708 マイルの休日 10
オークカツ。オークステーキ。生姜焼き。煮込み料理。唐揚げ。竜田揚げ。その他、諸々……。
唐揚げと竜田揚げは、オークではなく、アイテムボックスの中に入れてあった岩トカゲの肉を使っている。肉には、素材ごとに向く調理法と向かない調理法があるので……。
勿論、栄養バランスを考えて、野菜も添えている。
普通こういう場合、子供というものは野菜になど見向きもせずに肉をがっつくものであるが、それを防ぐための秘密兵器、マヨネーズとタルタルソース、ドレッシング等を用意しているので、安心である。
ちなみに、マヨネーズやドレッシングも調味料の一種であるが、マイルはなぜか調味料とは別物だと考えている。そう考える心情は何となく理解できるのであるが、地球での定義では、あくまでもそれらは調味料に含まれる。
マイルがそう考えるのは、それらが『料理の中に混ぜ込まれて、味を調える』というのではなく、『そのまま上にかけるだけ』、『料理の味に加わるのではなく、マヨネーズやドレッシングの味そのままで食べる』という点に引っ掛かりを覚えるからなのであろうか……。
「食いねえ食いねえ、肉、食いねえ! ついでに野菜も、しっかり食いねえ!!
……って、言うまでもなく、既に食べまくってるか。肉ばかりで、野菜には見向きもしないけど……」
マイルが呟いた通り、全ての料理が揃うのを待つことなく、マイルが出した野外用テーブルに置かれたものから順に、片っ端から食べまくっている、子供達。……野菜はスルーして。
院長先生と職員のおばさんは、優しそうな目でそれを眺めている。
さすがに、ふたりは子供達と一緒になって料理をがっつくようなことはない。
そしてマイルが何度も勧めるため、恩人の言葉を無下にするわけにはいかないと考えたのか、何人かが野菜料理にも手を伸ばし……。
「……あれ? 美味しい……」
「煮たのや焼いたのも美味しいけれど、この、生のや蒸したの、上にかけてあるやつがすごく美味しい!!」
(計画通り……)
マヨネーズやドレッシングが大好評。
それを見て、新世界の神のような言葉を心の中で呟く、マイル。
アイテムボックスの中の在庫を出した、煮物やグリル野菜も、好評である。
まあ、今は大量の肉があるから野菜に見向きもしなかっただけであり、普段は野菜もありがたく食べているはずである。
好き嫌いがある孤児は、生き延びられる確率が大幅に低下する。院長先生がオークの解体を皆に見せようとしたのも、今後何があり、何を見ても、何でも食べられるようにという教育の一環だったのかもしれない。
……そんなことを考える、マイル。
そして、皆の食事が続き、院長先生と職員のおばさん、マイルも一緒に食べて……。
テーブルの上のお皿は、皆、綺麗にカラッポになった。
「まさか、本当にあの量が全て食べ尽くされるとは……。絶対に、余ると思ったよっ!!」
思わず驚愕の声を漏らしたマイルであるが、マイル自身も孤児達以上に食べている。
なので、院長先生達は苦笑している。
「じゃあ、綺麗にしますね!」
そう言って、魔法でお皿もテーブルも一瞬のうちに綺麗にして、自分が提供していたものはアイテムボックスの中へ、孤児院のものは横に置いたマイル。
「「「「「「魔法、便利過ぎイィ!!」」」」」」
「「……本当に……」」
いつも洗い物を手伝っている子供達だけでなく、院長先生と職員のおばさんも、心の底から羨ましそうな言葉を溢していた。
魔法は、使えるだけで勝ち組である。
戦いに使えるようなものではなく、いくらショボい魔法であっても。
火をつけられるだけ、水を少し出せるだけであっても。
場所と場合によっては、かなりありがたがられ、重宝される場合がある。
商隊の馬車に、ひとり乗っていれば、とても便利。
別に、それだけのために乗るというわけではない。
ごく普通の店員と、商店での仕事の能力としてはごく普通の店員と同じ能力であるが、魔法で水と火が出せる者。馬車数台で商隊を組む時、連れて行きたいのはどちらか。
……それは即ち、『高給を出してでも雇いたいのは、どちらか』ということである。
孤児にとっては、まともな職に就ける、かなり強力な手札となる。
なので、魔法に憧れない者はいない。
しかし、今、ここでマイルが魔法を使えるようになるかもしれない者を教えたり、魔法のコーチをしたりするわけにはいかない。
そんなことをすれば、魔法の才能がある者とない者とで、子供達の間に階級差が、上下関係ができてしまい、ぎくしゃくした関係になってしまうかもしれない。
なので、いつかは魔法が使えるようになる者がいるとしても、それは自然に、自分達で気付き、拓くべき途である。
マイルは、そこまでは手出ししないし、踏み込まない。
皆、魔法というものの便利さは充分知ったはずである。あとは、それぞれの運と才能、そして努力次第である。
「では、私はこれで……」
「え? どこかへ行っちゃうの?」
「ずっとここにいてくれるんじゃないの?」
「次は、いつ来てくれるの?」
子供達が次々と声を上げるが、勿論、マイルはここに住み着くわけにはいかないし、次にいつ来るかを約束することもできない。
「私は、たまたま通り掛かっただけの、ただのハンターだよ。パーティ仲間がいるし、色々とやることが多いんだ。
それに、孤児院はここだけじゃない。この国に。この大陸に。そしてこの世界に、いくつの孤児院があると思う?
私の手は、全てに届くほど長くはないんだよ。
……でも、届く範囲では、微力を尽くそうと思っているんだ。
だから、次がいつになるかは分からないので、約束はできないよ。それは、女神様だけがご存じなんだ……」
「「「「「「…………」」」」」」
子供達は、悲しそうな顔で俯いているけれど、マイルの言葉に怒ったり不満をぶつけたりする者はいない。
今までも、一過性の寄付や寄贈を受けたことはあるのであろう。
たまたま幸運を得られたからといって、それが当然の権利として図々しく継続を要求できるものではないということは、分かっているようである。
「さ、皆さん、マイルさんにお礼を言って、みんなでお見送りしましょうね!」
院長先生の言葉に、力なく頷く、子供達。
ここでマイルを不快な気持ちにさせて立ち去らせるのは良くないことだということは、理解しているようであった。
「……マイルおねーちゃん、ありがとう……」
「ごはん、美味しかった……」
「いつか、また来てね……」
ここは、王都と、あの漁村との経路上にある。なので、マイルが他の孤児院に立ち寄るよりは、ずっと再訪の確率が高い。
しかし、ハンターというものはいつ拠点を変更するか、そしていつ死ぬか分からない、やくざな仕事なので、マイルは変に期待させるようなことは口にしない。
期待していなかったことが起こると嬉しいが、期待していたことが起こらないと、がっかりさせるだけだからである。
期待していなかったことなら、起こらなくても、誰も落胆することはない。
なのでマイルは、前世の時から、自分のことに関しては常に過少申告していた。そしてそれは、今も変わらない。
「それじゃあ、みんな、元気でね!」
マイルは、子供達を相手にするのが好きである。
なので、孤児達にもできる限り手助けしたいと思っており、王都では孤児院や、廃屋とか川べりとかに住む子供達に色々と支援している。
……しかし、王都外にまではなかなか手を広げることはできなかった。
なので、後ろ髪を引かれる思いを振り切って、孤児院をあとにするマイルであった……。
来週、再来週の2回、夏期休暇のため更新をお休みさせていただきます。
2週間、ゆっくりと書籍化作業に務めます。(^^)/




