715 えへ、来ちゃった! 1
王都に近い森の中に、それが降り立った。
そしてその背中からひとつの人影が降り……。
『……では、頼んだわよ』
「はっ! 我が命に代えましても!!」
『あ~、そういうのはいいわよ。そんなに大したことじゃないから、死なない程度、大怪我をしない範囲でいいからね。
じゃ、私はこのあたりで遊んでるわ』
「ははっ!!」
そして、人影は森の外縁部、王都がある方向へと走り去った……。
* *
「御免!」
「謝っても、許さん!!」
「……え?」
びしっ!
来客の挨拶に対し、ワケの分からない応対をしたマイルの脳天に、レーナのチョップが炸裂した。
「痛た……」
その頑丈さで、本当は痛みなど殆ど感じていないであろうが、やはり精神的には『痛い』と感じ、そう反応してしまうマイル。
……というか、人間関係上、そう反応するしかあるまい。
「そういうのは、仲間内か、邪険に扱ってもいい相手だけにしなさい!」
「は〜い……。
……それで、あなたは?」
素直にレーナに謝った後、訪問客にそう尋ねたマイル。
ごく普通の、平民らしい服装。
他家を訪問し、室内に入ったにも関わらず帽子を取ろうとしない、ややマナーの悪い20代らしき男性。
アポなしで突然やって来た男は、おそらくマイルにとっては『邪険に扱ってもいい相手』だったのであろう……。
仕事の依頼であれば、ハンターギルド経由の指名依頼になるはず。アポも取らずに直接ハンターの自宅に押し掛けるなど、完全なルール違反である。
……しかも、女性だけが住んでいるところへなど、言語道断、問題外。
その非常識さだけで、問答無用で門前払いされてもおかしくない……というか、そうされて当然であった。
たとえそう怒ってはいなくとも、同様のことをする者が現れないよう、『それは愚策だ』ということを皆に知らしめるために……。
女性のみのパーティは、『赤き誓い』と『ワンダースリー』以外にもいるので、それらの女性パーティに迷惑がかからないように、という配慮もある。
そして、ハンターとしての仕事以外でも、いきなり自宅に来るような知り合いはいない。
……いや、友人知人が皆無というわけではないが、それらは付き合いのある商店主とか、顔見知りのハンター仲間とか、たまに差し入れを持っていってあげる孤児達とかであり、向こうから自宅に来るというような関係ではない。
ここは皆の家、皆の『城』であるため、何か事情がない限り、そう安易に他者を招くことはないのである。
「俺は、伝言を命じられただけの、ただの使いだ。事前に訪問の連絡をしなかったのは、ついさっきこの町に着いたばかりだからだ。……失礼は、お詫びする……」
何と、マイルの無礼な応対に気分を害することなく、紳士的な態度の訪問客。
これでは、皆、きちんと応対せざるを得ない。
「……で、誰からの、何の用件での使いよ?」
別に、失礼な態度を取るつもりではないにも関わらず、通常運転で上から目線で態度が大きい、レーナ。
先程マイルを窘めたのは、何だったのか……。
そして訪問客がレーナの喋り方に気を悪くした様子がないのは、そういう相手だと依頼者から事前に説明されているのか、小娘が大人相手に粋がっているだけだと思い、気にも留めていないだけなのか……。
「俺に使いをお命じになったのは、シェララ様だ。森で待っておられるので、そこまでの案内役も命じられている……」
「え? 私達に森まで来いと? もうすぐ暗くなるというのに?」
そう。少し驚いたような顔でメーヴィスが言った通り、そろそろ陽が落ちて暗くなり始める時間である。こんな時間に森まで来いと一方的に命じるなど、あり得ないであろう。
そんなことを命じることができるのは、雇用主と使用人、主人と奴隷、上官と部下のような、圧倒的な上下関係に縛られている場合くらいであろう。……少なくとも、会ったこともない者に指図されるようなことではない。
確かに、マイル達は夜の森に入っても大きな危険はない。しかしこれが他の新米パーティや一般の者達であれば、かなりの危険行為なのである。
いくら王都近くの危険度が低い森とはいえ、森は森。魔物や野獣、そして盗賊達がいないわけではない。……しかも、夜。
明らかに、他者の危険など全く考えていないか、……もしくは意図的に危険に晒そうとしているか、の、どちらかとしか考えられない。
そして、それくらいのことにこの案内役の男が気付いていないはずがない。
「「「「「「「…………」」」」」」」
一度は紳士的な態度だと評価を改めたが、再びこの男に対する評価を急落させた、『赤き誓い』と『ワンダースリー』の面々。
「……それで、その『シェララ様』というのは何者で、何の用で私達を呼び付けようとされているのですか? 私達の都合も聞かず、了承も得ず、一方的に……。
勿論、知らない人から勝手にそんなことを命令されて、従うつもりなんかありませんけどね」
そう言ってマイルが皆の顔を見回すと、全員が、うんうんと頷いていた。
『赤き誓い』も『ワンダースリー』も、権力者のゴリ押しには従わない。
別に、この国の国民だというわけではないし、人質に取られるような家族もいない。
自分達ならば理不尽な攻撃ははね返せるし、いざとなればこの国を出て、他国で活動すればいいだけのこと。
……何なら、他の大陸へ移動してもいい。
別に、大陸はこことみんなの出身大陸だけというわけではない。他にも、いくつかある。
それくらいのことは、ナノマシン達が教えてくれていた。
「……え?」
マイルの言葉に、伝言役の男はぽかんとした顔をして、次に『信じられない』、という表情を浮かべた。
「えええ? シェララ様を知らない? ……そんな馬鹿な!
シェララ様は、確かにお前達に名乗ったと言われていたぞ!
そして、シェララ様に名乗られて、忘れるか、普通……」
その戦闘力や収納魔法の容量で驚かれたことは、何度もある。
……しかし、人の名を覚えていなかったからと言って、化け物を見るような目で見られたのは初めての、『赤き誓い』と『ワンダースリー』であった……。