665 帰 還 2
ここは自分達が生まれ育ち、爵位を授かり、そして忠誠を誓う母国ではない。
なので、いくら王族からの頼みであろうと、命令に従って命を差し出す必要はない。
自分達が忠誠を、そして命を捧げるのは、自分達の母国であるブランデル王国であり、その国の国王陛下に対してである。
勿論、他国の貴族や王族からの依頼を受けることもある。
しかしそれは、その依頼が母国や自分達にとってマイナスとはならず、……そして納得できる内容である場合は、である。
なので、いくら相手が王女であろうと、依頼内容と条件が折り合わなければ。そして自分達が納得のできる依頼でなければ、受注しない。
確かに、依頼を拒否することによって王女転移システムを失うことになる可能性はあるが、そんなことは、大した問題ではなかった。
既にマイルと一緒になれた今は、この国で問題が発生すれば他の国へ移動して拠点を移せば済む話であるし、その場合、当然エストリーナ王女からはアイテムボックスの能力を取り上げて、他国において新たなゲート役を作れば良いだけのことである。
その場合、再度モレーナ王女にこの大陸に来てもらい、あの茶番を繰り返してもらうことになるであろうが、そう大した手間ではない。
モレーナ王女はこちらのゲート役であるエストリーナ王女との親交を深めているようであるが、エストリーナ王女が身分や立場を盾にして命令やゴリ押しをするようであれば、切り捨てるしかない。
母国における身分的な立場としては、モレーナ王女はマルセラ達よりも遥かに上であるが、『女神様とのコネ』としては、立場が逆である。
モレーナ王女はマルセラ達の仲介により女神の御寵愛を受けているだけであり、マルセラ達の不興を買えば、女神から受けている恩恵はなくなる。
そしてそれは、マルセラ達の意志とは関係なく、女神が不快に思われた場合、ということであるため、いくら王女としてマルセラ達に命令しても無駄である。
……ということになっている。
なので、王女転移システムに関しては、両王女の意思は一切反映されず、マイル001を介してナノマシンに要望を伝えられるマルセラ達の思うがままなのである。
そして何より、この国の王族達に、『ワンダースリー』を自分達の手駒としていいように利用できる、などといった誤った認識を持たせたり、おかしな成功体験をさせたりするわけにはいかない。
この国でハンター活動をしてはいても、あくまでも『ワンダースリー』は他国からの来訪者であり、『竜巫女王女』に仕える他国の貴族であり、……そして無理強いをすると立ち去ってしまう者達である、という事実を突き付けなければならないのである。
そしてその場合、『竜巫女王女』との縁も切れ、エストリーナ王女に与えられた女神の祝福も、どうなるか分からない、と……。
エストリーナ王女は、マルセラ達とモレーナ王女との力関係は知らないものの、自分とモレーナ王女&『ワンダースリー』との力関係は、はっきりと認識している。
そして、もしモレーナ王女が自分と『ワンダースリー』のどちらを選ぶかとなると、モレーナ王女は間違いなく『ワンダースリー』を選ぶということも……。
いくら仲良しになったとはいえ、自分はたまたま選ばれただけであり、いつでも替えが利く。
それに対して『ワンダースリー』の面々は、モレーナ王女にとっては腹心の部下であり、自国の貴族である。モレーナ王女にとってどちらが大切かなど、考えるまでもないことであった。
なので、『依頼を受けるかどうかは、みんなで相談して決める。状況は概ね理解したので、とりあえず具体的な依頼内容を詳しく教えてほしい』との、マルセラからの至極当然の頼みに、エストリーナ王女は不快感を示すことなく、こくりと頷いたのであった……。
* *
「……というわけですのよ……」
クランハウスに戻った『ワンダースリー』は、アイテムボックスから『赤き誓い』の4人を取り出して、長期不在の間に埃が溜まった室内を皆で軽く掃除した。
そして、その後のティータイムに、エストリーナ王女からの依頼について説明したわけである。
王女と話していた間、ずっとアイテムボックスの中で固まっていたマイル達は、そのことに関して何も知らないので……。
「依頼を持ち掛けられたのは、勿論、私達だけですわ。エストリーナ王女は『赤き誓い』の皆さんのことはご存じありませんからね。
モレーナ王女も、皆さんがこの大陸におられることはご存じありませんし……。
ですから、もし『赤き誓い』の皆さんに手伝っていただく場合は、皆さんは私達が現地で知り合ったパーティ、ということにしていただきますわ。パーティ名は出さずに……。
『赤き誓い』の名を出しますと、エストリーナ王女からモレーナ王女にその名が伝わる可能性がありますからね」
別に、適当なパーティ名にしても構わないのであるが、吐かなくて済む嘘は、なるべく吐きたくはない。
マイル達と同じく、マルセラ達もまた、そう考えているのであった。
「……いや、それは勿論、手伝わせてもらうよ。
あ、いや、この場合は『手伝う』というのではなく、『合同受注』になるのかな?
みんな、それでいいよね?」
「ええ。ギルドを通さない『自由依頼』というだけで、普通の合同受注ね。
条件が折り合えば、依頼者が誰かということは、別に関係ないわよ。
それが、犯罪者からの依頼だったり、依頼の内容が犯罪行為だとか納得できないものとかじゃない限りね」
レーナが、メーヴィスにそう答え……。
「依頼内容から考えて、『ワンダースリー』だけでは、明らかに戦力不足ですよね。
ここは、クランとして受けるのが正解でしょう」
ポーリンも、賛成し……。
「そもそも、王宮でのパーティーなんて、招待客の振りをして、とかいうのはモニカさんとオリアーナさんには無理がありますよね?」
そしてマイルが指摘する通り、女準男爵として半年を過ごしただけの、根っからの平民であるふたりには、王宮どころか、普通の貴族家のパーティーですらハードルが高かった。
そもそも、女準男爵という身分も、貴族に準ずる者という、平民に与えられる最大の栄誉であって、身分は平民のままなのである。決して、貴族だというわけではない。
そのため、パーティーで貴族と歓談できるような知識もマナーも、そして貴族らしい風格もない。
……駄目駄目であった。
「ええ、その通りなのですわ……」
当然、マルセラもそれくらいのことは分かっていたようである。
「ですから、『赤き誓い』の皆さんにも、御協力……、いえ、合同受注をお願いしようと考えたのですわ。どうやら、お受けいただけるようで、安心しましたわ。
私達『ワンダースリー』のせいで、王族からの依頼を受けざるを得ないことになったのは申し訳ないと思いますが、『王女転移システム』のこともありますので、よろしくお願いしますわ」
『王女転移システム』を失って、拠点を移動することになっても、別に構わない。
そうは思っても、それを簡単に回避できるなら、わざわざ面倒なことをする必要はない。
一度やったことなので、新大陸側のゲート役を他国で再設定するのはそう難しくはないとはいえ、やらずに済むなら、その方が楽ちんである。
「……で、パーティーでの役割なんですけど……。
マルセラさんは普通の参加者として全く問題ないですけど、他のみんなは……」
そう。マイルが指摘した通り、問題は、そこであった。
『ワンダースリー』のモニカとオリアーナは論外であるが、『赤き誓い』にしても、メーヴィス以外はかなり厳しい。
レーナとポーリンは平民育ちなので、叙爵されてからの半年間しか貴族としての教育を受けていない。
それも、領主としての教育が主であったため、貴族の令嬢としての教育やマナー、所作等は、到底王宮でのパーティーに参加できるようなレベルではない。
一応、国の貴族と娶せようという王宮の企みにより、パーティー用にとダンスの練習には多めの時間が割かれていたが、レーナもポーリンも、自分の優先順位としてはダンスなど最下位であった。
そんな時間があれば、魔法の勉強をするか、金貨の枚数を数えている方が余程マシ、と考えていたので……。
マイルにしても、貴族家令嬢として暮らしたのは8歳になるまでなので、その時点では淑女教育など碌に受けていなかった。
その後は、貴族家の娘とは縁遠い環境であったため、レーナやポーリンと殆ど変わらない。
なので、貴族家令嬢として王宮でのパーティーに出られそうなのは、消去法で、マルセラ以外にはメーヴィスしかいないのである。
……それも、マルセラをエスコートして、となると、もう、考えるまでもない。
そう。他の者達は、どう考えても、給仕のメイドくらいしか務まる役割がないのであった……。




