647 ポーリン、そしてレーナ 2
「「「ただいま~!」」」
「「「おかえり~!」」」
「…………」
帰還した『ワンダースリー』の挨拶と、それに応える『赤き誓い』。
……そして、無言のレーナ。
不機嫌というわけではなさそうであるが、……表情がない。
(((あ~……)))
マイル達は、概ね察した。
前回の、ポーリンの時と同じである。さすがに、二度目となればマイルにも分かる。
それに、レーナ達が出発した後、ポーリンから聞かされていた。
もしレーナが帰ってきた時に様子がおかしくても、それには触れずにそっとしておいてやってくれ、と……。
そして、自分の時の話をしてくれたのである。
確かに、ポーリンが帰ってきた時、少し様子がおかしかった。
しかし、ポーリンは実家の件で逆境に耐えることには慣れていたからか、すぐに普段の様子に戻った。
……その後、以前より魔法の訓練に力を入れるようになったが、それは良いことであり、『ワンダースリー』から良い影響を受けたのだと思い、マイルもメーヴィスもそれに関しては特に気にしてはいなかった。
レーナは、少し思うところがあるかの様子であったが……。
そしてポーリンが語るには、『ワンダースリー』がチームワークと創意工夫によって、個々の魔力の弱さを克服するどころか、大きな力を発揮しているとのことであった。
それはレーナが敬愛する『女神のしもべ』のテリュシア達と同じであり、きっとレーナは悔しい思いで戻ってくるであろうこと。
……そして、自分と同じく、未だに収納魔法が会得できないことに苛立ちと敗北感に襲われるであろうこと……。
ポーリンも、レーナについて話すからこそ、『自分も同じ思いである』と告げることができたのであろう。
これが自分ひとりのことであれば、とても口にすることはできなかったであろうと思われる。
弱音。惨めさ。自己嫌悪。
……どれも、仲間達にさらけ出したいものではない。
しかし、レーナと一緒に、ふたり揃っていじけていたのでは、パーティとしての活動に支障が出る。
メンタル的なものが戦いに悪影響を及ぼすことがあるというのは、周知のことである。
なので、割と逆境に耐性がある自分のことより、いつも強がってはいるが打たれ弱いレーナのことを考えての、ポーリンの配慮であった。
「レーナさんがいつものように調子に乗……自信を持つようになるには、やはり、まずは収納魔法の会得ですかねぇ……」
レーナがさっさと自室に引っ込んだ後、ポーリンとメーヴィスを自分の部屋へ招いたマイルが、そう呟いた。
「はい。他のことははっきりとした尺度があるわけじゃないですから、上を目指して努力する、ということで、まぁ、明日になればそれなりに気持ちの切り替えができているでしょう。
レーナは、向上心があり、頑張り屋さんですから。
しかし……」
「収納魔法だけはちょっと、というわけだよね……」
ポーリンが言おうとしたことを察した、メーヴィス。
気遣いの人、メーヴィスである。そのあたりのことには敏感なのであろう。
しかも、レーナが収納魔法のことでヘコんでいる原因のひとつが自分なのであるから、気にするのも当然かもしれない。
魔術師5人、魔法剣士ひとり、剣士ひとり。
その中で、収納魔法が使えないのは、ポーリンと、魔術師であり、しかも『天才魔術師』を自認している自分の、ふたりだけ。
そしてポーリンよりも習得の進み具合が遅い。
しかも、他の魔法が使えない、剣士であるメーヴィスが既に会得している。
それも、かなりの大容量のものを、あっさりと、簡単に……。
……それはキツい。
かなりキツい。
そして、完全に他人事のような言い方をしているが、ポーリンもまた、同じような精神状態のはずである。
……ただ、レーナより精神的にタフであり、自分の感情も客観視して他人のことのように考えることができるだけであった。
そうしないと、父親を殺され、実家の店を乗っ取られ、母親と弟を奪われていたあの時に、精神の均衡を保つことができなかったので……。
「ポーリンさんもレーナさんも、もう少しなんですよねぇ……。
ポーリンさんは、亜空間を開けているし、短時間なら維持もできていますから、あとは無意識で維持し続けられるようにするのと、容量を増やすだけですからね、収納魔法使いを名乗れるレベルになるには……。
レーナさんは、亜空間は開けるようになりましたけど、まだ維持が不安定ですからねぇ……。
こういうのって、日々の努力も大切ですけど、何と言いますか、ブレイクスルーのようなものが必要なのかもしれませんよね……」
マイルがそんな適当なことを言っているが、ポーリンは努力と執念だけでここまで到達している。
なので、微妙な表情のポーリン。
そして、何の努力も苦労もなくマスターしたメーヴィスも、何だか気まずそうである。
この点に関しては、『ワンダースリー』の3人も、もし相談を受けたりすれば居心地の悪い思いをするであろう。
ここで、ナノマシンがマイルの鼓膜を振動させて、感想を述べた。
【レーナ様って、何だか被害者みたいな気がするのですが……】
(うっ!)
マイルが、大きく動揺した。
……確かに、マイルはチート転生で最初から権限レベルが5、そしてナノマシンとの会話が可能、その他諸々で、ズルであった。
『ワンダースリー』は、マイルの命令でナノマシンが贔屓をしている上、収納魔法ではなくアイテムボックスを使っているという、ズルと贔屓と詐欺。
メーヴィスは、マイルから魔法の指導を受けていないにも拘わらず、魔法の体外行使が困難というハンデを克服し、自らの理解力と想像力で本当の収納魔法を自力で会得するという、誰に恥じることもない成果を上げたのではあるが、……それには左腕と剣の制御や整備のために多数の専属ナノマシンが常駐しているということが大きく影響しているであろうことは否めない。
メーヴィス自身もそのことには気付いていないため、ズルという認識はないが……。
それを察しているのは、マイルだけである。
【本来であれば、正規の収納魔法が使えるのは、ズルをしているマイル様おひとりだけですよね。
それならば、レーナ様も、そう気にされることはなかったのでは?
なのに、レーナ様とポーリン様以外の全員が楽々会得して、更にポーリン様もあと一歩の段階まで来ておられます。
……キツい! これは、本当にキツい!!】
(あわわわわわわ!!)
ナノマシンは面白半分に煽っているのだが、マイルは本当に焦っている。
レーナを追い詰めることとなった現状は、全てマイルのせいなのであるから、責任を感じるのも無理はない。
【……で、御提案なのですが……】
(え?)
そして何やら、話を持ち掛けてきたナノマシン。
いったい、何を提案するつもりなのであろうか……。




