706 マイルの休日 8
院長先生の案内で、外の水場へと移動するマイルと、その後にゾロゾロと続く、子供達。
「あ、解体するところを子供達に見せるのは、ちょっと……」
さすがに、血塗れスプラッタの場面を子供達に見せるのはマズいかと思う、マイル。
前世で、クラスメイトの中にいたのである。
鶏を絞めるところを見てから、鶏肉が食べられなくなったという子が……。
それに、『女神のしもべ』のリートリアは、豚の屠殺現場を見てから、豚肉が食べられなくなったと言っていた。
……そしてそれが、脚気になった原因のひとつであった。
豚肉にはビタミンB1がたくさん含まれているので、もし家族と同じように豚肉を食べていれば、脚気には罹らなかった可能性が高いのである。
もしこれが原因で孤児達の何人かがオーク肉を食べられなくなれば、金持ちの子供であればともかく、貧乏な者にとってはかなりのハンデとなってしまうであろう。
……貧乏なのに、比較的安価な肉である、オーク肉が食べられない。
それは、かなりマズいはずである。
「いえ、大丈夫です。そんなヤワな者は、生きていけません。
それよりも、精肉の状態ではなく、原形のままの魔物を解体してお肉にするところを見るという滅多にない経験は、将来のために、そして『他の生き物の命を、押し戴く』ということを自覚するためにも、子供達にとってきっと良き経験になると思います」
「あ、なる程……」
院長先生の言葉に、それもそうかと納得するマイル。
確かに、子供達が普段目にする『食べるための肉』は、精肉……切り分けられ、加工された状態のもの……だけであろう。
命を押し戴く、ということは、元日本人として、そして日々魔物と戦うマイルにとっては、当然の如く持っている感謝の気持ちである。
それを子供達が自覚してくれるなら、こんなに嬉しいことはない。
* *
「この場所で如何でしょうか?」
院長先生に案内された場所は、孤児院の裏手の、井戸の側。
井戸の水で血を洗い流せるし、洗濯に使った水とかを流せるよう、小さな排水溝も作ってある。
血を洗い流す時は、井戸水を汲まなくても水魔法を使えばいいので、楽ちんである。
……まあ、マイルであれば井戸水を汲むのも大した手間ではないが……。
「はい、ここで全く問題ありません。では……」
「え?」
場所を確認した後は、仲間達が狩った獲物……おそらく、角ウサギか何かの小型の魔物か、小動物……を持ってくるのを待つのだと思っていたのに、何やら準備を始めるような様子のマイルに、戸惑った顔の院長先生。
そして、アイテムボックスから防水シートを取り出し、広げるマイル。
これは、ナノマシンに頼んで作ってもらったものである。
これがないと野外における解体作業が不衛生になるため、どうしても必要なものなのであった。
「しっ、収納魔法!!」
院長先生が驚いているが、マイルはそれを気にも留めず……。
どんっ!
シートの上に落ちた、オークの巨体。
「「「「「「うわああああああぁ〜〜っっ!!」」」」」」
そして子供達から上がる、大きな声。
驚きの悲鳴ではなく、喜びの歓声である。
小さな獲物が数匹、と思っていた院長先生は、マイルのアイテムボックスにも驚いたが、まさかのオーク丸々1頭、というのに、声もなく呆然と立ち尽くしていた。
オークの巨体。
内臓だろうが軟骨だろうが骨髄だろうが全て余さず食べ尽くす孤児達であれば、何日間満腹になれる日々が続くことか……。
勿論、満腹になるまで食べるのは身体に良くないし、10日間満腹の日が続くよりも、そこそこ食べられる日が20日間続く方が良いため、実際には満腹になるまで食べさせたりはしないであろうが……。
そもそも、子供達に急にお腹いっぱい食べさせると、おそらく吐いてしまうであろう。
ずっとひもじい思いをしていたなら胃が縮んでいるかもしれないし、今まで具の少ないスープやパン粥とかばかり食べていたなら、いきなり大量の肉を、それもがっついて碌に咀嚼せずに飲み込めば、腹痛やら下痢やら、色々とマズいことになりかねない。
「こっ、こここ、これは……」
騒ぐ子供達の声に、ようやく再起動した院長先生。
「寄贈する、オークです」
「お、おおお、オーク……。ほ、角ウサギではなく……」
「ではなく」
「「…………」」
再び固まる、院長先生と職員のおばさん。
どうやら、思っていたのとはかなり違っていたため、混乱しているようである。
しかし、子供達はそんなことはどうでもいい様子……。
「解体? 解体するの? 凄い! 早く早く!!」
子供達の期待に応えるべく、アイテムボックスから大物解体用の大きな包丁を取り出す、マイル。
「さあ、オークの解体ショー、はっじまっるよ〜〜!!」
今、楽しまないでどうする!
そして、期待に目をキラキラと輝かせている子供達を楽しませずに、どうする!!
そう考えたマイルの目が、キラリと光った。
「まず、腹を裂いて、内臓を取り出しますよ! 内臓は傷みやすいし、胃袋や腸の中身は捨てて、綺麗に洗わなきゃ駄目ですからね!」
子供達に経験を、との院長先生からのリクエストなので、マイルは手際よく解体作業を進めながら、説明をしている。
そして、オークの腹を掻っ捌き……。
「まずは、内臓を取り出して、部位ごとに切り分けて……、あ!
本当は、最初に血抜きをするんですよね。それをやらないと肉の味が落ちるし、日保ちが悪くなりますからね。
今回は既に血抜きをしてありますけど、みんなが狩った時は……、って、当分はそんな機会はないでしょうから、それはいいか……」
ここで、マイルが気付いた。
自分はいつも……『赤き誓い』の仲間達と話す時も……、ですます調の丁寧語、敬体で話している。
それは、前世でも家族以外に対してはそうであったし、他者に対して馴れ馴れしい話し方をするのが苦手であったし、『赤き誓い』の中では最年少であったりと、色々な理由があるが……。
(この子達は、年上の者からそんな話し方をされたことがないだろう。ここは、子供同士の会話のように、フレンドリーに行くべきかも……)
そして、マイルは喋り方を変更した。
「普通は、オークの内臓は現場で捨てるんだよ。……それは、狩った場所から町までそのまま運ぶには、オークは重すぎるからなんだ。
でも、運べるなら、捨てる必要はないよね。内臓も、美味しいし栄養があるんだから……。
こうやって、部位ごとに切り分けて、……傷みやすい内臓は最初に食べるべきなんだけど、今回は特別に、内臓は後回し。
みんな、最初は、一番美味しいところを食べたいよね!」
「「「「「「うわあああああ〜〜!!」」」」」」
マイルの思惑通り、盛り上がる子供達。
「胃袋と腸は、内容物を捨てて、しっかり洗わなきゃ駄目なんだ。
……今回は私が魔法で綺麗にするけれど、中身や汚れは絶対に取り去らなきゃ駄目だよ!」
マイルの言葉に、こくこくと頷く子供達。
オークの胃や腸の中身など、腐る寸前とかいう以前の問題として、それが消化前のゴブリンとか、人間の肉だったり、とかいう可能性もあるのだから……。
そして、胃と腸の内容物をアイテムボックスの中に収納し、念の為に、更に洗浄魔法をかけるマイル。……これで、そのまま調理しても問題ない状態になっている。
「では、部位ごとに大雑把に切り分けた内臓を、魔法で凍らせて保存できるようにして……」
「「「「「「魔法、便利過ぎいィ!!」」」」」」
子供達から、感心半分、羨み半分の声が上がるが、それも当然のことであろう……。
孤児であっても、魔法の才能があれば、職には困らない。
孤児にとって、それは人生の勝ち組を意味するのである。
そして、解説しながらの、マイルの解体作業が進むのであった……。




