705 マイルの休日 7
護衛ハンター達の獲物納入に付き合った翌日、漁村からやって来た老人達と共に商業ギルドへ赴き獲物を引き渡したマイルは、老人達と今後のことを話し合った後、港町を後にした。
帰路は、まだ十分な休暇日数が残っているため、水平方向へ落ちるという荒技ではなく、普通に、徒歩である。
昨日は商業ギルドではなくハンターギルドに納入したのは、そうしないと素材売却分の功績ポイントが護衛ハンター達に付かないからである。
それに、もし昨日の分も商業ギルドに売っていれば、翌日に大量に持ち込むのに、それを黙って、先行して少量を高値で売り捌いたことになってしまう。
それは、何だか騙したみたいで、功績ポイントのことがなかったとしても、ちょっとやりづらかったであろう。
「今回の休暇は少し長いから、まだ半分以上残ってるなぁ……。
よし、後半は、孤児院廻りをしよう!
この大陸に来てからは、あまり孤児院を廻っていないから……」
こちらへ来てからは、ずっとバタバタしていたし、『ワンダースリー』と合流してからは、もっとバタバタしていた。
そのため、マイルはあまり孤児院へは顔を出していなかった。
たまに、王都の孤児院に角ウサギ数匹を差し入れた程度である。
あまり遠出をしていないのにオークとかを寄贈するのは不自然かと思い、大物の寄贈は差し控えていたのであるが、今回の遠出で狩ってきたことにすれば、王都の孤児院にもオークを寄贈できるであろう。
勿論、田舎町の孤児院にオークを寄贈することも、何の問題もない。
マイルがどこでそれを狩ってきたかを気にする者など誰もいないであろうし、皆、近場で狩ったのだろうと思うはずである。
今まで王都の孤児院に大物を寄贈しなかったことを申し訳なく思っているマイルであるが、それでも、孤児院の子供達にとっては女神の御慈悲に匹敵する恩恵なのである。
しかしマイルは、数匹の角ウサギなど飢えた子供達なら一日で食べ尽くすだろうと考え、そこまで喜ばれているとは思ってもいなかった。
「今回は、地方の孤児院にも王都の孤児院にも、オークを差し入れることができる……」
王都には貴族や金持ちが多く、それは即ち、信心深い者や売名行為、人気取りを目論む者も多いということであり、……孤児院に寄付する者も少しはいる、ということである。
しかし、田舎町の孤児院に寄付する者は、かなり少ない。
領主が出してくれる予算……途中で何度もピンハネされて、大幅に目減りする……と、ごく一部の一般市民からの、僅かな寄付と差し入れのみ。
田舎町には、体面を気にする貴族も、売名行為にお金を廻せるような金持ちもいないので、当たり前のことである。
そして、さすがのマイルも、国中の、そして大陸中の孤児院を廻れるだけの時間はない。
なので、とりあえず港町から王都へと向かう経路上で、町の孤児院に立ち寄りながら帰還することにしたのであった……。
* *
「こんにちは~……」
「「「「「「…………」」」」」」
立ち寄った数個目の町に、孤児院があった。
町の人に場所を聞き、早速そこを訪れ、玄関で声を掛けたマイルであるが……。
人の気配はあるのに、返事がない。
どうやら、息を潜めて様子を窺っているかのような……。
「こんにちは~……」
「「「「「「…………」」」」」」
状況、変わらず。
しかし、マイルは別に焦らない。
初見の孤児院を訪れるのは、別に今回が初めてというわけではない。もう、何度も経験している。
……そして、孤児院によっては、町の者達から疎まれていたり、苛められていたり、地廻りのチンピラ達に搾取されていたりと、色々あった。
そう、『あった』、過去形である。
そんなモノ、マイルがそのままにしているわけがない。
とにかく、そういうわけで、孤児達が見知らぬ訪問者を警戒するというのは、別に不思議でも何でもない。
警戒心のない孤児は、長生きできないのである。
そして、マイルは手ぶらであった。……荷物は全て、アイテムボックスに入れてあるので……。
そう。手ぶらで孤児院を訪れる、剣で武装した者。
それはもう、孤児院にとっては完全な要警戒対象なのであった。
しかし……。
「食べ物の寄贈に来ました~!」
どどどどどどど……。
「「「「「「いらっしゃいませ〜〜!!」」」」」」
(チョロい……。チョロ過ぎますよっ!!)
……仕方ない。
寄付や寄贈をしてくれる者は、神の次に偉く尊い、敬うべき者。
いや、食べ物も何もくれない神よりも上位に位置する者!
神殿併設の孤児院ですら、そういう感じなのである。ここのような、神殿とは直接の関係がない独立した孤児院であれば、その傾向は、更に強い。
……孤児とは。そして孤児院とは、そういうものなのである……。
子供達に案内されて、建物の中に入るマイル。
数人の子供達が奥の方へ走っていったので、すぐに大人が出てくるであろう。
そして、通された部屋……食堂らしい……で椅子に座ったマイルを、訝しげな顔で見詰める、子供達。
(あ~、『寄付』じゃなくて、『食べ物の寄贈』って言ったのに手ぶらだから、疑われてるのかな?
でも、今日はお話だけで、荷は明日、とかいうこともあるからね。……一応は信じてくれているのだろうな……)
* *
そして、急ぐ子供達に手を引っ張られて、転びそうになるのを必死で持ち堪えながらやって来たお婆さんとおばさん……院長先生と職員さん……と、お話をする、マイル。
本当であれば院長室とかに移動するパターンなのであろうが、子供達に阻まれて、仕方なくこのまま食堂で話すことになったのである。
自分達の食生活に直接関わる話、それも、いい話なのであるから、子供達が聞きたがるのも無理はない。
「……というわけで、狩った獲物を寄贈したいと思いまして……」
「ええ、ええ、大歓迎ですよ! 子供達になかなかお腹いっぱい食べさせてあげられなくて……。
特にお肉とか、育ち盛りの子供達には必要なのに……。
たとえ角ウサギ1匹であっても、大助かりですよ。
あなたと女神様に、感謝を……」
「では、夕食に使えるよう、早速お渡ししますね。お肉を貯蔵する場所……、いえ、まずは解体しないと駄目ですよね。解体できる広さがあって、後で血を水で流せるようなところは……」
孤児院には、当然ながら調理を担当する者がいるはずであるが、さすがにオーク丸ごとを解体できる者はいないであろう。
なので、解体はマイルがやらねばならない。アイテムボックスの中にある獲物は、全て狩った時のまま、丸ごと入っているのだから……。
院長先生達は、マイルが手ぶらであることには、あまり疑問に思ってはいなかった。
いきなり血塗れの魔物の死体をぶら下げて来ては子供達を驚かすであろうと思い、まず最初に人当たりの良さそうな最年少の女性メンバーを先行させて話を通し、獲物を持った他のメンバーがゆっくりとあとに続く、というのは、妥当な行動である。
なので院長先生は、子供達のことを考えてくれる、良きハンター達であると思い、更に感謝を重ねていたのである……。
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