651 帰 省 1
「連絡なし!」
「もう、今日は駄目そうですね……」
モニカからの報告に、肩を竦めるマイル。
王女転移システムで旧大陸に戻ったマルセラが、みんなを転移させる準備が調った時点でメッセージを送ってくるので、モニカとオリアーナが定期的に共用のアイテムボックスの中を確認しているのである。連絡のメモ書きが入れられていないかどうかを……。
しかし、かなり夜遅くになっても、連絡が来ない。
まあ、こういう事態も予想されてはいたので、皆、別に心配しているわけではない。
もし自分がエストリーナ王女やモレーナ王女の立場であれば。
……一晩中話をせがんで、満足するまで絶対に逃がさないであろうから……。
「う~ん、ふたりの王女に頼らなくても、簡単に大陸間を行き来できたら便利なんですけどねぇ」
「いやいや、それは駄目だよ」
思わず溢れたマイルの言葉に、メーヴィスが駄目出しした。
「便利なものは、そんなに簡単に使えちゃ駄目だ」
「あ……」
そのとおりであった。
なぜ、自分がナノマシンに何でも聞いて、色々とお願いをしないのか。
禁則事項を回避するよう上手い頼み方をすれば、かなりのことができるはずであった。
しかし、マイルはそうしない。
なぜなら……。
「「その方が、楽しいから!!」」
(やっぱり、メーヴィスさんとは気が合うなぁ……)
(やっぱり、マイルとは気が合うなぁ……)
「まあ、王女転移システムみたいなのを普通の平民に設定したら、大変なことになっちゃいますよねぇ」
「あ、確かに……」
モニカの指摘に納得する、マイル。
「王女コンビは、商人やら貴族やら悪党やらが手出しできない身分の人だから問題ないけれど、これが何の権力も後ろ盾もない人だと、捕らえられて悪用されて使い潰されて終わり、ですよねぇ……」
勿論、『ワンダースリー』とマイル001が両王女を転送機代わりに選んだのは、そのあたりのことも考えてのことである。
「悪用されたら、大惨事ですし……」
自分ひとりがこっそりと侵入して、敵地のど真ん中に突然大量の兵士を出現させることができる。
補給も、何の問題もない。
このあたりのことは、皆、マルセラから説明され、注意喚起を受けている。
王女転移システムのことを部外者には絶対に教えてはならない、という念押しと共に……。
……そして結局、マルセラから『転移、用意よし』とのメッセージがメモ書きにより伝えられたのは、翌日の夕方であった……。
* *
「……よし、出発です!」
「本当に、大丈夫なんでしょうね……」
マイルの元気な掛け声に、不安そうにそう漏らすレーナ。
それも無理はないであろう。
時間停止とか冷凍睡眠とかいう概念に馴染みが薄い者にとっては、カチンコチンに固まって動かない、イコール『死』である。氷魔法による凍死とか、バジリスクによる石化とか……。
それは、怖くて当然であった。
マイルが大丈夫だと言うから、というだけの理由で全幅の信頼を置いている、他の者達がおかしいのである。
しかし、そうは言っても、レーナも別にマイルのことを信用していないわけではないし、今更自分だけ行かない、というわけにもいかない。
なので、及び腰ながらもそれ以上の文句は言わないレーナ。
ハンターギルドや隣近所の人達、馴染みになった食材店の人達には、しばらく故郷に戻って家族や友人達を安心させてくる、と言ってあるし、クランハウスにある家具や盗まれそうなものは全てマイルのアイテムボックスに入れてあるので、盗難の心配もない。
更に、ポーリンの発案で、死んだり大怪我をしたりはしないがかなり酷い目に遭う、という泥棒用の罠をたくさん仕掛けておいたので、もし忍び込んだ者がいたとしても、以後はここへ盗みに入ろうとはしないであろう。金目のものは一切置いてないし……。
犯罪者に、成功体験をさせてはいけない。
マイルは、いつもそう主張している。
「では、オリアーナさん、お願いします!」
「分かりました。……収納!」
そしてみんなをアイテムボックスに収納した後、自分自身を収納した、オリアーナ。
これで、中で時間停止したみんなは何もできなくなった。
あとは、現在このアイテムボックスにアクセスできる唯一の者であるマルセラに取り出されるのを待つだけである。
万一、その前にマルセラの身に何かあった場合には、永久にそのままとなってしまう。
……まあ、もしそうなってしまった場合には、ナノマシンがあの『神様モドキ』に連絡してくれる可能性がないわけではない。
そして、ナノマシン達の独断で救出してくれる可能性も……。
あくまでも、『もしかすれば』、ではあるが……。
* *
「お待たせしましたわね。
……いえ、もう、エストリーナ王女とモレーナ王女がしつこくて……。
エストリーナ王女のところで、翌日の朝方まで。モレーナ王女のところで、その日の夕方まで、ずっと話をさせられておりましたわ……」
皆の事前予想のうち、一番長いケースを更に越えていた。
これでは、モニカとオリアーナには、到底耐えきれないであろう。
それに、モニカとオリアーナでは、両王女の引っ掛けや誘導尋問により、言ってはならない情報まで口にしてしまう確率がかなり高かった。
なので、能力的にその役目が務まりそうなのはマルセラ、メーヴィス、そしてマイルの3人だけなのであるが、勿論マイルとメーヴィスが他の大陸にいるという情報そのものが秘密であるため、消去法により、マルセラしか残らないのである。
エストリーナ王女は『赤き誓い』のことは知らないし、モレーナ王女には本当のことを教えて口止めする、という方法もあるが、王女に知られると、国王や国の上層部にも知られる可能性がある。
ついうっかりと口が滑って、ということもあるが、モレーナ王女は、王族なのである。
国のため、国民のためであれば、友を裏切り、罵倒されることをも甘受する。
王族とは、そういうものである。
貴族が、お家と領民のためであれば、命と名誉を投げ捨てても構わない、と考えるのと同じように……。
みんなが取り出されたのは、マルセラ達の母国であるブランデル王国の王都である。
マルセラを取り出してくれたモレーナ王女が住んでいるところなので、当然である。
その、王都の繁華街から少し離れたところの、路地裏。
人気のないその場所に現れた一同は、まずは宿を押さえることにした。
今から王都を出るには、既に時間が遅すぎる。
なので、今日は宿でゆっくりして、明日から行動開始である。
『ワンダースリー』の面々は、普通にあちこちに顔出しを。
そして出奔していることになっている……というか、事実、そのとおりであるが……メーヴィス、レーナ、ポーリン、そして聖地の神殿で身代わりのマイル001が活動しているマイルは、その存在を知られるわけにはいかないので、変装して、こっそりと王都から脱出する予定である。
そんな面倒なことをせず、最初から王都の外で取り出してくれれば、とポーリンが文句を言ったが、そのためにはマルセラが時間を掛けて王都から出て、人目のない場所を探さねばならない。
……暗くなり始めた時間帯に、少女がひとりで……。
そして、みんなを取り出した後、また王都へと、暗い道を……。
帰りは、モニカとオリアーナも取り出しておけば、安全度は少しマシにはなるが……。
なので、今夜は皆で王都の宿に泊まり、行動は明日から。
そう言われては、ポーリンも文句が言えない。
少女がひとりで夕方以降に街から出る、ということの危険性を甘く見た、自分の浅慮を恥じて、ごめんなさい、と素直にマルセラに謝った。
『私、能力は平均値でって言ったよね!』書籍19巻、5月7日(火)、刊行です!(^^)/
1巻刊行から、8年。次巻で、20巻に……。
ありがとうございます!
引き続き、よろしくお願いいたします!
そして、来週・再来週と、2週間のGW休暇を取らせていただきます。
その間に、書籍化作業と、遅れている仕事を進めなきゃ……。(^^ゞ




