール状になって突撃してくる。甲高い声で鳴く。


 甲羅は防具の材料にぴったり。




「あいつらは本来なら、もっと標高の高いところにいる魔物だ」


「強いんですか?」


「ああ。遠距離攻撃は効きにくい上に、近づくと回転して襲ってくるのだ」


「わかりました。じゃあ、ラフィリア。お願い」


「りょーかいですマスター。発動するです。『豪雨弓術(ごううきゅうじゅつ)』プラス『身体貫通フィジカル・ペネトレイター』」


 ひゅーんっ。


 ラフィリアの弓から、5本の矢が飛んだ。




 さくっ。さくさくさくっ!




『ピギャー!?』『フギュア!?』『『……きゅう』』


 ラフィリアの矢はあっさり、『バーサークアルマジロ』の甲羅を貫通。


 5体のうち4体に致命傷を与えて、あっさり倒した。


「こ、この距離から? 普通の矢で『バーサークアルマジロ』の甲羅を!?」


「当たり所が良かったんですね」


 僕は言った。


 ラフィリア、真剣な顔してる。本当にリミッター解除でライラさんの『巡礼(じゅんれい)』を助けるつもりだ。


 ラフィリアにとってはもう、『巡礼』はただの依頼じゃない。


 自分の姉妹の秘密を知るための重要な旅になったんだ。本気になるのもわかるよな。


 だったら、僕は全力でフォローするだけだ。


「まだ1体残ってます。ライラさん、魔法を」


「じ、自分の魔法が役に立つのか?」


「いいからお願いします。あとは、僕がなんとかしますから」


「わ、わかった──『粘土の壁』!!」




 ぷにゅん。




 茶色の壁が、僕たちの前に出現した。


 一瞬早く『バーサークアルマジロ』は身体を丸め、ボール状になって突進。


 そのまま壁にぶつかって、動きを止めた。




『ぴ、ぴぎゃ。ぴぎゃああああ』




『バーサークアルマジロ』が『粘土の壁』に激突した。


 魔物はそのまま壁を突破し、こっちに向かって転がってこようとして──




『ぴぎゃ?』




 急カーブを描いて、木に激突(げきとつ)した。


 ボール状の身体に、粘土(ねんど)のかけらがくっつきまくってるからだ。


 その状態で思い通りに転がれるわけがないよね。


 ……便利だな。粘土系の土魔法って。ほんとにセシルに伝授してくれないかな。駄目かな……。


『い、ぴぎぎああああああっ!』


『バーサークアルマジロ』は、転がるのをあきらめた。


 身体を伸ばして、狼のような姿になり、僕たちに向かって走り出す。


「気をつけてくれ。『バーサークアルマジロ』の武器は回転攻撃だけじゃない。あの角も、巨大な爪も脅威だ」


「わかりました。いくよ、相棒(レギィ)


 ライラさんに聞こえないように、僕は魔剣のレギィに呼びかける。


 ぽん、と音を立てて出てきたフィギュアサイズのレギィは、ライラさんがいるのとは反対側の肩に。


 僕の襟に隠れながら、魔物を見て不敵に笑う。


『なるほど。ハーフエルフ娘の魔法で甲羅に粘土をつけ、高速移動を封じたか、主さま』


「ボール状で向かってこられたら、僕の腕じゃ当たらないからね」


『バーサークアルマジロ』まではまだ少し距離がある。空振り5回くらいはできるかな。


「お前なら、甲羅(こうら)に傷くらい付けられるだろ。レギィ」


『んー? 当たり所が良ければ貫通するのではないのかな、主さま』


「僕の腕じゃ無理だな。レギィ頼みだ」


承知(しょうち)じゃ』


 僕は魔剣レギィを手に前に出る。


 すかさずライラさんの背後に回ったラフィリアが、そーっと目隠しをするのに合わせて──


「発動。『遅延闘技(ディレイアーツ)』」


『発動じゃ。「体調変化斬りコンディション・チェンジャー」』




 ぶんっ。




 がりんっ。




 巨大化した魔剣レギィが、『バーサークアルマジロ』の甲羅を裂いた。


 同時に、僕の目の前にウィンドウが表示され『体調ルーレット』が回り始める。


 レギィのスキル『体調変化切りコンディション・チェンジャー』は対象の相手に、ささやかな体調変化を起こすことができるんだ。


「ルーレットが出たよ。レギィ、お願い」


『なにがでるかな。なにがでるのじゃろうかな……これじゃっ』




 ぽちっ。




 レギィの指が『体調変化ルーレット』を止めた。


 表示された文字は──




「『…………深爪(ふかづめ)?』」




 ぽろっ。




『バーサークアルマジロ』の両手から、爪が落ちた。


 魔物の手には、トラのような爪が生えてる。それが根元からぱっきりと。


 さらに頭の角も、さくっ、と落ちた。あれは爪が変化したものだったらしい。


『ぴぎぃぃぃぃぃああああ?』


『バーサークアルマジロ』は叫びながら転がり回ってる。


 痛そうだな。僕も深爪やったことあるけど、その比じゃないよな。人間だったら爪の根元ぎりぎりまではがれちゃったようなものだ。しかも地面を転がってるもんだから、爪の隙間に土とか尖った葉っぱとか、小石まで入り込んでる。想像しただけで痛そうだ。


「ラフィリア。楽にしてあげて」


「はいです。発動『身体貫通フィジカル・ペネトレイター』」


 さくっ。


 深爪に苦しむ『バーサークアルマジロ』の胴体を、ラフィリアの矢が貫いた。




『バーサークアルマジロ』を倒した。




「スキルクリスタルが出たね。『ローリングアタック』か」


「いただいておくですよぅ」


「……お、おぉ」


「強かったですね。『バーサークアルマジロ』って」


「こ、肯定(こうてい)する。だが、あいつらは普段、もっと標高の高い場所にいるのだ。こんな低地には来ないはずなのだが」


「坂道を使ってローリングアタックできるからですか?」


「その通り。全力の奴らは、『粘土の壁』などでは止められない。だから奴らは普段、自分にとって有利な高所にいる。『フロストバジリスク』がいる山が住みかのはずなのだが……」


 ライラさん、それと僕とラフィリアは、白くなってる山の方を見た。


 振り返ると、山間の砦が視界に入った。


 確かあそこには『自分を高めるため』に山ごもりしてる、ストイックな魔法使いたちがいるんだよな……。


「……魔物退治して自分を高めてるんなら、それはそれでいいんだけど」


 まぁ、僕たちが関わることじゃない。こっちはクエストの最中だし。


 それに──


「見回りは終わったです。さぁさマスター、ライラさん、帰るですよぅ」


 ラフィリアが無茶苦茶仕事をする気になってるから。


「戻ったら、一族のお話を聞かせてくださいです。ライラさん」


「な、なんと光栄な。エルフさんが自分などの話を」


「いえいえ、ライラさんのご先祖のお話は貴重ですよぅ」


 ラフィリアはライラさんの手を握って、笑った。


「巡礼のお話を聞いて、すごくあこがれたです。あたしも……ライラさんのご先祖と同じことができたら……って、そう思っているですから……」


 





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