第207話「嫁にすべてを見せてもらいながら、遠隔操作で情報収集してみた」
「ぼ、冒険者さんたち、まだお怒りですか!?」
「反省してます。『海竜ケルカトル』の加護の力は思い知りましたから! 私たち、もう剣士のみなさんを見下したりしませんから!」
船に戻った僕たちを見て、『風精魔道士』たちが震え出した。
いや、僕たちは別に怒ってないんだけど。
ただ『本家勇者ギルド』と、砦を占拠する魔法使いの関わりを知りたいだけだから。
──って、『風精魔道士』の二人に言ったんだけど。
ぶるぶるぶるっ! がくがくがくがくっ!
「し、知らないです! 魔法使いが砦を乗っ取ってるなんて──っ!!」
「わ、わたしたちは勧誘されて、調子に乗ってただけなんです」
「そういうギルドに入れば、ばかにされないと思って……」
「1000アルシャ払ってアクセサリを買っただけなんです!!」
「「お願いです。信じてください──っ!!」」
ぶるぶるぶる! がくがくがく! ひくひくひくっ!
2人とも座り込んで、身体が痙攣をはじめたから、話を聞くのはここまでにした。
やっぱり彼女たちは勧誘されて、その気になっちゃっただけみたいだ。
たぶん彼女たちは、砦を乗っ取った魔法使いたちとは関係ない。
『風精魔道士』は基本的に船で仕事をするから、その間は『本家勇者ギルド』と連絡を取ることはできない。そして、魔法使いが差別されているこの町では、彼女たちは船を降りない。どっちにしても、関わることはできないから。
「疑ってごめん。あとは、船でのんびりしててください」
「「……はいぃ」」
はふぅ、と、ため息をついた『風精魔道士』さんたちを残して、僕たちは再び船を降りたのだった。
そのあと、僕たちは商品を納めるために、港の倉庫に向かった。
ついでに町の商人さんからも話を聞くことができた。
「元々、この町は武を重んじる場所で、領主さま自身も豪腕の剣士でもありました」
商人さんはため息をついた。
イルガファ領主さんの知り合いの人だからか、魔法使いへの偏見はないみたいだ。すごく、困った顔してる。
「そのせいで剣士と戦士が優遇されております。冒険者ギルドでも、魔法使いは剣士のサポート役という扱いで、報酬も割安にされていました。ですが、登録や監視がされるようになったのは最近のことです」
「魔法使いが山の砦を占拠してから?」
「はい」
僕の問いに、商人さんはうなずいた。
「怪しい者たちが、町の魔法使いたちを勧誘していることには気づいていました。領主さまにもお知らせはしたのですが……『剣と力で解決できないことはない。魔法使いなどになにができよう』……とおっしゃるばかりで……」
「気がついたら魔法使いたちが、砦を占領していた、と」
なるほどなー。
領主さんは凄腕の剣士で、魔法使いを見下していた。
そのせいで、町そのものが魔法使いを差別するようになった。
でもって、我慢ができなくなった魔法使いが、砦を占拠しちゃった、ってことか。
「……そういうときって、まず説得したりするんじゃないですか?」
「領主さまは『剣と力で解決できないことはない』の方です。話し合うのは負けを認めたも同じ、とおっしゃっておられます」
……おい。
「兵士を使って砦を奪還しようにも、苦戦でもしようものなら──』
「もしかして、兵士たちの責任になるとか?」
「よくおわかりで」
「『剣と力で解決できないことはない』だから、解決できない場合は兵士たちに力がないから……ということでしょうか」
「? あなたはまさか、この町の出身なのですか?」
「いえいえ、いっぱんじょうしきですよー」
思わず返事が棒読みになった。
……なんだかなぁ。
元の世界で言えば「気合いとやる気があればなんでも解決できる。ゆえに、解決できないのは気合いとやる気がないからだ」ってパターンかな。
僕も似たような上司に出会ったことがあるからわかる。
そんな理由で剣士と戦士が優遇されてて、魔法使いが差別されてるとしたら……そりゃ魔法使いが怒るのも無理ないよな……。砦を占拠したり、『勇者ギルド』に参加したりするのはどうかと思うけどさ。
それから商人さんともう少し話してから、僕たちは倉庫を出た。
ちなみに、領主さん自慢の盆栽は、普通に買い取ってもらえた。商人さんは「…………まぁ、今後もお付き合いがありますから」という微妙な表情だったけど。
これで、イルガファの領主さんに頼まれた仕事は終わりだ。
商人さんが宿を紹介してくれたから、そこで一休みしよう。
「状況を整理するよ」
ここは、港の近くにいる宿屋。
部屋にはセシル、アイネ、イリス、ラフィリア、カトラスが集まってる。
「まずはイリス、商人さんから聞いた話をまとめてくれる?」
「はい」
イリスはうなずいて、前に出た。
「衛兵さんがおっしゃっていた『悪い魔法使い』たちは、数週間前から、山のふもとにある砦にたてこもっているそうです。目的は……山の魔物を倒して、自分たちを高めるため、だとか」
「ぶっちゃけ、山ごもりだよね」
「はい。このあたりの山は動きの速い魔物が多いですからね。倒すことで、魔法の命中率と詠唱速度を上げる訓練をしているようでしょう」
「でも……どうして砦を占拠してるんでしょうか?」
セシルは首をかしげた。
うん。僕もそれは不思議に思ってたんだけどね。
「修行するだけながら、別に砦を乗っ取らなくてもいいもんな」
「商人さまがおっしゃるには、『力を示すことで、領主に魔法使いを公平に扱ってもらうため』──ということだそうです。他の者を山に入れないようにしているのは、里心がつかないようにといういましめだとか」
「……『すといっく』ですね」
「……自らを鍛える、という考えは嫌いではございませんが」
セシルもイリスも微妙な顔をしてる。
「「(アイネ)(ボク)たちの目的地は、山道の向こう(なの)(で、あります)」」
アイネとカトラスは声をそろえた。
問題はそこだ。
『古代エルフの都』の遺跡は、山道を越えた先にある。背の低い山で、道も整備されてるから、越えるのは難しくない。地元の人たちも採取にでかけてるそうだから。
ただ、砦に魔法使いがこもってるとなると話は変わってくる。
砦から攻撃を受けるのは嫌だし、突破したあとに後ろから攻撃されるのも嫌だ。
それに……砦には『白いギルド』の関係者がいるかもしれない。
来訪者の『チートスキル』+『集団化した魔法使い』なんか相手にしたくない。
『古代語魔法 火球』で砦ごと吹っ飛ばすわけにもいかないからね。
「僕たちの目的は『古代エルフの都』の探索だ。仮に『本家勇者ギルド』の相手をするとしても、探索の後だな。魔物がいる別ルートがあるって話だから、そっちの情報を集めてみようよ」
まずは安全策から。
それがうまくいかなかったときに、次の手段を考えよう。
「はい! それではイリスたちが情報収集に参ります!」
しゅた、と、イリスが手を挙げた。
「お兄ちゃんはセシルさまと師匠から目を離さないと、衛兵さんに約束しております。また、セシルさまと師匠は、この町では差別される立場です。ご不快な思いをされないよう、イリスたちに任せていただけませんか?」
「お願いできる? イリス。アイネとカトラスも」
「もちろんなの」「お任せであります!」
アイネとカトラスは手を挙げた。
「イリス、がんばります。お兄ちゃんに直接の指示をいただけないのは、ちょっと不安ですけど……」
「僕の指示か……」
確かに、僕もちょっと心配だな。ここは初めて来る町だから。
本当は、僕が一緒に行って指示を出せればいいんだけど──
…………って、あれ?
「……なんだ、簡単じゃないか」
僕はカトラスの方を見た。
「悪いけど……カトラス。ちょっと僕と繋がってくれる?」
「はい。よろこんで──って、ええええええええっ!?」
カトラス、びっくりしてる。
いけないいけない。ちゃんとわかるように説明しないと。
「具体的には、僕にカトラスの身体を貸して欲しいってことだよ。僕と繋がった状態で町に出てもらって、一緒にいろいろ体験したいんだ」
僕のスキル『真・意識共有』には、動画送信機能がある。奴隷のみんなが見ているものを、そのまま映像として送信することができるんだ。
それを使えば、僕がリアルタイムで映像を見ながら、みんなに指示を出すことができる。
今はラフィリアと繋がってるから、それを解除してからカトラスと繋がろう。アイネが人と話して、イリスが情報を分析して、カトラスが僕のメッセージを伝える、というのが、一番バランスがいいからね。
ただ──
「……僕がカトラスにすべてを見せてもらうのは、カトラスにとって、確かに恥ずかしいことかもしれないね」
「わ、わ、わわわわわわ」
「でも、続けていくうちに慣れると思う」
「つ、続ける!? 続けるのでありますか!?」
「うん。これがうまくいけば、みんなもっとスムーズに、きもちよく仕事ができるはずだから」
「ボ、ボクたちが……気持ちよく……」
「緊張するのはわかるよ。外で、僕がカトラスにすべてを見せてもらうんだから。でもね、僕がカトラスを支配するわけじゃない。カトラスは自分の意思で動いていいんだから──って、あれ?」
「…………」
カトラスが不意に、座ったまま目を閉じた。
それから、2、3回まばたきをして、赤紫の目を開けた。この反応は──
「フィーン?」
「はい。あたくしです。カトラスが限界なので出てきました」
そう言ってフィーンは、いたずらっぽく笑った。
「あるじどの、ひとつ教えてさしあげます」
「どしたのフィーン」
「今のカトラスって──結構えっちですわよ?」
「いきなりなにを告白してるの!?」
「だって、今のお話で、カトラスの頭の中にはあるじどのと『おそとで』結ばれるシーンが浮かんでしまったんですもの」
……僕の言葉で?
カトラスに言ったのは──えっと『繋がる』『身体を貸して』『繋がった状態で町へ』『すべてを見せて』──
「…………あ」
セシルとアイネ、イリスとラフィリアの方を見ると……みんな真っ赤な顔でうなずいてる。
……しまった。説明がまずかった……。
「あるじどのは悪くありませんわ。ただ、カトラスは急速に『おんなのこ』として覚醒めておりますので、こういうこともあるのです」
フィーンは目の前でひざまづき、僕の手を取った。
「役目は理解しております。あたくしフィーンが、あるじどのの『こまんど』に従い、忠実に使命を果たしてみせましょう。どうぞ……あるじどの」
そう言ってフィーンは、目を閉じたのだった。
それから──
アイネとイリスとフィーンは身支度を調えてから、町に出た。
途中、着替え中のフィーンが、うっかりリアルタイムで動画を送ってきたりしたけど、それ意外は問題なし。
僕の前には『真・意識共有』のウィンドウがあって、フィーンの見たものが映ってる。
具体的には町の様子と、イリスとアイネの背中だ。時々、カメラ目線の2人が振り返ってる。
僕はフィーンに『見えてるよ。大丈夫』ってメッセージを送る。
映像の中のフィーンが同じ言葉を口にして、イリスとアイネが手を振ってくる。
よし。リンクは問題なし。
細かいところは3人に任せて、僕は必要な時だけ指示を出すことにしよう。
「失礼しますなの」「お邪魔いたします」「なるほど。ここが冒険者ギルドですか」
3人がギルドの建物に入ると、人々が一斉にこちらを向いた。
建物の中は他の町のギルドと同じ。
ギルドとの受付と酒場が併設されている。人々はアイネたちの方を見て、すぐに興味をなくしたように自分たちの話に戻る。アイネは最初に受付へ。ここが各地の冒険者ギルドとリンクしていること。メテカルの『庶民ギルド』の登録がそのまま使えることを確認して、クエストボードに向かう。
「今あるクエストは『街道のゴブリン退治』『ドブ掃除』『倉庫街のネズミ退治』などですね」
クエストの内容を、フィーンが教えてくれる。
「……山側の依頼がないの」
ぽつり、とアイネがつぶやいた。
「魔法使いさんが占拠した砦には、なるべく近づかないように、ってことだと思うの」
「この町の領主さまの圧力、というものでしょうか」
「面倒なことをするものですね」
フィーン:『どういたしますか、あるじどの』
フィーンからメッセージが来た。
えっと──
・はなす
・たたかう
・にげる
……なんでこの三択?
どこで覚えたのこんなの……って、僕か。
僕の世界のゲームのことについては、みんなにさんざん話したもんな。
ナギ:『はなす』
フィーン:『あいねさまは、うけつけじょうに、はなしかけた!』
「貼り出されているクエストについておうかがいするの」
「あ、はい」
「討伐か採取クエストを受けたいと思うの。山に住まう『ブラックハウンド』や『山ゴブリン』の討伐が得意なのだけど、ちょうどいいクエストはある?」
「…………いえ、今は、山には入られない方が」
フィーン:『うけつけじょう、は、ことばをにごした』
フィーン:『どうしますか?』
・といつめる
・からめて
・すきる
ナギ:『からめて』
フィーン:『いりすさまは、「からめて」を、つかった!』
「町の方たちはどうされているのでしょう? 薪や、木の実の採取など、山に入らなければいけない機会は多いはず。お力になれればと思っておりますが」
「い、いえ。実は……無法者が砦を……」
「もちろん、そちらに向かうつもりはありません。ただ、もうひとつルートがあったかと思います。魔物が出る道と聞いておりますが……できれば、そちらについての情報をお聞かせ願えればと」
「…………ひとつだけ」
受付嬢はイリスに顔を近づけ、小声でささやいた。
「ギルドとして正式に受け付けてはおりませんが、そのようなクエストの依頼はございます。ただ……内密にお願いします。他の方に知られると、面倒なことになりますから」
「面倒な、ですか?」
「確認いたします。皆さまは──魔法使いを忌まわしいものとお考えですか?」
アイネとイリスが首を横に振り、フィーンの視界が左右に揺れる。
「…………ギルドとしても、今回の件には困っております。古いつきあいの魔法使いさんもいらっしゃいますし、ずっと前から依頼を予約されてる方もおりますので……」
そう言って受付嬢は、アイネたちの顔を見た。
「皆さま。秘密は守っていただけますか?」
「もちろんなの」「約束いたします」「了解ですわ」
「……では、こちらにどうぞ」
受付嬢は、カウンターの後ろにある扉を開けた。
『どういたしましょう、あるじどの』
フィーンは聞いた。
・にげる
・たたかう
・ついていく
ナギ:『ついていく』 ただし、十分に警戒して。
『承知しました。アイネさまとイリスさまにもお伝えします』
フィーンの指示が伝わったのか、アイネが『はがねのモップ』を、イリスが『安心刀 心安丸』を握りしめる。アイネの収納スキルには『ドラゴンスゴイナー』が入ってる。いざとなったら強行突破できるからね。
「依頼者とは、裏口で会う約束をしています……」
ギルドの事務室を通り、廊下を抜けて、アイネとイリスとカトラスは、裏口へとたどりついた。
受付嬢が小さなドアを開けると、そこは町の路地。
狭い道の途中に、フードで顔を隠した女性が立っていた。
「時間通りですね。人間とは、几帳面なこと」
少女は振り返り、そう言った。
「ギルドマスターから話は聞いていますよ。ライラ=ティノータスさん」
受付嬢は目の前の少女に頭を下げた。
「あなたの依頼は、山の向こうまで同行してくれるパーティを探すこと、でしたよね?」
「肯定する。まさか町に入ってすぐ、監視をつけられるとは思わなかったけれど」
「衛兵さんを撒いたのですか?」
「否定する。この町には2日しか滞在しないという条件で、見逃してもらった」
「……大変ですね」
「山越えの巡礼は、先祖代々行っている習わしだ。こんなことであきらめるわけにはいかない」
少女はフードを外した。
その下から、少しとがった耳が現れた。
眠そうな、細い目。赤色の髪。ほっそりとした身体。腰には短剣を差している。
「…………ハーフエルフさん、でしょうか」
「肯定する。あなたたちは、魔法使いに偏見が?」
「この方たちは大丈夫なようです」
受付嬢が、イリスたちの方を見た。
「依頼は、例の砦を避けて、この方を山の向こうまで護衛することです」
「自分たちの一族には、成人の試練として、山向こうまで旅をする習わしがあるのだ」
ハーフエルフの少女は言った。
「昔からの習わしなので、道はわかっている。ただ、ひとりで魔物を倒すのは難しい。それで、ずっと前から、ギルドに依頼を出していたのだ」
「ですが、領主さまからお達しが出ている以上、ギルドとして『魔法使い』からの依頼を受けるわけにはまいりません」
少女の言葉を、受付嬢が継いだ。
「ですが、冒険者同士が独自に話をされるのなら別です。山に行かれるつもりなら、同行されてはどうでしょうか?」
冒険者ギルドの受付嬢はアイネ、イリス、カトラスを見て、そんなことを言ったのだった。
いつも『チート嫁』を読んでいただきまして、ありがとうございます!
書籍版8巻とコミック版3巻、ともに好評発売中です!
書籍版8巻にはレティシア大活躍、コミック版3巻は、ナギたちの初クエストのお話です。
どちらも、よろしくお願いします!




