709 招かれざる客 1
あの後、マイルは王都への帰路上にある孤児院をいくつか訪問し、最初の孤児院の時とほぼ同じことを繰り返した。
子供達の反応は、概ね同じであった。
院長先生の中には、マイルを強く引き留めたり、寄贈……現物を贈る……だけでなく、寄付金もそれとなく求められたりしたが、経営が苦しくて恥を忍んで、という感じであったため、マイルも別に気を悪くしたりはしない。
悪党や悪質な高利貸しのせいで、ということであれば、ぷちっと、と思い事情を聞いたが、特にそういうわけではなく、領主からの支援や人々からの寄付が少ないという、どうしようもない理由だったので、寄贈品の量を増やしたり、幾ばくかのお金を寄付するくらいしかできなかった……。
そして、ようやく王都へ帰還した、マイル。
「あ~、戻ってきたかぁ……」
漁師やハンター、そして孤児達とたくさん話したが、やはり『赤き誓い』の仲間達との会話とは違う。気を遣うことなく本音で普通に話せるということの、何と心安まることか……。
なので、数日振りにみんなと会えるのを楽しみにしていたのである。
「私の休暇は、まだ2日残ってるなぁ……。
今は中途半端な時間だけど、みんなはもう戻ってるかな?
私がいない間は、日帰りか1泊くらいの近場の依頼でもやっている、って言ってたけど、まあ、半ば休暇の続きみたいな感じだろうし……。
みんながまだ戻っていなければ、お掃除したり、料理のストックを作ったりしておこうかな……」
そんなことを呟きながら、クランハウスへ入ったマイルであるが……。
「……あれ? 皆さん、勢揃いで……」
マイル以外の全員が、1階の居間に勢揃いしていた。
会議や食事、お茶会等であれば、勿論、全員が揃う。
そうでなくとも、何となく皆が居間でゴロゴロしている時はある。
……しかし、今は中途半端な時間帯であり、普通はクランハウスにいる時には皆が自室で寛いでいる頃であった。
まあ、それはいい。
たまには、こういうこともあるだろう。
しかし……。
「こんな時間に皆さんが全員居間に揃っているというのは、珍しいですけれど、まあ、別におかしいわけじゃありませんよね。
……だから、それはいいんです、それは……。
私が今、知りたいのは……」
そこで、『赤き誓い』と『ワンダースリー』の面々をじろりと見回し、ある方向を指差した、マイル。
「……この、見知らぬ5人組は、何者なんですかっっ!!」
「マイルちゃん、大きな声を出して、他の人を指差すんじゃありません!」
「うるさいですよっ!」
ポーリンに話の腰を折られて、少し機嫌を損ねた、マイル。
いや、マイルも、分かってはいるのだ。ポーリンが、貴族であり御使い様であり御令嬢であるマイルの、身分や立場にふさわしくない言動を矯正してあげねばと、年上の者として義務感を抱いているということは……。
なので、いつもであれば、少々鬱陶しいとは思っても、素直に受け入れる。
しかし、今は状況が掴めず、この5人組の素性も、彼らがここにいる理由も分からない。
それに、クランメンバー達はこの5人組に気を許しておらず、警戒している様子であった。
そのため、敵味方の判別ができていない要警戒対象として、その確認を最優先しようとしたところに、ポーリンからの茶々入れである。
それは、少しイラッとしても仕方あるまい。
マイルは、普段は温厚であるが、自分の仲間達に敵対したり、危害を加えたりする者達には容赦ない。なので、今はかなり気が立っているのであろう。
それが分かっているため、ポーリンもマイルの態度に気を悪くしたりはしていない。
分かっているならば、最初からおかしな茶々を入れなければいいのに……。
……まぁ、ポーリンがそんな指導をする余裕があるということは、そんなに危険だとか切羽詰まっているだとかいうことではないということなので、マイルも少しは安心することができたのであるが……。
そもそも、奇襲を受けたのでない限り、『赤き誓い』と『ワンダースリー』が揃っていて、普通の若手5人パーティにどうこうされるとは思えないが……。
5人組は、成人したばかりと思われる年齢から、17~18歳くらいの間の、男性3人、女性ふたりの、何の変哲もない、ごくありふれた若手ハンターパーティである。
クランメンバー達はみんなそれぞれ椅子に座っているが、5人組は立ったまま。
これは、来客用の椅子がないため、仕方ない。
そしてレーナ達が、『客を座らせて、自分達が立って話をする』というような配慮をすべき相手ではない、と判断したということであろう。
そして更に、相手を立たせて自分達が座るということは、戦いになった時に、圧倒的に不利である。
なのにこの体勢であるということが、皆が現在差し迫った危険はないと判断していることの証左であった。
「……それは、私が説明するより、本人達に話させた方が早いし、正確よね。
あんた達、クランの残りひとり、マイルにもさっきの説明をしてやりなさい」
レーナの上から目線の指示に、別に気を悪くした様子もなく、一番年上と思われる男性……おそらく、パーティリーダー……が、マイルに向かって説明を始めた。
「俺達は、Dランクパーティ、『黄昏の炎』だ。メンバーは皆、ハンター登録してから日が浅いため、Dランクに昇級したばかりだ。
……言っておくが、決して、弱くてなかなかCランクになれていない、というわけじゃないぞ!」
そこは重要なことらしく、大きな声で断言された。
「そして、ここへ来た理由だけど……。
このクランに加入すれば、すぐにCランクになれる上、ここに住めると聞いて……」
「何じゃ、そりゃああぁ〜〜っ! 帰れえぇ〜〜っっ!!」
「「「「「「だよね~……」」」」」」
マイルの怒りの叫びに、うんうんと頷く、クランメンバー達であった……。
* *
「……いえ、来るかもしれないとは思っていましたよ、確かに!
でも、このタイミングで来ますか……。
少し動揺して、怒鳴ってしまいました。それについては、謝罪します。
しかし……」
5人組に向かって頭を下げ、謝罪したあと……。
「世の中を舐めちゃ駄目ですよっっ!!」
再び、こくこくと頷く、クランメンバー達。
おそらく、マイルが戻るまでに、みんなも色々と説明したのであろう。
……そして、喋り疲れて、小休止。
そこに、マイルが帰ってきたものと思われる。
なので、説明役をマイルにバトンタッチ、ということなのであろう……。
「いや、でもこのクランは、所属する2パーティ共俺達と同じくらいか、それ以下の年齢の者ばかりじゃないか! そして、少なくとも片方は、パーティ登録だけじゃなくて個人登録も、ついこの間したばかりだと聞いてるぞ!
それなら、ずっと前に登録してFランクから昇格してきた俺達の方が、まだマシなはずだ。
少なくとも、『世の中の舐め具合』では、そっちの方が上じゃないのか?」
「「「「「「「うっ……」」」」」」」
痛いところを突かれ、返答に詰まるクランメンバー達。
『ワンダースリー』がハンター登録したのは、王都の隣町である。
なので、珍しい女性のみのパーティ、しかも全員が魔術師の上、成人しているかどうかという若さ、そして短期間で色々とやらかした『ワンダースリー』に関する噂が、王都のハンター達に伝わっていないはずがなかった。
本来は、ハンターに関する詳細情報を口にするのはマナー違反であるが、新人がハンター登録したとか、新しいパーティを組んだとかいうくらいであれば、まあ、許容範囲であろう。
酒のつまみとしては、恰好の話題であるし……。
そのため、彼らが『ワンダースリー』の登録時期を知っており、それを口にしたことは、責められない。
「だから、その方法を教われば、俺達もすぐにCランクになれるんだろ?
そしてクランに入れてもらって、ここに住めば生活費が大幅に節約できて……」
「勝手に決めないでくださいよおぉ〜〜っっ!!」
相手の言葉を遮って怒鳴ったのがマイルひとりなのは、他の6人は、既に同じ話を聞かされたときに怒鳴り済みだからに違いない……。




