713 ルイエットの冒険 1
「見えてきましたわね……」
『はい、あれが今回の目的地、ゴラルコンです』
狼型……と言い張っている、リベット剥き出しで金属光沢を隠す気もない、製作者のセンスを疑う自律型ロボット。マイルなら、『フレンダー』と名付けたかもしれない……のギンガと共に調査の旅を続けている、ルイエット。
「一緒に泊まれる宿があればいいですわね……」
大抵の宿屋は、ギンガを客室に連れ込むことを拒否される。『猫やリスとかであればともかく、狼は、ちょっと……』と言われて。
それも、仕方ない。
粗相はともかく、いくら躾けてあるとは言え、他の客に恐怖感を与えるようなものを受け入れるわけにはいかないであろう。客の中には女性や子供もいるし、成人男性でも狼は怖いであろうから。……それも、不気味なヤツとなれば、尚更である。
従魔は厩で良ければ、と言ってくれるところもあるが、それはルイエットには許容できなかった。
それに、『馬が怖がるから』という理由で、それすら断られる場合が多い。
それはやむを得ないことであり、宿屋側には非はなく、悪意もない。ルイエットにはそれがよく理解できるため、文句を言うことも食い下がることもなく、素直に引き下がるのである。
しかし、たまにギンガを部屋に入れてもいいと言ってくれるところがある。
……客が殆ど入っていない寂れた宿屋か、逆に、高級な宿屋である。
但し、共に『部屋から絶対に出さないこと』、『吠えさせない』、『粗相した場合、後始末と弁償の責を負う』という約束をさせられるが、それらはギンガには、全く問題ない。
そして不便で治安状況の悪い安宿に泊まるつもりなど全くないルイエットの選択肢は、必然的に、高級宿一択となる。
……そもそも、搭載艇から持ちだしたものとマイルから貰ったもの、そしてそれら全てを持ち運べる、アイテムドッグ……犬型収納魔法袋……のおかげで宿に泊まるより快適な野営ができるルイエットにとって、宿屋に泊まる理由は『入浴』と『人と話す』ということしかないので、お風呂がなく、知識と情報量が少なく信用できない宿泊客が多い安宿では、全く意味がない。
お風呂は、アイテムドッグの中にマイルから貰った浴槽と、水場に寄る度に補充している大量の水があるため、野営でも入浴できなくはない。加熱は、分子振動器や熱線銃等、使えるものが色々とある。
……しかし、いくら見張り役兼護衛のギンガがいるとはいえ、野外で入浴というのは、ルイエットにとっては心理的なハードルが非常に高いようであった。マイル達のような、岩の壁で囲まれた要塞浴室というわけではないし、広範囲のバリアで護られているわけでもないので、それも仕方ないであろう。
それでも何度かは野外入浴も行ったが、落ち着かず、ごく短時間で終えたようである。
それに、元々、ルイエットにとっての入浴とは電子シャワーのことであり、お湯を浴びるとか浴槽に浸かるとかいう習慣はなかったのである。
大量の湯を使い捨てにするというこの世界の入浴は、綺麗な天然水が高価である世界で育ったルイエットにとっては贅沢この上もないことであるし、気持ちいいため気に入っているが、それも、野外で裸になるという淑女らしからぬ行為が平気になる程のものではない。
なので、そこそこ大きな町であるゴラルコンであれば風呂付きの高級宿屋か、悪くても公衆浴場、それも貴族や金持ち用のものがあると期待できるため、かなり機嫌が良いようであった。
* *
「従魔も同室でいいという宿があって、良かったですわね。お風呂もありますし……」
『はい。話の分かる人間がいて、ありがたいです』
何とか、ギンガを部屋に入れても良いと言ってくれる宿屋が見つかり、ひと安心のルイエット達。
抜け毛が多くて毛布やシーツ、そしてお風呂も毛だらけになるからと獣人の宿泊を断る差別的な宿屋もあるが、ギンガを見て、『毛がない……』と呟いた支配人が、許可してくれたのである。
勿論、更にルイエットが口頭で色々と指示し、ギンガがそれに忠実に従うところを見せて、ギンガが人間の言葉を理解していること、そして少なくとも5~6歳児くらいの知能はあると納得させてのことであるが……。
勿論、本当はギンガの知能はこの世界の一般人を遥かに凌駕している。
そして一応、ギンガのことは『とても利口な犬』と説明してある。
狼よりは、犬の方が受け入れられやすいと考えて……。
ギンガはそれには少し不服そうではあるが、それを口にしないだけの忍耐心はあった。
「……しかし、情報は全然集まりませんわねぇ……。マイルさんからお聞きした以上のことは、サッパリですわ。過去の文明の情報も、皆無ですし……」
『……』
「ギンガちゃん、あなたを造った整備基地について、何か情報はありませんの? あそこを統括しているコンピューターとか、他の遺跡に関することとか……」
『……すみません、私はあそこで造られただけでして、それ以前のことは情報を入力されておらず……』
「あ、ごめんなさい! 別に、ギンガちゃんを責めているわけではありませんわよ!」
申し訳なさそうなギンガに、慌ててそう言ってフォローするルイエット。
実は、色々と知っているけれど『時を越える者』とマイルからの指示によって喋ることを禁じられているギンガは、自分を受け入れてくれ、そして気に入ってくれているルイエットに嘘を吐いたり隠し事をしたりするのが後ろめたいようであるが、さすがにプログラムされた優先順位に反したり製造者や管理者を裏切ったりすることはできず、どうしようもない様子……。
「しかし、おかしいですわね……。
マイルさんやクランの皆様が言われていた、魔物の大侵攻や女神の助力とかのお話、誰もご存じありませんでしたわ。ゴーレムやスカベンジャーと呼ばれているものが魔物ではなく人間の味方であるというお話も、クランの皆さんは当然の如く話されていましたけれど、そんなことを言う者は他にはひとりもいませんでしたし……。
マイルさん達、遠くの田舎から来られたそうですけど、いったい、どこから……。
明らかに、マイルさん達の知識量はこの世界の一般人の域を超えておりますわよね……。
これは、マイルさん達の出身地で聞き込みをすべきなのではないかしら。
どうやら、一度マイルさん達のところへ戻って、問い詰める必要がありそうですわ……」
マズい、と思うギンガであるが、この件に関しては、自分には何の責任もない。全て、マイル達のミスである。
なので、特にルイエットを止めようとはしない。
命令に反さない範囲であれば、ギンガはルイエットに協力したいと考えているようなのであるから、そう判断するのは仕方ない。
「……そもそも、エルフもドワーフも獣人も魔族も、全然見掛けませんわよ……。マイルさん達のお話では、そのあたりにいてホイホイとお友達になってくださるみたいなことを言っておられましたのに……。
そして、古竜!
どこへ行けば古竜に会えて、色々なお話を伺えますの!
どなたに聞いても、呆れたような顔で首を左右に振られるだけですわよ! いったい、どういうことですの!!」
『…………』
どういうことも何も、説明のしようがない。
なので、ただ黙って俯くしかない、ギンガ。
しかし、金回りが良くて世間知らずで美人であるルイエットは度々悪い連中に目を付けられ、その度にその危機を打ち払い活躍しているギンガは、自分がルイエットの役に立っているという深い満足感を得ることができており、幸せであった。
己の存在意義、造られた意味を実感できる。
『造られし者』にとって、これ以上幸せなことはあるまい。
当初の予定通りマイルに仕えていたとすればおそらくは得られなかったであろう、この思い。
世の中、何が幸いするか分からないものであった……。
9月18日から、茉森 晶先生の「なろう」掲載作品である『スーパー美人インフルエンサーなのに、冴えない俺の声にだけフニャるひよの先輩』(フニャひよ)の連載が再開されています!(^^)/
茉森 晶先生は、拙作『私、能力は平均値でって言ったよね!』のイラストを担当していただいております亜方逸樹先生とコンビを組んで活動されております作家さんで、SQEXノベルから『黒魔女アーネスの、使い魔の、推しごと~転生召喚されたし、ご主人様を国民的アイドルにするぞ!~』を刊行されています。(「なろう」でも読めます。)
フニャる可愛いひよの先輩の物語、是非御一読を!!(^^)/




