670 パーティー 5
……とん。
左手の甲が、台に触れ……。
「負けた……」
かなりの長時間に亘る勝負の末、遂にメーヴィスに屈した、貴族の男性。
「貴殿を見た目で侮ったこと、武人として、誠に赤面の至り。心より謝罪いたす」
改まって謝罪されたメーヴィスであるが、相手は悔しそうでも不愉快そうでもなく、本当に心からの謝罪のようであるし、何となく楽しそうな雰囲気が感じられたため、自分もまた少しばかり笑みを浮かべた。
……そして、依頼任務遂行のためとはいえ、ズルをしたことを恥じてか、ほんの少し、頬を赤らめた。
「「「「「「…………」」」」」」
(あああ、また、そんな即死攻撃を……)
(メーヴィスさん、恐ろしい子!!)
メーヴィスの至近距離にいたマルセラとマイルだけでなく、メーヴィスの表情が判別できる範囲内にいた女性達……幼女から老婆までの、全て……が、被弾し、大破した。
そして……。
(メーヴィスさん、ズルい……)
メーヴィスの、あまりのカッコ良さ、あまりのモテっぷりに、ウズウズが止まらないマイル。
……そして、何やらおかしなことを考えていた……。
(宴会芸では、メーヴィスさんに負けていられません! 私も、何か芸を見せなくちゃ!!)
そんなことをしなければならない理由は、カケラもない。
これはあくまでも、『メーヴィスはカッコいい』ということを知らしめるためのデモンストレーションであり、それによって『エストリーナ王女は、メーヴィスに片思いしているから他の男との婚約なんか眼中にない』ということの信憑性を高め、他の男からのアプローチや婚約の申し込みをブロックすることを目的とした作戦の一環である。
……マルセラのアドリブ的な思い付きによるものではあるが……。
マイルがここにいる意味は、『不測の事態が起きた時のための、保険』である。
自分達の計画にとって邪魔な、メーヴィスとマルセラの排除を企む者がいた場合に備えて。
そして、エストリーナ王女をレーナ達だけで護りきれないような事態の発生に備えて……。
いくら政情が安定しているとはいえ、どこの国にも、権力欲に塗れた馬鹿はいるものである。
……そう。マイルの存在意義は、決して、芸や人気でメーヴィスと張り合うためではない。
そして、相手の健闘を讃え、メーヴィスが好敵手であった男性と右手で握手している時……。
「メーヴィスさん、私も! 私も、何かやりたいです!!」
(((((あああああああああっ!!)))))
マイルとメーヴィス以外のクランメンバー5人の、心の中での悲痛な叫び。
さすがに、このような場所で声に出すことはできなかったらしい……。
(何やってんのよ、マイル!!)
(マイルさん……)
(マイルちゃん……)
((あはははは……))
焦るレーナ、呆れるマルセラとポーリン、……そして、考えることをやめた、モニカとオリアーナ。
何をするにも、もはや手遅れ。
もう、誰もマイルを止められない……。
(いえ、それでも、メーヴィスなら! メーヴィスなら、きっと何とかしてくれる!!)
(そうでしょうか……)
まだ希望を捨てていないレーナと、既に諦め気味の、ポーリン。
そして……。
「ああ、私だけじゃ恥ずかしいと思っていたんだ。何をやる?」
(あああああああ!!)
レーナの希望は、一瞬で潰えた。
(((知ってた……)))
そして、メーヴィスの反応を読んでいたらしい、その他のメイド組。
マイルとメーヴィスは、似た者同士というか、良いコンビなのである。
「……では、最近会得したばかりの新技を……」
「え? 私が知らない、新しい技? 私に内緒で練習していたのかい?」
「えへへ……。初公開ですよっ!」
さすがに、同じ銅貨斬りでは二番煎じであり、芸がないと思ったらしい。
「「「「「「…………」」」」」」
もはや、誰にもこのふたりを止めることはできない。
パーティー会場にいる全員が、そのことだけはハッキリと理解していた……。
そして、メーヴィスの技に驚愕していた人々は、今度はいったい何を見せてくれるのか……、いや、何を見せられるのか、と、期待に満ちた目をしていた。
しかし、いくら侯爵家令嬢とはいえ、少女のお遊び芸を、優れた騎士である伯爵家当主の修錬の技と較べるのは些か酷であろうと、ネタがバレバレの子供の手品とか、おままごと程度の演し物であろうと、勿論拍手してあげるつもりであった。
「では、このワイングラスをお借りして、と……」
近くのテーブルから未使用のワイングラスを1個手に取り、それを先程メーヴィス達が腕相撲に使った台の上に乗せた、マイル。
そのワイングラスは地球での初期タイプのものに似ており、ワインを入れるところ……ボウル部分は中央部が膨らんだチューリップ型ではなく、ラッパ型である。
そしてマイルは、ひょいと、頭上の空間からナイフを取り出した。メーヴィスと同じように……。
((((((……こっ、この少女も、収納魔法を……))))))
そんな馬鹿な、と思っても、目の前で見せられたものは、否定のしようがない。
手品だと言い張るにしても、何も隠せそうにないドレス、そして空中からするりと抜き出されたナイフを、どう説明するというのか……。
しかも、初めて招かれた他国の王宮である。
もし事前にこの会場内に仕掛けがしてあったとすれば、……警備関係の者達は、全員がかなり厳しい未来を迎えることになるであろう……。
そしてマイルは、収納魔法を見せたことについては、何も考えていなかった。
クランでは、7人中5人が、収納魔法かアイテムボックスを使える。
残りのふたりも、使えるようになる寸前。
……なので、『使えるのは、普通のこと』という、誤った感覚が身に染み込んでいるせいである。
「……では、行きます! 秘技、ワイングラス斬り!!」
ヒュン!
……ぱかり……
ワイングラスが、左右に分かれた。
ボウル部分だけでなく、脚も台座も、綺麗に縦に真っ二つになって……。
そして、分割された片方はゴトリと台上に倒れ、もう片方は、半円となって残っている台座部分によって立ったままであった。
「ああっ、失敗したぁっ! 本当は、どちらも倒れずに立っているはずだったのにぃっ!!
まだ、完全には会得できていなかったかぁ……」
そう言って、がっくりと肩を落とす、マイル。
修錬を積んだ者であれば。そして名剣を使えば、あるいは脚の部分を横方向に、折るように斬りとばすことは可能かもしれない。
……しかし、ボウルの部分を割ることなく切断するということは、不可能である。
ましてや、どのような達人、どのような名剣であろうと、脚の部分を縦に斬るなどということが、できるはずがない。
そして更に、台座まで綺麗に切断されているというのに、台には傷ひとつない。
……もう、武芸だとか秘伝だとかいうようなレベルの話ではなかった。
世界ビックリ人間ショーである。
いや、人間であるかどうかさえ疑わしい。
((((((……化け物……))))))
最初に心に浮かんだ言葉は化け物であったが、しかし見た目と無邪気そうな様子から、その言葉は『女神』とか『御使い様』とかいう言葉の方がふさわしいかと思い直した、パーティーの参加者達。
(いや、しかし、確か『侯爵家令嬢』と紹介されていた。
さすがに、いくら何でも身分詐称はあり得ないだろう……。
ということは、女神ではなく、女神の祝福を賜りし愛し子か?
いくら長命のエルフやドワーフであっても、絶対に無理だからな……。
あれは、1000年や2000年の修行くらいでどうこうできるレベルじゃない。
女神から御寵愛を賜り、特別な恩恵でも貰わぬ限り……)
……確かに、マイルは寵愛を受けている。
女神ではなく、『ナノマシン達』からの寵愛を……。
隣国同士で、明らかに友好国である2国。
その片方は、第三王女が古竜と仲良しであり、侯爵家令嬢と共に女神の御寵愛を受けている。
もう片方は、若き伯爵家当主が剣神の愛弟子。
……それは、伯爵位くらい叙爵されるに決まっている。
((((((……良かった! 第三王女とこの者達との友好関係を築けて、本当に良かった!!))))))
モレーナ王女のことを含めた全ての事情を知っている者達は、心の底からの安堵の吐息を漏らしていた。
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