707 マイルの休日 9
オークの解体が終了した後、オーク肉をいったん全て収納し、防水シートの血が土に染み込まないように、直接排水路に流れるようにして洗浄した、マイル。
洗うための水は、井戸水ではなく、魔法によるものである。
そして更に、魔法でシートを綺麗にして乾かし、畳んでアイテムボックスに収納したあと、地面に消毒魔法も掛けている。
井戸の近くなので、防水シートを敷いていたとはいえ、一応、念の為にと配慮したようである。
マイルは、こういうところには結構気を使う。
そして、マイルが少し離れたところの草むらを指差して、院長先生に尋ねた。
「……あの、あのあたりに少し大きな穴を掘ってもいいですか? 地下に、氷室を造ろうかと思って……」
「え?」
院長先生は、知識人なので氷室のなんたるかは知っている。
……しかし、この季節に、そして人手も道具もなく、そんなものが造れるわけがない。
なのでこれは、マイルの正気を疑っての、『え?』であった。
だが、別にその場所に地下室を造ることには、何の問題もない。
氷室としては機能しなくても、物置とか貯蔵庫として利用できないわけではない。
保存食を隠したり、万一の時に子供達を匿うためのシェルターとしても使えるかもしれない。
そのため、たとえ小さなものであっても、地下室は、ないよりはあった方がいい。
あっても、何の邪魔にもならないのだから……。
なので、院長先生の返事は、これしかなかった。
「あ、はい、何も問題ありませんよ。
……但し、崩れて中にいた者が生き埋めになったり、上にいた者が落下したりしないなら、ですよ!」
地下室は、あった方がいい。
しかし、勿論、子供達に危険が及ぶようなものは、論外である。
なので、院長先生の顔は笑っているが、目は全然笑っていない。
(ひえっ……)
院長先生の笑っていない目に、少し引いたマイルであるが、それは子供達の安全を第一に考えているということなので、別に不快に思ったりはしない。
逆に、頼もしいと、安心しているくらいである。
そしてマイルは、自分が造るものの安全性については、些か自信があった。
前世の頃から、安全には偏執的なまでに拘る性質だったので……。
「はい。それでは……」
ずぼり
草むらに、穴があいた。
突然、何の前触れもなく、地下に向かって、斜めに……。
スッ……
その穴に、階段状の段々ができた。
そして、マイルがその階段を下りて……。
「えい!」
ごぱっ! ごぱっ! ごぱっ!
土や岩をアイテムボックスの中へ収納することによって通路といくつかの部屋を造り、魔法で硬化措置を行い、崩落防止対策を行った、マイル。
子供達の危険を見落とすようなマイルではない。
そして一番奥の部屋に持続性のある特殊な冷凍魔法……ナノマシンに脳内で直接命令する……を掛け、アイテムボックスから大きな木箱をふたつ出した。
旧大陸で孤児院への寄付用に用意していた、冷凍したオークを入れて藁やおが屑、籾殻等を詰め込んだ、あの木箱である。
そして穴……地下から出てきたマイルは、先程解体したオークを部位ごとに魔法で冷凍し、アイテムボックスから出したカラの木箱に入れ、アイテムボックスの中へと戻して再び地下に下り、……そしてまた出てきた。
「……終わりました。
一番奥のが氷室で、手前の部屋は物置か長期保存ができる食べ物の貯蔵庫にでも使ってください。
氷室には、木箱に入った未解体のオークが2頭と、さっき解体した分が入っています。
解体前のやつは、少しずつ切り取って自然解凍するか、魔術師に頼んで解凍してもらってください。
一度に解凍・解体する場合は、ハンターかギルドの解体担当の方にでも依頼してくださいね。
……あ、血抜きと内臓の除去は終わっていますよ」
凍らせたあとで内臓を除去するのは面倒なため、孤児院寄贈セットのものは血抜きと共に内臓の除去も終わらせてから凍結させているのである。
孤児院であれば内臓もありがたく食べるであろうが……。
「……に、2頭? さっき解体したのとは別に?」
「あ、はい。寄贈用のは、血抜きして冷凍し、木箱に入れてあるんです」
院長先生の質問からは少し外れた返答をしたマイル。
旧大陸では、『孤児院への寄贈用冷凍オーク箱』は定番の、いつものヤツなので、マイルにとっては気にする程のものではないため、軽い扱いなのである。
常に、アイテムボックスの中に大量にストックしてあるし……。
「一番奥の、氷室にした部屋には強力な凍結魔法を掛けてありますから、当分は冷えたままだと思います。オーク自体も凍らせてありますし、保冷のために藁とか色々詰めてありますし、室内に大きな氷塊を造っておきましたから……」
実際にはナノマシンに冷凍状態を維持継続するよう指示しているのであるが、こう言っておけば、長期間冷えたままなのはマイルの凄い魔法のせいだと思われるはずである。
これが、レーナのような魔法に詳しい者であれば、『そんなワケがあるか!!』と、助走を付けて殴りかかって来そうな雑な説明であるが、氷魔法が使える魔術師でなければ、不審に思われることはあるまい。
それに、氷魔法が使える者も、ここまでの規模で凍結させられる者は滅多にいないであろうから、『長時間維持できるよう凍結させられないのは、お前の能力不足だろう』と言われれば、反論のしようがない。
魔術師というものは、弟子以外に自分のオリジナル魔法を教えたりはしないし、他者の魔法についてしつこく聞くのは、その場で殺されても仕方ないくらいの非礼行為であるため、この氷室のことが誰かに知られても、追及されるようなことはあるまい。
「……あ、地下室のことは、あまり口外しないでくださいね。あとで子供達にもそう言っておいてください。
便利だからうちにも造ってくれ、なんて人が大勢湧くと面倒なので……」
念の為にそう言って口止めするマイルに、こくこくと頷く院長先生と職員のおばさん。
子供達も、いくら幼いとはいえ、自分達の食生活に悪影響を及ぼす可能性があることや、寄付・寄贈が継続されるかどうかに関わるようなことで、下手を打つような者はいない。
それは、自分だけでなく、皆の生死に関わることなので……。
子供達は、どうやらオークは1頭ではなく3頭寄贈されたらしいこと、そして氷室によりそれらが長期間保存できるらしいことを知り、大騒ぎしている。
そして……。
「それじゃあ、始めるよ〜〜!
料理始め! イッツ、ショータイム!!」
どん!
どどん!!
アイテムボックスから取り出された、調理台、竈、鍋、フライパン、包丁、まな板、……そして食材や調味料、水樽、その他諸々。
オーク肉は、冷凍せずに残しておいた、特上部分。
「調理場所の、半径2メートル以内には接近禁止だよ!
切れ味の良い刃物を使うし、煮えたぎった油が掛かると、火傷すっぞ~!!」
そして、目をキラキラさせて、きちんと2メートル以上離れてマイルを取り囲む子供達を相手に、公開料理ショーを始める、マイルであった……。




