716 えへ、来ちゃった! 2
「お前ら……、マジか……」
どうやら皆が嘘や冗談を言っているのではないと判断したらしい男は、それでもまだ、信じられない、というような顔をしている。
「いや、一度会っただけの人なんか、そんなに全員の名前を覚えていたりしないわよ!
あんた、今までに一度でも名前を聞いたことがある者、全員を覚えてるって言うの?」
横からレーナがそう口を挟んだが……。
「人……、ああ、それならば、忘れていてもおかしくはない。
……人であったなら、な……」
「「「「「「「……え?」」」」」」」
意味深の、男の言葉に首を傾げ……。
「「「「……あ……」」」」
意味が分からないらしく、首を傾げたままの『ワンダースリー』と、何やら思い当たったらしき『赤き誓い』の4人。
「『シェララ』で人間じゃない、となると……」
「思い浮かぶのは……」
「「「「あの時の、雌古竜!!」」」」
「「「えええええっ!!」」」
ようやく思い出したらしき『赤き誓い』の4人と、その時のことを知らないため状況が分からない、『ワンダースリー』の3人。
……そう、それは、『赤き誓い』が初めて古竜と出会った、あの獣人達の発掘現場。
その時に会った3頭の古竜達の中の、古竜としてはまだ若いらしきお嬢様竜。
彼女が、確かそんな名前だったなと思い出したようである。
そして、相手が古竜であるならば、こちらの都合など全く考慮せずに『来い』と命令してきても全然不思議ではないし、この使いの男がそれを疑問に思うことがないのも、当然であった。
古竜に名指しで命令されて、それを断れる人間など存在しないのだから。
……ここにいる4人を除いて……。
「でっ、でも、どうしてシェララさんが……」
マイルも、人の顔を覚えるのは苦手であるが、それ以外の記憶力は良い方なので、これだけヒントを出してもらえれば、さすがに思い出せたようである。
そしてマイルの、返答が貰えるとは思ってもおらず、ただ呟いただけのその疑問に、何と答えが返された。
「……そう聞かれた時には、こう答えるよう指示されている……」
思わず息を飲み、男の言葉に全神経を集中する、クランメンバー達。
そして、男の口から言葉が紡がれた。
「発、古竜シェララ様。宛て、おかしな人間マイルと、その仲間達。
本文、『……えへ、来ちゃった!』」
「「「「何じゃ、そりゃあああ〜〜!!」」」」
事情が分からず、『赤き誓い』と使いの男との会話には参加せずに、ただ黙って話を聞いていただけのマルセラ達は、今までの話の内容から、概ね察した。
重要な用件ではなく、悪い話でもなく、退屈を持て余した古竜の、ただの暇潰しのお遊び。
……確かに、人間で遊ぶなら、マイルほど弄り甲斐のある面白い玩具は、滅多にない。
(分かりますわ~……。確かに、私がもし退屈を持て余した古竜であれば、真っ先にマイルさんのところへ行きますものね。
……何となく、面白くて楽しそうですから!!)
事実、他の大陸まで追いかけて来ているのである。マルセラの考えには、説得力があり過ぎた……。
「……それって、暇潰しに遊びに来ただけだよね……」
「遊びに来ただけですよね……」
「遊びに来ただけよね……」
「あはは……」
呆れるメーヴィス達3人と、笑うしかないマイル。
「それじゃあ、まあ、明日の朝ギルドで依頼を確認してから出掛けましょうか……」
「そうね。放置するのもアレだから、それでいいでしょ」
「森に行くついでにできる依頼や、美味しい依頼があるかもしれませんからね」
「うん、それでいいと思うよ」
皆、マイルの案に賛成のようである。
「勿論、私達も御一緒させていただきますわよ。今後のためにも、マイルさんやケラゴン様の関係者……関係竜には顔繋ぎをしておくべきですからね」
レーナ達『赤き誓い』のメンバーは知っているのに、自分達『ワンダースリー』は知らない、マイルの友人……友竜。
そんな者の存在を許せるマルセラ達ではなかった。
……いや、別に『そんな存在は消す』というわけではない。
そもそも古竜を『消す』のは不可能であり、逆に自分が消されるのが関の山であろう。
その存在をなくすには、自分達も知り合いになればいい、というだけのことである。
「……待て! シェララ様を一晩中森で待たせると言うのか! そんなことが許されるはずが……」
「あ、長命の古竜は私達とは時間の感覚が違うから、ひと晩なんか私達の数秒くらいにしか感じませんよ。
暑さや寒さも気にならないし、虫に刺されることもないし、魔物に襲われることもない。
逆に、自分が魔物をからかって遊ぶくらいですよ。
それも、魔物が古竜の気配や魔力に怯えて全力逃走して、付近に何もいなくなった場合を除きますが……。
古竜とは長い付き合いなのでしょう? それくらいのことを知らないのですか?」
マイルが、無茶なことを言う……。
古竜との世間話でそのような話を聞ける者が、マイル達『赤き誓い』の他にいるはずがない。
いくら付き合いが長いといっても、それは王と平民、主人と奴隷のような隔絶した力関係、立場の違いが存在してのものである。
「…………」
自分より遥かに古竜のことに詳しいらしく、そしてシェララ様がわざわざ他の大陸まで会いに来るような者が、自信たっぷりに断言したことである。自分如きでは、反論することができない。
そう思っていそうな顔で、死んだ魚のような目をしている、使いの男。
若いシェララはケラゴンのようには気が利かず、障壁魔法を張ってくれなかったため移動中は強い風と寒さに苦しんだというのに、この扱い。
まさに、踏んだり蹴ったりである。
「……で、どちらですか? 獣人? それとも魔族?」
そう。割と礼儀正しいのに室内でも帽子を取らないことから、マイルはこの使いの男がそのどちらかだろうと考えていた。
……というか、古竜が交流し手下のように使っていたのは、マイル達が知る限り、獣人と魔族だけである。
「……狐獣人だ」
そう言って帽子を取ったその頭部には、ピンと立ったキツネ耳が……。
ちなみに、こういう場合、獣人は決して『獣人だ』とは答えない。
必ず、『何々獣人だ』と、種族名を付ける。
皆、余程自分の種族に誇りを持っているのであろう……。
(そういえば、出身地を聞かれた時、みんなが『兵庫です』、『神奈川です』って県名で答える中、『私は、神戸です!』、『私は、横浜です!』って言う人がいたなぁ……)
……などと、どうでもいいこと、しかも少しピントが外れたことを考えている、マイルであった……。




