667 パーティー 2
エストリーナ王女への挨拶を終えて離れたメーヴィスとマルセラに群がる、貴族の子女達。
(……では、依頼を遂行しますわよ)
(ああ、分かった!)
マルセラに小声でそう返事し、軽く片目を瞑って微笑むメーヴィス。
それを見て、頬を赤らめる令嬢達。
(……そういうところですわよ!)
(え? 何か言った?)
(何も言っておりませんわよ!!)
無自覚で鈍感ハーレム男の役割を着実にこなす、メーヴィス。
そして、ふたりの後ろにくっついていたマイルが、同じく小さな声で呟いた。
(メーヴィスさん、恐ろしい子!)
……そう、ふたりの後ろにくっついていたのである。
パーティー会場に入った時も、エストリーナ王女との挨拶の時も、ずっと……。
しかし、マイルはメーヴィスとマルセラに較べると背が低いし、存在感が大きいふたりに較べると、何というか、……地味である。
そのため、皆の視線はメーヴィスとマルセラに集中し、可愛くはあるが地味……というか、平民顔というか……なマイルは、トップブリーダーの仕業により美人顔、それもややキツめの顔立ちの者が多い貴族のパーティー会場では、あまり目立たないのであった。
エストリーナ王女でさえ、ふたりの後ろにいるマイルに気付くことなく、スルーしていた。
いや、全く見えていないというはずはなく、視界内には映っていたはずである。
……ただ、無関係のものとして、視覚情報が精神的にカットされていたのであろう……。
マイルは、『普通の貴族家令嬢』として振る舞うには、令嬢力がかなり足りない。
しかし、万一に備えて、マイルにはマルセラ達のすぐ側にいてもらいたい。
そのため、マイルはメイドではなく、マルセラの友人である侯爵家令嬢という配役なのである。
侯爵家令嬢ならば、多少の奇矯さや変人さは、許される。
……多分……。
それに、マイルが何かをしでかした時、メイドであるよりも侯爵家令嬢である方が、許される可能性が少し高いであろうから……。
今回、『ワンダースリー』と『赤き誓い』がエストリーナ王女から受けた依頼というのは……。
『私と婚約しようと擦り寄ってくる男達とその親、及び自分達の派閥に取り込もうと企む貴族達の接近を阻むこと』であった。
令息だけでなく、令嬢達も擦り寄り要員として活動すると思われるそうな……。
つまり期待されているのは、このパーティーでエストリーナ王女に集ってくる全ての羽虫の排除、……つまり防虫剤の役目である。
そして方法は一任、とのことであったため、丁度良い人材がいることに気付いたマルセラ達は、『エストリーナ王女がメーヴィスに興味津々であり、他の男性や令嬢達、そして派閥のことなど眼中にないぞ作戦』を立案したわけであるが……。
エストリーナ王女にメーヴィスが女性であることを言っていなかった上、本当に伯爵家当主であることは教えていたため……そんなことを詐称すれば、大事になるので……、芝居ではなく本当にメーヴィスに興味津々になってしまったことに、マルセラもメーヴィスも、そして他のメンバー達も、全く気付いていなかった。
「……メーヴィス様、少しよろしいかしら……」
勇敢な令嬢が、マルセラをうまく躱して、メーヴィスに話し掛けてきた。
どうやら、エストリーナ王女への挨拶でマルセラが紹介した時に、名前を聞いていたようである。
貴族家当主を少女が許可もなくファーストネームで呼ぶのは些かマナー違反であるが、この場合はまぁ、黙認されるであろう。
両親を伴っている場では家名で呼ぶのは憚られるためそれで問題ないのであるが、当主であるメーヴィスが家族を伴わず参加している場合はその対象外である。
しかし、メーヴィスは結婚寸前の貴族家の令息くらいの年齢であるため、ついファーストネームで呼んでしまう令嬢がいても、それを咎めるような狭量な者はいまい。
ここはお堅い場ではなく、和やかなパーティーの場なのだから……。
「ええ、勿論大丈夫ですよ。美しく、可憐なお嬢様からのお声掛けは、騎士にとって誉れ。
いつでも大歓迎です」
そう言って、穏やかに微笑むメーヴィス。
((((((あああああああ!!))))))
破壊力が大きすぎる。
クランメンバー達は、メーヴィスが本気で、意図して紳士らしく……、いや、少女達が妄想する『理想の王子様』らしく振る舞った時の凶悪さを、今、初めて知ったのであった。
メーヴィス本人は、劇を演じているような感じで、役割演技をしているように、半ば楽しんでやっているようなのであるが、周囲の令嬢達は、堪ったものではなかった。
……被弾者、多数。
ぐふ、とか、あうっ、とかの声を漏らすだけであればまだしも、真っ赤になったり、ふらついたりしている者も……。
メーヴィスは、戦闘においては前衛職であるが、決して脳筋ではなく、知的な文学少女としての一面を持っている。
なので、詩集やら乙女小説やらを愛読しているし、夢見る乙女として、理想の騎士や王子様との甘い会話を夢想したりもする。
そこに、更にマイルの『にほんフカシ話』により、『乙女を殺す48の決め台詞』とかを色々と聞かされていた。
それらを元に、頭が良く応用力があるメーヴィスが、『いつか理想の騎士か王子様に囁かれてみたい台詞シリーズ』を考案し、多くのストックを蓄えていたのである。
それを、そういった言葉に無防備であり耐性のない令嬢達に向けて、放った。
……放ってしまったのである……。
婚約前の令嬢達は、実際に男性と付き合った経験などない。
身近で目にする貴族の若い男性など、兄弟か従兄弟くらいである。
そして彼らはまだまだお子様であり、我が儘で傲慢な者達ばかりであった。
乙女小説に出てくるような、優雅で美しく、知的かつ繊細であり、そして気が利いて優しい男性など、物語や空想の中だけの、架空の存在である。
そう思い知らされ、諦めて、政略結婚で親にとんでもない男を押し付けられる前に、親を納得させられるだけの条件内で少しでもマシな男を自力で捕まえようと必死になっている時に、自分の目の前に現れた、理想の男性。
……しかも、伯爵家当主。
「うっ……」
メーヴィスが、思わず一歩後退った。
周囲から放たれる、強烈な殺気に当てられて……。
勿論、刺客とかがいるわけではなかった。
その殺気は、周囲の令嬢達からの、敵対者達に向けて放たれたものであった……。
(こっ、怖い……)
メーヴィスは、魔物や悪党には強いが、少女には弱かった。
……自分も、一応はまだ『少女』の範疇であるというのに……。
(これはいけませんわね……)
マルセラは、令嬢達から少し退いているメーヴィスに、困ったような表情を浮かべた。
予想通り、メーヴィスは令嬢達の注目を集めていた。
マイルの『にほんフカシ話』に出てくる、いわゆるところの『鈍感モテモテ難聴ハーレム男』並みである。
……ここまではいい。計画通りである。
メーヴィスが令嬢達にモテモテで、令嬢達がエストリーナ王女に擦り寄るのを防ぐと共に、子息達からのヘイトを集める。
それによって、令息達がエストリーナ王女に近付くことをも阻害し、エストリーナ王女がメーヴィスに興味津々であり他の男性や派閥に関する話になど全く興味がない、ということの信憑性を増す。
しかし、メーヴィスが令嬢達にドン引きしてしまうと、メーヴィスが『王女が一目惚れしても全然不思議ではない、異国の、素敵な青年伯爵様』としてのイメージが損なわれる。
(これは、何とかせねばなりませんわね……。
あ、そうですわ!!)
そして、少し思案していたマルセラの頭に、即席の作戦が浮かんだ。




