649 収納魔法 1
翌日から、メーヴィスによる収納魔法会得のための訓練が開始された。
生徒は、マイル以外のクランメンバー全員である。
そして初日の授業は、座学であった。
「では、僭越ながら、私、メーヴィス・フォン・マイレーリンが講師を務めさせていただきます」
マイルが用意した伊達眼鏡を掛けて、クランハウスの居間で授業を始めるメーヴィス。
まずは、自分なりの収納魔法の使い方を説明するようである。
「まず、収納魔法を使うには、自分の望み、つまり欲望と煩悩を全開にします」
「「「「「「……え?」」」」」」
マイルを含めた全員が、驚き、疑問の声を漏らした。
「……魔法を行使する時は、精神を集中して雑念を払うものなんじゃあ……」
「いや、迸る、熱い情念をそのまま叩き付けるようにして、亜空間をこじ開けるんだ。そしてそのまま、欲望と煩悩、そして妄想の力で押し広げる。
収納魔法に必要なのは、熱く燃える心と、浪漫なんだよ!」
そう言って、レーナの反論を一蹴するメーヴィス。
(私のやり方と、全然違う……)
そして、愕然とするマイル。
普通の者は、そんな抽象的な説明を聞いたくらいですぐに収納魔法が使えるようになったりはしない。
しかしレーナとポーリンは、マイルから色々と教わり、何度もフカシ話を聞かされ、そしてたゆまぬ努力を続け、あとひと息のところまで到達している。
既に上位数万分の一の中に入っている、『収納魔法使い候補』のひとりなのである。
そう、あとほんの僅かの壁を越えればいいというところまで進んでいるのだ。
(情念……、情念……。何か、レーナさん絡みで、聞いたような気が……)
そして、マイルが何かを思い出した。
(あっ、そうだ! ハンター養成学校で、初めてレーナさんの魔法を見た時!
魔力もイメージ力も普通なのに、レーナさんの攻撃魔法の威力が高い理由。
……ナノちゃんはそれを、『情念が強い』、『思念波がどろどろと煮えたぎっている』って言ってたっけ……)
人の顔を覚えること以外では記憶力が優れているマイルは、そういうことはよく覚えている。
……人の顔の記憶も、前世の時よりはマシになっているが……。
とにかく、レーナは攻撃魔法を放つ時には、何というか、激情に任せて、というような部分があるらしい。……一応、普段は冷静を装ってはいるが……。
しかし、うまく発動できない収納魔法を使う時には、落ち着いて、精神を集中して、雑念を払うことに専念して、努力しているらしいのだ。先程の、メーヴィスへの反論から考えると……。
(それって、レーナさんの長所、アドバンテージが死んじゃってるんじゃあ……。
そして、ポーリンさんも同じように考えているとすれば、ポーリンさんの精神力が最大に発揮されるキーワードが機能していない?
うまく行かないから、もっと落ち着かねば。うまく行かないから、もっと雑念を払って冷静にならねば。そういう考えに凝り固まっているのが、駄目なんじゃあ……。
そう言えば、メーヴィスさんはいつも控え目だけど、自分が強くなることに関しては貪欲だ。
私のフカシ話からすら強くなるためのヒントを得ようとしているし、無限の剣製でも、憧れ、心の底からそういう能力を欲しがっていた。それこそ、どろどろに煮えたぎるような情念で……。
そう。メーヴィスさんは、カッコいいことが大好きで、厨二病を拗らせており、そしてかなり承認欲求が強い……)
(((((…………)))))
初っ端から、困惑に包まれたメーヴィスの座学であった。
しかし、実際に本当の収納魔法を使いこなしているメーヴィスの言葉を否定することができない。
そのため、生徒組は、黙ってそれを聞くしかなかった。
試すのは、無料。
駄目なら、他のやり方を考えればいい。
特に、レーナとポーリンは藁にも縋る思いであるため、疑問に思うことは質問するが、少し信じがたいことであってもメーヴィスの説明を否定することなく、何とか理解しようと食らい付いていた。
* *
「いよいよ、実技に入るよ」
メーヴィスが、皆を見回しながら、そう宣言した。
メーヴィスは、いくら収納魔法とはいえ、さすがに魔法の実技訓練を屋内で行う程のチャレンジャーではなかったため、獲物が狩り尽くされて誰もやってこない王都近郊の小さな森に来ている。
「ポーリンは、金貨のことだけを考えるんだ。
儲けた金貨を、収納魔法に蓄える。そしてそこに金貨があることは、誰にも知られてはいけない。
もし収納魔法が崩れて中の金貨がバラ撒かれれば、周りの者達が殺到して、奪い、持ち去るだろう。それを強くイメージするんだ。
気を散らしたり眠ったりして金貨がバラ撒かれると、どうなってしまうのかを……」
ポーリンの顔が、恐怖で引き攣った。
それは、ポーリンにとっては森の中でオーガの群れに襲われるより恐ろしいことであろう。
メーヴィス、ポーリンのことを理解しすぎである。
「レーナは、怒りに身を焦がすんだ。
自分を馬鹿にした奴ら。仲間を傷付けようとした奴ら。ソイツらを収納に閉じ込め、そして二度と出してやらない、という強いイメージを……」
マイルや『ワンダースリー』が使うアイテムボックスと違い、収納魔法によって形成される亜空間の中では時間は停止しない。
そのため、収納に取り込まれた者は、光のない真っ暗で寒い場所でずっと過ごすことになる。
その収納の亜空間を形成した者が、水と食料の補充を、そして空気の入れ替えをしてくれるなら、であるが……。
現状では、ふたりとも、一応亜空間を開くことはできる。
……維持できる時間は短いが……。
収納魔法使いを名乗るには、この維持可能時間が基準を満たすことが必要なのである。
容量の大きさも実用上重要ではあるが、実は容量の大小は収納魔法使いを名乗れるかどうかの判定基準には全く関係がない。
バケツ1杯の容量であっても、ずっと維持し続けることができ、眠っても解除されないならば、一人前の収納魔法使いである。
しかし、1立方メートル以上の容量があっても、短時間しか維持できないとか、眠ると解除されてしまうとかいう場合には、半人前であり、ひよっこ扱い。
高名な魔術師であっても、収納魔法は使えない、という者は多い。
……というか、使える者が殆どいない、というのが正しい言い方であろう。
維持ができなくても、亜空間を一時的に形成できるというだけで、数万人にひとりという少なさなのである。
一向に使い手が増えない、収納魔法。
適性がある者が少ないのもその大きな理由のひとつであるが、使える者があまりそれを他者に教えようとしない、というのもまた、理由のひとつである。
……自分のメシのタネ、せっかくの大きなアドバンテージを台無しにしたい者は少ないであろう。
わざわざ自分の地位を狙う同僚や後輩達に教えたり、ライバルや商売敵に使い方が伝わったりする危険を冒すような馬鹿は、そうそういやしない。
それらから考えると、元々魔法の才能に溢れ、ナノマシンに対する権限レベルが2であり、論理的な教え方をするマイルと感覚的な教え方をするメーヴィスという、ふたりの指導者から損得なしの真摯な教えを受けられるというのは、およそ考えられない最高の教育環境であった。
一流~超一流の魔術師であれば、かなりの高確率で収納魔法を会得できるのではないかと思われるくらいに……。
レーナとポーリンもそれは分かっている。
だからこそ、ここで会得できなければ、もう一生収納魔法を会得することはできないであろうというくらいの悲壮な覚悟で臨んだ、今回の特訓である。
それに対して『ワンダースリー』は、自分達の実力で収納魔法を会得したいと本気で思ってはいるが、収納魔法の上位互換であるアイテムボックスが使えているため、そこまでの悲壮感はないのであった……。




