680 帰還者 6
互いに全てを話したわけではなく、隠した事や多少の嘘があり穴だらけではあるが、一応、お互いのことを何となく理解した……つもりの、ふたり。
しかし、マイルにはまだ、確認しなければならない重要なことがあった。
それは、この調査隊……現在は、この少女ひとりしかいないが……の、目的である。
勿論、調査のため、というのは、分かっている。
しかし、何のための調査なのか。
ただ、先祖達が後にした故郷の星の現状が気になったというだけ?
その程度のことに、莫大な予算を必要とするプロジェクトを立ち上げるか?
……もし、故郷の星が居住に適した環境に回復していたら?
移民先は、生きて行くことはできても、自分達の先祖が自然に発生した母星に較べれば、住環境は明らかにレベルが低いであろう。
先祖達が母星を捨てた理由は分からなくても、今の科学力であればどんな障害であろうと排除できるのでは、と考えても、おかしくはない。
そう考えると、慎重にならざるを得ない、マイル。
「あの……、それで、え~と、あなたの……」
「ルイエットよ」
結構色々と話したのに、まだ互いに名乗っていなかったことにようやく気付き、名前を教えてくれた少女。
「あ、私は、マイルです!」
名前を教え合うことにより、何だかお友達になれたような気がして、少し嬉しくなったマイル。
……しかし、この惑星に住むヒト種のために、自分には果たさねばならない義務がある。
そう考え、マイルは気を引き締めた。
「あの、ルイエットさん達は、何の目的でこの世界に調査に来られたのでしょうか?」
正直に答えてもらえるかどうかは分からないが、返答によっては、この少女と、そしてその後に続くかもしれない母船や第二次調査隊等と敵対することになるかもしれない。
この船はあくまでも搭載艇……もしかすると、緊急時の脱出艇レベル……に過ぎないため、向こうの攻撃力については確実な予想ができない。
ナノマシンの科学力を越えるようなことは絶対にないであろうが、ナノマシンは魔法の行使としての形でしか助力してくれないであろうから、この世界の者達には、ミサイルやビーム兵器に対抗することはできないであろう。
しかも、この惑星を起源とする同族同士の戦いとなると、前回の異次元世界からの侵略者に対する防衛戦の時のような全面協力は望めないかもしれない。
……そう考えると、益々危機感が募るマイル。
「調査の目的は、ふたつありますの。
ひとつは、母なる星が現在、どういう状態かを確認することですわ。
……そしてもうひとつは、私達にとっての最大の謎を解明するためですの」
「最大の謎?」
「ええ。私達の先祖が、どうして恒星間移民などという危険な行為を行ったのか。
母星に、いったい何が起きたのか。
それを調査することですわ!」
「それ、私が聞きたいと思っていたことですよっ!
そっちも知らないのですかあぁ〜〜っ!!」
アテが外れ続け、しょんぼりのマイル。
そして、マイルの服装と装備から推測される文明レベルの者には理解できないはずの自分の説明が、何の疑問も抱かずに完全に理解されていることの不自然さに気付く様子がない少女、ルイエット。
……やはり、勉強はできても、その辺りには気が回らないようである。
「ん……」
「大丈夫ですか?」
少し顔をしかめて辛そうな表情のルイエットに、慌てて声を掛けるマイル。
「大丈夫ですわ……。冷凍睡眠から目覚めたばかりですから、まだ身体が本調子じゃないだけですわ。少し休めば……」
何百年も眠ってはいても、冷凍睡眠は普通の睡眠とは違い、身体を休めるという効果はないようであった。
「ごめんなさい。少し眠らせていただきますわ……。
あ、勝手にあちこち触ったり、スイッチ類に触れたりはしないでくださいましね」
かなり辛いのを我慢していたのか、そう言って、ふらふらと部屋から出ていった、ルイエット。
おそらく、冷凍睡眠装置ではなく、普通のベッドで休みたいのであろう。
普通は、もう少しマイルのことを警戒するものであろうが、体調が悪くて、あまり頭が回っていないのであろうか……。
そして、ひとり部屋に残されたマイルであるが……。
「メカ小鳥ちゃん、通信回線は開いていた?」
マイルの胸の間に潜って隠れていたメカ小鳥が、ぴょこんと頭を出した。
「開イテタ。『ゆっくり歩く者』ニ全部流シテタ」
「よしよし……。じゃあ、『ゆっくり歩く者』さんとの音声回線を開いて」
「ワカッタ。……音声回線、オープン……」
「『ゆっくり歩く者』さん、全部聞いてたよね?」
『肯定』
「……じゃあ、あなた達を造った先史文明の子孫であるルイエットちゃんが現れた今、管理者の座は、正統後継者として彼女が継ぐべきですよね、私は引退して……」
そう言って、管理者の座をルイエットに譲ろうとするマイルであるが……。
『否定』
「えっ?」
『ルイエットと称する個体は、この惑星を捨てて去った者達の子孫。
それに対して、現管理者であるマイル様は、この惑星を見捨てることなく残り、我らや防衛施設を建造し維持した人達の子孫である。
どちらが管理者として妥当であるかは、明白。
そもそも、あの個体には我らを造りし者達の血は流れておらず、管理者としての資格を有していない』
「……何か、私とルイエットちゃんへの態度が随分違うよね? 呼び方からして……」
『造物主の子孫と、この惑星を見捨てて去った者達の子孫。対応が異なるのは、至極当然のこと』
「……あ、ハイ……」
機械である『ゆっくり歩く者』も、この惑星を捨てて去っていった者達のことを少し不愉快に思っているのかな、と考える、マイル。
そして、続いて……。
「ナノちゃん達はどうなの? 私より頭が良くて知識が豊富な、この惑星出身者の子孫が現れたわけだけど……」
【は? どう、とは、何がですか?】
通信回線を通して『ゆっくり歩く者』にも聞かせるためか、いつもの鼓膜振動ではなく、空気を振動させることによって音波を発振させ会話する、ナノマシン。
「いや、ナノちゃんが直接会話するとか、付与する権限レベルとか……。
今、この惑星で一番知能が高くて知識量が多いの、ルイエットちゃんでしょ?」
【……関係ありませんね】
「え?」
【この惑星の原住生物とマイル様やあの少女との差など、私達から見れば、誤差ですらありません。
全く同じですよ。
マイル様、アリの群れの中に、他の個体より僅かに優れた個体がいたとして、特別扱いしますか?
そんなの、マイル様から見れば全て同じ、ただのアリに過ぎないでしょう? 何の意味もありませんよね?
マイル様が権限レベル5でしたのは、造物主様がそう定められたからですし、後に権限レベル7になられたのは、あの防衛戦で戦うため、そしてそれに勝利しこの世界をお救いになられたからです】
「……」
【あの少女は、私達がこの惑星に撒布される前に去った者達の子孫です。
なので、造物主様から指定された範囲外の生物として、権限レベル0、つまり支援の対象外とするか、それともこの惑星由来の生物として権限レベル1とするか……。その程度ですよ。
搭載艇の墜落を防いだのは、この惑星の土着生物への被害を防ぐために、『この惑星由来のもの』として干渉いたしましたが……。
ということで、あの少女の私達ナノマシンに対する権限レベルは、この惑星の生物より下となります】
「…………」




