655 帰 省 5
「うむ、揚げ物屋は順調のようですね……。
レニーちゃんのやり方をパク……参考にしたらしい、あの『御使い様御考案の料理、「アゲモノ」発祥の地』、『御使い様が魔法で作られた竈で調理された料理が食べられ〼』という看板が、効いているのかなぁ……」
マイルが呟いている通り、まだ午前中だというのに、そこそこの客がいる、王都の孤児院の庭、……現在は孤児院の運営を支える巨大な収入源となっている、揚げ物屋。
まあ、普通の職業の者はともかく、ハンターは毎日働いたりはしないため、今日が休養日である者も結構多いはずである。
別に、怠け者だというわけではない。
命懸けの仕事なのであるから、ひと仕事終えた後は、数日間の休養を取る。
……いや、取らなければならない。
ああいう仕事の者には、身体もであるが、それよりも、心を休めることが必要なのである。
ちゃんと休まない者は、早死にする。
それくらいの経験則は、戦闘職の者はみんな知っている。
……というか、知らない者は生き残っていない。
ハンターの他にも、夜勤明けの警備兵とか、休日出勤であった者とか、平日の朝っぱらから飲んでいても文句を言われる筋合いはない、という者は結構多い。
そして、朝っぱらからやっている飲み屋は、そう多くはない。
「やっぱり、労働力が豊富で、シフト勤務が組みやすいというのは強いよねぇ。
おまけに、通勤時間ゼロ、人件費ゼロだし……。
そしてここには児童福祉法なんかないし、子供達は、働けばお腹いっぱい食べられるから、喜んで働いているし……。
自分が頑張れば、自分や仲間達、そして幼い後輩達が幸せに暮らせる。
……そりゃ、やり甲斐があるよねぇ……」
そしてマイルは、ガチガチに光学的変装魔法を掛けまくり、ただの客として席に着いた。
手抜きや安物の粗悪な食材を使ったりして、料理の質が低下していないかを確認するため、という名目で。
いや、もし本当にそうなっていたなら、何らかの方法を考えて、正体を明かすことなく指導するつもりであるので、嘘ではないのであるが……。
ちょっと名が売れて客が増えると、当初の料理人としての理念を忘れ果てて金儲けに走り、食材費を安く上げるため食材の質を落としたり、客の回転率を上げるために調理の手を抜いたり、客をぞんざいに扱ったりして、急速に客足が落ちて自滅する、という飲食店の話は、マイルも前世で聞いたことがある。
そしてマイルは、自分で飲食物を買いに行くことなく、注文待ちで客席の間を回っている子供のひとりを呼び止め、揚げ物と果実水を注文した。
こうすると、運ばれてきた料理を受け取る時、料理の代金だけでなく子供にチップを与えることができるので、子供が喜ぶし、孤児院の収入が増える。
「お待たせしました~! 御注文の、揚げ物盛り合わせと、果実水です!」
しばらくして、先程注文を受けた子供が料理を持ってきたので、代金とチップを渡したところ、その子がマイルの耳元に顔を近付けて、声を落として囁いた。
「マイルお姉ちゃん、お忍びで何かやってるの?」
「えええええええ〜〜っっ! ど、どうして分かるうぐっ!」
「し~っ、声が大きいよ! 正体を隠してるんじゃないの?」
「あっ……」
子供に口を塞がれて、慌てて周りを見回したが、他の客はお酒が入っているからか、ちらりとマイルの方に視線を遣っただけで、すぐに飲食や仲間達との歓談に戻ったようである。
「ど、どどど、どうして分かったのですか……」
声を潜めて、再度そう問うマイル。
「いや、だって、マイルお姉ちゃん特有のオーラが立ち上ってるから……」
「何ですか、それはあああっ!!」
「し~っ、声が大きいよ……」
「あ……」
絶対の自信があった変装を簡単に見破られ、がっくりと落ち込むマイル。
しかも、見破られた理由が『オーラ』とか言われては、改善のしようがない。
今まで、ガチモードの変装は、見破られたことがなかったというのに……。
「子供達の、野生の勘なのかなぁ……」
「いや、いくら見た目が違っていても、マイルお姉ちゃんはマイルお姉ちゃんだもの」
「わけがわかりませんよっ!」
そんなの、どうすればいいかわからない、と、がっくり項垂れるマイル。
「マイルお姉ちゃん、神殿に引き籠もってるんじゃなかったの?」
「引き籠もってないですよっ! あれは、中々外出させてもらえないだけですよっ!!」
「……そういうコトにしといてあげる……」
「本当ですよっ!!」
そして笑いながら去っていく子供を見送り、料理を食べ始めるマイル。
(……うん、味は落ちていないな。肉も油も、ちゃんとレベルを保ってる。
教えたことを忠実に守っているし、……新しい素材にも挑戦しているみたいだ。
教えられたことしかやらないんじゃなくて、ちゃんと自分達で考え、上を目指してる。
こりゃ、もう心配ないよね……)
他の孤児院もそうであってくれれば良いが、『始まりの孤児院』と呼ばれる、孤児院式カラアゲ店発祥の地であるここが健在であれば、どこかの孤児院が悪の道に堕ちそうになっても、何とかしてくれるだろう。
他領や他国の孤児院であっても、『孤児院がやっている店は、安くて旨くて信用できる』というブランド的な価値を落とすわけにはいかないから、互いに眼を光らせてくれるはず。
そう考え、安心するマイル。
そして、更に何皿か追加注文し、その全てを平らげた後、そっと立ち去った。
その後、孤児院に入れず河原や廃屋その他で自分達だけで暮らす孤児のグループを廻り、その大半で正体を見破られ、変装魔法に自信をなくし落ち込む、マイルであった……。
* *
「よしよし、全部の孤児院を廻り終えたけれど、悪の道に堕ちているところはなかった!
次は、お世話になった人達のところに顔を出すか……」
マイルは、自分ひとりであれば、重力制御魔法と障壁魔法で、高速移動が可能である。
なので、各地の孤児院を移動して廻るのには、大して時間は掛からなかった。
カラアゲ等の料理を大量に試食するため、お腹がこなれるのを待つ時間の方が長いくらいであった。
……油物は、消化に時間がかかるのである。
そして、それらもようやく終わったわけである。
マイルがお世話になった人達や、お世話した人達は、かなり多く、そして各地に広く散らばっている。
ティルス王国の王都では、『ミスリルの咆哮』を始めとする、ハンターやギルド職員達。
他国では、『女神のしもべ』等。
エルフやドワーフ、獣人や魔族の知り合い達。
旅の途中で出会った、宿屋や料理店、そして山奥で暮らす孤児達のグループ。
その他様々な人達を、顔は見せず言葉も交わさないけれど、陰からこっそりと、元気そうな姿を確認したいと思っているのである。
「私の神殿には、近寄らないようにしよう。
マレエットちゃんが神殿に来てくれるのは学園を卒業してからだし、マイル001とはナノネットでいつでも話せるから、わざわざ危険を冒す必要はないよね。
……よし、重力制御魔法展開、上昇……。
障壁魔法及び光学迷彩魔法発動、重力の向きを水平方向に変更……。
マイル、行きま~す!!」
そして、水平方向へ落ちていく、マイルであった……。




