676 帰還者 2
『モウスグ、大気圏ニ入ル……』
「よぅし、誘導開始!」
【了解しました!】
あれから、クランメンバー達を適当に誤魔化して、自分ひとりで……といっても、勿論、ナノマシン達とメカ小鳥は一緒であるが、とにかく、ヒト種としてはマイルひとりで、近くに知的生物が住んでいない、ナノマシンがUFOを着陸させるのに都合の良い場所へと移動したのである。
……そして今、いよいよUFOが大気圏内に突入しようとしているのであるが……。
【……あれ?】
「え? どうかしたの?」
【どうやらあの宇宙船、コントロールを失っているようです。
減速する様子も、進入角度を調整する様子も見られません。このままだと……】
「このままだと?」
【船体が丈夫であれば、地上に激突。そこまで丈夫ではなければ、地上に到達する前に、空中で爆発します。
……もし地上付近まで到達すれば、そしてそこが知的生物の居住地域に近ければ、大惨事に……】
「ぎゃあああああ!!
干渉開始!! UFOを減速させて、無事に地上へ降ろしてあげて!
それと、向こうの人達がここの大気を吸っても大丈夫かどうか、水や食べ物が大丈夫かどうか、……そして、言語翻訳のための調査をお願い!」
【了解しました!】
* *
「……というわけで、大きな森の中にある岩場の部分に、無事着陸させたわけだけど……。
何か、小さくない?
これで、他の星系から超光速航行をしてきたと?」
少し離れた場所から元UFO、現『異星船』の様子を窺っているマイルが言う通り、全長30メートルくらいのロケット形というのは、星系間を移動する恒星船としては、少し小さすぎるような気がする。
「あ、そうか! 宇宙人がすごく小さい、って可能性もあるか!
この中に、小さな身体になって20億3000万人が乗っているという可能性も……、って、バルタン星人ですかっ!!」
ひとりボケ突っ込みをするマイルであるが、誰も突っ込まない。
まあ、ナノマシン達もメカ小鳥も、元ネタを知らないので仕方ないであろう……。
「横たわる形で着陸させてるけど、それで良かったのかな? 垂直に立った状態で着陸するタイプの船だったら、すごく不便な状態になってるとかいうことは……」
【いえ、この状態で着陸するタイプですので、そこは問題ありません。
船体は、完全な円筒形ではなく片面が少し平面になっていますし、そちら側からちゃんと着陸脚を出しましたから……】
そしてナノマシンは、当然のことながら、既にこの船の構造はある程度解析済みのようであった。
まだ完全密閉のままであり、ナノマシンも船内には侵入できていないが、それくらいのことは外部構造から簡単に分かるのであろう。
そもそも、外部から干渉して着陸脚を出させている時点で、考えるまでもないことである。
「……動きがないよね……。普通なら、安全確認のためにすぐに周りの確認をしない?」
【いえ、大気の組成や病原体の有無とかの確認が先でしょう。なので、普通であればまだ動きがなくて当然なのですが……】
「今回は違う、と?」
【はい。船殻の振動を増幅することにより船体内部で発生する音を確認しましたところ、機械音はいくつかありましたが、生物が発する音……、音声だとか歩行音だとか呼吸音、心音等は一切存在しておりません】
「ええっ! それって……」
【はい。ですから、外部から出入り口を開けて、内部を確認すべきかと……】
「え? でも、いくら生命反応がないからと言っても、もしこの惑星の大気がこの宇宙船を造った生物にとって毒物だったり、船内の空気とここの大気が化学反応を起こすとかいう可能性が……。
それに、私達この惑星の生物にとって危険な細菌とかがあったり……」
マイルが、その危険性を指摘するが……。
【ありません】
「えええ?」
【その危険が生起する可能性は、ありません】
「ど、どうしてそう断言できるの? まだ、船内の空気を分析したわけでもないのに……」
【分析するまでもありません。さ、ハッチを開けて、内部を確認しましょう!】
「ううう、ナノちゃんが、やけに強気だよ……」
不安は残るが、ナノマシンが知的生命体を意味もなく殺害するとは思えないし、万一、今マイルと会話しているナノマシンがおかしくなっていたとしても、その場合は他のナノマシン達が介入するはずである。
それがないということは、この判断は全てのナノマシン達の総意であるということであり、惑星中の無数のナノマシンを相手にして勝てるわけがないため、仕方なくナノマシンの判断に従う、マイル。
そしてマイルの沈黙を同意と判断し、外部からの開扉操作を行っているらしきナノマシン。
【……開きます、下がってください】
「あ、うん……」
船内の空気がマイルにとって毒とはならないとはいえ、気圧差があれば開扉の瞬間に少し吸い寄せられるか、後方へと押し退けられる可能性がある。
いくら頑丈とはいえ、マイルの安全には細心の注意を払ってくれる、ナノマシン。
そして……。
ぷしゅ……。
小さな空気音と共に、するりと開く、外側扉。
エアロック構造なので、まだ船内は見えない。閉じられたままの内側扉が見えるだけである。
【船内にあった空気の分析完了。この惑星の大気とやや組成が異なりますが、呼吸に支障なし。
有害な微生物等も検出されませんでした】
「よかった……。
じゃあ、出入り口をエアロックとして機能させる必要はなく、外側と内側の扉を同時に開けちゃって構わないのね?」
【はい、問題ありません。
では、内側の扉も開きます】
「お願い!」
内側の扉はロックされているわけではなく、普通に開閉スイッチを押せば開くようであった。
……勿論、エアロック部分の気圧が船内気圧と大きく異なる場合は、安全機構が働いて開扉しないようになっているであろうが、今は問題ないようである。
ぷしゅ……。
再び小さな音がして、内扉が開いた。
船内は、エネルギーの節約のためか、照明が点いてはいるが、薄暗い。
それも、出入り口が開いたから点灯したのかも知れず、今までは真っ暗であった可能性もあった。
「……無人機かな?」
【こちらへ……】
エアロックが開き外部と繋がった瞬間、たくさんのナノマシンが侵入して内部を調べており、既にナノマシン達はマイルの疑問の答えを知っているはずである。
なのでナノマシンは、躊躇することなくマイルをある場所へと案内する。
そして、ある部屋でマイルが見たものは……。
「……コールドスリープ……?」
上半分が透明のカプセルに横たわった、『眠れる美少女』の姿であった……。




