690 面倒を見る 7
あれから、10日。
マイルだけでなく、クランのみんながルイエットの教育に協力してくれたため、ルイエットは既に必要最低限をかなり上回るだけの知識を得ていた。
自称だけではなく、母星では本当に天才と呼ばれていたらしく、それにふさわしい理解力と記憶力を有していたためである。
それに、クランのみんなにしても、この大陸のことについてはそんなに詳しいわけではない。
なので、自分達も一緒に勉強をするような感じであり、お金に困っている新米ハンターを講師として雇ったり、孤児に『隙のある馬鹿から金を巻き上げる方法』とかの講義を依頼したりして、講師役の者達に臨時収入で喜ばれたりしていた。
また、それらの授業を通して、僅かな日数で急速に訛りと方言が修正されて、現在この大陸で使われている標準語にかなり近付けたのは、驚きであった。
今では、ルイエットはレーナ達よりも綺麗な言葉遣いをしているそうである。
……講師役の若手ハンターや孤児達の話によれば……。
そして、それをレーナが悔しがり、他のクランメンバー達にも、もっと勉強するよう尻を叩いている。
「そろそろ出発しますわ……」
「え……」
そして遂に、ルイエットがそう切り出した。
「当初の予定の10日が経ちましたし、言葉も社会常識も、かなり身につけましたわ。
マイルさんに換金していただきましたから、資金も充分ありますし……」
実は、途中で一度、マイルはルイエットを連れて遠出している。
……搭載艇を、『整備基地』に格納するために……。
その時に、搭載艇から売り物になりそうなものをいくつか出して、それをマイルに頼んで商業ギルドで売ってもらったのである。
なので、ルイエットは充分な軍資金を得ている。
ルイエットが旅立つというのに、搭載艇をマイルのアイテムボックスの中へ入れたまま、というわけにはいかない。
それに、『時を越える者』にルイエットへの支援との交換条件として出した、『搭載艇の解析許可』という約束もある。
なので、『時を越える者』の本拠地から少し離れた場所に……自分の本拠地の場所をルイエットに教えたり、立ち入らせたりすることを、すごく嫌がったため……、マイルがアイテムボックスに収納することによって岩山に巨大な空間を造り、そこに即席の『整備基地らしきもの』をでっち上げたのである。
搭載艇の統括コンピューターに、ルイエットから『ここは友軍の整備基地である。整備を受けよ』と命令してもらわないと、勝手に弄って秘密保持のため自爆されたりしては堪らない。
そのため、ほんの短時間、ルイエットにそれらしく見えればいいと、整備器材を適当に配置しただけの、『なんちゃって整備基地』である。
……一応、ある程度の整備機能は持っているが……。
『時を越える者』には、既に整備は完全に終えているため、搭載艇の統括コンピューターに不審に思われないように適当に整備しつつ解析・調査するように、と指示してある。
そして、分解したりはせず、いつルイエットが呼んでも即座に自動操縦で飛び立てる状態を維持するように、と厳命してある。
そのため、『なんちゃって整備基地』のカムフラージュされた天井部分は、いつでも開けるようになっている。(カムフラージュ天井は、スカベンジャー達により大急ぎで造られた。)
そしてルイエットとギンガの目の前で、天井部分が開いた状態の『なんちゃって整備基地』の中で搭載艇をアイテムボックスの中から取りだし、その後天井が閉じ、……そしてさっさと引き揚げたのであった。
ちゃんと、マイルが『搭載艇を呼ばざるを得ない場合は、その前にギンガを通じてその旨を連絡して、天井部分を開けてもらってからにしてくださいね。そしてそのことは、搭載艇の統括コンピューターにもちゃんと指示しておいてください』と言っておいたので、大丈夫であろう。
まあ、搭載艇を呼び寄せるのは、身バレやその他様々なデメリットがあるため、余程の事態でない限り、実行しないであろうが……。
ルイエットは、いつでも『なんちゃって整備基地』に来て搭載艇から必要なものを持ち出せるが、移動が大変なため、そうしょっちゅう戻ってくるとは思えない。
まあ、戻る時にはギンガが事前に知らせるであろうから、その時は、それらしく整備しているような振りをすれば済むことである。
そして、更に……。
マイルは、悩みに悩んだ末、ルイエットに対して特別サービスを行うことにした。
『ワンダースリー』の3人から聞いた、マイルと再会するまでの、苦難に満ちた旅。
あの話を聞いていて、ルイエットをそのまま、ひとりと1頭で送り出せるようなマイルではなかったのである。
かなり、悩んだのであるが……。
『アイテムバッグ』。
魔法の一種である『収納』や『アイテムボックス』ではなく、マジックアイテムとしての、大容量の異空間収納袋である。
……勿論、そのようなものはこの世界には存在しない。
しかし、荷物なしで歩くだけでも大変なルイエットには、野営具どころか、着替えと水や食料、その他必要最小限の荷物さえ、背負って歩くのは無理そうであった。
なので、仕方なく。……本当に、仕方なく! ナノマシンにお願いしたわけである。
ルイエットに、監視役兼アイテムバッグ担当の専属を付けてくれ、と……。
……かなり渋られた。
『ワンダースリー』の3人は、造物主から『この惑星の生物を支援するように』と言われたときに惑星上に存在していた生物の子孫であるから、支援の対象者である。なので、当時権限レベル5であったマイルの要望により、特別な支援の対象とした。
しかし、ルイエットは当時惑星上にいた生物の子孫ではなく、そして他の星系からやって来た、支援対象外の個体である、と言って……。
そして、そこを何とか、とのマイルの懸命の頼みに、とうとう根負けしたナノマシンが、『今後、自分達の頼みをちゃんと検討してくれるなら……』という条件で、引き受けてくれたのであった。
『検討してくれ』というだけであり、決して『頼みをきいてくれ』ではないのは、おそらくそういった取引や交換条件というのは、禁則事項に抵触するのであろう。
『検討するよう頼む』のであれば、別に強要でも何でもないため、問題ないものと思われる。
これにより、ルイエットは食料や日用品、野営具、その他諸々を自由に持ち運べるようになる。
宿屋の室内にはギンガを入れられないであろうから、野営が多くなるであろうルイエットにとって、これは大助かりのはずである。
……勿論、容量には制限を掛け、荷馬車2台分くらいしかないが、それで充分であろう。
ルイエットが傷んだ食べ物や腐ったり雑菌が繁殖した水で病気にならないよう、時間停止機能を付けたのは、いささか過保護のように思えるが、ナノマシンにとっては、接続する異次元世界を『普通に時間が流れている次元世界』にするか『時空連続体が圧壊していて、時間経過の概念がない次元世界』にするかの違いだけであり、手間的には変わらない。
このアイテムバッグの機能は、カバンに付与してルイエットに持たせる、などという保安上の心配がある方法を取ったりはせず、『時を越える者』と相談して、『ギンガの、内蔵機能』ということにした。
そうすることによって、ルイエットがマズい使い方をするのを抑制し、そして盗まれたり奪われたり、というのを防ぐためである。
……まあ、たとえカバン型のものにして盗まれたとしても、ナノマシンが盗っ人のために異次元ゲートを開いたりはするはずがないし、すぐに別の適当なバッグに機能を移せるから問題ないのであるが……。
こうして、一応はギンガにアイテムバッグ機能があるように見せ掛けているが、実際にそのような機能を追加したわけではない。
……ただ、そのような振りをして、全部ナノマシンが差配するわけである。
事前にマイルが指示した、問題のない使用方法の範囲内であれば……。
ルイエットは、このアイテムバッグ機能のことを教えられた時、たっぷり30秒は固まっていた。
こういう時の30秒は、かなり長く感じる時間である。再起動を待っている者にとっては……。
そして、ギンガを質問責めにしたのであるが、ギンガが『禁則事項です』、『それを聞き出そうとされるなら、私は御主人様の前から去らねばならなくなります……』と悲しそうな声で言ったところ、追及を断念したようであった。
……勿論、マイルはアイテムバッグについては何も知らないことになっているので、この件に関しては、完全スルーであった……。




