656 帰 省 6
メーヴィスは、ティルス王国の王都で『赤き誓い』のみんなと別れた後、他国にある、ラディマール流剣術道場へと向かっていた。
メーヴィスにとって大恩のある、剣術の師匠と兄弟子達に会うためである。
兄に管理を任せている自分の領地とか、実家の領地とかには顔を出すつもりはない。
マイルとは違い、移動に時間が掛かるためあまりあちこちを廻る余裕がないのと、父親や兄達に会えば、絶対に逃がしてもらえなくなるのが分かっているからである。
そして、自分に重しを乗せるため、強制的にお見合いをさせられるに決まっている。
今はオースティン伯爵家の子女ではなくマイレーリン伯爵家の当主であるため、父親の命に従わねばならないわけではない。
……しかし、そうは言っても、父親や兄達を冷たくあしらえるようなメーヴィスではないし、国王陛下からの命があれば、従わざるを得ない。
なので、問題が発生するのを防ぐ最良の方法は、その者達に会わない、ということであった。
会いさえしなければ、命令を耳にすることはない。
聞いていなければ、従いようがない。
……無問題であった……。
* *
「着いた……。懐かしいなぁ……」
メーヴィスが新米伯爵として過ごしたのは半年くらいであるが、その前と、新大陸での期間を合わせれば、この街に滞在した時からおよそ1年が経過している。
メーヴィスにとって、ただひとりの『師』と呼べる人物である、ラディマール師。
……実家にいた時に剣術を教わった父親と兄達は、家族なのでノーカウントである。
そして、初めて得た同門の門下生である、兄弟子達。
皆に教わり、鍛えられたおかげで、自分の力を大きく伸ばすことができ、そしてあの必殺技、『メーヴィス・円環結界』を会得することができた。
もしそれらがなければ、直後にあったエルトレイア姫を護る戦いで近衛小隊に勝つことはできなかったであろうし、あの、異世界からの魔物の群れとの戦いにおいても、生き延びることができたかどうか……。
そして、その戦いにおいては、師と兄弟子達が戦場へと駆け付け、一緒に戦ってくださった。
本当であれば、当然、すぐに礼を言わねばならないところである。
しかし、あの戦いの後、師と兄弟子達はそのまますぐに帰ってしまったのか、会うことはできなかった。
そしてその後は、叙爵やら何やらで色々と慌ただしかったこともあり、メーヴィスはまだ礼を言えていなかったのである。
とても国を離れるなどと言い出せるような状況ではなかったし、たとえ言ったところで、『赤き誓い』のメンバーが他国へ赴くことが許可されるような状態ではなかったので、それは仕方のないことであったが……。
しかし、メーヴィスにとっては、それはずっと気に掛かっていたことであった。
それを、やっと実行できる。
そう思い、笑みを浮かべるメーヴィスであるが……。
「……あれ? どっちだっけ?」
滞在したのはほんの数日間であるし、あれから1年近く経っている。
それに、滞在中、メーヴィスは宿と道場の往復以外、どこにも行っていない。
食事は宿で摂り、風呂はなく洗面器の水で身体を拭くだけ。
その他の時間の全てを、鍛錬に費やしていた。
なので、町の殆どの場所は記憶になくてもおかしくはないのであるが……。
「いや、それにしても、あまりにも見覚えがなさ過ぎる。
あそこが中央広場で、こっちに神殿がある。ということは、これが宿と道場の往復に使っていた道のはず。……しかし、こんなに活気のある通りだったかな?
普通の通りだったはずなのに、商店街で、出店まであるし……」
何年も経てば、町も様変わりする。
古い建物がなくなったり、新しい建物が建ったり……。
しかし、たかだか1年前後である。そんなに大きな変化があるとは思えなかった。
「記憶違いかなぁ。旅でたくさんの町を廻ったから、他の町と混同しちゃったのかなぁ……。
まぁ、とにかく、道場へ行こう」
そして、懐かしのラディマール流剣術道場へと向かったメーヴィスであるが……。
「……え?」
確かに、この場所のはずである。
道場はそこそこの広さが必要であるし、商店のように人通りが多い場所にある必要はない。
そのため、町の中心部からはやや外れた場所に建っており、建物の大きさの割には、敷地面積はかなり広かった。
……しかし、ややこぢんまりとした個人経営の剣術道場があるはずの、その場所には……。
巨大な建造物が建っていた。
建築面積は、以前あった道場の5~6倍。
しかも2階建てのため、延床面積は10倍くらいある。
「道場が、潰れ……た……?」
門下生も多く、短期集中訓練とかで稼いでいたから、そう急に潰れるようには見えなかった。
それに、あれからまだ1年そこそこである。社会情勢の変化で剣術人気が急に衰えるというはずがないし、そんな噂は聞いたことがない。
いや、あの異世界からの魔物の侵攻で、逆に剣術人気は高まっているはずであった。
そして、元々ラディマール流剣術道場は評判の良い道場であった。
なので、メーヴィスにはこの事実が信じられなかった。
「どうして……、あ!」
そしてメーヴィスの頭に浮かんだ、信じたくない考え。
「あの戦いでは、多くの人が亡くなった。
そして、お師匠様は高齢。
道場主が亡くなれば、道場をたたむことになっても、何の不思議もない……。
そして、兄弟子達も……。
ああ。
あああ……。
あああああああ……」
がくりと地面に膝をつき、ツウッ、とひと筋の涙を溢す、メーヴィス。
「おお、メーヴィスではないか!
よく来た! まぁ、とにかく中へ入れ!」
そして、建物の中から出てきたラディマール師に、声を掛けられた。
「……な! ななななななな!!」
「あの時、大空に映されたお前の紹介に、『ラディマール流剣術道場門下生』という言葉が入っておったじゃろう。世界を救った大英雄が剣術を学んだ道場、として……。
あの後、大陸中から入門希望者が殺到したのじゃ。
各国の貴族や王族が息子を入門させてくれと言って大金を積んだりと、まぁ、色々とあってな。
それで、大幅に増えた門下生に対応するために、道場を建て直したのじゃ。
何人かの高弟は、免許皆伝として各地にラディマール流の剣術道場を開くべく、準備中じゃぞ」
「な……、な……」
「そして、お前が滞在していた宿屋じゃがな……。
大英雄メーヴィスが神技を会得する間滞在していた宿だと宣伝して大評判となり、隣接地を買収して新館を建ておったぞ。
更に、宿からここまでの道は『勇者への途』として聖地巡礼のルートとなり、土産物屋やら何やらの店が建ち並んでおるぞ。
土産物としては、メーヴィス煎餅、メーヴィス饅頭、メーヴィス木剣とかが有名じゃな」
「何ですか、それはああああぁ〜〜っっ!!
というか、街並みに見覚えがないと思ったら、新規開店の店で埋まっていたからですかあぁっ!」
恥ずかしさと遣り場のない感情に、絶叫するメーヴィスであった……。




