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79 ひみつハンター ワンダーⅢ

 アードレイ学園とエクランド学園という2つの学園を擁する、ブランデル王国の王都。

 とある休養日の夕方、その一角を歩く3人の少女達。

「あの子、元気でやってるかしら……」

「大丈夫ですよ。ドラゴンに踏まれても壊れない、って言ってたの、マルセラ様じゃないですか……」

「そうですよ! 今頃、『マルセラさん、元気でやってるかなぁ』、なんて言ってますって!」

「そうかしら……、いえ、きっとそうですわね!」

 あれから8カ月。3年生に進級した、マルセラ、モニカ、オリアーナの3人であった。

 卒業後は実家に戻って花嫁修業のマルセラ、同じく実家で家業を手伝いながら嫁入り先を探すモニカ、そして奨学金の返済免除の代わりに公職に就かねばならないオリアーナ。のんびりと暮らせるのも、あと1年のみである。


 少し街の中心から外れた、やや細い街路。

 しかし、決して人通りのない寂れた裏路地というわけではないその道で、マルセラ達の進路を2人の男達が塞いだ。マルセラが素早く後方を確認すると、後ろにも2人の男が。

 ……囲まれた。

「何か御用ですの?」

 怯えた素振りもなく、そう尋ねるマルセラ。モニカとオリアーナはそういうわけには行かず、ふたりでくっついて怯えている。

「なに、ちょいと付き合って貰おうと思ってな」

「お付き合いを御希望でしたら、紹介者を通して、正式に父に申し込んで下さいませ」

「なっ……」

 勿論、本気で言っているわけではない。ごろつきかハンター崩れの男が、正式に貴族家令嬢に交際を申し込むわけがなかった。マルセラは、アデルとは違うのである、アデルとは!

「こっ、この、ふざけやがって……。いいから来い! あるお方がお前に用があるんだとさ!」

 そう言いながら、男がマルセラに腕を伸ばした時。

「点火!」

「うあっち!」

 オリアーナが、魔力が弱いなりに使いこなす生活便利魔法のひとつ、着火用魔法を放ち、伸ばされた男のむき出しの腕を焼いた。

「こ、このアマ! 連れて行くのは、最低限貴族の娘だけでも構わねぇって言われてるんだ、平民は殺しても構わねぇってな! 刃向かったことを地獄で後悔しな!」

 そう言って、男は伸ばした手を引っ込めて、剣を抜いた。

「死ねえぇぇ!」

 剣が振り下ろされ、オリアーナが死を覚悟した時、マルセラがオリアーナの前に身体を割り込ませた。

「なっ!」

 無傷で連れて来るよう命令された貴族の娘が振り下ろされる剣の前に身体を割り込ませたことに驚き、男は慌てて剣を止めようとしたが、間に合わない。ガスッ、と嫌な手応えがあった。

 しかし、剣は貴族の娘の身体に食い込んではいなかった。剣がめり込んでいるのは、娘の前に出現した氷の塊であった。

「な……」

「……点火」

 男が反応する前に、オリアーナが無表情で呟いた。そして、勢いよく燃え上がる、男の毛髪。

「ぎゃあああああ!」

 頭の火を消そうと転げ回る男を冷たい眼で見るオリアーナ。怒っていた。とても怒っていた。

「ウォーターボール!」

 モニカの、魔法名のみの省略詠唱で現れたバレーボール大の水球は、前方を塞いだもうひとりの男の顔にぶつかり、そのまま停止した。

「うぶ、ぐぶぶぶぶ!」

 突然のことであり、思い切り気管に水を吸い込んでしまったその男は必死に頭を振って水球を払おうとしたが、頭部を覆った水は離れない。手で掻き落とそうとしても、走り回って振り切ろうとしても、頭部から離れない水球に、しだいに男の動きが悪くなっていく。

 一方マルセラは、オリアーナの攻撃で男が離れた瞬間に後ろを向き、次の魔法を唱えていた。こちらも、オリアーナやモニカと同じく、魔法名のみの省略詠唱である。無詠唱もできるが、余裕がある時には魔法名だけでも唱えた方が威力が上がる。

「ファイアーショット!」

 2発の炎の弾丸が放たれ、後方を塞いでいたふたりの右肩に命中。ふたりは剣を取り落として、身体を回転させながら倒れ込んだ。マルセラには、慎重に狙いをつけられるだけの余裕が充分にあったようである。

 マルセラ達3人は、初めてアデルから魔法のレクチャーを受けてからの2年間、遊んでいた訳ではない。1年2カ月はアデルと共に。その後の8カ月は自分達3人で。未来の為に、努力と研究を続けてきたのである。

 頭の良い3人が、アデルから教わった魔法の根源に関する知識を基に研鑽を続けてきたのである、元々の魔力の少なさなどどうとでもなる。拉致目的と思われる賊が突然剣を振るうとは思わず、一時は危なかったが、油断さえしなければこの程度の賊ならば手加減して捕らえることは難しくもない。

「さて、誰に雇われたか、教えて貰おうかしら……」

 凄腕の魔術師だなんて聞いてねぇ、ただの、学園に通う貴族の馬鹿娘じゃなかったのかよ、平民の小娘まで魔法を使うなんて話が違う、等の泣き言を言う賊をぐりぐりと踏みにじっていると、近くにいたらしいハンター達が駆け付けて来た。どうやら、尋問は専門家の手に委ねられることになりそうであった。



 そして、事情説明のためにギルドへと向かう途中。

 珍しく不機嫌そうな顔をしていたオリアーナが、マルセラに食って掛かった。

「マルセラさん、どういうつもりなんですか!」

「あら、何のことかしら?」

「賊が私に襲い掛かってきた時のことです! どうしてあんな危険なことを……。死ぬのが怖くないんですか! 私なんかの命より、マルセラさんの方がずっと……」

「オリアーナさん、」

 マルセラはオリアーナの言葉を遮った。

「死ぬのは確かに怖いですわ。でも、何もできずに目の前であなたを失い、一生その事を後悔しながら生き続けるという恐怖に較べれば、大したことではありませんことよ」

 微笑みながらそう言ったマルセラに、オリアーナは激昂した。

「ふざけないで下さい! じゃあ、自分を守るために目の前であなたに死なれた私はどうなるって言うんですか! それ以上の恐怖じゃありませんか! そんな重荷を私に背負わせるつもりなんですかッ!」

「あ…………」

 考えてもみなかったその指摘に、口を開けたまま固まるマルセラ。

「わ、悪かったですわ……」

「じゃあ、もう二度とあんな事はしないと誓って貰えますよね!」

 オリアーナの言葉に、マルセラは首を横に振った。

「それはお約束出来ませんわ」

「ど、どうして!」

 マルセラは、なぜそんな分かり切った事を訊くのか、と不思議そうな顔をして答えた。

「それは、あなたが私の大切なお友達で、私が私、マルセラという人間だからですわ」

「…………」

 いくら言っても無駄だ。

 オリアーナには、そのことだけはよく分かった。

 しかし、仕方なかった。それがマルセラであり、自分が感謝と尊敬の念を抱く、素敵な貴族の少女なのだから……。



「……というわけですの」

 ハンターギルドの2階、ギルドマスターの部屋で状況を説明するマルセラ達。

 ギルドマスターは、自分の机ではなく、その前に設えられたテーブルセットにマルセラ達3人と一緒に座っている。ギルドマスターが自分の机を背にするように座り、その正面にマルセラ達3人が並んで座っており、ギルドマスターの斜め後方には、秘書代わりに受付嬢がひとり立っていた。

「ふむ、第三王女のお気に入り、マルセラ嬢を手に入れて、何をしようとしたのやら……。もしくは、人質か? まぁ、そのあたりは専門家が調べてくれるだろう。

 しかし、いくらDランクとは言え、ハンターである魔術師3人にあの程度の戦力で挑むとはな。予備知識が全く無かったのだろうなぁ……」

「「「あはは……」」」



 そう、彼女達は、Dランクのハンターであった。

 マルセラの『アデルシミュレーター』に、モニカとオリアーナが『連接システム』として接続された、『スーパー・アデルシミュレーター』により行われた、アデルの行動予測。その計算結果は、次のようなものであった。


どこにいるのか?

 国内残留確率      6パーセント

 国外脱出確率     94パーセント


何をしているのか? 

 森の奥等に単独潜伏   5パーセント

 貴族家にもぐり込み   4パーセント

 住み込みメイド     7パーセント

 どこかの街で店員等   9パーセント

 ハンター       69パーセント

 その他         6パーセント


 そして、3人は「もしもの時のために」と、ハンター登録をしておくことにしたのであった。

 目標は、卒業時にCランク。最低でも、Dランク。アデルなら、自分達が卒業する頃には絶対にCランクになっている。そして、Bランク以上にはなっていない。たとえなれる機会があったとしても、Cランクにとどめている。そう確信していた。

 幸いにも、アデルに教わった知識のお陰で普通の魔術師並みの魔力量となったマルセラ、魔術師の最下位くらいになったモニカ、そしてその半分くらいになったオリアーナの3人は、頭の中で詠唱するというこの世界で言うところの無詠唱ではなく、アデル式の『全く詠唱をしない、現象を直接イメージする方法』により驚異の速さで魔法を行使することができた。勿論、他の者に悟られないようにわざと少し時間をかけて、『血を吐く訓練により素早い脳内詠唱を行えるようになった』ということにしているが……。

 また、3人は、その効率的な魔法の使い方により魔力量に見合わぬ威力を出すことができ、実際の魔法の威力は平均的な魔術師を上回っていた。そのため、ハンター登録時のスキップ制度によりDランクからのスタートとなることができたのであった。勿論、実家には秘密である。

 彼女達は、別にハンターとして身を立てたいと考えているわけではない。ただ、もし再びアデルと出会える時があれば、その時に自分達の選択肢が少しでも多いようにと考えたに過ぎない。それに、ハンターのCランク資格はあって邪魔になるものでもない。嫁入りの時に『魔術師としてCランクハンターの資格がある』というのは、魔法の才能を証明する何よりの証となる。

 マルセラ達は普通のハンターになるつもりはなかったが、一応の常識は身に付けようと考え、他のパーティと合同で薬草採取、ホーンラビット狩り、ゴブリン狩り等は一応こなした。マルセラ達が合同を持ち掛けたF~Dランクの少年達のパーティは、その申し出を断ることはなかった。ただの一度も。

 そしてその後、マルセラ達は討伐依頼や採取等を行うことはなかったが、Dランクでありながら多くの指名依頼を受けた。

 護衛依頼である。

 商隊とかの護衛ではない。それならば大抵はCランク以上と指定されるし、学生であるマルセラ達は受けられない。マルセラ達が依頼されるのは、1日限りの少女の護衛であった。

 貴族の娘、大商人の娘等が少し安全性に心配があるところへ出掛けざるを得ない時の、姉妹の振りをして、あるいは友人や使用人の振りをしての密着護衛である。トイレや入浴時にも一緒にいられ、数人による奇襲程度ならば退けたり時間稼ぎができる、とてもハンターには見えない11~12歳の美少女達。

 近くには普通の護衛もいるので、少しの間だけ時間を稼げれば充分であり、彼女達は非常に重宝された。休養日だけでなく平日の依頼もあり、どうしても、という場合は学園を通して貰い授業が出席扱いでなら引き受ける、ということになり、学園に無理を通せる有力者達はその条件を喜んで呑んだ。

 そして実際に襲われることなどほぼ無く、マルセラ達はA評価での任務完遂実績を着実に積み上げていたのである。

 ギルド1階で仕事を物色することがないためマルセラ達の事を知らないハンターも多く、たまたまギルドで見掛けても、依頼側かギルドマスターの客、もしくはギルド職員の家族か親戚が訪ねてきた、程度にしか思われない。それがギルドの護衛特化の秘密兵器、結成から8カ月の、学園服美少女ハンター『ワンダースリー』であった。


 話の切れ目でギルドマスターがテーブルに置かれた紅茶を手に取り、マルセラ達もそれに合わせて紅茶のカップを手にした。こくり、と紅茶を飲みながら、マルセラの眼が何気なくギルドマスターの後方、机の上にある物体に向けられた。何やら人形のようなものが4つ置いてあり、ギルドマスターの机の上にあるには場違いに見えて、ふと気になったのである。その人形をよく見てみると……。


 ぶふおぉぉぉぉ~~!


 吹いた。口の中の紅茶を全て、正面に座っているギルドマスターの顔面へ。

 その盛大な噴射にビクッとなり、口につけていたカップからごぽりと大量の紅茶が口の中にはいったモニカとオリアーナは、何事かとマルセラの視線の先を辿り……


 ぶふあぁぁ~~!


 後方で控えていた受付嬢が、ポケットからハンカチを取り出して慌ててギルドマスターに駆け寄ったが、ギルドマスターは左手を軽く挙げてそれを制止した。そして取り出した自分のハンカチで顔や服を拭うと、そのハンカチを大事そうに懐にしまい込んだ。受付嬢からの冷ややかな視線に気付くことなく。


「「「す、すみません!」」」

 マルセラ達3人は慌てて謝った。視線を決して机の方には向けないようにして。

 あの人形について聞きたいのは山々であったが、もし自分達があれに強い関心を示したということが知られれば、絶対に調査される。国王陛下がそう簡単にアデルのことを諦めるはずがない。それくらいのことが分からないマルセラ達ではなかった。アデルとは違うのである、アデルとは!



 ギルドからの帰り道。

「……元気でやっているようですわね」

「やはりハンターでしたね」

「そして、早速ボロが出ていました……」

 マルセラ達は、頬が緩むのを抑えきれなかった。

「うふ」

「あは…」

「「「あはははははは!」」」

 歩きながら突然大声で笑い出した3人の少女に、通行人達が怪訝そうな視線を向けていたが、彼女達の笑い声はなかなか収まりそうになかった。




「……以上が、本日のマルセラ嬢達の行動です」

 陰からこっそりとマルセラ達の護衛、という名目の見張りをしていたその男からの報告を聞く、国王と第一王子アダルバート、第三王女モレーナ、第二王子ヴィンスの王族勢4人と、宰相、護衛隊長のバーグル。

「どうしてオリアーナさんやマルセラさんが危ない時に助けに入らなかったのですか!」

 報告を聞き終えたモレーナが、怒りの声を張り上げた。

「あ、いえ、まさかいきなり危害を加えるとは思わず……」

「それって、護衛の意味、あるのですか?」

「…………」

「もうよい、下がれ」

「は……」

 護衛の男が出て行った後、国王はモレーナに告げた。

「護衛は替える」

「次は、信頼できる者にして下さいね」

「分かっとる」

 護衛の者は、マルセラ達が襲われる前からギルドに行くまで見張っていたが、ギルドの中まではついて入る訳には行かず、その後は学園の寮に戻るだけなのでその時点で見張りを終えて戻っていた。なので、聞いていた会話はオリアーナとマルセラの言い合いまでであった。

「あと、今回の黒幕は……」

「分かっとる! ちゃんと対処するから、そう心配するな!」

「でも……」

 マルセラ達を心配するモレーナに、国王は少し辟易していた。

 その時、第一王子のアダルバートがぽつりと呟いた。

「平民の為に、振り下ろされる剣の前に立ち塞がるか……。そしてそれを、大したことではない、か。面白い奴だな……」

「マルセラちゃん、良い子だよね! 強くて、可愛いし……」

 アダルバートに続き、第二王子ヴィンスもマルセラに興味津々の様子であった。

「「「「え……」」」」

 今まで、群がり寄る貴族の娘達に全く興味を示さなかったアダルバートのその反応と、ヴィンスまでもが興味を持ったらしいその様子に、アデルを見つけ出してふたりのうちどちらかと、と考えていた国王と宰相達は言葉を詰まらせた。

 そしてモレーナはと言うと。

(アデルさんとマルセラさん、どちらが義姉で、どちらが義妹になるのでしょうか……)

 そんな未来を夢想して、幸せそうな顔をしていた。

本日(15日)早朝から、所用のため帰省します。

そのため、数日間更新が遅れます。申し訳ありません。

来週のうちには再開します。m(_ _)m


モバイル環境がないので、売れ行きの初速が判るのはこちらに戻って来てから……。

ドキドキ、縄文式土器……。(^^ゞ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 3人娘に王女様・王子1号2号も元気だったのね、良かった(*´▽`*) ただ護衛・・・仕事しなさいよ。
[良い点] W3マジかっこいい。 チームワークも、テクニックも、赤基地など足下にも及ばない。
[一言] >ドラゴンに踏まれても壊れない、って言ってたの、マルセラ様じゃないですか…… さすがセマルセラ、予言してたのか…
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