681 帰還者 7
「じゃあ、ある程度ナノちゃん達への指示が出せる、この惑星における最上位者は……」
【マイル様のままであり、そもそもあの生物にはそのような資格がありません】
「権限レベルも……」
【0か1、ですね。この惑星の原住生物を越えるものではありません】
「…………」
ヤバい、と思い、額に汗を浮かべるマイル。
あの少女、ルイエットは、自分が現在この惑星上で最も上位の知的生命体であると信じている。
……機械知性体ではなく、『有機生命体』と限定すれば、事実、その通りなのであるが……。
そして、この惑星の正統後継者は自分達であり、原住生物であるマイル達は自分達が指導してやらねば、と考えている節がある。
勿論、奴隷扱いして支配する、などということは考えていないと思われるが、高貴なる者の義務として、悪気なく……。
そんなルイエットに、『ゆっくり歩く者』やナノマシンの存在が知られ、そして自分は彼らに認められず、原住民より下の扱いだということが知られれば……。
「……ヤバい。ヤバいですよっっ!!
ルイエットちゃんが、自分が先史文明の遺産である機械知性体達に認められないだとか、原住生物以下の扱いだとかいうことを知れば、どうなるか……。
それに、そういうのがなくても、自分がこの惑星を指導してやらねば、とか言い出しそうですよ……」
焦るマイル。
「ナノちゃん、もしルイエットちゃんが野望を抱いたら、どうなると思う?」
【この搭載艇は、メインコンピューターがそれなりに有能ですし、武器も搭載しています。それらは先程全て修復しましたし……】
「あ……」
早まったか、と後悔するマイルであるが、もう遅い。
今更、故障した状態に戻すのもアレである。
【しかし、所詮はひとりです。できることは、たかが知れていますよ。
どこかの国と手を組みでもすれば、敵の王都を奇襲するとか、戦場で後方を一方的に攻撃するとかの方法もありますが……】
「ルイエットちゃんは、大量殺戮なんかやらないだろうし、見下している原住民なんかと対等な同盟関係を結んだりもしないよね……」
【まあ、いざとなればマイル様の魔法で搭載艇を撃墜すれば済むことですし】
「うん、まぁ、それはそうなんだけど……。
ナノちゃん、ルイエットちゃんを故郷の惑星に帰してあげることはできないの?」
【搭載艇には、恒星間を渡る能力はありません。
かといって、我々が恒星船を建造して与えることは、さすがに……】
「うん、無理があるよねえ……」
【それに、あの少女の母星の者達が、この惑星が自然を取り戻し、異次元世界からの魔物の侵入も何とかなったと知れば、再移民を考えて大挙して押し掛けてくる可能性も……。
この世界の人達のことを、未開人として人間扱いしようとしない連中とか、エルフや獣人をどう扱うか分からない者達がいるかもしれない、この星を見捨てて逃げた者達が……。
提案できるとすれば、再び冷凍睡眠に入って元の小惑星帯での待機に戻り、母船か次の調査隊が来るまで、もしくはここの住民が恒星間航行が可能になるまで待つ、ということくらいでしょうか……。
まあ、状況説明のデータを残す余裕もなく、冷凍睡眠させたままで搭載艇を脱出カプセル代わりとして射出するとか、他の者が誰ひとり同行していないとかいう時点で、母船の状況は予想がつきますが……。
既に、それから数百年が経っていますし……】
「あ~、やっぱり、そうだよねえ……。
知っている人が誰もいない、自分と対等な話ができる者がひとりもいない不便な世界でたったひとりで生きて行くには、あの子はまだ若すぎるよねえ……。
ルイエットちゃんにとって、この世界の者と結婚するなんて、私達が原始人と結婚するようなものでしょうしねえ……」
さすがにそれはキビシイだろうな、と思うマイル。
「『赤き誓い』と一緒に行動するのは生存能力的に無理だろうし、かといって、ひとりだけでこの世界に放り出すのも心配だし……。
『ゆっくり歩く者』さんが面倒をみてくれれば良かったのだけど、あの様子じゃあ、無理そうだし……」
『ゆっくり歩く者』は、機械知性体の癖に、明らかにルイエットに嫌悪感を抱いているように思えた。
なので、ルイエットを『ゆっくり歩く者』達に委ねるのは悪手であろうと考える、マイル。
ナノマシンも、同じように考えているようである。
「あ、メカ小鳥ちゃん、ちょっとお使いをお願いできないかな? 『赤き誓い』の仲間達のところへ行って、『マイルは用事が長引いて、戻るのが遅れる』って伝えて欲しいの。
その伝言が終われば、またここへ戻って来てね」
『ワカッタ。心配サセナイタメ、連絡ヒツヨウ。理解シテイル』
「おお、何か、学習してる! 偉いなぁ、メカ小鳥ちゃんは……」
『モット褒メテ、称讃シテモ差シ支エナイ……』
「あはは、良い子、良い子……」
マイルに首の下側を指でコリコリとされ、気持ちよさそうな様子のメカ小鳥。
全身が金属であり、掻いてもらっても気持ちいいとかいう感覚はあるはずがないというのに……。
これは、可愛らしさを演出するためのプログラムに過ぎないのか、それとも、モデルとなった生物の習性なのか……。
マイルの胸の間から這い出たメカ小鳥は、いったんマイルの肩の上へと移動し、そこから飛び立とうとして……。
『ハッチ、開ケテ……』
マイルに、そう要請した。
「あ、ごめんごめん! ナノちゃん、ハッチ開けてあげて!」
【了解しました】
『両舷全速ゥ、メカ小鳥、発進シマス!』
そして、開けられたハッチを通り、空の彼方へと飛び去った、メカ小鳥。
「……よしよし、メカ小鳥ちゃんも、だいぶ『お約束台詞』を覚えてくれましたね。
この調子でいけば、そのうち、旧大陸の『ゆっくり歩く者』や、新大陸にいる『時を越える者』達にも、浸透するかも……」
【……何、おかしな野望に燃えているのですかっ!】
ナノマシンに呆れられる、マイルであった……。
「ところで、この搭載艇、ルイエットちゃんが拠点として何不自由なく暮らせるだけの機能はあるの?
生活をサポートする設備とか、防衛システムとか……」
マイルが、ルイエットの生活基盤構築の参考とするため、ナノマシンにそう尋ねたところ……。
【食料は、有機物があれば生産できる設備があります。機械部分が劣化していましたが、先程修復済みです。
電子シャワー等、衛生設備もあります。
そして、搭載艇のメインコンピューターには汎用アシスト機能もあり、我々には到底及ばないものの、簡単なことの相談相手くらいにはなれるかと……。
安全に関しては、搭載艇を護れる程度の武装はあり、また、いつでも飛行して逃げることが可能であるため、問題ないかと。
……但し、艇外において襲われたり、騙し討ちを受けたりすれば、別ですが……】
「そうだよねえ……」
おそらくメインコンピューターを完全に掌握済みであろうナノマシンの説明に、納得するマイル。
ずっとひとりだけで暮らすのは、辛い。
かといって、何の後ろ盾もない若い女性が町でひとりで暮らすのは、大変である。
珍しい物、金目の物を売ってお金を稼ごうとすると、すぐに権力者や悪い連中に目を付けられる。
……そして、ルイエットは『赤き誓い』とは違い、個人としての戦闘力が皆無である。
確かに、携行火器があれば、兵士どころか、かなり高ランクの魔物でも倒せるだろう。
でも、肝心のルイエット自身に、いくら自分より下等だと見下してはいても、言葉が通じ意思疎通が可能な、自分達とほぼ同じ外見である知的生物を平気で殺すことができるのかどうか。
そして、奇襲に対して迅速に反応できるのかどうか。
「……無理っぽい……」
マイルは、ルイエットがひとりで暮らすことはほぼ不可能だと判断したのであった……。
年末年始休暇として、来週と再来週の2回、更新をお休みさせていただきます。
本年は、御愛読ありがとうございました。
引き続き、来年もよろしくお願いいたします!(^^)/
FUNA




