644 『ワンダースリー』+ポーリン 7
無力な餌だと思っていた獲物から反撃を受けて予想外の被害を出したため、警戒し、一旦退いて態勢を立て直そうとした、狼達。
マルセラはその時間を使い、自分の盾となってくれた男に無詠唱で上級回復魔法を掛けて怪我を完治させた。
マルセラはのんびりと話しているが、勿論、狼達の様子を窺いながらである。
もし狼達が再度襲い掛かりそうな兆候があれば、当然、話は即座に打ち切って迎撃行動に移る。
レーナとポーリンのような、無詠唱とはいっても頭の中で詠唱している『なんちゃって無詠唱』ではなく、マイルから教わった、詠唱を全く必要としない、イメージだけで発動する本当の無詠唱魔法が使えるからこそ可能な、余裕の行動である。
「さ、仕切り直しですわ。そろそろ来ますわよ!」
マルセラの言葉通り、狼達の指導者が、再度襲い掛かるよう手下達に指示しているように見えた。
「戦闘レベルを3に引き上げますわ! 護衛レベルも、同じくレベル3!」
「「はいっ!」」
マルセラの指示に、大きな声で応える、モニカとオリアーナ。
『ワンダースリー』は、人前で戦う時には、いつもは制限を掛けている。
使用する魔法の種類も、その威力も……。
そして、他者を守ることに関しても、『絶対に、毛筋程の傷も付けさせない』というレベルの完全防護から、『死なせなければいい。怪我は後で治癒魔法で治せばいいのだから、問題ない』というレベルまで、様々な段階がある。
多少依頼主に怪我をさせても、治せば、どうということはない。
なので、実力を見せたくない時や余裕がない時には、自分達を含め、同行者が多少の怪我をすることは容認するのである。
……但し、幼い子供達に痛みや恐怖感を与えることは、駄目である。
それだけは、自分の身を盾にしてでも絶対に防ぐ。
先程の、護衛仲間である男性がマルセラに対して行ったように……。
そして今、マルセラはその恩義に応えるためか、それとも男達を『信用できる仲間』と看做したからか、その制限を緩和した。
勿論、完全解除ではない。
……しかし、いくらハンターや雇い主には守秘義務があるとはいえ、いつもは初対面の者、その時限りの関係である者達の前では決して見せないレベルまでの魔法行使を解除したのである。
「プロテクション!」
3人の中で最も魔力が多いマルセラが、絶対に失敗が許されない防護魔法で狼達の突進をブロックし……。
「エクスプロージョン!」
モニカが、精度は雑であるが敵集団に向けて適当にぶっ放すなら何の問題もない範囲攻撃魔法を放ち……。
「ホット・トルネード!」
そしてオリアーナが放った、マイルと一緒にみんなで考案した省魔力広範囲攻撃魔法が、赤い渦を巻きながら狼達へと向かった。
ギャウン!
ギャヒイィィン!!
魔法障壁に激突し、顔面を強打。
爆炎に吹き飛ばされたり炎に包まれたりして、倒れたり、地面を転げ回る。
先程食らった悪臭攻撃が芳しき香りに思えるくらいの香辛料攻撃に、前脚で必死に顔を擦りながら、ヒイヒイと泣き喚きつつのたうち回る。
統率者が無事なのか吹き飛ばされた中に含まれているのか分からないが、どちらにしても、狼達はとても再度態勢を立て直せそうな状態ではなかった。
「……っ!」
ホット魔法を放とうとしていたポーリンが、オリアーナに先を越されて少し顔を顰め、ホールドしていた詠唱を破棄して単体攻撃魔法の呪文詠唱を始めた。
群れへの攻撃はモニカとオリアーナによるもので十分だと判断し、自分は撃ち漏らし狙いの単体攻撃に専念するつもりのようである。
マルセラ達『ワンダースリー』も、おそらく次の魔法は単体攻撃魔法にすると考えているのであろう。
前衛職である剣士3人組もこの状況であれば飛び出して戦闘に入るであろうし、もはや狼達は統率を失い、組織立った行動は取れないであろうから、ブルーオンブルー、味方撃ちを防ぐという意味でも、既に範囲攻撃魔法の出番ではない。
「あ、逃げた……」
統率者が撤退を命じたのか、それとも統率者がやられて指揮系統が崩壊し潰走したのか、とにかく狼達は『ワンダースリー』とポーリンが単体攻撃魔法を数発放った時点で、一斉に身を翻らせて逃げ去った。
さすがに、一斉に散って全力で逃げ去る狼達に単体攻撃魔法を当てるのは難しく、丈の長い草や木々が繁っているところへ飛び込まれてはどうしようもない。
範囲攻撃魔法は草木が邪魔であるし、火事が怖いため、火焔系や爆裂系の魔法を撃つわけにもいかない。
「……まあ、もう襲ってくることはないでしょうから、深追いする必要はありませんわね。下手をすると、待ち伏せで奇襲される可能性もありますし。
獣相手に、夜に視界が悪い場所に行くなんて、自殺行為ですわよね……」
「はあああぁ……」
マルセラの言葉に、ようやく『助かった』という実感が湧いてきたのか、気の抜けた声と共にへたり込んだ商人。
御者達は、馬と馬車が被害を受けていないかと、確認のために走り去った。
馬車はともかく、馬がやられていたら大変である。
商人のようにへたり込みたいところであろうが、それを精神力でねじ伏せ、馬を心配して駆け出すというのは、立派である。
そして『ワンダースリー』とおっさんトリオは、武器を鞘に納めて少し気を抜いてはいるが、完全に警戒心を解いたわけではない。
狼は完全に逃げ去ったとは思うが、このあたりには他の獣や魔物がいないとは限らないし、先程の戦いによる騒音や攻撃魔法による狼の肉が焼け焦げる臭いとかで、それらが寄ってくる可能性がゼロではないからである。
……まぁ、毛皮や肉が焼ける臭いや狼達の悲痛な鳴き声から、狼の群れが惨敗したということは明確であるし、爆裂魔法の轟音からも、寄ってくるものはあまりいそうにはないが……。
野生動物や魔物達は、人間が思っているよりはずっと臆病であり、慎重なのである。
わざわざ自分から未知の危険に近寄ろうとするのは愚かな個体だけであり、そしてそういう個体は子孫を残す前に死ぬ確率が高いため、そのような特質が種族全体に広まることはあまりない。
「お、お前達……」
そして、『ワンダースリー』プラスワンを畏怖の目で見るおっさんトリオと、地面に座り込んだまま目と耳をこちらに向けた商人。
(((……あ〜〜……)))
魔法障壁。
炎弾ではない、もっと強力な爆裂魔法。
……そして香辛料攻撃。
命を張ってマルセラを護ってくれたので、自分達も『無理をしない範囲内で、怪我をさせることなく護る』という誠意を示すために、実力を隠すレベルをほんの少し緩和したのであるが……。
(まあ、仕方ないですわね。承知で選んだ選択肢ですから……)
マルセラの小声での呟きに、こくりと頷くモニカとオリアーナ。
しかし、少し誤魔化した方がいいかな、と考えたマルセラは、欺瞞工作というか、攪乱のための言葉を口にした。
「私達、おじさまは死なせないことにしておりますの。それも、渋くて素敵なおじさまは、特に……」
「「「なっ……」」」
あからさまに動揺した様子の、おっさんトリオ。
恥ずかしそうに頬を染めたおっさんというのは、少し気持ちが悪かった。
しかし、別にマルセラは嘘を吐いたわけではない。
渋くて素敵なおじさまというのは、少女達から見て、割とカッコいいのである。
……お付き合いする相手とかいう意味ではなく、観賞用とか、庇護してくれる頼れる大人、という意味であるが……。
しかし、マルセラにとってそのこと自体は本当のことであるが、マルセラはただ自分の考えを述べただけであって、別に、この3人がそうであるとは言っていない。
いくら未成年の純真な少女とはいえ、マルセラも女性であり、そして貴族の娘なのである。これくらいの小悪魔的な言葉を口にすることくらい、簡単であった。
……恥ずかしいので、必要に迫られた時以外には絶対に言わないが……。
そして、戦いが終わった後、ずっと複雑そうな顔のポーリンであった……。
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