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80 新たな依頼

「さて、面白そうな依頼はあるかしらね……」

 日々の生活に追われている下級ハンターが聞いたら怒りそうな台詞を吐きながら依頼ボードを眺める、『赤き誓い』の面々。

 前回は身内関連であったし、お金には少し余裕があるので、気分転換も兼ねて、今回は単純作業的な仕事ではなく、何というか、面白い仕事、変わった仕事がやりたかったのである。

 しかし、そのような我が儘で傲慢な台詞は、お金に余裕がないパーティにはとても聞かせられない。何様のつもりかと怒らせるのが必定である。マイルが前世で聞いたことのある表現で言うならば、『ガンジーでも助走つけて殴るレベル』とかいうやつである。

 しかし、幸いにもその言葉は聞き咎められることはなくスルーされ、レーナ達はそのままボードを眺め続けた。


「あ、これ……」

 そのマイルの言葉に、既視感を覚えるレーナ達3人。

 そう、確か、岩トカゲの依頼を見つけた時も、こんな感じであった……。

 そして、マイルが指し示す依頼票には、こう書かれていた。

『ワイバーン討伐 報酬、金貨30枚』

「「「「受けたあぁっ!」」」」

 ワイバーンの討伐依頼を見るのは初めてであった。このあたりはワイバーンの生息域から少し離れており、この機会を逃すと、次はいつワイバーンの討伐依頼に巡り会えるか分かったものではない。これは見逃せなかった。



「……おやめになった方が……」

 その受付嬢の言葉に、またまた既視感を覚えるレーナ達4人。

 そう、確か、岩トカゲの依頼を受けようとした時も、こんな感じであった……。

「いや、もう私達の実力は判ってるでしょうが!」

「いえ、そうは仰いましても……」

 レーナの高圧的な態度にもめげず、受付嬢は説得を試みた。

「まず、ワイバーンを討伐するためには、ワイバーンを地上に引き摺り落とす必要があります。そのためには、ワイバーンを落とせるだけの威力があり、かつ速度が速く、命中精度が高く、上空に向かって遠距離まで届く遠隔攻撃手段が必要です。パーティの大半は、この条件が満たせず受注を断念されます」

「うちは3人が魔術師、それも、全員が強力な攻撃魔法が使えるから問題ないわよ!」

 レーナの反論をスルーして、受付嬢は話を続けた。

「そして、ある程度ダメージを与えることができたとしても、ワイバーンは逃げます」

「「「「え……」」」」

「別に、意地になって死ぬまで戦うってわけじゃありませんからね、ワイバーンは。劣勢になって危険を感じたら、そりゃ逃げますよ。そして、当分は巣から出てきません。

 かなり経ってから出てきても、攻撃された場所には当分の間近付きませんし。ワイバーンの狩りの範囲は広いですからね。それに、自分に危害を与えた人間は覚えるようで、他の場所でも、一度戦って酷い目に遭わされたハンター達に近付くことは決してありません。それに……」

「それに?」

「そもそも、数十キロ四方に及ぶワイバーンの狩り場の、どこで出会うおつもりですか?」

「「「「え……」」」」

 ぽかんと口をあける『赤き誓い』の4人。

「毎日同じ村を襲いに来る、ってわけじゃないんですよ。長期間張り込んで、ようやく出会って激闘、仲間が殺されたり重傷を負ったりしてやっとかなりのダメージを与えたと思ったら、さっさと逃げられる。そしてその後、自分達には二度と近寄らない。長い日数を無駄にして、被害甚大、依頼任務失敗、報酬なしで逆に違約金の支払い、仲間の治療費や遺族への対処……。

 割と報酬がいいのにどうしてその依頼が残っているか、疑問に思って考えましょうよ。でないと、長生きできませんよ?」

「「「「…………」」」」

 黙り込んだ4人に、受付嬢の説明は更に続いた。

「地元や周辺の町のギルド支部では誰も受けてくれず、領主や王宮も手を出そうとしないから王都支部に廻されてきた要注意の依頼。仲間達の血がたくさん流れ、収支は大幅なマイナスになるこの手の依頼は、こう呼ばれているんですよ。……『赤い依頼』ってね。

 こんなのを受けるのは、馬鹿か初心者か勇者だけです」

 受付嬢の説明が終わり、『赤き誓い』の4人は顔を見合わせた。

 そして皆がこくりと頷き、レーナが代表して受付嬢に言った。

「せっかくだから、私達はこの赤い依頼を受けるわ!」

「な……! 今の私の説明、ちゃんと聞いていましたか? 一体、何を考えて……」

「あら、依頼を受けさせるのがあなたの仕事なんじゃないの?」

「くっ……」

 レーナの言葉に、思わず声を荒げた受付嬢は、自分の立場を思い出して言葉を飲み込んだ。

「ど、どうしてこんな依頼を受けるんですか!」

「あら、どうして不思議に思うのかしら? さっきあなたが自分で言ったじゃないの」

「え?」

 意味が分からずきょとんとする受付嬢に、レーナが教えてやった。

「それは、私達が、馬鹿で、初心者で、……そして勇者だからよ!」

 絶句する受付嬢をよそに、横からマイルが叫んだ。

「ちょっと、レーナさん! どうして『馬鹿』って言う時に、私の方を見るんですか!」


 結局、『赤き誓い』はワイバーン討伐の依頼を受けた。

 受付嬢には、忠告をすることはできても、条件を満たした正規の受注を自分の勝手な判断で拒否する権限はなかったのである。拒否できるだけの正当な理由があれば、もしくは上司を納得させられるだけの根拠があればその限りではないが、今回はそのいずれにも該当しなかった。そのため、『赤き誓い』に好意的である受付嬢は断腸の思いで受注処理を行ったのであった。




「さて、まずはギルドに行くとしましょうか」

 王都から5日、ワイバーン討伐の依頼を出した町ヘルモルトに到着した『赤き誓い』一行は、とりあえずギルド支部へと向かった。そして受付でワイバーン討伐の依頼を受注したことを話すと、少し待たされた後、2階のギルドマスターの部屋へと案内された。

「……お前達が、ワイバーン討伐の依頼を受けたという、王都のハンターか……」

 ギルドマスターはそう言って、落胆したような、少し怒ったような顔をして、受付嬢に案内されて部屋へはいった『赤き誓い』の4人を迎えた。

「分かっていて受けたのか、このワイバーン討伐という依頼のことを……。王都のギルド職員からちゃんと説明を受けたのか?」

 部屋へはいるなり、挨拶もしないうちに初老のギルドマスターにそう言われて少しムッとしたが、恐らく悪気があっての言葉ではなく、新米の年若き少女達を心配しての言葉であろうと思い、皆は気にせずにその言葉を流した。

「……王都から来たハンターに無駄に死なれると、俺の評価が下がるんだぞ。それも、見た目の良い若い女を4人も死なせたとなると、あちこちで陰口を叩かれるんだ、どうしてくれる!」

「「「「…………」」」」

 ……どうやら、心配しているのは自分の評判の方らしかった。


「私達が、王都でワイバーン討伐の依頼を受けた、Cランクハンターの『赤き誓い』です」

 メーヴィスがギルドマスターの言葉に気圧されて黙っているため、代わりにレーナが答える。

 比較的沸点の低いレーナであるが、自分の見た目がどうかということくらいは自覚している。なので、初対面の相手が自分を外見で軽く見ることくらいは認識している。だから、それくらいのことでは怒らない。

 ……寛容なのではない。慣れた。ただそれだけである。それに、今はマイルがいる。『軽く見られるのは、マイルがいるからだ』と思うのは、レーナの精神衛生上、非常に良かった。

「何、『赤き誓い』だと?」

 ギルドマスターは、自分の言葉を聞き流して自己紹介したレーナの言葉に、少し驚いたような顔をした。

「お前達が、あの……」

 どうやら、噂だけは聞いているようであった。それが、卒業検定での模擬戦、盗賊の討伐、そして悪の商人……、いや、最後のは『赤き誓い』ではなく、謎のパーティ『赤き血がイイ!』の活躍なので関係ないが……、の、どこまでかは分からないが。

 それに、最後のは、あの町から王都に噂が流れ、更に王都から各地へ、という流れになるので、公的機関や貴族の間ならばともかく、平民の間に噂が流れるにはまだまだ時間がかかるはずである。

「あの、が、何を指すのかは分かりませんが、私達が『赤き誓い』です」

 今度は、メーヴィスが答えた。一応、パーティリーダーはメーヴィスなのである。時々忘れそうになるが……。


「……一応、お前達の噂は聞いている。魔術師の能力も、剣士の腕も……。お前達なら、ワイバーンに一撃を与えたり、落ちたワイバーンにとどめを刺すことは可能かも知れん。だが、落とせるほどのダメージを与えられるかどうかは分からんし、無駄足になるかも知れんぞ? 被害を受けた上、違約金を取られるだけで……」

「そう言われても、もう受注しちゃってますから!」

 マイルの言葉に、それもそうか、と苦笑いするギルドマスター。

 その後、『赤き誓い』の面々は、普通の新米ハンターではないと認めてくれたギルドマスターから依頼内容の詳細説明を受けた。概略は王都のギルド支部で説明されていたが、依頼文書は概要のみの簡略化された説明であるし、依頼書の作成から後の新情報もあり、細かいところまで色々と質問した。本来はこういう仕事は受付嬢の役目であるが、本件は重要な依頼であり、そしてここヘルモルト支部から王都へと依頼が廻されたものである。つまり『赤き誓い』はヘルモルト支部からの支援要請を受けた他のギルド支部から派出されたような立ち位置であるため、ギルドマスター直々の対応となったのである。それでも、通常ならばある程度ギルドマスターが対応した後、詳細は受付嬢が引き継ぐのが普通であるが、どうやらギルドマスターが『赤き誓い』に興味を持ったらしく、異例の「最後までギルドマスターが説明する」という事態となったのであった。そしてその内容は少々きな臭いものであり、ギルドマスターは隠し事なく正直に話してくれているのであるが、『赤き誓い』の皆の表情はしだいに険しくなっていくのであった……。



「……話を纏めるわよ」

 ギルドから引き上げた後、宿で4人部屋を取り、部屋でこれからのことを打ち合わせる『赤き誓い』の面々。司会役は、いつもの通り、レーナである。

「まず、今回の依頼主は、領主様。でも、領主様は報酬を出してくれるだけで、依頼内容に関してはギルドに丸投げだから気にする必要はないわね。依頼主に会う必要もないらしいし」

 そのあたりは、ギルドマスターから聞いている。領主様は、下賤の者であるハンター風情と会うおつもりなど更々ない、というわけであった。それは、ごく普通のことである。貴族がわざわざハンターと会うなど、あの盗賊団の時の領主、アムロス伯爵の方が少々異端なのである。

 『赤き誓い』のみんなにとっても、その方が気楽でいい。貴族と会っても気疲れしないのは、そういうのに慣れているメーヴィスくらいである。マイルも、家族以外の貴族と話したり会食したりした経験は、先日のアムロス伯爵の時くらいしかなく、また、前世の意識が中心であるため、貴族との会話は緊張を強いられた。他の者からはとてもそうは見えなかったが、それでも、マイルなりに緊張していたのである。学園の時のクラスメイトとは、貴族とはいえ普通に相手していたが、それはそれ、これはこれ、である。

「被害は、この領地の約3割と、隣領の一部。隣領は被害区域の大半が辺境部だし、被害の大半がこっちの領だから、こっちの領が何とかするだろうと放置の構え。ま、領主とすれば正しい判断よね。領地の兵士や予算を無駄に消耗するのは下策だからね」

 こくりと頷く3人。

 レーナ以外の3人も、勿論ギルドマスターの説明は聞いていたが、こういう打ち合わせでは再度言葉にして確認することが重要である。間違いを減らせるし、皆の思考の流れを同調させることができ、話し合いを円滑化できる。

「……で、問題は、これよね」

 そう言ってレーナがテーブルの上に広げたのは、ギルドマスターから貰った、資料の写し。

 この領地と隣領の簡単な地図に、ワイバーンに襲われた村や目撃場所が、その日時と共に記入されたものである。

 それは、概ねある円内に集中していた。それは良い。ごく普通のことである。しかし……。

「おかしいですよね……」

「うん、少し不自然だな」

「王都で聞いた、ワイバーンの生態の一般論と少し違いますよね……」

 ポーリン、メーヴィス、そしてマイルが言う通り、そのワイバーン出現資料には少しおかしなところがあった。

 まず、一般的なワイバーンに較べ、出現範囲がかなり狭い。ワイバーンが滅多に出現しないこのあたりなら、縄張り争いは関係ない。もっと広範囲で獲物を狩るのが普通である。

 そして、出現範囲が、綺麗に円を描いている。

 いや、円を描くこと自体は普通である。しかし、この資料では、あまりにも綺麗に円が描かれ過ぎていた。普通は、もう少しバラバラで、「大体、円に近い分布」というに過ぎないところを、これは、あまりにも綺麗な円過ぎた。

 そして、極めつけは、その出現日時であった。

 正確。

 あまりにも正確に、規則的に同じ村や街道の要所に出現するワイバーン。

 あたかも、人間が使う暦を知っているかの如く、曜日別に場所を決めて現れるワイバーン。

 勿論、怪しい。あからさまに不審である。

 しかし、『赤き誓い』の面々が不審に思ったのは、ワイバーンに関してだけではなかった。

「当然、このことは他のハンターも気づき、何組ものパーティが受注した挙げ句、全滅、もしくは壊滅に陥っているわ。それはまぁ、そういうこともあるでしょう。ハンター側の実力不足とか、ワイバーンが強力な個体だったとか……。でも、遭遇が比較的容易なら……」

「領軍が出ますよね、普通……」

 ポーリンが、レーナの言葉を受けてそう呟いた。


 そう、ワイバーン討伐に領軍が出ない大きな理由は、遭遇が難しいことであった。

 大勢の兵士を何十日も動かすには、大金が必要である。そして結果的に空振りに終われば、予算ばかり消費して成果はゼロ。捕捉率が極端に低い場合、領主にとって手を出したい相手ではなかった。

 しかし、かなりの高確率で遭遇できるというならば、話は違う。

 領地の被害防止、兵士の実戦訓練、他領に対する強兵のアピール、そして王宮に対する「領民のために尽くす、良き領主」としてのアピールや領民の忠誠心アップ。多少の兵士の被害や予算の消費は許容できるだけのメリットがある。もし討ち漏らして逃げられても、その村にはもう現れないであろうし、追い払った、ということでもそれなりのアピールにはなる。

 なのに、これだけ規則的な出現資料があるのに、なぜ領軍が出ていないのか……。

「領軍が出ない、何らかの理由があるのか……」

 メーヴィスの言葉に、マイルが続ける。

「……それとも、出たけど、既に敗北して、それを隠しているか……?」

 4人の間に、沈黙が広がった。


帰省と、それに伴う処理も一段落。

更新再開です。

……今まで一日置きの更新でしたが、2日置きにしていいですか?

いや、未読小説の山や未視聴録画が容量いっぱいになり、私も書くだけでなく他の人の作品も読みたいもので……。(^^ゞ

たまには呑みにも行きたいし。

ちょっと、執筆に投入する時間が多過ぎました。(^^ゞ

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― 新着の感想 ―
[一言] せっかくだから、私達はこの赤い依頼を受けるわ! のためだけに売れ残りの依頼に赤い依頼と名付けた説。 あるんじゃないかな。
[一言]  うーん、赤き誓いのメンバーは少し自分達の実力を過信し過ぎなんじゃないだろうか…。ベテラン達も受けて失敗したであろう依頼を考えなしに受けてるように感じます…。なんとなくマイル頼りで行動してる…
[一言] アニメ化されるだけあって面白い作品ですね ガ・コーンが出ないのはアニメオリジナルでしたか
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