720 えへ、来ちゃった! 6
「シェララさあぁ~ん……」
『……ヒ、ヒィッ!』
「下等生物保護法って、知っていますよねえぇ……」
『は、はひぃっ!』
「それって、どおぉんな決まりでしたっけえぇ……」
『たっ、助け……』
必死にクランメンバーの方を見て助けを求めるシェララであるが、皆、スッと視線を外すのであった……。
どうやらシェララは、最初は強気だったものの、以前少年竜のウェンスがマイルの位相光線で撃ち抜かれ、雷魔法で倒された時のことを思い出したようである。
……そして、それを目の当たりにした自分が、完全降伏したことも……。
「どおぉぉんな決まりでしたっけえぇぇ……」
『ひ、ひいっ……! こら、そこの人間共、私を助けなさい! マイルちゃんを宥めなさいよっ!
早く! 早くううううぅっっ!!』
「無理よ……」
「ああなったマイルは……」
「「「「「「もう、誰にも止められない……」」」」」」
『ぎゃあああああああ〜〜っっっ!!』
* *
「……というわけなので、お引き取りください」
『……はい……』
マイルにこっぴどく叱られた上、自分の望みを完全に打ち砕かれ、意気消沈のシェララ。
(頑張って、飛んで来たのに……)
まだ幼いシェララにとっては、大陸を渡るのは結構キツいのである。
なので、後で親に叱られるのを覚悟で、辛い大陸間飛行を頑張ったのである。これから始まる、楽しい日々を夢見て……。
それが、全くの無駄足に……。
それは、悲しいであろう。
そして、何となくそれを察してしまう、マイル達。
「「「「「「「…………」」」」」」」
「あの、シェララさん。ここの古竜の里に、顔を出されてはどうですか?」
『え?』
「せっかく来られたのですから、向こうの大陸の族長の娘として、親善訪問をされては……。
珍しい食べ物や面白い話、そしてイケメンの少年古竜とかもいるかもしれませんよ? あの、ウェンス君とかベレデテスさんとかより、もっと素敵な男性古竜とかが……」
『えっ? えええええっ?』
(……よし、釣れた!)
お嬢様であるシェララは、他の古竜の里へ行ったことはないだろうと思っていた、マイル。
なので、他の古竜の里を訪問するという面白そうな餌を目の前にぶら下げてやれば、興味を惹かれるだろうと思ったのである。
そして、更に……。
「そこの、ザルムって人……古竜はお友達なんですけどね。この国の王女様と仲良し……というか、ペットを可愛がるみたいな感じで、結構楽しんでるみたいなんですよ。
他にも、狼の子供の面倒をみたり、色々と……」
『えええええっ!』
シェララが驚くのも、無理はない。
確かに、下等生物を助けてやったり、下僕として使ってやったりする者は、自分達の里にもいないわけではない。
しかしそれは、例の遺跡の発掘調査とかいうごく特殊な場合を除き、単なる気紛れ程度であり、決してそう継続的なものではない。
なのに、ペットとして飼い続け、継続して楽しみ続けるとは……。
しかし、寿命が長い自分達にとって、ペットが死ぬまで面倒を見てやることなど、どうということもない。時間は、いくらでもある。退屈を持て余す程……。
『あ。そういえば、ケラゴンが「マイル様の代理の方や、御友人達との交流がある」とか言ってたわね……。そういうコトかああぁ〜〜っ!!』
自分が知らない、楽しそうな遊びを、他の者がこっそりと楽しんでいる。
それに、思わず怒りの叫びを上げる、シェララ。
『ならば、私も……』
「あ、でも、マイルさんの友人といっても、その殆どは……」
「今はこっちに来ておりますわね……」
そして更にシェララの希望を打ち砕く、オリアーナとマルセラの無情な言葉。
それに続いて、モニカがポツリと呟いた。
……呟いてしまった……。
「今、向こうの大陸にいるマイルの友人って、マイルの身代わりを除けば、マレエットちゃんくらいかなぁ……」
モレーナ王女はマイルとは一度しか会っていないし、『女神のしもべ』は『ワンダースリー』との面識が殆どない。なので、モニカの頭に浮かんだのはそのふたりだけであり、そしてマイル001は人間ではないことを知っているため、『マイルのお友達』というカテゴリーからは外したのであろう。
ギンッ!!
シェララの目が光った。
『……その人間について、詳しい説明を要求しますわ!!』
「あ……」
「「「「「「あ~……」」」」」」
自分の失言に、そしてその失言がもたらすであろう結果に、思わず自分の口を押さえたモニカと、全てが手遅れであることを悟り、あきらめの声を漏らす、クランメンバー達。
ケラゴンは、下等生物にも優しいし、温厚である。そしてヒト種についての知識が豊富であり、人間にとっての常識というものをある程度弁えている。
なので、ザルムと同じく、人間にとって比較的安心感がある。
……しかし、シェララは駄目である。
実年齢は数十歳、もしかすると100歳を超えているかもしれないが、それは人間にたとえるならば10歳そこそこの子供であろう。
人間というもののことを知らず、安全に関する配慮とか、自分の力や巨体が小動物に与える影響とかをちゃんと理解していない。
軽く触れただけで潰れる、人間の身体。
背に乗せてやろうとして軽く掴んだだけで、ぐちゃりと潰れる脆い肉体。
シールドを張らずに背に乗せて空を飛び、凍死、窒息死、背から落ちて墜落死。
また、何気ない不用意な発言が、人間達に与える影響。
それらを弁えないシェララが人間に接触することは、非常に危険である。
しかし、今更『人間達には接触するな』と言っても、到底聞き入れてもらえそうにない。
そんなことは、キラキラと輝くシェララの目をみれば分かる。
たとえマイルが禁止しても、今だけ了承の言葉を返し、向こうの大陸に戻ればすぐに人間の町へ向かうに決まっている。
……ならば、大惨事を防ぐには……。
「マイル、あんたに1週間の休暇をあげるわ」
「……え?」
突然のレーナの言葉に、意味が分からず、目を白黒させるマイル。
しかし、レーナの言葉の意味が分かっていないのは、マイルだけのようであった。
他の5人は、うんうんと頷いている。
「あんたは、この子と一緒にこの大陸の古竜の里へ行き、ザルムさんと一緒にこの子に教育しなさい。
うっかり人間を潰さないように。建物や道を壊さないように。不用意な発言で人間達にパニックを引き起こさないように。そして人間に迷惑を掛けたり頼み事をした時には、代価を渡すように。
……それと、人間のところへ行く時には、必ずケラゴンに同行してもらうこと!
これらのことを教育し、骨の髄まで叩き込みなさい! ……いいわね? 分かったわね?」
「……御意……」
レーナの指示に、納得するしかないマイル。
……そして、何とか無事戻れそうな話の流れに、ようやく顔色が戻ってきた様子の、狐獣人であった……。




