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72 謎のお師匠様

 そして翌日。

 昼過ぎに到着した護送部隊は、商人ひとりを護送するだけと聞いていたため規模が小さく、二頭立ての馬車1台に、御者と、兵士3名だけであった。罪人の護送馬車を襲う盗賊がいるわけもなく、担当者が無駄に人員を割く必要を認めなかったのであろう。本来であればそれで充分であったが、貴族を護送するとなると、さすがに少々人数が少ない。それに、貴族を捕らえたとなると、上の方へ色々と説明する必要もあった。

 結局、伯爵は護送の兵士達の先任者に状況を説明した後、自分も王都まで同行すると申し出、兵士達はほっとした顔をした。

 メーヴィスも一緒に王都経由で連れ帰るか、それとも息子達に任せてここから真っ直ぐ領地へと向かわせるか。仲間の少女達とすっぱり別れさせるには、ここから帰した方が、などと考えているうちに時間が経ち、いつの間にかメーヴィス達との模擬試合の時間が迫っていた。

 伯爵は息子や配下の者達に声を掛け、町外れにある闘技場へと向かった。


「……な、何だこれは……」

 そして闘技場に着いた伯爵が目にしたのは、町中の人が集まっているのではないかと思えるほどの大群衆に、出店や屋台、そして立ち売りの商人達の、声を嗄らした売り込みの叫びであった。


「あ、伯爵様、待機場所に御案内致します!」

「こ、これは一体、どういうことだ……」

 伯爵一行を見つけて飛んできたポーリンに説明を求めるオースティン伯爵。

「あ、この町の人達は娯楽に飢えていますし、商会の持ち主が代わったことを周知させる丁度良い機会でしたので、このような形に……。何か問題でもありましたか?」

 確かにその通りであり、嘘ではなかった。ただ、他にも理由があるというだけで。

 まず、誇り高い伯爵は約束を違えるような人物ではない。それは、半年以上に亘って聞かされ続けた多くのエピソードからほぼ確実であった。しかし、兄達は、メーヴィスのこととなると何をしでかすか分かったものではない。そのため、絶対に約束を破れないようにと、大量の証人を用意したのである。

 そしてもうひとつは、出店や屋台から純利益の2割を徴収するよう商業ギルドと話を付けてある、ということであった。店の立て直しにはお金が必要である。

 伯爵はポーリンの最初の説明だけで納得した。名前が地に落ちた商店を立て直すためには、経営者が替わったということを周知することが必須である。それは間違いのない事実であった。


「メーヴィスはどこだ?」

「あ、いくら模擬試合とは言え、戦う前に敵同士が会うのは良くない、と言って、反対側で待機しています」

「ふふん、一丁前のことを言う……」

 伯爵は、少し可笑しそうな、と言うか、微笑ましそうな顔をした。

「むこうは、既に準備が出来ているそうです。伯爵様の方の準備が出来次第、まずは伯爵様とメーヴィスの師匠との試合から始めて戴きます」

「解った」

 そう答えると、伯爵は装備を整え始めた。



「皆様、お待たせ致しました! これより、この町に巣くっていた悪徳商人の退治に協力してくれた女性ハンターと、彼女を無理矢理連れ帰り政略結婚の準備をさせようとする父親との、自由を賭けた試合が行われます!」

「「「「うおおおぉぉぉ!」」」」

「ちょっと待てえぇ!」

 集まった群衆が、叫び声を上げて盛り上がる。

 何やら抗議の声が聞こえたが、そんなことは気にせずポーリンの司会は進む。

「女性ハンターの勝利条件は、自分の師匠が父親に勝ち、なおかつ自分が兄に勝つことです!

 ちなみに、父親は武闘派で鳴らした剣の名手、兄は伯爵領の領軍一の使い手だそうです。何と大人気おとなげない、一方的な条件でしょうか!」

「おいぃ!!」

 誰かが文句を言っているような気がしたが、大事な仕事中であるポーリンはそんなことは気にしない。家名や個人名を出さないように気を付けて、司会を続ける。

「第一試合は、女性ハンターの父親対、女性ハンターの師匠! まずは、お父様、どうぞ!」

 あまりに酷い紹介であったが、ここで出ないわけには行かなかった。不戦敗とかにされては堪らない。憮然とした顔で闘技場の中央に歩み出るオースティン伯爵。

「そして、対戦相手、女性ハンターのお師匠様、どうぞ!」

 その言葉に導かれ、伯爵の反対側から出て来たひとつの人影。

 その姿を見た途端、群衆のざわめきが収まり、闘技場に静寂が広がった。

 それは、銀髪の、まるで子供のような小柄な女性であった。

 女性ハンターの師匠なので、女性剣士であっても不思議はない。

 成人しても小柄な者もいるし、エルフやドワーフであれば見た目と年齢がかけ離れていてもおかしくはない。そう考えれば、別に不思議でも何でもない。何もおかしなことはなかった。

 もし、その女性が目元のあたりを隠す怪しげなマスクを付けてさえいなければ。

 そして、その女性が大きな声で宣言した。


「私の名は、イブニングドレス仮面!」

「「「「何じゃそりゃああぁ!」」」」


 群衆が絶叫した。

 そもそも、その女性は普通のハンター装備であり、イブニングドレスは着ていなかったので。

 いや、もしかすると、そういう問題ではなかったのかも知れないが。


「め、面妖な……。

 お前がメーヴィスのお師匠様とやらか!」

「そうだと言ったらどうする、我が子の才能も見抜けぬ愚か者よ……」

「な、何を知った風なことを……。

 あの子には、確かに人並み以上の剣の才能はあった。しかし、それはあくまでも『平均以上の才能』ということに過ぎん。知っているか、剣士のうち半数の者は平均以下の才能しかなく、残りの半数は平均以上の才能を有している、ということを。人並み以上、平均以上など、所詮はその程度のことに過ぎん。決して、特別なことではない。

 あの子には、そんなことで辛く危険な道を歩ませるつもりはない! あの子には、貴族の娘として、そして貴族の妻として、幸せな道を……」

 平均、という言葉を連呼されたイブニングドレス仮面は、なぜか不機嫌そうな顔をしていた。マスクをしていてもはっきりと分かるくらいに。

「愚かな……」

「な、何を!」

 自分の、娘に対する想いを馬鹿にされ、声を荒げる伯爵。

 しかし、イブニングドレス仮面は言葉を続ける。

「お前は、キャベツの酢漬けが好物だな? そして、それをいつもメーヴィスにも食べさせようとしているであろう」

「え? ど、どうしてそれを……」

 思わぬ指摘に、動揺する伯爵。

「知っているか! お前が好物であるそのキャベツの酢漬けを、実はメーヴィスは苦手であるということを!」

「な、何だと! う、嘘だ!」

「嘘ではない。そしてそれと同じように、お前がメーヴィスの幸せだと思っていることは、実はメーヴィスにとっては幸せでも何でもないのだ。愚か者めが……」

「だ、黙れ! 嘘だ、そんなはずが……」

「ならば、何故メーヴィスはお前ではなく私と共に在ることを望む?」

「う……、う、うるさい! ならば、お前が弱いという事実を突き付けて、メーヴィスの目を覚まさせるのみ! 行くぞ!」

 そう言って、剣を抜き放つオースティン伯爵。

 謎のイブニングドレス仮面も剣を抜き、迎え撃つ。


 伯爵は、素早く踏み込むと、身長の低いイブニングドレス仮面の頭上へと剣を振り下ろす、いわゆる唐竹割りで打ち込んだ。非力な女性では、不利な体勢では受け止めきれないと考えたのである。そして唐竹割りは、一方的、かつ派手に見える技でもある。しかしそれを、イブニングドレス仮面は避けたり払ったりするのではなく、模擬剣でまともにがっしりと受け止めた。

「ぐぬぬぬぬぬぬ……」

 小柄な女性相手、力押しで潰せると思った伯爵は、力を入れづらい不利な体勢のはずなのにびくともしないその膂力に驚きながらも力を込め続けた。

 5秒、10秒、15秒……。

 伯爵の顔が赤くなり、その額に汗の玉が浮かぶが、剣が動く気配はなかった。

 そして更にしばらくした後。

「てやっ!」

 マ……イブニングドレス仮面の裂帛の気合いと共に剣が撥ね上げられ、慌てて後退あとずさる伯爵。


「く……、ドワーフか? それとも、ハーフか……」

 体格に似合わぬその膂力に、伯爵は相手が純粋な人間ではないと判断した。しかし。

「え? 私、どこにでもいる、普通の、平凡な人間の女の子ですけど?」


((((嘘だあぁぁぁ~っっ!))))


 後半の、『人間の女の子』というのは、本当かも知れない。

 しかし、前半は嘘だ。絶対に嘘だ!

 もし嘘を吐いているという自覚がないのであれば、あの女性は国語の勉強をやり直すべきである。

 皆がそう思った。


「では、そろそろ本気で始めましょうか……」

 この試合、魔法は使わない。剣技のみで勝たねば意味がないからである。

 そして、マ……イブニングドレス仮面は思った。

 また、グレンさんと戦った時みたいに楽しいかな、と。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そうでしたか、タキシードなお方が元ネタなのね(^^)
[一言] 今だセーラームーン
[良い点] なるほど 夜の礼装はタキシード♂&イブニングドレス♀ [一言] なんと!モーニングドレスやアフタヌーンドレスも普通の英語だったのか
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