704 マイルの休日 6
「まず、延縄の引き揚げについては、船に乗る漁師さんの人数を増やす、安全性が担保されれば若者も乗せる、巻上機等の機械により省力化を図る、等で護衛が手伝う必要がないようにします。
今回も、アレさえなければ、私がいなくても危険な場面はありませんでしたよね?
勿論、収納魔法や洗浄魔法は別ですけど、それらはなくても問題ありませんよね。
収納魔法がないと積載量の関係で漁獲量はかなり減りますけど、それでもかなりの稼ぎになりますから……」
マイルの話に、こくこくと頷く5人のハンター達。
「そして、船の安全性に関してですけど……。
鋼鉄船の船底と舷側は、海棲魔物に破られることはありませんでした。
……あ、いえ、それはあくまでも『今回の海棲魔物には』、ということですけど……。
別の種類の海棲魔物とか、細長い海蛇タイプじゃない、全く別物の魔物とかに襲われてイチコロ、って可能性はありますからね」
「それくらい、分かってるよ。普段の狩りでも、オーク狩りのつもりがオーガに出くわしたり、森の中でいきなりマンティコアに出会う可能性も、ゼロじゃないんだ。そこは、許容するしかないリスクだろう。
それが嫌なら、ハンターを辞めるしかねぇよ」
「…………」
ハンターリーダーの返しに、こくりと頷くマイル。
おそらく、期待していた通りの返事だったのであろう。
「色々なことを全て考慮に入れて考えました結果……」
マイルの真剣そうな表情に、ごくり、と息を飲むハンター達。
「私抜きでの外海出漁は、当分の間、見送りたいと思います……」
「「「「「…………」」」」」
怒るでもなく、悔しがるでもなく。
無言、無表情のハンター達。
「……分かった……。
悔しくないと言えば嘘になるが、今回、嬢ちゃんがいなきゃ失敗してたのは事実だ。
最初の襲撃以降は特に問題はなかったが、それは『トラブルやイレギュラーがなかったから』だ。
もし予想外のことが起こっていれば、俺達だけで対処できたかどうか分からん。
たとえその確率が1割だったとしても、それは数回繰り返せばそのうち外れクジを引いちまうってことだ。そんなのを続けていちゃあ、命がいくつあったって足りやしねえよ。
そういうのは、ハンターが受けちゃ駄目なやつだ」
駄々をこねて食い下がられるかも、と心配していたらしいマイルは、予想外に聞き分けの良いリーダーの返答に少し驚いた様子であるが、彼らも今まで生き延びてきたベテランなのである。それくらいの常識は弁えていて当然である。
「まあ、別にこれで外海出漁計画そのものを断念したわけじゃありませんからね。
もう少し検討して、色々と対策を考えて安全率を上げればいいだけのことですよ。
船を少し改造して、ハンターの皆さんにも訓練をしていただいて、何度か私が一緒に乗船して経験を積めば……」
この仕事は、稼ぎが大きい。……些か、常識を超えて……。
依頼料だけであれば、まあ、『かなりの稼ぎ』で済む。
……しかし、ひとり当たり1匹の、獲物の現物支給。
これが、異常なほどの稼ぎになる。
今回、村人の厚意で、ハンター達が先に獲物を売却できるのである。
村の分は、明日老人達が町にやって来て、マイルと一緒に商業ギルドへ売りに行く。
もし今日村の分まで一緒に売れば、価格が大暴落してしまう。
……つまり、これは村人達からハンターへの、感謝の気持ちなのである。値が落ちる前に高値で売れるように、という……。
それだけ、前例のない危険な乗船護衛依頼を受けてくれたハンターに感謝し、そして今後も受注者が現れるようにという、餌なのであろう。
依頼料には常識的な相場というものがあり、あまり高額の依頼料を提示するわけにはいかないが、何十匹も獲れる獲物の内、ほんの数匹をサービスとして与えるくらいのことは、問題ない。
そういうことにして、腕の立つハンターが受注を続けてくれることを期待する。
小さな漁村が取る戦略としては、間違ってはいない。
「それなら、一度経験した俺達が毎回受注を続けた方がいいよな? 毎回別の奴らが受注したんじゃ、いつまで経っても護衛の腕が上がらねぇよな?
……この件、ずっと俺達への指名依頼にしてくれねぇか……」
「分かりました。明日、村の人達に説明しておきますね」
その時のマイルの笑顔が、釣れた、というマイルの心の中の声を表していた。
勿論マイルも同じように考えていたのであるが、依頼者側から指名依頼を持ち掛けると、『お願いする側』になるため、立場が弱くなるのである。なので、受注者側に依頼料をつり上げられたり、条件を付けられたりする場合がある。
また、美味しい依頼の場合、明確な理由もなく特定のパーティにのみ指名依頼を出し続けた場合、他のハンター達から不満が出る。
しかし、パーティ側から『是非、俺達を指名してくれ!』と言ってきた場合は、依頼料をつり上げられる心配もないし、他のハンター達から文句を付けられるとしても、それは『指名してくれ』と売り込んだパーティに対してであり、マイルや漁村の者達が不満の対象となることはない。
(……計画通り……)
心の中で、ニヤリと悪い笑みを浮かべる、マイル。
お人好しなマイルも、これくらいの悪だくみはするのであった……。
* *
「「「「「おおおおおおお!!」」」」」
ハンターギルドの解体場で喜びの声を上げる、ハンター達。
マイルに収納から出してもらった自分達の取り分である獲物を査定してもらい、その概算金額を聞いたのである。
まだ『概算』であり、正確な査定額ではないが、最終決定額とそう大きく変わることはない。
「「「「「「…………」」」」」」
そして、羨ましそうな顔でそれを見詰める、野次馬のハンター達。
「今回は、ありがとうございました。
では、次回もまた、よろしくお願いしますね!」
獲物の高額査定に喜ぶパーティに掛けられた、マイルの言葉。
「「「「「「……え?」」」」」」
そして、その言葉に驚く、野次馬のハンター達。
次回も、また。
それが意味することは……。
この依頼は、今後も続く。
そして、その声が掛けられたのは、居合わせたハンター全員やギルド職員達に対してではなく、今回の依頼を受けたパーティに対してである。
……それが意味することは……。
ハンター仲間だけの場であれば罵声を浴びせたいところであるが、依頼人やギルド職員がいる場で、汚い言葉で怒鳴るわけにもいかない。
なので、ぐぬぬ、と歯噛みするしかないハンター達であるが……。
「じゃあ、他のハンターさん達に、今回の状況や事前訓練のやり方とかを教えて、広めておいてくださいね。
そのうち、皆さんを教官役として、乗船護衛ができる人を増やしていく予定ですから。
鋼鉄船も増やして、いつか『外海殴り込み船団』を作りたいですよねぇ……。
あ、皆さんが乗船護衛について他の方達に教える時には、授業料としてエールやおつまみを奢らせたりするのはアリですよ! それくらいの余禄は、あってもいいですよね!」
マイルの言葉に、おう、と片手を軽く挙げて応える、リーダー。
そう。乗船護衛が務まるのが1つのパーティだけ、というのは、困る。
専属だというわけではないので、いつも受けてもらえるとは限らない。ハンターというものは、遠出することもあるし、長期休暇を取ることもあるし、……そして、解散したり、全滅したりする。
その時に、他の乗船護衛ができるパーティがいなければ、外海への出漁ができなくなる。
マイルが、その時にまた次のパーティを養成できるかどうかは分からないのだから……。
そして、鋼鉄船の数も、そのうち増える。
ならば、マイル抜きでも、乗船護衛ができる者を養成し、増やしていくことができるようにしておくべきである。
そのための、未来を見据えた、マイルの計画であった。
(私抜きでの外海進出は、少し延期にしたけれど……。
そのうち、地元の人達だけで、少しずつ外海への途が開けたら……。
そしていつの日か、ヒト種に、再び大海原への途、大航海時代が訪れんことを……)
そして、ハンター達の間に、ざわめきが広がるのであった……。
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『ろうきん』コミックス14巻、『ポーション続』コミックス4巻、7月9日刊行予定。
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そして、拙作短編小説のコミカライズ、『絶対記憶で華麗に論破いたしましょう』 (comic スピラ) の単話版独占先行配信期間が過ぎ、各電子書籍配信サイトでの公開が始まりました。
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『ろうきん』、『ポーション続』コミックスと併せて、よろしくお願いいたします!(^^)/




