653 帰 省 3
「……では、帰還予定日の5日前に、この宿で……。
皆さん、くれぐれも、身バレにはお気を付けくださいましね。
解散!」
「「「「「「おおっ!!」」」」」」
マルセラの締めの言葉に、右腕を挙げて応える、クランメンバー達。
帰還時の集合が5日前なのは、最後の5日間、みんなで王都を楽しむためである。
皆、この国の王都を思い切り楽しんだことがなかったので……。
それには、他国の者であるとか、一緒に楽しむ友達がいなかったとか、そんな金銭的余裕がなかったとか、色々な悲しい理由があった。
しかし、それらのハードルが全てクリアされた今、王都を楽しみ、遊び歩くことには、何の問題もない。
……マイルの身バレにさえ気を付けていれば。
他の者は、『ワンダースリー』側も『赤き誓い』側も、身バレしても、どうということはない。
少々ファン達に取り囲まれる程度であり、少し愛想を振りまいてからその場を立ち去れば済むことである。
これがティルス王国の王都であれば、そうは行かないが……。
これから、マルセラ達『ワンダースリー』は、モレーナ王女の指示による長期の任務を終えて戻ってきた、という振りをして、何気ない顔でモレーナ王女を警護する近衛分隊の任に就くのである。
また、マルセラは自分の領地に顔を出し、領の管理を任せている代官から報告を聞いたり、指示を与えたりしなければならない。
実家にも顔を出さねばならないが、溜まっているであろう婚約申し込みの山が憂鬱である。
その点に関しては、モニカとオリアーナも同様なのであるが……。
上位貴族同士の牽制合戦や、王家からの圧力が掛かり、強引に婚約を迫ることができないマルセラよりも、平民であり実家に抵抗力が皆無であるモニカとオリアーナの方が、婚約攻勢には脆弱である。
ただの中堅商家や、田舎村の農民にすぎないふたりの両親に、貴族や大店からの強引な婚約や養子縁組の申し込みを撥ね除ける力はない。
女準男爵であるふたりは、貴族に準ずる世襲の名誉称号を受けてはいるが、あくまでも身分は平民のままであり、勿論、領地などはない。
なので、誰にも見つからないように帰省して家族に顔を見せ、その後は王宮内で常にモレーナ王女に張り付き、護ってもらう予定である。
襲撃者から王女を護るのはふたりの仕事であるが、婚約や養子縁組の強要からふたりを護るのは、王女の仕事なのであった。
ただ、救いは、マルセラ達は3人共、女子爵や女準男爵としての身分があるため、皆が家長であるということである。
なので、自分の婚姻については、既に他家の者となった両親や祖父母の命令に従う必要はなく、決定権は自分にある。
そのため、親に圧力を掛けられても、本人が了承しない限り、無理矢理の婚約や結婚は強制できないのである。
……但し、追い詰められた親に泣いて縋られても耐えられるなら、であるが……。
一方、『赤き誓い』は、皆、ティルス王国では誰にも見つからないように行動しなければならない。
出奔していることになっている3人も、001が代役を務めているマイルも……。
出奔組は、別にこの大陸にいることがバレると致命的、というわけではない。
元々、出奔してハンターとして遊び回っていると思われているだけであり、他の大陸に渡っているなどと思っている者は、誰もいないので……。
ただ、国王だとか貴族だとか狂信者だとかに見つかりたくないだけである。
* *
「マイルは、この国でやることはないのね?」
「はい。学園にはもう知り合いはいないし、アスカム領も、全て代官がやってくれていますから」
実際には、マイル……アデルが8歳になるまで世話になっていた使用人達がいるが、皆、既に領主邸を去っている。
マイルにとっては、アデルの時の記憶の中にしかいない人達であるし、今更会ってどうこう、というわけでもない。
領主軍の指揮官であるジュノーにしても、マイルにとっては、数回会ったことのある人、という以上の意味はない。
今のマイルにとって、やはり自分の国はここ、ブランデル王国ではなく、ハンターとして登録し、『赤き誓い』のみんなと出会い活動した、ティルス王国なのであろう。
「じゃあ、ティルス王国の王都に向かって、しゅっぱぁ~つ!!」
「「「おおっ!」」」
「……あ、その前に、変装を変えておきましょう」
そう、『赤き誓い』のメンバー達は、身バレ防止のために変装をしていた。
しかし、あまり極端なものではない。
完全に変えてしまうと、何だか自分ではないみたいな気がして落ち着かないし、街の中ではぐれたりすると、お互いを見つけられなくなってしまうので。
……特に、人の顔を覚えるのが苦手な、マイルとかが……。
なので、髪型や髪の色を変えるとかの、簡単な変装に留めているのである。
それ以外の、顔の見え方が全く異なるように偽装する光学迷彩とかは使っていない。
そのため、いきなり魔法が解けて、というような心配はない。
人を見分けるのに眼の色を確認するような者はいないし、服装で見分ける者もいないであろうから、そのあたりは気にしていない。
そしてその髪型や髪の色も、ずっと同じ偽装のままではなく、ある程度の日数が経てば、適宜変更するようにしている。
そうすれば、万一追跡者が現れたとしても、途中で振り切れるであろうと考えてのことである。
写真が出回っているわけでなし、空に映った映像も、あの時だけであり、おまけにあれから半年以上経っているのである。街ですれ違ったとしても、大きな特徴である髪型や髪の色が違えば、案外分からないものである。
……そう考え、皆にもそう説明して納得してもらったマイルであるが、人の顔を覚えるのが苦手である自分を基準として考えてしまったのが失敗であることには、気付いていなかった。
* *
「この町は……」
「あんたがハンター養成学校への推薦をしてもらった、あの町ね。寄ってく?」
レーナが、マイルにそう尋ねたが……。
「あ、いえ……。身代わりのマイル001が神殿にいるのに、私が今、ここで顔をだせば……」
「英雄の名を騙り、爵位詐称、御使い様と大聖女の肩書き詐称の重罪人として、悪ければ拷問の後、縛り首。良くて、斬首刑だね」
「ぎゃあああ〜〜!!」
メーヴィスの脅し……というか、単なる事実……に怯えるマイルであるが、そのネタは以前1回使われている。
なので、おそらくマイルは『お約束ギャグ』として、怖がっている振りをしているだけなのであろう。
「前にも言ったけど、あんたは絞首刑でもぷらんぷらんとぶら下がったままで平気だろうし、ギロチンでも刃が欠けて、平気な顔をしてるわよ、多分……」
「あ、それもそうですよね!」
そして、それがごく当たり前のことのように、ケロッとした顔で、軽く肯定するマイル。
「とても、人間の会話とは思えないです……。
ごく普通の人間に過ぎない私が、本当にこのパーティにいて、大丈夫なのでしょうか……」
「いや、ポーリンも、大概だと思うよ……」
「え?」
メーヴィスの突っ込みに、一瞬、ぽかんとするポーリン。
「メ、メーヴィスこそ、その左腕とか、口から火焔弾を吐く『余が、炎の化身である』とか、大概じゃないですか!」
「い、いや、今更、何を……」
その時、マイルの眼が、きら~んと光った。
「お願い、私のために争わないで!!」
「あ! マイル、あんた……」
マイルは、こんな機会は、絶対に逃さない。
『いつか言ってみたい台詞シリーズ』のひとつをこなしたマイルに、悔しそうな顔をするレーナであるが、今の場面では、その台詞はマイルにしか言えない状況であったため、レーナにはどうしようもなかった……。




