683 帰還者 9
(まぁ、ナノちゃん達のことは、黙っていればバレないか……)
ここは剣と魔法の世界であるが、ルイエットは『魔法を司る精霊』とか言われても信用せず、科学的な解釈に努めるに決まっている。
……事実、ここの魔法は、科学的なものなのであるが……。
しかし、あまりにも技術レベルの差が大きすぎて、ルイエットにはナノマシンによる現象を解析することは不可能であろう。
そしてナノマシン自体を研究しようにも、科学的な調査など、自らの意思と超科学力を持つナノマシン達にとっては、難なく回避できるはず。
電子顕微鏡で観察しようにも、電子線を照射される前にナノマシンが移動するであろうし、その他の方法においても、ナノマシンを捕捉し研究することは、不可能であろう。
……ナノマシン自身が、研究に対し協力的にならない限り……。
レーナ達にさえ、ナノマシンのことは『魔法の世界からやって来た、精霊さん』と説明しているのだから、どこからも情報が漏れる心配はない。……自分が、うっかりミスさえしなければ……。
そう考え、ナノマシンに関しては、そう心配していないマイル。
「では、とりあえず、その『魔法』というものを見せてくださいまし。
先程の『収納魔法』というものとは別の、見て分かりやすいものをお願いしますわ」
「……は、はい……」
仕方なく、ルイエットの言う通りにするマイルであるが、無詠唱は避けるだけの分別はあった。
先程の収納魔法は無詠唱であったが、あれはただ物を出し入れするだけなので、ルイエットが無詠唱うんぬんを気にすることはないであろうと思っているようである。
「炎の精霊よ、我が願いに応え、ここにささやかなる火種をもたらし給え……。
リトル・ファイアー!!」
自分は大した魔法が使えるわけではない、というアピールのために、大仰な呪文を唱えて、ごく小さな火を指先に灯した、マイル。
ルイエットは、目を見開いてその火を見詰めていた。
そして……。
「炎の精霊よ、我が願いに応え、ここにささやかなる火種をもたらし給え……。
リトル・ファイアー!!」
マイルが唱えた呪文を、抑揚まで正確に再現して唱えた。
……しかし、何も起こらなかった。
「……」
「「…………」」
気まずい数秒間が流れ……。
「い、いえ、練習もせずにいきなり魔法が使える者はいませんよ!
それに、魔法が使えるのは一部の者だけですから! それも、大半は火種や水筒代わりに使える程度です! 魔術師を名乗れる者なんて、そんなに多くはないですよ!
ある程度使える者も、こんな凄い空飛ぶ船を持っているルイエットさんの、足元にも及びませんよっ!!」
あまり魔術師を甘く見ることは、ルイエットの生存確率を大幅に低下させることとなる。
しかし、それは後で矯正することにして、今はとりあえず目先の危機を乗り越えることに懸命のマイル。
(ナノちゃん! ルイエットちゃんの権限レベル、どうなったの?)
【協議の結果、ゼロということになりました】
(あああああああっ!!)
絶望に包まれるマイルであるが、この世界では魔法が使える者は少数派であり、大半の者は使えないのである。なので、別にルイエットが魔法を使えないからといって、生活に困るようなことはない。
逆に、変に自分の戦闘能力に自信を持たれたり、危険を感じた時に不用意にぶっ放されることに較べれば、魔法が使えない方が安心できる。
(……いや、待てよ? この搭載艇は、別に緊急脱出用のポッドというわけじゃなく、割と大きい。
惑星上陸用の船で、地上での活動拠点の役割も果たすものなのでは?
ならば、ある程度の工作機能はあるはず……。
杖型の光線銃とか、腕輪型のシールド発生装置とかを持たせれば、一流の魔術師の振りができるんじゃあ……)
マイルはそんなことを考えているが、ルイエットは別に魔術師の振りがしたいとか身を護る手段として魔法を欲しているとかいうわけではなく、ただ未知の現象としての魔法という存在について強い興味を抱いているだけである。
しかし、ルイエットの身を護ることを第一に考えるマイルは、ルイエットが戦闘力を持っていない方が面倒事が起こりにくい、などということを考えもしていなかったのである。
そしてマイルが心配するまでもなく、元々、ルイエットは護身のための武器には不自由していなかった。
「…………」
そして、ここに至って、ようやくマイルの言動を不審に思ったのか、ルイエットがじっとマイルの顔を見詰めた。
「……マイルさん、あなた、私の話を妙に正確に理解されていますわよね……。
私が他の世界から来たという説明に何の疑問も抱かずに納得されて、そのことに対して碌に質問もしない。
この搭載艇についても、空を飛ぶためのものだと理解されておりますし、内部の見慣れない装置類に対しても、あまり驚いたり興味を惹かれたりしている様子がありませんわ。
普通、こんなものに乗って空から降りてきたと知れば、私のことを女神か御使い様だと思って平伏するものじゃありませんこと? なのに、ごく普通に話されていますわよね、私と……。
あ、いえ、別に平伏しろと言っているわけではありませんわよ。そんなことをされますと、話しづらいですからね。
私はただ、疑問に思ったことの答えが知りたいだけなのですわ……」
「うっ……」
自分の言動に対して、疑念を抱かれた。
そしてルイエットは、抜けたところはあるが、基本的に頭が良く、適当な嘘では誤魔化せそうにない。下手なことを喋ると、却って墓穴を掘りそうであった。
では、どうすれば良いのか……。
マイルは懸命に考えた。
そして……。
「じ、実は私、天才なのです!
だから、ルイエットさんのお話が概ね理解できるのですよっ!」
「……え?」
マイルの必死の説明に、ルイエットが強く反応した。
「マ、マイルさん、あ、あなた、天才なの?」
「はっ、はい、そうですよっ!
……ほら、ルイエットさんの説明、ちゃんと理解していたでしょう?
普通、この程度の文明の者には、他の世界から空飛ぶ船に乗ってやって来たとか、カチンコチンに凍り付いて長い間眠っていたとか、大昔にこの世界に文明の進んだ国があったとか、ちょっと説明されただけで理解できたりしませんよ。
それを理解できるのは、私が天才だからです。
夜空の星や恒星の動きから、この世界が球体だろうと睨んでいますし、季節の変化があるということは、この惑星の回転軸、つまり地軸が傾いているんじゃないかと考えているのですよ! まだこの世界では広まっていない、斬新な説ですよ?」
「……あ……、あ……」
マイルの言葉に、大きく目を見開いた、ルイエット。
「あなたも、周りの者達に理解されず、『言葉は通じるけれど会話にならない』という苦境の中で、孤独な戦いを続けていたのね……。
おお、おお、おお……」
(……何か、泣き出しちゃいましたよ……。
ナノちゃん、どっ、どうすれば……)
【知りませんよ。自分でどうにかしてくださいよ、天才なんでしょ?】
(ナノちゃんの、いけず……)




