717 えへ、来ちゃった! 3
結局、使いの獣人が折れて、出発は翌日となった。
獣人は、『元宿屋で、部屋が余っているなら、ここに泊めてくれ』と言ってきたが、たとえ以前は宿屋であったとしても、今はみんなのクランハウスであり、女性達だけが住む家である。初対面の男性を泊めたくはない。
……別に、襲われるかも、などという心配をしているわけではない。
たとえ襲われたとしても、そして1対1であったとしても、クランメンバー全員が簡単に勝てるであろうから……。
ポーリンや『ワンダースリー』にしても、大半の者が魔法が不得手である獣人相手であれば、ホット魔法とか搦め手系の魔法とかで簡単に無力化できるであろうし、そのような狼藉を働いた者に対して即死魔法を使ってはならないという理由はない。
では、空いている部屋があるのに、なぜ泊めてやらないのか。
……それは、ただ何となく嫌だから、であった。
知らない男が便座を使う。
寝間着のままで自室から出られない。
仲間内での会話を聞かれる。
その他諸々、『女性だけの城』に異物が入り込み、中をうろつくということに、若い女性が拒否反応を示すのは仕方あるまい。
これが、来客を居間で数時間もてなす、というくらいであれば、そう強い拒否反応は出ないのであろうが、初対面の男性の宿泊は、少しハードルが高かったようである。
……そういうわけで、獣人は渋々、町の宿屋へと向かったのであった。
彼としては、無駄金を使いたくなかったという程度の理由であったため、そう嫌がることはないはずであるが……。
もしかすると、帰還後に村の者達に結果報告をしなければならず、古竜様がわざわざ他の大陸まで会いに行かれた者達のことを少しでも知っておきたかったのかもしれない。
* *
「……で、あの男がいなくなったから、作戦会議を開くわよ」
夕食を済ませ、紅茶の用意をしてから、レーナの仕切りでクラン会議が始まった。
「まず、シェララという古竜は、悪意はないのだと思うわ。
前の件からはかなり経っているし、今更どうこうということはないだろうからね。
それに、あの時3頭掛かりで勝てなかったマイルに、3頭の中で一番弱いヤツが1頭だけで喧嘩を売りに来るとは思えないわよ。
すぐに腹出しの全面降伏をするくらいの、ビビリの小心者だしね」
「それに、そもそも今のマイルは名誉古竜であり、名誉評議会議員だよね? そして、救世の大英雄にして、御使い様。いくら古竜でも、敵対するようなことはないだろう?」
レーナとメーヴィスの分析に、こくこくと頷くマイル。
「つまり、あの古竜の目的は……」
「「「「退屈を持て余していて、面白いことを求めてやって来ただけ!!」」」」
「「「…………」」」
意見の一致を見た『赤き誓い』と、全てを理解した様子の『ワンダースリー』。
「結局、『……えへ、来ちゃった!』という伝言を聞いた時に思ったこと、そのまんまですよね」
「ああ。元々、古竜は人間のことなんか気にしていないから、嘘を吐くだとか誤魔化すだとかいう発想がないからね。余程特別な理由がない限り、古竜が言うことは裏のないそのままの意味らしいよ」
「強者の余裕、ってやつですか……」
メーヴィスとマイルが、ふたりで納得しているが……。
「ふたりとも、暢気にしてるんじゃないわよ! 問題は全く解決していないんだからね!
いくら悪意がないとは言っても、古竜に纏い付かれちゃ何もできないでしょうが!
あんなのについてこられちゃ、依頼の仕事どころか、まともな日常生活だってできやしないわよ!」
「「「「「「あ……」」」」」」
「あ、あの~、古竜は人化の魔法が使えて、美少女に変身できるとか……」
「「「「「「そんな話、聞いたことがない!!」」」」」」
そしてマイルが恐る恐る聞いた質問は、全員に否定された。
(あの~、ナノちゃん?)
【ありませんよ、そんな魔法!!
そもそも、あの巨体を人間サイズに圧縮したりすると、足の裏の面積であの重量を支えることになるんですよ。そんなの、足が地面にめり込んで、歩けやしませんよ。
それに、体内の熱を放出するための体表面積が足りなくて高温になっちゃいますし、身体の密度が高すぎて、まともな生体活動はできなくなりますよ】
(……やっぱり、そうだよねえ……)
クランメンバーとナノマシンの両方から完全否定され、竜人少女が仲間に、という夢が打ち砕かれて肩を落とす、マイル。
世の中、そんなに甘くはなかったようである。
「……とにかく、会うだけ会って、さっさとお帰りいただくわよ。分かってるわよね、マイル!」
「は〜い……」
力なく答えるマイルであるが、マイルが気落ちしている理由が何となく分かるみんなは、特に咎めることもそれに言及することもなかった。
……手懐けようとしていた野良猫に逃げられた時の様子と、全く同じなので……。
マイルにとっては、古竜も野良猫も、大して変わらない。
それを特におかしく思うこともないクランメンバー達であるが、『ワンダースリー』の3人は、エクランド学園でマイルが可愛がっていた野良猫、かぎしっぽ(『虫取り器』等、別名多数)のことを、懐かしく思い出すのであった……。
* *
「ん~、大した依頼はないわね……。
じゃあ、森へ行くついでにこなすのは、常時依頼の魔物の間引きと、採取依頼だけね」
採取依頼と言っても、色々とある。薬草や山菜、稀少鉱石、その他諸々……。
肉や毛皮目当ての狩りは『採取』とは少し違うが、マイル達はそれも採取という言葉に含めてしまっている。……簡単に狩れるため、『肉や毛皮を拾うのと同じ』とでも思っているのか……。
「待たせたわね。じゃあ、行きましょうか」
使いの狐獣人とは、ハンターギルドで待ち合わせていた。
マイル達が来た時には既にギルドで待っており、皆が依頼ボードを確認する間、待たせていたのである。
相手を待たせないよう、かなり早めに来ていたようであり、性格の真面目さが窺われる。
また、あまり歓迎していない相手にも、ちゃんと待たせたことに対して軽く謝罪するレーナも、一応の気遣いをしているようである。
(あああ、シェララさん、素直に帰ってくれればいいんだけど……)
望み薄な希望を胸の内で呟くマイルと、あまり良い結果になりそうにないことを心配する使いの獣人、そして全てをマイルに押し付けて他人事のような顔をしているレーナ達と、ケラゴン以外の古竜に会えることにやや緊張している『ワンダースリー』。
『ワンダースリー』はザルムを至近距離で見たり、その仲間が王宮に降りるのを遠目に見たりはしているが、話をしたわけでもなく、相手に認識されたわけでもないため、それらは『古竜に会った』という数には入れておらず、ノーカウントのようであった。
『赤き誓い』とは顔見知りであり、まだ若い少女竜。
彼女と会話を交わし、自分達もレーナ達と同じ立場になれるようにと意気込んでいる、『ワンダースリー』。
様々な思惑を胸に、一同は王都近傍の森へと向かうのであった……。




