666 パーティー 1
検討の結果、配役は次のように決まった
マルセラ :『竜巫女王女モレーナ』の国の、子爵家令嬢。王女の護衛役を務める側近。
嘘ではない。マルセラは子爵家の者であるし、未婚の少女、つまり令嬢である。
……自身が当主であるというだけで……。
また、子爵家の娘であるというのも、事実である。(実家が、子爵に陞爵したので。)
マルセラの姉とメーヴィスの弟が結婚しているため、マルセラはメーヴィスの義妹、という設定である。(メーヴィスがマルセラのエスコートをしているが、ふたりとも婚約者がおらずフリーである、ということにするため。)
なお、日本の法律では、兄弟姉妹の配偶者の兄弟姉妹は対象者の姻族でも法定血族でもないため、法的には『義兄弟姉妹』には当たらないが、この国では貴族の血縁関係が重んじられることと一族の結束を固めるため、義兄弟姉妹として扱われる。
メーヴィス:モレーナ王女の国の隣国の、若き伯爵家当主。……事実である。
義妹であるマルセラのエスコートをしている。
マイル :モレーナ王女の国の、侯爵家令嬢。ブランデル王国での爵位は侯爵であり、令嬢なので、嘘ではない。マルセラの友人、という設定。……全て、事実である。
レーナ :給仕メイドその1。……別に、貴族じゃないとは言っていない。
ポーリン :給仕メイドその2。……別に、貴族じゃないとは言っていない。
モニカ :給仕メイドその3。……別に、女準男爵じゃないとは言っていない。
オリアーナ:給仕メイドその4。……別に、女準男爵じゃないとは言っていない。
爵位詐称はどこの国でも重罪なので、そこに関しては一切、嘘は入っていない。
レーナ達については、何も言っていないだけであり、別に『貴族ではない』と言っているわけではないので、問題ない。
貴族家のお嬢様が、お忍びで平民の振りをしたり、お遊びで平民の仕事をやってみたりするのは、貴族家令嬢あるある話であり、皆、それを知っても苦笑しながらスルーしてくれるのがお約束であった。
……但し、『あなたは貴族ですか?』と聞かれた場合は、嘘を吐くわけにはいかない。
それは、身分詐称になってしまう。
エストリーナ王女の根回しにより、マルセラ、メーヴィス、マイルの3人への招待状発送と、レーナ達4人を給仕メイドとしてパーティー会場へ、という要望は、簡単に認められた。
……別に、エストリーナ王女が頑張ったというわけではない。
エストリーナ王女から、正直に『竜巫女王女モレーナ様の側近と、その義兄である隣国の若き伯爵家当主、そしてモレーナ様のお友達である侯爵家令嬢が、この国を訪問している』と言われれば、国王や貴族達が、王宮でのパーティーに招待しないはずがなかった。
あの『竜巫女王女』の関係者であることも勿論であるが、『豊作飢饉』によって自国のみならず周辺国も含め農村部が大打撃を受けるところを助けてくれた国なのである。
……いや、向こうからすれば、飢饉のところを救われたとして、逆にこちらに恩義を感じているであろうが、まあ、お互い様である。以後に備えて、良い関係を維持するに越したことはない。
エストリーナ王女には、マルセラ達3人の身分については本当であること、しかし無理を言って頼んだため、『ワンダースリー』以外の者についてはモレーナ王女にも絶対に喋らないようにと、固く口止めしてある。
身分ある者が自国の王宮に許可を得ることなく勝手に他国を訪問したことがバレると、本人や実家に大きな迷惑が掛かることになるから、というマルセラの説明に、もし王女である自分がそんなことをすれば大騒ぎになるであろうと思ったエストリーナ王女はこくこくと頷いていたので、おそらく秘密は守られることであろう……。
* *
「素敵……。どこの国の方かしら……」
パーティー会場で、ひとりの男性に見惚れる、大勢の令嬢達。
自分の結婚相手となり得る男性については、あらゆる情報を集めている。
貴族家の令嬢としては、当然のことである。
家格、実家の経済状況、年齢、家族構成……後継者か否か。そして継承順位は何番か……、本人の見た目、政治的能力、領地の経営能力、そして武威……。
なので、このように若く、凜々しく、知的で優しそうな者、……そして王宮でのパーティーに招待される身分の者を、今まで見逃していたはずがない。
……ということは、この国のものではない?
ならば、他国の上級貴族……、いや、王族である可能性も……。
そう考えた令嬢は、決して少なくはないであろう。
それくらい、目立っていた。
『男装のメーヴィス』は……。
いつもの、ボーイッシュ、マニッシュといった、『男性っぽい服装をした女性』、つまり『男装の麗人』ではなく、本日の出で立ちは、他者から完全に男性だと思われるようなものにしている。
胸は、サラシを巻いて潰してある。
上手く巻けばそう痛くはないが、普通はかなりの圧迫感がある。
しかしメーヴィスの場合、そう強い圧迫感はなかった。
サラシを巻いてくれたマイルに、『あまり強く巻かなくて済んで、良かったですね!』と言われた時、『マイルほど楽じゃないけどね!』という言葉が喉まで出かかっていたが、さすがにそれを口に出すほど大人気なくはなかった。
そして、そんなメーヴィスに寄り添う、如何にも『悪役令嬢でござい!』と言わんばかりの、少々キツい眼付きをした縦巻きロールの少女。
……言わずとしれた、マルセラである。
練習を始めたときは、つい頬を赤く染めていたマルセラであるが、今はもうそのようなことはない。
何事も、訓練により慣れることができるものなのである。
そして、周囲の者に聞こえるように、マルセラがメーヴィスとの会話の端々で『お義兄様』という言葉を何度も挟んでいるため、周囲の女性達はふたりが婚約者とかではないと知り、その双方を絶好の獲物だと認識していたのである。
……そう、男性だと思われているメーヴィスだけでなく、マルセラも、充分に貴族の子息達から注目を集めているのであった。
マイルのような『全体的に可愛い系』ではなく、知的な美人系の容姿に、まだ残っている子供としての愛らしさ。
そして、自分の強さを自覚している者だけが持つことのできる、自信と余裕に満ちた雰囲気。
そのあたりの貴族の娘には到底纏うことのできない、強者のオーラ。
典型的な『貴族のお嬢様』達の中で、マルセラは強烈な存在感を放っていたのである。
マルセラが『竜巫女王女モレーナ』の護衛兼側近であることを知っているのは、国王一家と大臣達を除けば、あの時にモレーナ一行と直接関わった、一部の者達のみ。
そのため、マルセラとそのエスコート役であるメーヴィスの本当の価値が分かっている者は、少数に過ぎなかった。
しかし、それにもかかわらず、ふたりは会場中の視線を集めているのであった……。
* *
「エストリーナ王女殿下、お久し振りでございます」
「ええ、久し振りですわね……」
嬉しそうに、笑顔でふたりを迎える、エストリーナ王女。
実際には、数日前に会ったばかりであるが、それは内緒である。
これは、マルセラがエストリーナ王女と旧知の仲であるということを皆に知らしめるための台詞に過ぎない。
このために、パーティーの開始早々に、エストリーナ王女に挨拶に来たのである。
エストリーナ王女と話したいと思っているであろう者達がひしめく中、良きタイミングを見計らうことなくズカズカと王女の前へ進み出たマルセラとメーヴィスは、他の年配の貴族達に非難と不快感を込めた目で見られたが、エストリーナ王女が歓迎している様子に、何も言い出せないようである。
「……そちらの方は?」
エストリーナ王女からの言葉に、連れの者を紹介する、マルセラ。
王女は、メーヴィスとは本当に初対面であり、かなり興味があるのか、瞳をキラキラと輝かせている。
「私の義兄の、メーヴィス・フォン・マイレーリン伯爵ですわ。
私がひとりで遠出することを許してもらえなかったので、たまたま私のところに来ていた義兄にエスコートをお願いしましたの。
……義兄は、うちの隣国で伯爵位を賜っております。
この年齢になっても婚約者がおらず、私共々、かなり激しいアプローチを受けることが多いため、自国ではあまりパーティーに出られませんのよ……」
今、マルセラは、自分もメーヴィスも独身であり婚約者もいないこと、そして自分達は身内であり、互いに結婚の対象ではないということを公言したわけである。
更に、メーヴィスが跡取りどころか、既に伯爵位を叙爵されていることも……。
そして勿論、マルセラ自身が伯爵である義兄に急な我が儘を通せる身分であり、そしてエストリーナ王女とかなり親しいらしいということも周知された。
更に、一部の者はマルセラと竜巫女王女との関係を知っている。
その者達の内でパーティーの参加者を事前に知れる立場の者は、勿論、息子や娘にそのことを教えているであろう。懇意になれ、と……。
……そしてその結果、当然のことながら……。
ぎぃん!!
会場中で、未婚の子女達の眼が光った……。




