691 ルイエットの旅立ち 1
そういうわけで、とにかく、二重の監視が付いている上、ルイエットに何かあれば、すぐにギンガ~『時を越える者』~メカ小鳥、というルートでマイルに知らせが届くよう厳命してある。
また、ルイエットが重傷を負ったり死んだりすることがないよう、先史文明チームとナノマシン達には何度も念を押しているので、いきなりの遠距離からのヘッドショットとか、超至近距離からの急所へのひと突きや首チョンパとかでない限り、そうそう簡単に死ぬようなことはないであろうと考える、マイル。
そしてルイエットを襲うとすれば、それはルイエットが持っている『なんちゃって魔導具』やら何やらの入手ルートか、美人であるルイエット本人が目当てであろうから、いきなり殺しに来る確率は、かなり低い。殺したら、何のメリットもなくなるのだから……。
そしてルイエットは、ギンガを伝手に整備基地の統括コンピューターと直接話せる機会を掴み、自分が基地の指揮権限を持つ者であると認めさせるつもりらしいが、それを今、ギンガに喋る程の馬鹿ではなかったようである。
『時を越える者』の本拠地や、その本当の能力を隠し、小規模な整備基地の一部とその統括コンピューターだけがかろうじて機能を維持している、という形にしたのは、良き判断だったようである。
ルイエットは、決して悪人ではないが、『それが正しいことである』と信じていることを実行するには、別に何の躊躇いもない。
無知な原住民を教え導いてやらねば、とか、主を失った野良のコンピューターシステムがあれば、この惑星出身者の子孫であり、現時点におけるこの惑星唯一の文明人である自分にそれらの遺産を受け継ぐ権利があり、そして自分がそれらを有効活用してやるべきである、とかいうのは、ルイエットにとっては正しいこと、それらの者達にとって幸せなことだと思っているのであるから……。
もう、マイル達が教えられることは、何もない。
そして、マイル以外の者達にとって、ルイエットは別にずっと面倒を見てやるべき対象ではないし、ルイエットはやるべきことがあって旅立つと知っているため、特に引き留めるようなこともない。
マイルも、ルイエットがずっと自分達と行動を共にするのは無理があると理解しているし、ギンガによる護衛、そして先史文明チームとナノマシン達によるフォローがあれば心配ないと考えているので、安心して送り出せる。
「あ、どこかの町で、早めにギルドに登録してくださいね!」
「分かっておりますわよ! もう、何度目ですか、その念押しは!
マイルさん、あなたは私の母親ですかっ!」
最初のうちはマイルの念押しに感謝の言葉を返していたルイエットであるが、さすがに、そろそろ鬱陶しくなってきたようである。
前世では妹に面倒を見てもらっていたマイル、自分が誰かの世話をするという立場に、少々舞い上がっているようであった。
マイルがルイエットにギルド登録を勧めたのは、今後の役に立つと考えたからである。
ちょっとした製品を売るにも、素人が商人に売るよりは商業ギルドの会員としての方が面倒なことになる確率が幾分下がることが期待できる。
ハンターギルドとは違い、商業ギルドは町ごとの組織であり、他の町でのギルド員であるということは直接のメリットは少ないが、馬鹿な素人ではなく同業者であること、そしてあまりにも酷い真似をした場合、ルイエットが登録している町の商業ギルドと敵対することになる可能性があることから、おかしな真似をされる確率が少し下がる、ということである。
それに、一般の者に売る場合も、他の町の者とはいえ商業ギルド登録者は幾分信用度が上がるし、自身が商人であれば、中抜き目当ての他の商人が口を挟んでくる確率も下がる。
また、移動中にギンガが狩った獲物……ルイエットを自分の獲物にしようとしたヤツとか……を売るにはハンターギルドに登録しておいた方がいいし、領境や国境を越えるには、ハンター証があるととても便利なのである。
他の町へ移動する時には、護衛任務ということで、無料どころかお金を貰って馬車に乗れるし、ソロのハンターを名乗っていれば、おかしな男にちょっかいを出される確率も下がる。
……女のソロハンターは、自衛のため、一定限度を超えた手出しをする者には躊躇なく武器を振るうというのは、業界では当たり前のことなので……。
勿論、その場合は正当防衛が認められるので、警吏に連れて行かれるのは、絡んだ男の方である。
いくら男の方が怪我をしており、女性は無傷であっても……。
これは、相手がチンピラやゴロツキではなく、ハンターや傭兵、ガラの悪い下級兵士とかであった場合においても、同じである。
なので、腰に短剣でも佩いておけば、かなりの抑止効果が期待できるであろう。
……特に、お嬢様に見えるルイエットなら、ちょっとしたことであっても、躊躇することなく簡単に短剣を抜くと思われるであろう。
そして、急所を外すとか、障害が残らないようにとかいう手加減は加えてもらえそうにないと思われるであろうから……。
マイルは、魔物や盗賊、そして良からぬことを考えたハンターや商人、貴族の手の者等との戦いについては、あまり心配していない。
ルイエットは、アクセサリーや他のものに偽装した科学的な武器や防御用のものを複数装備しているし、……何より、ギンガがいる。
食事も睡眠も必要とせず、高性能なセンサーを装備し、数々の武器を内蔵している、疲れ知らずの自動機械。
自分だけでは対処できないと判断した場合、『時を越える者』に指示を仰いだり、援軍を要請することもできる。
また、ルイエットの相談役を務め、アドバイスすることも可能。
……ほぼ、無敵である。
そして勿論、誘拐に備えて、ルイエットには超小型の通信機やら位置情報発信器やらを仕込んでいる。完璧の護衛態勢であろう。
そしてマイルは、ルイエットに『武器を使う時は、時間的な余裕がある時にはなるべく呪文を唱えて、魔法を使った振りをするように。もし呪文なしで使った場合は、私が無詠唱魔法を使えるということは秘密ですよ、と言うこと。間違っても、強力な攻撃用魔導具を持っている、なんて悟られちゃ駄目ですからね!』と、何度も何度も、しつこく念押ししている。
当然、ルイエットもそれくらいのことは分かっているので、ちゃんと気を付けるであろう。
あと、ギンガに内蔵されたアイテムバッグの存在は、無理に隠すという必要はないけれど、必ず自分の収納魔法であると偽装すること、というのも……。
勿論、ギンガにそのような能力があると知られると、ギンガが狙われるからである。
悪党だけでなく、国や、研究者達からも……。
……実際、ギンガにはそのような能力はなく、ただルイエットに『ギンガに亜空間収納機能がある』と嘘を教えているだけであるが……。
本当は、ナノマシンが『ギンガが側にいる時のみ、ルイエットに容量が制限されたアイテムボックス機能を使用可能にさせる』というだけのことであり、物理的に何かを必要とするわけではない。
なので、専属ナノマシンも、ギンガにはついておらず、ルイエットの方についているだけである。
ただ、収納魔法については、ギルドへの獲物の納入時とか、護衛依頼や駅馬車による移動時とかに不自由な思いはしたくないので、殆ど隠す気はないであろう。
これに関しては、『赤き誓い』も『ワンダースリー』も同様であるため、マイルも止めることはできなかったようである。
* *
「では、充分お気を付けて……。
何かあれば、我慢したり遠慮したりせずに、すぐにギンガちゃん経由で私に連絡してくださいね!」
出発するルイエットを見送るマイルの言葉に、綺麗なカーテシーで応える、ルイエット。
メーヴィスによる特訓の成果である。
忘れられがちであるが、メーヴィスは名門伯爵家のお嬢様として、ちゃんとした令嬢教育を受けているのである。しかも、かなり良い成績を収めていた。
「ええ。皆さんには、お世話になりましたわ。
私がこの惑星の暫定指導者となりました暁には、しっかりと御恩返しいたしますわね」
「「「「「「「……」」」」」」」
マイルですら返答に困るルイエットの発言に、ルイエットがただの……没落した元貴族の娘、くらいかとは思っているが……小娘に過ぎないと思っている他のクランメンバー達は、その、あまりの大言壮語に、ぽかんとしている。
これがせめて、『大貴族の妻に』あたりであればまだしも、『惑星の暫定指導者』である。
「「「「「「「…………」」」」」」」
そして、送別の言葉も、手を振ることも忘れて立ち尽くす皆を後に、ギンガと共に意気揚々とクランハウスを後にする、ルイエットであった……。




