678 帰還者 4
長い長い旅の果てに、ようやくのことで辿り着いた、新たな世界。
そこは決して、夢のような楽園ではなかった。
少ない可食植物。
獰猛な獣。
何とかそのまま呼吸できる大気はあるものの、厳しい自然。
移民船は到底惑星に直接降下できるようなサイズではなく、衛星軌道上に留まったままで、降下艇によって人員と資材を惑星上へと降ろした。
降下艇の多くは簡素な造りであり、一度使用すればそのまま地上で分解して資材として使われるため、二度と宇宙へ上がることはなかった。
文字通り、『降下のためのもの』であり、往還機ではなかったのである。
人々と物資を降ろした後、移民船には一部の運航要員が残り、往還機用の燃料の節約のため、地上との行き来は必要最小限とされた。
そして人々は自然と戦い、共存し、徐々に惑星全体へと広がっていった。
戦争があった。
文明が衰退し、多くの記録や技術が失われた。
再び文明が進み、……また衰退し……。
いつの間にか、地上の人々は空に浮かぶ巨大な移民船のことを忘れた。
なぜ、地上での戦いに、移民船の管理のため残った者達は手出ししなかったのか。
なぜ、文明が衰退した地上に、援助の手を差し伸べなかったのか。
……既にその時、移民船にはもう誰もいなかった?
全員が地上へと降り立った?
それとも、愚かな地上の者達を見捨て、管理者だけで船内で暮らす途を選んだ?
……分からない。
文明の衰退により地上人が移民船へ行く手段が失われ、移民船の存在すら忘れられ……。
そして再び文明が発達し、観測手段の進歩により自分達の惑星の周囲を回る巨大な人工物の存在を知り、そこへ到達するための飽くなき挑戦が始まり、……そして原始的な化学反応推進式のロケットにより、遂に手が届いた。
そして調査隊により明らかとなった、驚嘆の事実。
自分達のルーツ。
他の星系を目指した、多数の僚船の存在。
故郷の星系……。
船内の調査と分析により入手できた様々な情報と、恒星間宇宙船の現物。
ようやく宇宙へ上がる技術を手に入れた段階の者達には、いくら資料と現物があろうとも、すぐにそれらが造れるようになるわけではなかった。
少しずつ調査と研究を進め、解析し、模倣し、試行錯誤し……。
そして長い長い年月の後、ようやく記録にあった『故郷の星』へと到達することができる船の建造が行われ……。
【……ということのようです】
「え? 続きは? この子がたったひとりで冷凍睡眠状態になってる理由は?
現状の説明は?」
【データがありません。先程の部分も、かなり欠落があるものを他のファイルの情報で補ったり類推したりしたものであって、やや正確性に欠ける部分があるかもしれません】
「え~……。
この惑星を去った理由とか、色々と気になることがあったのに……。
まあ、この子が目覚めれば、直接聞いて……、って、肝心の、この子を解凍してもいいのかどうかの情報は……」
【ありませんでした】
「肝心の部分がありませんよっ!!
ううう……。やっぱり、この青いスイッチを押すしかないのですか……」
いくら悩んでも、仕方ない。
このまま放置するか、スイッチを押すか。
選択肢は、ふたつしかないのである。
そして……。
「ええ~い、ポチッとな!!」
遂に、スイッチを押してしまった、マイル。
「照明が点いているし、この装置の警告ランプみたいなものが点灯していたりはしない。
真っ直ぐこの惑星に向かってきたということは、船の制御システムは生きていた。
ということは、エネルギーも切れていないし、この装置もちゃんと稼働していたはず。
……多分そう。きっとそう!」
【…………】
マイルの、祈るような希望的観測に、無言のナノマシン。
「さあ、目を覚まして!」
「……」
「…………」
「………………」
【あの~、電磁調理器じゃないんですから、そんなにすぐには解凍されませんよ?
あ、解凍処置そのものは一瞬なのですが、解凍前の事前処置がありますし、解凍が終わった後も色々な処置が必要ですし……。
それに、全ての処置が終わった後も、自然に意識が戻るには何時間もかかるかと……】
「えええええ……、って、それもそうか……。
まあ、クランの皆さんには『今夜は戻らないかも』と言ってありますから、丸々1日かかっても大丈夫ですよ。アイテムボックスの中には、テントも携帯トイレもありますしね」
【そんなに長くはかからないと思いますよ。
……それに、テントなど使わなくても、出入り口を閉じて船内で寝ればいいですし、トイレくらいは船にあるでしょう?】
「あ……」
マイル、アイテムボックスに頼り過ぎであった……。
* *
【目覚めの兆候が現れています。間もなく意識が戻るかと……】
マイルが青いスイッチを押してから、3~4時間後。
まだ眠ることなく、ナノマシンと色々な話……主にこの少女と船について……をしていると、突然ナノマシンがそれまでの話を中断して、マイルにそう告げた。
「おお、いよいよですね……」
既に、解凍時に心臓の鼓動と呼吸は確認してあるので、マイルは安心して待つことができていた。
……本当は、冷凍時か解凍時の事故で脳に損傷があり永久に目覚めないとか、まともな自我が残っていないとか、不安材料は色々とある。
しかし、そんなことはいくら考えても意味がないため、ナノマシンは敢えてそういう話題には触れておらず、マイルは鼓動と呼吸が確認された時点で、解凍が成功したものと思っていた。
冷凍睡眠装置の上半分、透明の部分がゆっくりと開き、長い年月に耐えられるのであろう素材で作られた、ぴっちりタイプのスペーススーツを身に着けた少女の身体が、この惑星の大気に触れる。
……そして、少女の目が、ゆっくりと開かれて……。
「……ん……? ここはどこ……?」
そして、横たわる自分を見下ろす、マイルの顔を見て。
……その服装と、腰に佩いた剣を見て……。
「ぎゃあああああ! 原住民が、蛮族が侵入してるうぅ〜〜!!
メインコンピューター、第一級戦闘態勢発動、敵勢力を排除せよ!!」
鳴り響く、警報ベル。
下りる、隔壁板。
「あああああっ! 違う、違いますよおぉ〜〜っ!
止めて! 戦闘態勢の命令を解除してくださいぃ〜〜!!」
「「あああああああああ〜〜っっ!!」」
もう、ふたりとも大混乱で、メチャクチャであった……。




