648 ポーリン、そしてレーナ 3
【天才は教師には向かない、という説があるのです。天才には、凡人がなぜ自分の説明を理解できないのかが分からず、どこに引っ掛かっているかが分からないからです】
マイルは前世において、皆から天才だと思われていたが、実はただ理解力と記憶力が優れていた上に友達がいなかったため、勉強に充てる時間が多かっただけである。
なので、普通の者と違う考え方をするわけではなかったし、とんでもない発想をするわけでもなかった。
もし誰かに勉強を教えてほしいと請われれば、ちゃんと教えることができたはずである。
しかしナノマシンが言うことは分かるし、前世ではクラスメイト達もそう思っていたのか、海里に勉強を教わろうとする者はひとりもいなかった。
【マイル様は、最初から権限レベルが高かったことと、前世での知識から、異空間や異次元、アイテムボックスやインベントリといったものについてのイメージが豊富でしたよね。
なので、この世界で生まれ育った者にその豊富な知識とイメージを元にして教育を行うことには大きなメリットがありますが、その反面……】
(どうしてできないのかが分からない、と……)
ナノマシンが言わんとしていることを察した、マイル。
(……じゃあ、どうすれば……)
【メーヴィス様ですよ。
この世界で生まれ育ち、この世界の知識と常識しか知らず、自分には関係ないと思ってマイル様の魔法授業をまともに聞いていなかったのに、いとも簡単に収納魔法を会得されました、メーヴィス様。
勿論、左腕と剣に常駐しているナノマシンの助けはありますが、それは体外のナノマシンを利用できないことや、魔術師としての知識がないことと相殺すると、レーナ様やポーリン様との差はあまりありません。
ですから、メーヴィス様の収納魔法に関する解釈やイメージをおふたりに伝授すれば……】
(あああああああっ!!)
どうやら、ナノマシンはただマイルを弄って遊んでいたわけではなかったようである。
ちゃんとアドバイスして、自分達に対する信頼を強化し、もっとナノマシンに頼るように仕向けるための計画の一環だったようであった。
「それだっっ!!」
今まで、レーナとポーリンには色々と教えてきた。
しかしそれは、最も得意な者が教えればいい、という考えにより、魔法はマイル、剣術や護身術はメーヴィスが教師役であった。
普通は、それが当然であり、論理的な判断であろう。
しかし……。
目からウロコ。
……今、目にウロコが嵌まったというわけではない。
そして思わず、感嘆の言葉を頭の中ではなく、口に出してしまったマイル。
「何か、魔法の妖精さんからいい案を授かったのかな?」
メーヴィスが、少しからかうような口調でマイルにそう尋ねた。
焦点が合っていない目で虚空を眺めながらぼんやりしている時のマイルは、脳内で魔法の妖精とお話し中。
それは、『赤き誓い』と『ワンダースリー』にとっては、とっくに常識になっていることであった……。
* *
誰かが抜けた状態でパーティ全体に関わる話はしたくないと考えているため、あの後、『みんなが揃っている時に話しますから』と言って、レーナ抜きでの話し合いを終えた、マイル。
そして夕食後、『赤き誓い』と『ワンダースリー』の全員が紅茶を飲みながら寛いでいる時に、マイルがその提案を口にした。
「えええっ! わ、私が魔法の先生に?」
マイルに話を振られ、驚くメーヴィス。
レーナとポーリンも、そして『ワンダースリー』の3人も、驚いた様子である。
「メーヴィスさんが教えるのは、収納魔法だけです。
一般知識や常識が同じレベルであり、魔法に関する知識はレーナさんやポーリンさんより少ない。
そのメーヴィスさんが説明した方が、おふたりにとっては……」
「……マイルが教えるより理解しやすい、と?」
さすがメーヴィスである、話が早い。
「レーナさんとポーリンさんにとっては、剣士に魔法を教わるということには思うところがあるかもしれませんが……」
「ありません! そんなちっぽけなプライドなんか、クソ喰らえですよっ!!」
さすがポーリンである。
収納魔法を手に入れるためであれば、悪魔に魂を売ることすら躊躇しないと断言しただけのことはある。
それくらい、商人にとって収納魔法というものは垂涎の能力であった。
勿論、ハンターを始め、他の職種においても同様である。
「……お願いするわ。よろしくね、メーヴィス」
何と、プライドの高いレーナも、不愉快そうな顔をすることなく、マイルの提案を受け入れた。
内心ではどう思っているかは分からないが、それでも表面上は平静を保っているのであれば、十分である。
皆は、レーナも大人になったなぁ、と、少し感心している。
「その授業、私達も参加させていただきますわ」
「あんた達は、もう収納魔法を使えているじゃない!」
マルセラの言葉に、怒鳴るレーナ。
……レーナの『大人の対応』は、ここまでのようであった……。
「いえ、より自分の能力を高められる勉学の機会があるのなら、それを逃す馬鹿はいないでしょう。
それも、自分達の目の前で行われる上、参加料が無料とあれば……」
「…………」
マルセラの言葉に、反論できず黙り込むレーナ。
魔術師として、マルセラが言うことは、至極当然のことである。
それに、今『ワンダースリー』が使っているのは、対外的には収納魔法ということになっているが、本当はアイテムボックスである。
そしてそれは、自分達の力で身に付けたものではない。
マイルによって与えられた、借り物の能力。
それは、もし『魔法の精霊』の手助けがなくなれば、すぐに失われる能力なのである。
そして、アイテムボックスの便利さに慣れてしまった今、マルセラ達はもう、アイテムボックスも収納魔法もなしでは不便に感じて仕方ない身体にされてしまっていた。
なので、もし本当の収納魔法を会得できる機会があれば、全力で食らい付くに決まっていた。
『ワンダースリー』は堅実かつ研究熱心な努力家であり、自らの能力を高めるためであれば、如何なる苦労も厭わない。
……マイルの横に並び、一緒に前へと進めるように……。
「では、明日から訓練を始めましょう」
マイルの言葉にこくりと頷く一同であるが、中でも、レーナとポーリンの眼はギラついていた。
まるで、明日は親の仇の邸にひとりで殴り込みに行くかのようなその眼光に、少しビビってしまったマイルであった……。




