第206話「旅先で家族に文句をつける衛兵さんを、合法的に説得してみた」
──ナギ視点──
『海賊ゴブリン』を倒したあと──
『風精魔道士』たちは『本家勇者ギルド』と『元祖勇者ギルド』について教えてくれた。
「私たち、休暇中に……ある冒険者からスカウトされたんです」
その冒険者は強い魔法の力を見せた上で、それまでの実践について教えてくれた。
そして、彼は『風精魔道士』たちに言ったそうだ。
「数ヶ月後に魔王軍がらみの事件が起こる可能性がある。対処するため、才能がある君たちにぜひ協力して欲しい」──と。
さらにその冒険者は「『元祖勇者ギルド』には気をつけろ。あれは偽の勇者が運営しているものだ」……という注意をしていったらしい。
「私たち『風精魔道士』は冒険者から、いつも見下されていたもので」
「見返すチャンスだと思ったんです。ごめんなさい」
話したあと、彼女たちはぽろぽろ泣き出した。
「私たち、勇者は向いてなかったです……」
「『海竜の加護』を受けた港町のために働きます。お給料、いいですから……」
「「これからもよろしくおねがいします!!」」
「……お、おぅ」
話を聞いた正規兵の隊長さんは、とまどっていたようだけど──
「う、うむ。仕事上の不満はもっと早く言うようにな。海運をなりわいとする港町イルガファにとって、お前たちは重要な存在なのだからな!」
「「はい!!」」
──そんな感じで、話はまとまったのだった。
ちなみに『本家勇者ギルド』に勧誘してきた冒険者は、若い魔法使いだったそうだ。
名前は不明。赤い髪で、背の高い男性だったということしかわからない。
ただ「魔法使いこそが、この世界の危機を救うことができる」と強く主張していたのを覚えている、と、彼女たちは言った。『本家勇者ギルド』の『翼と剣』の紋章は『剣は翼でも生やしてどっか行って』という意味がある、とか。
魔法使い優先のギルドで……魔王対策か。
ほんっとに関わりたくないなぁ……。
それから僕たちは『保養地ミシュリラ』で、セシル、アイネ、ラフィリアと合流した。
1日ゆっくりして、約束通り、レギィとイリスとフィーンをお風呂に入れて、さらにその翌日に出発。
再び船に乗り、約1日かけて『北の町ハーミルト』にたどりついたのだった。
「ここが『北の町ハーミルト』か」
「涼しいところですね」
「保養地が夏の気候なら、こっちは初秋って感じなの」
僕の隣で、セシルとアイネがつぶやいた。
船はちょうど、『北の町』の港についたところだ。
1年中あったかい『保養地ミシュリラ』と違って、ここは少し肌寒い。
もちろん、防寒対策はしてある。旅の前にアイネが必要なものをリストにして、イリスに送ってくれたから、全部市場で仕入れておいた。
今の僕たちは、秋用の上着を身につけてる。その他、必要なものはすべてアイネの収納スキル『お姉ちゃんの宝箱』に入ってる。内容物のリストは全員に共有済みだ。情報共有は基本だからね。
「……この先に遺跡があるのか」
町の向こうに森と、背の低い山が見えた。
『地竜アースガルズ』の情報によると、あの山の向こうに『古代エルフの都』があるそうだ。
ルートは、港町イルガファにいた時に確認した。別に難所ってわけじゃない。山の間を抜けるルートが普通にあって、町の人たちが狩りや交易に利用しているらしい。
ただ、遺跡についての噂はなかった。ということは、まだ見つかっていないってことだ。
『古代エルフ』のことだから、なにか魔法的な仕掛けで存在を隠しているのかもしれない。
「地図によると、遺跡までは町から徒歩1日半くらいか。旅の間に泊まる場所については、宿で相談することにしよう」
「まずはこの町の商人さんのところに行かないと、ですね。お兄ちゃん」
イリスの言葉に、僕はうなずいた。
港町の領主さんに、商品と盆栽の納品をお願いされてるからね。船を出してもらった分の仕事はしよう。商品は港の倉庫街で、僕たちの到着を待ってるはずだから。
今は、先に降りた正規兵さんが、町に入るための手続きをしてる。
それが終わったら、僕たちも船を降りよう。
そう思ったとき──
「お待ちいただきたい!」
不意に、港の方から大声が聞こえた。
見ると、鎧を着た兵士たちが数人、イルガファ正規兵の前に立ちはだかってた。
「我々は『北の町ハーミルト』の衛兵である。上陸をされる前に、確認しておくことがある!!」
「こちらは港町イルガファ、その領主さまの使いである。どのような確認であろうか?」
イルガファの正規兵さんが答えた。
青い鎧を着た兵士たちは、こほん、とせきばらいして、一言。
「上陸する者の中に、魔法使いはいるだろうか?」
「……は?」
「現在、領主さまから指示が出ている。この町にいる魔法使いは登録と監視をすることになっているのだ。申し訳ないが、従ってもらう」
「待て! そんな話は聞いていないぞ!」
「もちろん皆さま方は関係ない。イルガファ正規兵の方々は、戦士であろう? その上、港町イルガファの領主に正式に雇われている方々だ。さぞかし強い方々なのだろう。いや、すばらしい」
衛兵たちは胸を張って、告げた。
「正々堂々と前線に立って戦う戦士・剣士こそ、この町が尊ぶもの。あなたがたは信用できる。だが、魔法使いはいかん。あいつらは戦士を壁にして、安全な後方で魔法を放つ卑怯者だ」
「魔法などは必要ない。詠唱すれば隙ができる。どんなにがんばっても、素早い戦士には敵わないのだからな」
「魔法使いは信用できない。いつ、町中で魔法を放つかわからな。ゆえに、このような措置が取られたのだ」
……なんだそれ。
イルガファの正規兵たちも呆然としてる。彼らも初耳みたいだ。
「もし、船に魔法使いがいて、登録と監視を拒んだら?」
「上陸を拒否させてもらう」
イルガファ正規兵の問いに、町の衛兵が答える。
「町中で魔法を使われては困るからな。まぁ、本当に信頼できる魔法使いである、と証明できれば話は別だが、そんな魔法使いがいるわけはなかろう?」
「…………そ、そう言われても」
イルガファの正規兵は、困ったような顔でこっちを見た。わかる。
この船には『風精魔道士』たちが乗ってる。それにセシルとラフィリアは、表向きダークエルフとエルフ、ってことになってる。たぶん、魔法使いあつかいされるだろう。
セシルとラフィリアが……衛兵の監視下に置かれる……?
冗談じゃない。ふたりをそんな目に遭わせられるか。
「セシル、ラフィリア、ちょっとこっちに来て。アイネも」
「はい。ナギさま」「対策を立てるですね?」
僕はセシルとラフィリアとアイネを連れて、積まれた荷物の陰に隠れた。
「アイネ。この町で『魔法使いの登録と監視』が行われるなんて聞いてる?」
「聞いてないの」
アイネは首を横に振った。
「『北の町ハーミルト』は、この国の防衛拠点で、たくさんの鉱山がある町なの。防衛と採掘には魔法使いの力が必要なの。差別するなんてありえないはずなの」
なるほど。
そうなると、最近はじまったことなのかもしれないな。
僕は荷物の隙間から、町の方を見た。
港の向こうに、町の大通りがある。歩いてるのは普段着の人と、剣や槍を持った戦士系の人ばっかりだ。魔法使いのような姿をしている人はどこにもいない。イルガファは保養地には、普通に魔法使いっぽい人が歩いてたはずなんだけど。
「偽装しよう」
僕はアイネの方を見た。
「悪いけど、収納スキル『お姉ちゃんの宝箱』から予備の服を出してくれるかな」
「わかったの。どんな服がいいの?」
「それは…………」
僕はアイネに耳打ちした。
今のみんなには必要ない服だから、持って来てるかどうか微妙なところだけど──
「もちろん、準備してあるの」
アイネは、ぽん、と手を叩いた。
「旅に出るんだから、服はいくらあっても困らないの。そういう服も持って来てるんだよ?」
「さすがお姉ちゃん」
「なぁくんとみんなのためなの。当然なの」
フードで耳を隠すって手もあるけど──それだとあからさまに怪しい。となると、こっちの服の方がいい。とりあえず、やってみよう。
いざとなったら、強行突破だってできるからね。
イリスは『安心刀 心安丸』の素振りをしてるし、ラフィリアの偽装マントもある。ただ、今の僕たちはイルガファ領主さんの使いという立場だ。正規兵さんも見てるし、できるだけ合法的に切り抜けたい。
「じゃあ、セシルとラフィリアは、急いで着替えて。穏便に、衛兵さんたちを説得しよう」
「「了解です!!」」
そして、僕たちは作戦を開始した。
着替えが終わったあと──
僕はセシルとラフィリアの手を引いて、船を降りた。
「……む?」
衛兵たちが、こっちを見た。
「「止まれ!」」
がしゃんっ。
衛兵たちは僕たちの進路を塞ぐように、槍を十字に重ねた。
「……どうかしましたか?」
「お前たちは……冒険者か?」
衛兵は僕の顔をじっと見た。
「ふむ。この船には貴族は乗っていないと聞いている。商船だからな。となると、お前は護衛の冒険者だな。なるほど、冒険者か……ただの雇われ冒険者か。なるほどなぁ」
「冒険者だと、なにか問題があるんですか?」
「お前自身には問題はない。お前は鎧を身につけている。背中に大剣を担いでいるが、その重さになれた歩き方だ。剣士で間違いない。お前に対しては、特に言うことはない」
「そうですか」
「だが! 後ろの2人はエルフと、ダークエルフであろう! 両方とも魔法に長けた種族である」
「ふたりにはダガーを持たせてますけど?」
「そういう問題ではない! 種族的に魔法に長けた種族ならば、魔法を使うことは間違いない。この町に入るからには、登録と監視措置を受けてもらうぞ!」
「僕たちは港町イルガファの領主さまの使いで、この町に来ています」
僕は言った。
「身元については領主さまが証言してくれるはず。そして、ここにいる2人は僕の大切な仲間です。僕を信じて、彼女たちを信じない理由がわかりません」
「領主である伯爵さまの方針である」
「魔法使いを登録し、監視すると?」
「うむ」
「でも、彼女たちは魔法使いじゃない。魔法に長けた種族だけど、彼女たちの仕事はそれじゃない。だって彼女たちは、僕の奴隷なんですから」
「は、はい。ご覧の通りです」「あたしたちは、マスターの奴隷ですよぅ」
セシルとラフィリアが、前に出た。
ふたりは片手で首輪をなでて、片手で奴隷服の裾をつかんでる。
「……な、なんだか、なつかしいです」「こういう服を着ると、あたしがマスターのものだってはっきりわかりますねぇ」
『奴隷服』──正確には、セシルが奴隷屋で着せられていたような、粗末な服。
安い布で作られて、帯で留めただけの簡単な服だ。
セシルのは着替えとして、アイネの『お姉ちゃんの宝箱』の中に入ってた。ラフィリアのは……なぜか彼女が趣味で用意して、アイネに預かってもらってたそうだ。「……マスターがそういうプレイをしたくなったときのため」って言ってたけど……あれ? おかしいな、僕がその情報を聞いたときは「汚れてもいい服が欲しかった」って言ってたはずだけど……?
「彼女たちは首輪をつけている。僕の命令に逆らうことはできない」
「だから?」
「ゆえに、彼女たちが勝手に魔法を使うことはない。僕が命じれば前線にも立つ。あなたたちが警戒しているのは『安全な後方で魔法を放つ卑怯者』だろう? 彼女たちはそれには当たらない。ゆえに、登録や監視は必要ないはずだ」
「ご主人様が望まない限り、魔法は使いません」「あたしたちは愛の奴隷ですよぅ」
セシルとラフィリアに『奴隷服』を着せたのは、奴隷だってことを強調するためだ。
主従契約によって、主人は奴隷に命令する権利を得る。奴隷はその命令に逆らうことはできない。
つまり、ご主人様である僕が『魔法は使わせない』と保証することで、2人が安全な存在だってことを示すことができる。
「これなら、監視の必要はないと思いますが」
「……ぐっ」
衛兵がうめき声をあげる。
けれど──
「偉そうなことを言うな! たかが冒険者が!」
衛兵は槍の石突きで地面を、がん、と突いて、叫んだ。
「魔法使いは信用できないのだ! それが、この町の方針だ!」
「あなた方は戦士や剣士は信じるのでしょう?」
「ああ、そうだ。この町は勇気を持って前線に立つ剣士や戦士を尊ぶ!」
「そして、あなた方は僕を剣士と認めてくれました」
「あ、ああ」
「では、どうして僕が『彼女たちは卑怯者ではない。彼女たちに、この町で魔法は使わせない』と言うのを信じないのですか? 彼女たちは戦士である僕が信じていて、支配している奴隷です。僕が命じない限り魔法を使わない彼女たちを差別するということは、戦士である僕を信じないということになり、矛盾します」
「……!?」
「信用できる剣士が信用しているダークエルフとエルフを信用しないということは剣士を信用しているというあなた自身の言葉を否定しているということになりますから、あなたの言う信用しているという言葉は信用できないということになりますよね? ということは、僕たちはなにを信用すれば──」
「ちょっと待ってくれ混乱してきた!!」
「それ以前に──さっき言ってましたよね? 『本当に信頼できる魔法使いなら話は別だ』と。もしかして、そういうルールがあるのではないですか?」
「う、うぅ」
衛兵は僕から目をそらした。
やっぱり、そういうルールもあるんだろうな。
魔法使いすべてを監視するのは無理がある。さっき、この衛兵は『領主の伯爵さま』と言った。貴族がこの町を治めているということは、当然、他の貴族が訪ねてくることもあるはず。護衛として魔法使いがついている可能性は十分にある。
となれば、貴族の護衛の魔法使いを監視なんかできるわけがない。
例外的なルールもあるはずなんだ。
なのに……セシルとラフィリアを監視対象にしたがってるのは……。
…………やっぱり、冒険者を見下してるのかもしれないな。さっき何度も『冒険者か』、って確認してたもんな。衛兵は町の正規兵だから、冒険者は格下扱いなのかも。
「繰り返します。あなた方は剣士を信用している。つまり僕を信用している。そしてここにいる少女ふたりは僕の奴隷だ。奴隷だから、僕の命令には逆らえない。でもって、僕はふたりに魔法を使わせないと言っている。あなたが僕を信用しているのであれば、この言葉を疑う理由はない。もしも疑うのであれば、あなたは剣士を信用していないことになる。となると、あなた方は剣士や戦士を尊ぶというこの町の方針に逆らっていることに──」
「もういいっ!!」
だんっ。
衛兵は足を踏みならした。
「言い忘れていた! 我々が尊ぶのは、力の強いすぐれた剣士・戦士だ。お前のようなまなっちょろい者ではない! もしもお前が信用に足る者だとするなら、その力を見せるがいい!」
「いきなり条件を追加するのはフェアじゃないと──」
「いいからこれを見ろ!」
衛兵たちは、港に並ぶ倉庫を指さした。
その端っこに、壁だけ残った建物があった。ぼろぼろで、海に面した外壁が一枚あるだけだ。
「この『北の町ハーミルト』は戦士を尊ぶ町。ゆえに、我々は常に修行をしているのだ。おい……やってみろ」
僕と話していた衛兵が、ひときわ身体の大きい衛兵に向かって声をかけた。
その衛兵は、鉄の籠手に包まれた拳を振り上げて──
どごんっ。
壁を形作っていたレンガをひとつ、吹っ飛ばした。
「「「おおー」」」
僕とセシルとラフィリアが声をあげた。
すごいな。『戦士を尊ぶ町』ってのは嘘じゃなさそうだ。
……でも、わざわざこんなものを準備してるってことは、いつも同じことやってるのかな。
「籠手を貸してやる。やってみろ。これができたら、お前を『信用できる剣士』として認めてやる」
「はぁ」
「やめるなら今のうちだぞ。力なんかなさそうだからな。わが町の方針に従うのであれば許して──」
「…… (小声で)『建築物強打』」
ぽーんっ。
壁を構成していたレンガが数個、吹っ飛んだ。
「なにいいいいいいいっ!!」「レンガを吹き飛ばした!? あの細腕で!?」「オレだってヒビが入ってる方を叩いたのに!? 違う場所を!?」「ま、まぐれに決まってる! この程度で認めるわけには……」
「まぐれですよ。僕は、低レベル冒険者ですから」
僕は答えた。
「でも、レンガを飛ばせば『信用できる剣士』って、認めてもらえるんですよね。だったら──」
僕は拳をかまえて──同時に、ラフィリアに『真・意識共有』で合図する。
そして、僕が拳を突き出すと同時に──
「マスター! いけませえええええんっ!!」
ぱすんっ。
僕の拳をラフィリアの手の平が、受け止めた。
「はあああああああああああっ!?」
衛兵たちが再び、声をあげた。
「壁を破壊するほどの拳を──エルフの少女が……止める、だと?」「あの少女たちは魔法使いじゃないのか!?」「戦士並みの力を持ってる……? だとすると、魔法使い扱いするのは……」
『大丈夫? ラフィリア』
『マスターこそ。こんなゆっくりだと疑われちゃいますよぅ』
僕たちは『真・意識共有』で言葉を交わす。
本当に軽いパンチだったから、ラフィリアの方は問題なし。
衛兵たちは僕が最初に壁を壊した段階で呆然としてるから──たぶん、演技だってばれてないと思う。元々『建築物強打』は、人にはダメージが行かないからね。
あとは打ち合わせ通りに──
「だめですよ。マスター。むやみに壁を殴っては、拳を痛めてしまいますよぅ」
「……でも、こうしないと奴隷のお前たちが……」
「マスターにご迷惑をかけるくらいなら、監視されるのも受け入れますよぅ。それに、戦士を尊ぶ、誇り高い『北の町ハーミルト』の衛兵さんが、そんなにひどいことをするはずないですからねぇ」
「確かに、戦士や剣士を尊ぶということは、剣に誇りを持っているということ。その人たちが、約束を破ったり、冒険者を見下したりするわけないよな」
「あるはずないですねぇ」
「ないよねぇ」
ちらっ。
僕とラフィリアは、衛兵さんの方を見た。
「正々堂々と前線に立って戦う者こそ、尊いって言ってたからね」
「正々堂々ですもんねぇ」
「……う」「……ぐっ」「……ぐ、ぐぬぬ」
効いてる効いてる。
僕たちは向こうが出した条件を満たした。文句を言われる理由はないはずだ。
「これで信用してもらえますか?」
僕は言った。
衛兵たちは気まずそうに目をそらしてる。もう一押しだ。
「なんでしたら『信用できる剣士』の僕が、彼女たちをずっと見ていて、その行動すべてに責任を取ります。それが認められないなら、上陸なんかしなくてもいいです。仲間を犠牲にしてまで、しなければいけないことなんかないんですから」
「……う、うぅ」
「よければ、僕が代表して『今回、この町では、彼女たちに魔法は使わせない』と『契約』してもいいですけど?」
「お、お前は、どうしてそこまで……」
「家族ですから」
僕は言った。
「立場上は奴隷だけど、ふたりとも僕の家族です。その大事な家族を、他人に監視とかさせられるわけないでしょう。繰り返しますけど、彼女たちのことは僕が責任を取ります。この町が『戦士と剣士』を信じる方針なら、これで問題はないはずですよね?」
「……わかった」
衛兵は、がっくりと肩を落とした。
「港町イルガファからの使いに、『契約』まではさせられない。それに……お前たちの力はわかった。この町は、剣士と戦士のことは信用するという方針だからな。『信用できる剣士』が……責任を取ってくれるのであれば……登録と監視は免除する……」
「ありがとうございます」
……はぁ。
力が抜けた。
セシルとラフィリアに監視をつける、なんて言われたせいで、頭に血が上ってたみたいだ。もうちょっと穏やかに話すつもりだったのに……むきになっちゃってたか。
ったく……まだまだ修行が足りないな……。
「だが、頼むぞ……そのダークエルフとエルフからは、目を離さないようにな」
「わかりました。この町では、常に僕の側にいてもらいます。ふたりとも、それでいいかな?」
「ひゃ、ひゃいっ」「よろこんでー、ですぅ」
セシルとラフィリアの声が返ってくる。
この辺が妥協点だろう。
どのみち、魔法使いを監視する町で、単独行動はさせられないからね。
「……時間を取らせてすまなかったな。魔法使いが、近くの砦を占拠する事件があったものでな。領主さまが厳戒態勢を敷いているのだ」
……え。
「砦を、魔法使いが?」
「西の山道の関所とも言われる、古き砦をだ」
衛兵たちは山の方を指さした。
「魔法使いたちはそこを占拠して、山道を行く者の邪魔をしている。おかげで鉱山に向かう者も、荷物を運ぶ者も通れなくなっているのだよ」
僕は地図を見た。
『地竜アースガルズ』が教えてくれた場所は、山の西側にある。この辺の(だいたいの)地図は保養地の冒険者ギルドで調べてきた。確か、遺跡の近くには湖があったはず。
「じゃあ湖に行くルートは?」
「通常の山道は通れなくなっているな。あとは……魔物のいる危険なルートしかない。『冒険者ギルド』に行ったら調べてみるといい」
「ひとつ聞いていいですか?」
「ああ」
「その魔法使いたちはもしかして『剣に翼が生えたアクセサリ』をつけてませんでしたか?」
「……なんだ、知ってるんじゃないか」
衛兵は肩をすくめた。
それが、魔法使いを警戒する理由か。
……だったら最初から言ってくれればよかったのに。
「そういう組織が、魔法使いを勧誘してることは知ってます。でも、この子たちの奴隷服に、そんなアクセサリはついていない。だから無関係です」
「……そ、そうだな。すまなかった……」
衛兵は深々と頭を下げた。
それから、何度もお辞儀をしながら、港の警備に戻っていった。
「どう思う? セシル、ラフィリア?」
「セシルさまは意識が飛んじゃってますよぅ」
「……ナギさまが『家族』って言ってくださいました。他の人の前で、わたしたちを……家族……って。えへへ……えへへへ」
振り返るとラフィリアが、真っ赤になったセシルの手を引いてた。
セシルはなぜか夢見ごこちで、ほっぺたを押さえてる。
ラフィリアの方は、ほわほわな笑顔で、何度もうなずきながら──
「マスターって奴隷を守ってくださるためには手段を選ばないですからねぇ」
「そうなの?」
「はい。あたしも、とってもきゅんきゅんしたです。すてきなごほうび、ありがとでしたぁ」
「どういたしまして」
そこまですごいことを言ったつもりはないんだけどね。
「お兄ちゃん。今のお話は……?」「魔法使いが悪さをしてるって言ってたの」「どういうことでありましょう……?」
イリスとアイネとカトラスが集まってくる。
僕はみんなにうなずいてから、船の方を見た。
「一度、船に戻ろう。もう一度『風精魔道士』から話を聞く必要がある」
僕は言った。
「砦を占拠してる魔法使いは『本家勇者ギルド』の関係者かもしれない」
いつも『チート嫁』を読んでいただきまして、ありがとうございます!
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