84 ワイバーンとの戦い・・・苛めじゃないよ?
ワイバーンは、レーナ達の魔法が届かない上空で旋回しながら様子を窺っていた。どうやら、得意の攻撃を避けられた上に危うく攻撃魔法の直撃を喰らいそうになり、少し警戒しているようであった。しかし、この程度でおめおめと逃げ帰り、この餌場を放棄するつもりは更々無いようである。
「今度は、こちらから先制攻撃に出ます」
「先制攻撃?」
「こちらが先に攻撃することです」
突然のマイルの言葉に思わず聞き返したレーナに、マイルがそう解説した。
「それくらい知ってるわよ! 私が聞きたいのは、私達の攻撃魔法が届かない上空にいるあいつに、どうやって攻撃するのかってことよ! げほげほ、はぁはぁ……」
怒鳴りすぎて、喉の調子が悪くなったらしいレーナ。魔術師にとって、喉は大切である。
今度、のど飴を作ってあげよう。そう考えるマイルであった。
「あんたの魔法なら届くって言うの?」
「う~ん、それは分かりませんが、地上から攻撃が届かないのであれば、届くところまで行けばいいんですよ」
何とか喉の調子を整えたレーナの問いに、マイルはあっけらかんとそう答えた。
「なので、レーナさん、攻撃魔法の詠唱を開始して下さい。発動の少し前になったら、私が魔法でレーナさんを飛ばします。それで、ワイバーンに接近したら魔法を発動して下さい。一発勝負なので、強力なやつをお願いしますね!」
「え? と、飛ばします、って何? ちょっと、一体何を言って……」
「さ、早く詠唱を! 時間がありません!」
「え、……わ、分かったわよ……」
今はぐだぐだ言っている時ではない。そう思ったレーナは、マイルを信じることにした。何やかや言っても、マイルはパーティの仲間であり、今まで何度も助けてくれた、頼りになる親友であった。今、無条件で信じてあげなくて、何が仲間か!
……それに、空を飛ぶ魔法、というものにも興味があった。自分が、大空を鳥のように自由に飛ぶ。何か、心がわくわくする。
そう思い、レーナは攻撃魔法の詠唱にはいった。ここは、自分の十八番、『赤い炎獄』しかない。
レーナが詠唱を開始し、前半部分が終わったところで、マイルはレーナの後方からその両腋の下に手を差し入れた。
「ひゃっ!」
突然のことに驚くレーナであったが、そこはプロのハンターである、詠唱の流れは途切れさせない。飛行魔法の手順なのであろうと、少しくすぐったいのを我慢する。
「行きますよ! 雷の鳥1号、発進用意!」
そう言うと、マイルはレーナの身体を大きく振り回した。
「え、え、えええっ、えええええ~~っっ!」
マイルに思い切り振り回されて、さすがのレーナも悲鳴をあげた。
「スイングバイ!」
そしてマイルは、振り回して勢いをつけたレーナを、ワイバーンに向けて思い切り放り投げた。
「こんな魔法の、超火焔砲!!」
「ぎゃああああぁ~~!」
ワイバーンは、ビビった。
空は飛べないはずの人間が、自分に向かって一直線に飛んでくる。それも、かなりの速度で。
ぐわっと牙を剥き、恐ろしい顔をして雄叫びをあげつつ急速に接近する。コイツは、さっき攻撃してきた個体だ。ヤバい!!
ワイバーンとしての矜持も忘れ、思わず避けてしまった。
すると、その人間は進路を変更することもなく、そのまま通り過ぎていった。
雄叫びをあげ続けたまま。
「ぎゃあああああああああああああ~~!!」
「レーナさん、どうして攻撃魔法を撃たないんですか!」
マイルは口を尖らせながら文句を言っていたが、仕方なく魔法を放った。
「上昇気流! レーナさんを静かに着地させて!」
その言葉に従って、レーナの墜落予想地点あたりで反時計方向に空気が渦巻き、強い上昇気流が発生した。……どうやらここは北半球であるらしかった。
反時計方向の渦により空気が収束したから上昇気流が発生したのか、それとも上昇気流が発生したために気圧が下がり反時計方向の渦が発生したのかは分からないが、とにかくレーナは強い上昇気流のクッションにより無事軟着陸に成功した模様であった。
「次は、ポーリンさん、お願いします。今度は失敗しないで下さいね!」
そう言って近付くマイルを、両手を突き出して必死の形相で拒絶するポーリン。
「い、嫌……、絶対に嫌ああぁ~~!!」
じわじわと近寄るマイルと、じわじわと離れるポーリン。
「技の名前は、『八つ裂き光輪』です!」
じわじわ……
じわじわ……
じわじわ……
しだいに追い詰められて、だらだらと汗を流すポーリンに、救いの声が掛けられた。
「次は、私が行こう!」
マイルが振り返ると、そこには、満面の笑みを浮かべたメーヴィスの姿があった。
マイルの注意がメーヴィスに向いた隙を逃さず、ポーリンは逃げ出した。
戦いの場から逃げ出すわけには行かないので、レーナの安否確認に向かったのである。
ポーリンがレーナの着地地点に到着すると、レーナは無事のようで、何やら自分に魔法を掛けていた。
「レーナさん、怪我でも? 私が治癒魔法を掛けます!」
レーナも治癒魔法が使えないわけではないが、攻撃魔法が得意なレーナは、ポーリンほどの治癒魔法の腕があるわけではない。慌てて駆け寄ろうとするポーリンを、しかしレーナが必死で制止した。
「こ、来ないで! 来ちゃダメ!!」
その時、ポーリンはようやく気が付いた。先程からレーナが顔を真っ赤にしながら使っている魔法が、ふたりがマイルから教わった、身体清浄の魔法と衣服洗浄の魔法であることに。
「あ…………」
何かを察して急停止するポーリン。その顔は、何とも言えない微妙な表情であった。
そしてレーナの叫び声が響く。
「いやあぁぁぁぁ~~!!」
一方ワイバーンは、心臓をばくばくさせながら上空を旋回し続けていた。
……さっきは、怖かった。あの、迫り来る人間の顔は、実に怖かった。それはそれは怖かった。
久し振りに、恐怖という感情を思い出してしまった。
そして、ほんの少し、尿を漏らしてしまった。誇り高きワイバーンとして、恥ずべきことである。
この屈辱をすすぐためには、あの人間共を殺すしかない。たとえそれが、主の命に背くことであろうとも……。
「……準備はいいですか?」
「ああ、いつでもいいよ」
「お手洗いは済ませましたか? 神様にお祈りは? 心の準備はOK?」
「いや、だからいつでもいいと言っているだろう? 一体何を言っているんだい、マイル?」
メーヴィスは、期待に打ち震えていた。
空を飛べる。
自分が、この大空を天翔けて、空の支配者であるワイバーンを、地上ではなく相手の土俵である大空で打ち破る。
今まで、騎士の誰ひとりとして成し遂げた者のいない快挙である。
やる。メーヴィスはやります、父上、お兄様方!
そっと両腋の下に差し込まれる、マイルの両手。そして謎の呪文が唱えられた。
「雷の鳥2号、発進用意! 装備は1号コンテナ、ショートソード!」
ぶん
身体が振り回される。
ぶんぶん
しかし、鍛え上げた身体には、どうということもない。
ぶんぶんぶんぶんぶん!
もうすぐだ……。
「スイングバイ!」
マイルの声が聞こえる。そして……。
「メーヴィス・カッター!!」
どひゅん!
そしてメーヴィスは、空を駆けた。