654 帰 省 4
「というわけで、ティルス王国の王都へ戻ってきたわけだけど……。
最初に行くのは、」
「勿論、宿を押さえなきゃならないですから……」
「「「「レニーちゃんのところ!!」」」」
「久し振りですよねぇ、レニーちゃんに会うの……」
「みんながそれぞれの領地へ向かうため、お別れ会を開いた時以来だよね」
「あ、一旦変装を解除しますね。
このままじゃ、レニーちゃんが混乱しますから」
* *
「「「「ただいま~!」」」」
「……え?
ええ? えええええええっ?」
動きを止め、眼を大きく見開き、
「お姉さん達!
お、お帰りなさい〜〜!!」
レニーちゃんも、子供とはいえ、客商売の従業員である。
お客さんとの何気ない会話や、宿の運営に反映させるために、常に最新情報の入手に努めている。
日本の一流クラブのホステスさんが、毎日、出勤前に英字新聞を含む5紙の新聞を読んでいる、というのと同じようなものである。
……尤も、今ではそういうプロ中のプロは数を減らしているらしいし、情報の入手方法が新聞ではなくネットに代わってきているらしいが……。
そして、『赤き誓い』は宿の常連さんであった上、客引きの宣伝のために大きく役立ってくれた、超有名パーティである。
その『赤き誓い』のメンバーの動向を知らないはずがなく、当然、3人の出奔……正式発表では長期任務中となっているが、レニーちゃんはほぼ真実に近いことを推察していた。長い付き合いなので、それくらいのことは分かる……と、マイルが神殿から殆ど出られないことを知っていた。
なので、思いがけぬ訪問に、受付カウンターから飛び出して、マイル達に抱き付いてきた。
「うむうむ、守銭奴モードじゃないレニーちゃんは、素直でかわええのぅ……」
「おっさん臭いわよ!」
鼻の下を伸ばすマイルに、いつものように、レーナの突っ込みが入る。
そして、超有名人になろうが貴族になろうが全然変わらない『赤き誓い』一同に、笑みが溢れるレニーちゃんであった。
そして……。
「では、まず、木札にサインを書いてください。とりあえず、ひとりあたり100枚ずつ!
それと、マイルお姉さんは、お守り札にもお願いしますよっ!」
「「「「あ~、レニーちゃんだなぁ……」」」」
何だか心が落ち着く、『赤き誓い』一同であった……。
* *
食事時ではなく、宿泊客や新規の客が宿にいる時間帯でもないため、他の客はいない。
なので、女将さんと大将もやってきて、久し振りの再会を喜ぶ一同。
「私、レーナさん達が貴族の生活が嫌になって出奔したんだろうな~、とは思っていましたけど、マイルさんも一緒だとは思いませんでしたよ。
いえ、本来ならば当然そう考えるんですけど、マイルさんは神殿にいるって話だったから……。
でも、おかしいとは思っていたんですよ。皆さんが、マイルさんだけを残して旅に出るなんて、普通、考えられないじゃないですか。
まだまだ、情報の集め方が未熟だったかな。もっと精進しないと……」
そんなことを言う、レニーちゃんであるが……。
「あ、いやいや、私のことは内緒だからね! 私の不在に気付いている人は、身代わりに立てた偽物本人以外は、殆どいないからね?」
ちょっと悔しそうなレニーちゃんに、そう言って、慌てて釘を刺すマイル。
「……しかし、お客さんの姿が全くないわね。
経営、大丈夫なの?」
「なっ! それは時間帯のせいですよっ!
今は丁度昼食と夕食の間だし、宿泊客が宿にいる時間帯じゃないでしょ!」
レーナの言葉に、ムキになって怒る、レニーちゃん。
「あはは、うちは『大英雄達を支え、育てた宿屋』として有名だし、聖地巡りの巡礼コースに組み込まれているからなぁ。
宿泊しない者達にも、御使い様考案の料理だとか、お土産品とかを色々と用意しているから、その、何だ、……稼がせてもらってるよ」
大将が、そう言って、頭を掻きながら笑っている。
マイル達は、ハンター養成学校を卒業したばかりの頃には色々とお世話になっているのだから、それくらいの余禄はあってもいいだろう、と思っている。
そして、しばらく話に花が咲いたのであるが……。
「あ、そろそろ、いつお客さんが来るか分からない時間帯ですよね。
じゃあ、私達、ちょっと変装しますね」
そう言って、マイルの魔法で一瞬のうちに姿を変える、『赤き誓い』一同。
このあたりには『赤き誓い』の顔馴染みが多いため、髪の色だけではなく、顔や服装も変えている。
髪の色以外は光学的に細工しているだけなので、触れられれば違和感を覚えるであろうが、見知らぬ少女にいきなり触れようとする者はいないであろうし、もしいたとしても、触れられる前にぶちのめすので、問題ない。
「うわぁ! ……凄いです! これなら、誰にも見つからずに旅ができるはずですよ」
レニーちゃんの感嘆の言葉に、女将さんと大将も、こくこくと頷いている。
そしてしばらくすると、早めに宿を押さえておきたい者や、昼食を摂り損ねた者、一日二食の者とかが、早めの夕食を摂るべく来店し始めたため、マイル達は2階の客室へと移動するのであった。
* *
「じゃあ、また!」
他の客達がいるため、変装した姿で簡単に挨拶し、軽く頭を下げる女将さんと大将、そして手を振るレニーちゃんを後に、出立するマイル達。
そして、いったん王都から出た後。
「じゃあ、ここで解散ですね。
皆さんは、こっそり領地に戻って代官さんに指示を出したり、御家族に会われたりして、他の人達にはバレないように、一撃離脱で次々に転進。
私は、マイル001が身代わりをやってくれているから、下手に姿を現すわけにはいきませんから、変装したままで各地の孤児院の様子を確認したり、寄付をしたりして回りますね。
あ、代官や御家族に会われるのですから、光学変装は解除して、髪の色だけ変えたままにしておきますね。
王都以外では大丈夫だと思いますけど、皆さんの領地やお知り合いの人がおられる町では、気を付けてくださいね。
では……、リリース!」
マイルが光学的な変装魔法を解除し、元の姿となる『赤き誓い』一同。
髪の色だけは、光学的な細工ではなく色素に干渉する魔法で変換してあるため、魔法が解けても変化がない。
元の色に戻すには、再度、色素変換の魔法を掛ける必要がある。
「再集合は、ブランデル王国のあの宿屋に現地集合、ということね。
じゃ、解散!」
「「「おおっ!!」」」
レーナの最終確認と解散の号令に、右腕を挙げて応える、他のメンバー達。
髪の色を変えただけの姿では、この4人が揃ってこの国の王都で落ち合うのは、身バレの危険が大きすぎる。
また、別れてそれぞれ各地へ散るため、この街で再集合するのは大きな遠回りになる者もいる。
そのため、『ワンダースリー』と合流するブランデル王国の王都での現地集合とした方が、安全かつ効率的なのである。
そして、それぞれの領地へと向かう3人を見送った後、王都へと引き返す、マイル。
マイルの最初の用事は、王都の孤児院と、橋の下やら廃屋やらに住む孤児達の状況確認なのである。
その後は、マイルひとりだけなので、あの、水平方向に落ちるという方法で、各地の孤児院を確認して回る。正体を明かすことなく。
神殿にマイル001がいる限り、マイルは、誰にも、決してその存在を明かすことはできないのだから……。




