701 マイルの休日 3
あれから少し揉めたが、結局、あの最初に受注希望を表明した男性のパーティが依頼を受けることとなった。
あのまま普通に依頼票を貼り出そうとすれば、奪い合いになって怪我人が出そうであったし、下手をすると貼り出す寸前のギルド職員の手から奪い取ろうとして、職員が巻き込まれて怪我をする可能性すらあったためである。
そのため、便宜的にこの依頼を指名依頼とし、あのパーティを指名したわけである。『この依頼の内容をよく理解している、やる気のあるパーティだから』と言って……。
そしてこれはギルド側の都合による指名依頼扱いのため、追加料金はなく、ギルドは通常の依頼手数料しか取らないということになったので、マイルとしては別に問題はなかった。
悔しがる他のハンター達は、『さっき言いましたよね、これはお試し、練習だと……。ということは、この後、同じような依頼が続くことに……』というマイルの言葉で、落ち着きを取り戻していた。
どうせ、同じパーティがこの依頼を独占し続けることはできないであろう。ならばそのうち、自分達が受注できる機会があるかもしれない、とでも考えたのであろうか……。
しかし、この依頼はそれなりの難度がある。Cランク下位のパーティが受けられるようなものではあるまい。
なので、実際の競争率は、それほど高くはないかもしれない。
全ては、最初の『お試しパーティ』の結果次第であろう。
* *
「ようこそ、我が村へ!!」
翌日、依頼を受けてくれたパーティと共に村に戻ると、歓迎団に出迎えられました。
女性陣……人口が少ないから、幼女から老婆まで、総動員されたらしい……が、急いで練習したらしき、怪しいダンスを踊っていますよ……。
……次回以降も受注してもらえるようにと、村の人達がハンター達を精一杯おもてなししようとしているみたいですね。
まあ、今回は希望者が殺到したけれど、これでパーティメンバーから重傷者や死人が出れば、次回は受注希望者ゼロ、なんてこともあり得ますからね……。
「今夜は、海産物が中心ではありますが、腹一杯食べてくだされ。
明日に影響しないよう、お酒は少ししかお出しできんが……。
その代わり、明日の夜は飲み放題、そして獲ったばかりの新鮮な獲物で作られた、我が村の海鮮料理の粋を極めた料理の数々が、食べ放題ですぞ! 町では食べられん、漁村でしか味わえん料理じゃ……」
「「「「「おお……」」」」」
ハンター達の、目の色が変わったみたいですね。
でも、それは後でのお楽しみです。
とりあえず、今は……。
「じゃあ、早速練習を始めますよ! 皆さん、お願いします!」
ハンターと漁師さん達の両方に、お声掛け。
どちらも、事前に説明してあります。
ぶっつけ本番は怖いので、ちゃんと練習をしますよ、と。
そのために、前日である今日、朝のうちに移動してきたのですから……。
いくら腕に覚えのあるハンターでも、揺れる船上で、しかも濡れて滑る甲板上での戦いには不慣れ……というか、全くの無経験のはず。
ならば、本番前に事前練習は必須ですよね。
そう考え、今日は少し『船上での戦い』というものを経験していただこうと思ったわけですよ。
* *
「ほほう、これが鋼鉄船か……」
ハンターの皆さんが、感心したかのような顔で見詰めている、新造漁船。
『時を越える者』さん謹製の船体に、村の人達が帆柱を立てて艤装した、鋼鉄船。
木造船の外板に薄い金属板を貼り付けただけ、とかいうものではなく、本当の、全金属製の船体。
他の大陸のことは知らないけれど、おそらく、この大陸と私達の出身地である大陸においては、唯一の存在であろうと思われる、完全なる鋼鉄船。
……しかも、炭素含有量、クロムやニッケルの添加とかで、最高クラスの鋼鉄が使われています。
おそらく、海棲魔物の鋭い歯もはね返せるはずです。
まあ、駄目だった場合は、私のシールド魔法で何とかしますから、安心です。
但し、その場合は、グレードアップした次の船を造るまで外洋へ出るのは延期になりますけど。
「さあ、乗ってください! 近くを航行しながら、揺れる甲板上での戦いの練習をしますよっ!」
「おう! 御指導、よろしく頼むぜ!」
……そして、皆で船に乗り込んで、出航。そのあたりを軽く走らせながら……。
「駄目ですよ! 陸地じゃないんですから、そんなに踏ん張っちゃ!
揺れたり滑ったりしても対処できるよう、あまり床に頼った体捌きをしないように!
今、甲板に水を撒きますからね! 滑り、傾き、揺れる甲板上で、あまり床に頼らず、上半身の捻りで海棲魔物の首を落とすつもりで! さあ、やってみてください!」
「「「「「難しいいィ〜〜!!」」」」」
う~ん、やはり踏ん張りが利かない状態では攻撃の威力が落ちるみたいですねぇ。
狙いもズレるようですし……。
やはり、前日に早めに移動してもらい、練習に充てたのは正解でしたね……。
* *
「練習、お疲れさまじゃった!
では、酔い潰れるのは仕事後の明日まで我慢ということで、今夜は酒は少ししかお出しできんが、食い物は腹一杯食べてくだされ!
さあさあ、女子衆、料理をお取り分けせんか!」
「「「「「「は〜〜い!」」」」」」
う~ん、ハンターの皆さん、ちょっと元気がありませんねぇ……。
練習で、少し苦戦していたからかな?
やはり、初めての船上での戦いは、思っていた以上に勝手が違ったのかな……。
でも、最初はともかく、後の方では結構様になっていたと思うのですけどねぇ。
あれくらいできれば、大丈夫だと思いますよ。
少し、励ましておきますか……。
「皆さん、あれだけできれば十分ですよ! 海棲魔物は海面から身体を出してきますから、奇襲にはなりません。船底や側面を破られる心配がないので、舷側を乗り越えて甲板上に伸びてきた頭部を斬り落とすだけの、簡単なお仕事ですよ。
……あ、報酬金とは別に、ひとり1匹ずつ、好きな獲物をお持ち帰りいただくというのはどうでしょうか?
勿論、ギルドまでは私が収納魔法でお運びしますよ。
いいですよね、村長さん!」
「勿論じゃ! 儂らが売る前にギルドにお売りになってもいいですじゃ。
儂らより先に売れば、値崩れする前に高値で売れるかもしれませんぞ!」
「「「「「えええええええっ!!」」」」」
おお、ハンターの皆さんの目の色が変わりましたよ!
好きな獲物、ということは、海棲魔物だけではなく、白銀サーモン、虹色トゥンヌス、マーリン等の、高値で売れる高級食材も対象に含まれます。それを丸々1匹となると、かなりのお金に……。
「ほっ、本当か!」
「5匹分くらい、予想漁獲量に較べれば、ほんの一部に過ぎませんからのぅ。大した量じゃありませんわい」
「マジか……」
よしよし、ハンターの皆さん、やる気MAXですよ!
これなら、明日の活躍が期待できそうですね。




