91 新章 あれから16年・・・
あれから、16年……目の誕生日をお祝いしたレーナ。
これで、レーナも16歳である。
誕生日の関係で、現在の年齢は、メーヴィス17歳、レーナ16歳、ポーリン15歳、そしてマイルが13歳である。もう少しでメーヴィスも誕生日がやってくる。未成年はマイルのみであった。
しかし、10歳になればハンターとしては正規メンバーであるし、特に選挙権やお酒の年齢制限等があるわけではないこの国では、成人である15歳になっているかどうかは、あまり大きな問題ではなかった。
一応、雇用上や法律上の違いや親の責任等が絡むが、ここでは10歳になっているかどうかという方が大きな指標であった。その年齢が、平民の子供が小遣い稼ぎではなく正規の職に就く目安とされているからである。
尤も、ハンターを除くその大半は、碌な給金も貰えない見習いか丁稚等の下働きではあるが……。
(マルセラさん達も、もう3年生になってるのよね……。かぎしっぽや、他のみんなも元気にしているかなぁ……)
マルセラ達3人以外のクラスメイトは、マイルにとって猫より下の扱いらしかった。
(私も、もう13歳かぁ……。私は誕生日が早いから、みんなはまだ12歳かな。
13歳と言えば、日本だと中二かぁ……。
中二と言えば、『厨二病』って言葉を連想するよね。私には縁のなかった言葉だけど。
確か、竜並みの力を有するだとか、強大な魔力だとか、質問に答えてくれる他の者には見えない謎の存在だとか、前世の記憶があるだとかの妄言を……、って…………)
マイルは、床に崩れ落ちた。
「最近、おかしな依頼が多いわね……」
ギルドの依頼ボードの前で、レーナが呟いた。
そのボードには、定番である素材採取、魔物討伐、護衛依頼等の他に、調査関連の依頼がいくつか貼られていた。
山岳部の魔物の状況調査。
森の奥深くに住む魔物が村や町の近くに現れるようになった原因の調査。
そして、消息不明になったパーティの捜索。救出、原因の究明、遺品の回収等、それぞれ追加報酬あり。
その他いくつかの調査依頼や、人里に下りてくるにしてはややランクの高い魔物の討伐、間引き等の依頼が、ある町に集中していた。
「……ヘルモルトの町、ですか。なんか、聞き覚えがあるような気がしますね……」
「以前、ワイバーンを捕まえに行ったでしょうが!」
「ああ、怪鳥ロブレス!」
レーナに指摘され、ぽん、と手を打つマイルの後ろで、メーヴィスが呟いた。
「いや、だから、ワイバーンは鳥ではないと……」
「う~ん、ここのところ普通の仕事ばかりだったから、少し退屈してたのよねぇ……」
以前にも聞いた覚えがあるような気がするレーナのその言葉に、メーヴィスとポーリンが慌てて周りを見回した。
……幸い、他のハンター達は誰も聞いていなかったようである。
いや、確かにメーヴィスとポーリンにもそういう気持ちはあった。
だが、多くの者は日々の暮らしで精一杯であるハンターギルドのど真ん中で『普通の仕事ばかりだったから、少し退屈していた』という発言は戴けなかった。他のハンター達に絡まれても仕方のない、問題発言である。
ハンターのみんながみんな、標準以上の魔術師や剣士を抱えていたり、馬鹿容量の収納持ちを擁しているわけではないのである。普通の素材採取や討伐依頼でそんなに稼げる者など殆どいない。
レーナもすぐに気付き、気まずそうな顔をした。
「と、とにかく、地方から王都に廻されてきた、受注者のいない不人気依頼。こういうのを処理してあげるのも、ギルドに対する貢献度が高いわよね!」
急いで言い直すレーナ。
そう、そういう言い方であれば、角が立たずに済む。
割に合わない、と自分達が受ける気がない依頼を受けてくれるパーティの存在は、他のハンターにとっても、ギルドにとっても良いことであるし、王都支部としての面目も立つ。
だが、やはり本音を言うと、生活費稼ぎのために退屈な依頼を受け続けることは、若い者にとっては物足りない。妻や子を持つ中年ハンターであれば、仕事は生活費を稼ぐ手段、と割り切れるが、若者は、やはり「大きな仕事をしたい」、「名を上げたい」という想いに囚われやすいのである。
そして、とりあえずBランクを目指すレーナ、そして早くAランクになって騎士として勧誘される日を夢見ているメーヴィスは、『赤き誓い』の4人の中では特にその傾向が強かった。
いや、そう言っては少し語弊があるかも知れない。マイルとポーリンにあまりそういう気がないだけであり、若手ハンターとしては、レーナもメーヴィスも特に出世欲が強い方だというわけではないのであるから……。
「……どれにしようかしら……」
悩むレーナに、マイルが1枚の依頼書を指差した。
「レーナさん、これ……」
『お得な依頼セット。ヘルモルトの町における依頼を纏めて受注した場合、未達成や失敗時の違約金なし、出来るものを随時こなして貰えればよい。報酬は成果に応じて支払われる』
「な、何よこれ! こんな適当な条件の依頼、初めて見たわよ!」
「……それだけ、受注者がいないということでしょうか? そして、それはつまり、報酬額に対して危険が大きく、失敗の確率が高い、ということを意味しますよね……」
「ああ、間違いないだろうね。そして、同時に複数の受注者を投入するためでもあるのだろう」
ポーリンの言葉に頷くメーヴィス。
「これって、アレですよね? 前にレリアさんが言っていた……」
「ああ、『赤い依頼』というやつだね。流れる血の色、そして『赤字』の赤……。だが、しかし!」
「「「「せっかくだから、私達はこの『赤い依頼』を受ける!」」」」
その声を聞いた受付嬢のレリアは、もう、諦めたような顔で肩を竦めていた。
そして、『お得な依頼セット』という名前に、何か嫌なものを感じるマイル。
(ポテトは付いているのかな……)
「また、お前達か……」
あれから6日後。
再びヘルモルトの町にやって来た『赤き誓い』の一行は、以前ワイバーンについての説明をして貰ったギルドマスターのところへ顔を出していた。
「まぁ、あの時のことで、お前達の実力は分かっている。無理をせず、危険を感じた時点で調査を打ち切って戻ると言うなら、受注を認め……、と言っても、もう王都で受注処理をしちまっているんだよなぁ……」
仕方ない、という顔をしてそう言うギルドマスター。
「まぁ、前回のワイバーンの時は助かったしな。領主も、あれからハンターの実力に一目置いたのか、少しギルドに対する姿勢が好転した。それについては感謝している。
それで、とりあえず概略の説明をしておく。個々の依頼の詳細については、1階で受付に聞いてくれ。
まず、しばらく前から、森や山岳部で魔物の様子がおかしくなった。いつもなら簡単に見つかるはずの魔物が全く見つからなかったり、逆に、そんな場所にはいないはずの魔物が姿を現したり……。そのため、いくつかのパーティが被害を受けた。戻って来なかった奴らも、恐らく……」
「それが、捜索対象のパーティですか?」
メーヴィスの言葉に、ギルドマスターは頭を振った。
「いや、ハンターが、受けた依頼や素材採取の途中で怪我をしようが命を落とそうが、それは自己責任だ。身に合わぬ仕事を受けた本人達の問題に過ぎない。わざわざギルドがカネを出して捜索依頼をするようなことはない。まぁ、家族や仲の良かった友人とかがカネを出して依頼することはたまにあるがな……。
今回の捜索は、ギルドが派遣した調査隊だ。森や魔物に詳しいベテランハンター達と、学者先生がふたり。そして、立ち会いのため随伴したギルドの女性職員だ」
そのギルド職員は、ある程度の魔法が使えたらしい。そこそこの一般魔法が使えるだけでも、ハンターではない者を引き連れた調査行にはありがたい。そういう者達は、得てして我が儘を言うものであり、魔法が使える者がいてくれれば、それがかなり解消されるからである。
そしてそれが若い女性であったりすれば、パーティの男達に随伴を断る理由などなかった。ほんのこれっぽっちも。
その後、調査隊の行動予定、調べて欲しい項目、余裕があれば間引いて欲しい魔物の種類等を聞き、あとは1階で受付嬢に地図や資料を貰って細かい注意事項を確認するだけとなった。
そしてギルドマスター室を辞すべく席を立った4人に、ギルドマスターが声を掛けた。
「調査隊の、ギルドからの随伴職員なんだがな……」
立ち止まり、振り返った4人に、ギルドマスターが言葉を続けた。
「……俺の娘なんだ。頼む!」
頭を下げるギルドマスターに、4人が揃ってサムズアップした。
「その願い……、」
「「「「しかと聞き届けた!」」」」
メーヴィスの言葉に続き、唱和する『赤き誓い』の一同。
勿論、こういう場面に備えて練習しておいた幾つかの決め科白のうちのひとつである。
そしてこの国では、日本や地球の英語圏と同じく、サムズアップは肯定的な意味合いであった。しかし、国によっては相手を侮辱するサインであったりするので注意が必要である。そう、バッフ・クランに白旗を振る行為になりかねない。
そして頭を下げ続けるギルドマスターを残し、『赤き誓い』の4人は部屋を後にした。