677 帰還者 3
「ナ、ナノちゃん、こっ、これって……」
【はい、冷凍睡眠のようですね……】
「時間停止の技術はないのかな?」
【あっても、冷凍睡眠の方が安全確実だとか、消費エネルギー量が少ないとか、準備する時間がなかったとか、そちらを使わなかった理由はいくらでも思い付きますよ?】
「あ、なる程。それもそうか……。
全ての場合において、新しいやり方の方が優れているとは限らないよね……」
ナノマシンの説明に、納得するマイル。
マイル自身であれば、ナノマシンに取り出す時期を指示した後、内部の時間が停止している自分のアイテムボックスの中へ入るという手もある。
確かに、選択肢は人それぞれであり、その時の条件に合った方法を選ぶのが最良であろう。
「他の個体は?」
【存在しません。この船内で冷凍保存されているのは、この少女だけのようです】
「……生きてるよね?」
【それは分かりません。一応は冷凍睡眠の装置のようですが、死んでから死体保存のために入れられた可能性、装置の故障やエネルギー切れで眠ったまま死亡した可能性、その他諸々、考えられるパターンはたくさんありますので……。
ですから、生死を確認するには……】
「【蘇生処置をするしかない!】」
【はい、その通りですね】
「ハモった……」
「ナノちゃん、この冷凍睡眠装置の使い方、分かる?」
【この程度の原始的なものの操作くらい、簡単です。既に機能は解析済みです】
「おお、さすが、ナノちゃん!
……で、蘇生処置は、どうすれば……」
【その、青いスイッチを押します】
「ふむふむ。それから?」
【以上です】
「……え?」
【それだけです】
「えええええええ!」
【いや、複雑な操作が必要だと、どこかに辿り着いた時、蘇生処置を行える者がいないかもしれないですよね? だから、蘇生のための操作は誰でも簡単に行えるようにしておくのが普通でしょう?】
「た、確かに……」
ナノマシンのあまりにも説得力のある説明に、納得するしかないマイル。
【では、どうぞ】
「え? 何を?」
【どうぞ、スイッチを押してください。蘇生に成功するか失敗するか、運命の分かれ道!】
「えええ! その結果の責任を、私に負わせようと?」
【我々は機械、道具に過ぎませんので、責任は負いかねます】
「ぐぬぬぬぬ……」
マイルが、スイッチを押す勇気が出ずに唸っていると……。
【まあ、その前にこの船の制御コンピューターから情報を得た方が良いと思いますが……】
「ああっ、からかったなあぁっ、ナノちゃん!!」
どうやら、ナノマシンに遊ばれたらしい、マイル。
「最初から人間っぽい話し方はしていたけれど、以前は冗談やからかいとかはあんまりなかったよね? 何か、ナノちゃんの変化の原因とかがあったの?」
【特にありません。……強いて言うならば、マイル様が権限レベル7となられたので、お話しすることのできる情報レベルが上がったことと、親密度が上昇したことが影響しているかと……】
「恋愛シミュレーションゲームの、パラメーター上げですかっ!」
【一部が破損している、この船のメインコンピューターから情報を取得しました。
欠損したメモリーの失われた記録を復元することは不可能ですが、機械的な損傷の修復と、演算システムの修復は可能です】
話を打ち切り、突然そんなことを言い出した、ナノマシン。
どうやら、マイルとの会話はこの船のメインコンピューターを解析する間の時間潰しであったらしい。
「……じゃあ、修復を……、って、そうか!」
どうやら、マイルは以前の『省資源タイプ自律型簡易防衛機構管理システム補助装置、第3バックアップシステム』のことを思い出したようである。
ナノマシンの判断で勝手に修復することは禁則事項であり、魔法の行使という、ナノマシンの担当業務の範囲内に落とし込んでやらないと何もすることができないということを……。
「よし、じゃあ……、この船の全てを元の状態に修理せよ! 修復魔法、リペア!!」
特に光学的なエフェクトや効果音とかは発生しなかったが、あの時よりも権限レベルが上がっているのだから、これで多分修復されるであろうと考えている、マイル。
そして……。
【修復魔法が実行されました】
マイルの思惑通り、ナノマシンから報告が来た。
「じゃあ、この船のコンピューターさんとお話しできるのね?
……あ、言葉が違うから、無理か……」
自己完結して、がっくりと肩を落とすマイルであるが……。
【話せますよ? 音声出力機構も修復しましたし、言語的にも問題ありません】
「えええっ! 音声出力機構はともかく、どうして異星船のコンピューターがここの言葉を話せるの?」
マイルの疑問は、尤もであるが……。
【それは、この船の建造者が、この惑星の出身者達だからです。
……つまりこの船は、昔、この惑星から旅立った者達によって造られたものである、ということです】
「えええええええ〜〜っっ!!」
驚愕の叫びを上げる、マイル。
無理もない。
それは、古竜達から聞いた、あの先史文明を築いた者達のことである。
この惑星で高度な科学文明を築き、そして異次元世界からの魔物達の侵入によりこの惑星を捨て、宇宙の彼方へと去っていった人々……。
「あ! だから、空気は問題ないって分かってたのか!
……まぁ、とりあえず、コンピューターさんから事情を聞いて、この眠れる美少女の状態を確認しなきゃ……。
音声入力端末はどこ?」
そう言って、辺りを見回すマイルであるが……。
【情報の欠損が多い原始的な機械知性体から、そういう作業に不慣れなマイル様が情報伝達効率が非常に悪い音声による情報取得をされるのは、時間の無駄……、いえ、時間が掛かりすぎるかと……】
「うるさいですよっ! 私は馬鹿じゃありませんよっ!!」
ナノマシンの失礼な発言にぷんすこのマイルであるが、人間が機械知性体同士の情報交換速度と張り合おうとするのが間違いである。
ナノマシンであれば、膨大な情報を、ごく僅かな時間……コンマ数秒とか……でやり取りし、分析し、纏めることができるのであるから……。
【既に互いの情報交換は終わっています。
ですから、状況は私からダイジェスト版でお教えします】
「……うん、お願い……」
仕方なく、ナノマシンの提案を受け入れる、マイルであった……。
* *
ナノマシンの説明によると……。
遥か昔、この惑星に栄えていた、科学文明。
……ナノマシンの感覚では、とても『高度な』とは言えないらしいが、現代地球よりは遥かに進んだ文明であったらしい……。
そんな世界に、突如として現れた、異次元世界からの侵入者、魔物。
突然文明世界のド真ん中に出現した魔物達により大きな被害を受けたものの、すぐに武器を用意して反撃することによって、魔物の制圧と『次元の裂け目』の破壊に成功。
しかし、なぜか人々は魔物を殲滅することなく、大宇宙船団を建造しこの惑星を去っていった。
……この惑星に残る途を選んだ、一部の者達を残して……。
と、ここまではナノマシンが撒布された当時に、まだ世界のあちこちに残っていた資料から得た情報と、古竜の言い伝え、そしてゆっくり歩く者から得た情報とかからの纏めである。
そして、今回この船のメインコンピューターから得た情報というのは……。




