659 帰 省 9
結局、レーナはお墓による町おこしを黙認することにした。
さすがに、お墓の管理状況を見て、そして利益の用途を知っては、文句も言えなかったのである。
……既に、文句を言う気もなかったが。
一応、ハンターギルド支部に顔を出して、ギルドマスターに収益の中抜きやおかしな真似をしないようにと、釘を刺しておいた。
そんなことをしなくても、レーナ関連で悪事を働く者などいないであろうが……。
『大英雄、赤のレーナ』の恩人達のお墓を悪用したなどという噂が立てば、確実に身の破滅である。
貴族であろうがギルドマスターであろうが、ギルドの上層部、この地を管理している領主、王宮、そして民衆達からの総攻撃を受けて、無事でいられるわけがない。
他領に逃げようが、他国に逃げようが……。
「お墓のことは、この町の人達に任せよう。そういうのは、地元の、そういうことに慣れている人達に任せるのが一番よね。マイルが言っていた、あの、よく分からない格言のように……」
マイルの口癖である、『餅は餅屋、モモのお供はモチャー』という謎のフレーズが頭にこびりついている、レーナ。
勿論、餅は何度もマイルに食べさせられている。
腹持ちのいい保存食だという触れ込みであったが、マイルのアイテムボックスに入れてある時点で、保存食である意味はなかった。
……焼いても煮ても美味しかったので、文句を言う者は誰もいなかったが……。
「よし、ブランデル王国の王都を目指して……。
両舷全速ゥ、……レーナ、発進します!!」
この大陸には、『両舷全速』などという言葉は存在しない。
地球のガレー船のような、人力で両舷を櫂で漕ぐ船はあるが、全力で漕がせる時の言い方は、少し異なるのである。
しかし、マイルの『にほんフカシ話』でそういう概念を教えられているレーナ達は、意味が通らないけれど何となくカッコいい、そういった『マイル語』に汚染されていた。
あの、『ブロント語』のようなものである。
……既に、手遅れであった……。
* *
「だいぶ、お金が増えたわね……」
見た目は地味であるが、モノが良くて高価そうな、防御力が高い後衛職用の衣服。
値が張りそうな、魔術師用の杖。
……そして、経験の浅そうな、14~15歳くらいに見える小娘。(そう見えるだけ。)
見目の良い若い娘で、魔法が使えるとなれば、違法奴隷として高値が付く。
そんなのがひとりで街道を歩いていれば、それは襲われる。
本職の盗賊にも、魔が差した普通の旅人や村人とかにも……。
ティルス王国では少なかったが、国境を越えてブランデル王国に入った途端、急に襲われる回数が増えたのであるが……。
自業自得。
……襲った者達の。
髪の色を変えたくらいで、気付かずにレーナを襲うのが悪いのである。
これがティルス王国であれば、レーナの顔もかなり知られている。
いくらテレビや新聞、写真等がなくても、『救国の4大英雄のひとり、大魔導師レーナ』は有名なのである。そのため、多くの姿絵が出回っている。
おそらく、その姿は国王よりも有名であろう……。
しかし、ブランデル王国においては、持ち上げるのは他国の英雄『赤き誓い』ではなく、自国の貴族である、御使いアデル・フォン・アスカム女侯爵と、その友であり『ワンダースリー』のリーダーである女子爵マルセラ、そしてあの戦いで名を上げた後に女神から超常の力を授かり、飢饉において多くの人々を救った、大聖女モレーナ王女である。
なので、勿論名は広く知られているが、ブランデル王国ではマイル以外の『赤き誓い』のメンバーの顔を正確に知っている者はそう多くはなく、しかもトレードマークである赤髪を他の色に変えているとなれば、レーナだと分からなくても仕方ない。
そしてそもそも、他国の女伯爵が護衛も供の者も連れずに、ひとりで徒歩で旅をしているなどと考える方がおかしい。
これがせめて、『赤き誓い』の4人、フルメンバーであれば……。
……運が悪かった。
ただ、それだけのことであった……。
まあ、とにかくそういうわけで、レーナは日々、所持金を増やしていった。
犯罪者の身ぐるみを剥ぐのは、捕らえた者の当然の権利である。
そして、レーナひとりでは犯罪者を運べないため、通り掛かる馬車を待ち、少しお金を弾んで乗せてもらう。
報奨金と、犯罪奴隷売却益の一部が貰えるので、それくらい安いものである。
普通のハンター活動より、こっちの方が儲かるのでは、と考えるレーナであるが、おそらくマイルが『それは、オトリ捜査ですよっ! それも、機会提供型か犯意誘発型か、微妙なラインですよっ!!』とか言って猛反対するであろうから、実現に至ることはないであろう。
「落ち合う予定日まで、まだかなり余裕があるわね……」
レーナは、領地……主に、孤児院関連……とお墓参りの他には、この大陸での用事はあまりない。
まだメーヴィスとポーリンは領主として必要な知識やマナーを学ぼうという意欲があるが、レーナにはそのような意思はあまりなく、自分が貴族として認められたい、という承認欲求が薄い。
元々平民であり貴族としては不適な自分が無理をするよりは、領主としての仕事は代官や文官達に任せ、自分は看板役を務めながら孤児達の救済活動をしていれば充分、と考えているようであった。
なので、みんなで相談して決めた集合までの日数は、レーナにとっては少し余裕がありすぎた。
「何か、時間潰しをしなきゃ……」
そんなことを呟きながら歩いていると、休憩スペースが目に入った。
馬車が通行の邪魔をしないように休憩を取るためのスペースであり、昼間は休憩に、そして夜は夜営場所として使われる場所である。
街道を塞がないように、という意味もあるが、複数の商隊が一緒に夜営していれば、魔物や盗賊避けになる。
「ちょっと休むか……。堅焼きパンでも食べようかな。
ホント、マイルがいないと食生活が最悪よね。トイレも、お風呂もないし……。
私ですらそう思うのだから、最初からマイルがいる状態でハンター生活を始めたメーヴィスとポーリン、大丈夫かしらね……」
徒歩でのひとり旅であるレーナであれば、少し休んでパンをかじる程度のことは、別に休憩スペースではなくそのあたりの岩か倒木にでも腰掛ければいいが、そうすると、14~15歳くらいに見える見目の良い少女であるレーナは通行人から話し掛けられまくり、落ち着いて休むことができないのである。
別に、話し掛けてくる皆が皆、下心があるわけではない。
少女のひとり旅を心配して、馬車に同乗させてあげようとする商隊主とか、次の町まで一緒に行こうと誘ってくれる、悪意のないハンターパーティとかもいる。
しかし、一緒に行くと、必ず『どうして若い女性が、危険なひとり旅なんか……』と事情を聞かれるし、親切な人達に嘘を吐くのは気が進まないし、かといって本当のこと……自分の名を告げるのは、色々と面倒なことになるため、避けたい。
なので、邪魔の入らない休憩スペースの片隅、街道をそのまま進む者達からは見えないところで、ひとりでのんびり堅焼きパンでもかじりながら、ハンター養成学校に入りマイル達と出会う前の、ソロ活動をしていた頃のことを思い出し、少し感傷に浸りたいと思っていたのである。
そして、休憩スペースの片隅で岩に腰掛け、堅焼きパンをかじろうとしたレーナであるが……。
(……ん?)
今、この休憩スペースには、レーナの他にはひとつの商隊……と呼べるかどうかという最小規模である、2台の荷馬車とその御者、そして護衛の男達が数人いるだけであるが……。
(何か、違和感がある……)
当然、その荷馬車2台の商隊も、短時間の休憩か食事のために休んでいると思われるのだが……。
1台の荷馬車から、水がはいっていると思われる皮袋を持った男が降りてきて、もう1台の荷馬車へと入っていった、その様子に、レーナは疑問を抱いた。
どうして、どちらも同じ荷馬車なのに、片方にしか水を積んでいない?
普通は、リスク分散のため、水は両方に分けて積むはずである。
また、荷馬車なのに、荷を積んでいるのではなく、多くの人が乗っている?
護衛らしき者達は、皆、馬車の外にいる。それ以上の護衛がいるというのは、商隊の規模から考えて、明らかに不自然である。
また、せっかくの休憩なのに、荷馬車から降りて身体をほぐさないというのは、考えづらい。
そして、男が荷台に乗り込むときにチラリと見えた、その積荷……。
ここには、仲間達はいない。
いくら魔法の腕に自信があろうとも、魔法は詠唱に時間が掛かるため、近距離での戦いは前衛がいてくれないと、魔術師にとって危険が大きすぎる。
それでも、離れた場所から攻撃魔法を叩き込めば、何とでもなる。
荷台の中身も一緒に吹き飛んでしまっても構わないのであれば、であるが……。
しかし、状況を確認もせずに、そんなことをできるわけがない。
自分には、何の関係もない。
無意味な危険を冒す必要などない。
依頼を受けているわけでもないのに、目にした犯罪行為の全てに首を突っ込んだりしていれば、すぐに死ぬ。
しかし、レーナはポツリと呟いた。
「……テリュシアさんなら、多分そうする……」




