719 えへ、来ちゃった! 5
「……だっ、大丈夫ですよっ! シェララさんのヤンチャはいつものことらしいですし、古竜は子供や一部の者を除いて、温厚で思慮深く、無意味に下等生物を虐待したりはしないそうですから!
……聞いた話によりますと……。
だから、シェララさんに命じられてその指示に従っただけのあなたには、特に……、あまり酷いことはされないんじゃないかな~、と思わないでもない、今日この頃ですよ……」
「全然、大丈夫そうには聞こえねぇよっ!!」
絶望に、頭を抱える狐獣人。
そしてレーナが、もっとちゃんとフォローしろ、と、アゴでマイルに指示を出している。
「……あ、あの、私、シェララさんの氏族には割と顔が利くのですよ!
私の名前を出せば、多分、何とかなるんじゃないかと、……そんな気がしないでもない、今日この頃……」
マイルの言葉の前半部分を聞いた時には、その目に少し希望の光を取り戻しかけていた狐獣人であるが、後半部分を聞いて、再びその目がどんよりと濁った。
マイル、古竜に対する自分の影響力を、過小評価し過ぎである。
……まあ、マイルが自信過剰になるという姿は想像できないので、それも仕方あるまい……。
『そんなの、心配しなくていいわよ。仕事がうまく行かなかったからといって、使った道具に腹を立てる者はいないでしょう?』
実際には、道具に八つ当たりする者もいるが、自分で道具を使うことのないシェララが聞きかじりで使ったらしき比喩を否定するほどのことではない。
それに、せっかくやや顔色が戻ってきた狐獣人を、意味もなく苛める必要もあるまい。
そう思って、何も言わないクランメンバー達。
「……それで、シェララ様はこれからどうされるお積もりなのでしょうか?」
『え?』
何を言っているのか、というような、きょとんとした顔でメーヴィスを見る、シェララ。
『勿論、あなた達と一緒に、面白おかしい日々を過ごそうと……』
「いえ、シェララ様はそのお身体では私達と一緒に行動するどころか、町にも入れませんよね?
……というか、町に来られますと、何と言いますか、その……、住民達がパニックに陥って、大騒ぎに……」
『え……』
実際には、王都民は度重なるザルムの訪問で、既に古竜には慣れている。
しかし、ザルムのように王宮の庭や練兵場にそっと降りてじっとしているならばともかく、この巨体で王都内を歩き廻られては大変であるし、他の町や村に行く時に付いてこられると、パニックは必至であろう。
そもそも、道や建物を壊さずに古竜が町の中で行動できるはずがない。
『え……』
大事なことなので2回言いました、というわけではないが、愕然とした様子で同じ言葉を繰り返した、シェララ。
(((((((気付いとらんかったんか〜〜いっ!!)))))))
そして、心の中の声が揃っている、クランメンバー達。
『あ。じゃあ、さっきマイルちゃんが「人化したり小さくなったり意識だけぬいぐるみか何かに憑依させて動かしたりできないか」って聞いたのは……』
「はい、もしそうできるなら、一緒に行動できると思って……」
『…………』
自分が一緒に行動すること自体を嫌がられているわけではないらしいと知り、少し安心したかのような、シェララ。
……しかし、一緒に行動できないという事実が変わるわけではないので、何の慰めにもならない。
『………………』
いくら訴えるような目でマイル達を見ても、どうしようもない。
なので、そっとシェララから視線を外す、クランメンバー達……。
「……では、またいつかお会いできる日を楽しみにしていますね……」
『嫌だああぁ~! 絶対、一緒に暮らすんだあぁ〜〜!!』
「いや、そう言われても、物理的に無理……」
『嫌だああああぁ〜〜』
「「「「「「「あ~……」」」」」」」
駄々をこねるシェララに困り果てるマイル達と、どうやら自分が故郷に戻る手段が失われそうな状況に、蒼白の狐獣人。
「ああっ、暴れちゃ駄目ですよ!」
振り回す腕や尻尾で次々と薙ぎ倒される木々、地団駄を踏む両足によって雑草も生えないくらいに踏み固められる地面。これでは、このあたり一帯は草木も生えぬ不毛の地となってしまう。
……環境破壊にも、程がある。
そして、地面に横たわってゴロゴロと転げ回り始め、更に被害を拡大していくシェララ。
「だ、駄目です! やめて、やめてください!!」
メーヴィスが必死に止めようとするが、子供の駄々や癇癪は、口で言って簡単に止められるものではない。
これで、更に興奮してドラゴンブレスでも吐かれれば、この森全てが灰燼に帰すこととなるであろう……。
どんどん倒される木々。
破壊される自然環境。
そしておそらく、逃げ遅れて潰された小動物がたくさんいるであろう。
……ぷつん。
そして、何かが切れた……。
「……悪い子はいねが~……」
最初は、小さな声で。
「悪い子はいねが~」
次は、やや大きめの声で。
そして、その次は……。
「悪い子はいねがああああぁっっ!!」
大声で。
『ひっ!』
マイルの怒りの声が耳に届き、凍り付いたかのように動きを止めた、シェララ。
今まで、シェララは他者に怒鳴りつけられたりしたことは、一度もなかった。
古竜以外の者は勿論であるが、大人の古竜達も、族長の娘であり、幼くて可愛いシェララを強く叱りつけるようなことはなかったのである。
シェララは子供としては比較的素直で聞き分けが良いため、他の悪ガキ達のように悪さをすることがなかったというのもその理由のひとつであるが……。
そんなシェララが、怒鳴りつけられた。
……それも、下等生物に、何だかよく分からない言い方で……。
『なっ、何よ……』
少しビビりながらも、強気の態度でマイルを睨み付ける、シェララ。
いくら相手が名誉古竜とはいえ、そして以前屈服させられたことのある相手だとはいえ、人間如きに怒鳴りつけられて、下手に出るわけにはいかない。
そのための、精一杯の虚勢なのであるが……。
「自然破壊! 罪のない動物達の、無益な殺生!
あなた達には、『下等生物愛護法』とかいうものがあるのではないのですかっ!!」
『あ……』
マイルも、魔物や動物を殺す。
しかしそれは、ヒト種の命を護るためとか、その肉や毛皮、牙等を食材や素材として押し戴くためとかの、必要があってのことである。決して、自分達の我が儘やお遊びで他者の命を意味もなく奪うようなことはない。
なので、シェララの我が儘による、付近にいた動物達を巻き込んでの自然破壊が許せなかったのであろう。
「「「「「「あ……」」」」」」
マイルの声は怒っているが、顔は怒っていない。ごく普通の表情である。
しかしそれは、安心していいという意味ではない。
……逆である。
マイルは、怒りが一定限度を超えると、顔からスッと表情が抜けて、無表情になる。
そして口調が落ち着いて、丁寧になると……。
「マズい! マイルを宥めないと……」
焦るメーヴィスに、マルセラが微笑みながら告げた。
「……もう、手遅れですわ……」
モニカとオリアーナは、黙って首を振っている。
さすが、『ワンダースリー』である。マイルのことは、『赤き誓い』のメンバーよりもよく理解しているようであった……。




