682 帰還者 8
「お待たせいたしましたわ……」
あれから8時間くらい経ち、ルイエットが戻ってきた。
普通の……とは言っても、搭載艇の簡易な……ベッドで眠っていたのであろう。
冷凍睡眠ではない普通の睡眠で疲れが取れたのか、眠る前よりはかなり体調が良さそうである。
(服は着替えていないのですね……)
【搭載艇に、クローゼットはないでしょう、普通……】
(あ、そうか……)
さすがにこの会話は、ルイエットに聞こえないように、脳内会話と鼓膜振動によって行われた。
ルイエットが休んでいる間に、メカ小鳥はレーナ達への伝言を終えて戻っており、マイルもアイテムボックスからクッションと毛布を取り出して、少し眠っていた。
なので、マイルの体調も万全である。
くぅ~~
「あ……」
可愛いお腹の音が鳴り、顔を赤らめるルイエット。
さすがに、数百年も経てばお腹も空くであろう。
そしてルイエットは上流階級の出なのか、母星では全体的にマナーに厳しいのか、かなり恥ずかしそうである。
ハンターであれば、そんなもの、誰も気にしないのであるが……。
いや、しかし、貴族の御令嬢は、確かにお腹が鳴ると恥ずかしそうであった。
そう思い出したマイルであるが、自分や『赤き誓い』の他のメンバー達も全員貴族であることは思い出していなかった。
(冷凍睡眠に入る前に、お腹の中を綺麗にするために下剤とかで胃と腸の中を空っぽにしたかもしれないよね。そして、起きてから既にかなりの時間が経ってる。
そりゃ、お腹が空いて当たり前だよね!)
「ああ、この船に積んである食料は、賞味期限切れかもしれないですよね。
気が付かなくて、すみません……」
自分の気の付かなさに、申し訳ない気持ちでいっぱいのマイル。
船には食べ物が積んであるだろうが、それは数百年モノの保存食である。
まだ食べられるかもしれないが、あまり気は進まないであろう。
そう考えたマイルは、手持ちの食料を提供することにした。
「どうぞ。最初は、お腹がびっくりしないように、温かくて消化のいいものを少しだけ食べた方がいいですよね? 固形物をお腹いっぱい食べるのは、2~3日経ってからにしましょうね」
「……え?」
自分の目の前に現れた、椅子とテーブル。
そして、更にそのテーブルの上に現れた、雑炊らしきものが入った鍋と、深皿とスプーン。
雑炊らしきものは、湯気をたてている。
「え? えええ? 椅子? テーブル? お鍋? 食器?
どっ、どこから……」
「あ……」
マイルは、忘れていた。
ナノマシンがこの惑星に撒布されたのが、……つまり、この世界で魔法が使えるようになったのが、移民船団がこの惑星から飛び立った後だということを。
つまり、この少女、ルイエットがこの世界における魔法の存在を知ったのは、今であるということを……。
「ど、どういうことですの! こっ、これは、いったい……」
叫ぶルイエットに、マイルは慌てて口にした。
この現象をひと言で説明することができる、あの言葉を……。
「……実家の秘伝です!!」
「なっ、何ですか、それはああああぁ〜〜っっ!!」
* *
「……すると、この惑星上では魔法が使える、と?」
「……遺憾ながら……」
「原因は不明、と?」
「……遺憾ながら……」
「その魔法というのは、この私にも使えますの?」
「うっ……」
マイルは、対異次元世界侵略者絶対防衛戦における戦いについての説明では、魔法に関する部分は全てカットしていた。
なので、ルイエットはあの戦いは通常の武器で行われたものであり、『空からの光』というのは、戦いに神が味方したという箔付けのために、王家か宗教的な勢力が脚色したものだと思っていた。
しかし、魔法に関することがバレた、今……。
ルイエットは魔法のない世界で生まれ育ったため、当然のことながら、そんなものはお伽噺の中だけのものだと思っていたのである。
それが、いきなり『この世界には魔法があります』と言われても、そう簡単に信じられるわけがない。
……目の前で、これでもかというくらい見せつけられたのでない限り……。
そう。ルイエットは若く、豊富な知識と柔軟な思考力を有していた。
なので、いくら信じがたいことであっても、疑いようのない証拠を見せられた以上、頑なにそれを信じようとしない、などという非論理的な行動を取ることはなかった。
……信じがたい、しかし非常に興味深いものを目にしたルイエットが取る行動は、ただひとつ。
『魔法という未知の力を調べたい』、そして『自分もその力を手に入れたい』、ということであった。
魔法バレが面倒なことになることは分かっていた。
なので、今までの説明において、マイルは魔法の存在については触れていなかったのであるが、それがバレてしまった。
……しかし、それも仕方ない。
この世界で、ルイエットに対して魔法の存在を隠すことなど、そもそも初めから不可能であったのだ。
そんなもの、いくら隠そうとしても、この世界の者と出会って少し会話をすれば、その瞬間にバレてしまうことは確実である。
なので、仕方ない。
そう考えるしかない、マイル。
「そう言えば、マイルさん、あなた確か『スカベンジャーとゴーレムはヒト種の味方』とかおっしゃっていましたわよね……。
それって、科学文明の残滓、つまり私達の先祖が残した機械だということではありませんの? つまりそれは、私達に所有権があるということに……」
「……遺憾ながら……」
(スカベンジャーとゴーレムのことにも、気付かれた……)
さすが、自称『天才少女』である。
マズい、と思うマイルであるが、そこは隠すわけにはいかなかったのである。
スカベンジャーとゴーレムが魔物ではなくこの世界の者達の味方であることは、旧大陸の者達はみんな知っている。
なので、そこで嘘を吐いたり隠したりしていて後でバレると、信用を失ってしまうだろう。
そのため、吐かなくて済む嘘、すぐにバレそうな嘘は、吐かないようにせざるを得なかったのである。
(こうなっては、ゆっくり歩く者のことは、教えざるを得ないか……。
スカベンジャーとゴーレムに勝手に手出しされると困るし、ゆっくり歩く者やスカベンジャー、ゴーレム達は、確かに先史文明の遺産だから、私が勝手に独占していいものじゃない。
……ただ、本人達の意思を最優先するけどね……。
ナノマシンに関しては、ルイエットちゃんにもその御先祖様にも全く関係のない存在だから、教える義理はないし……)
さすがに、ルイエットやその母星の者達にナノマシンや超越種族達の存在を教えるわけには行かないであろう。
そんなものの存在を知れば、必ず『その力を我が手に!』とかいう連中が押し掛けるに決まっている。
……そしてそういう連中が、この世界の原住民をどう扱うか……。
下等人種扱い程度であればまだしも、実験動物扱い、とかいう可能性も……。
(あああ、どこまで喋っても良くて、どこからは喋っては駄目なのか、切り分けが難しいですよおおおぉ〜〜!!)




